「あれは!」
アランが声を上げました。
修道院の外に出ると、松明でしょうか、森の中にたくさんの明かりが揺らめいているのが目に入りました。そして、どうやらその明かりはこちらへ向かってくるように見えます。
「おお、マルチェロ殿、なかなか大変なことになっていますね」
大扉の外にいた修道士が、面白そうに森の中を見ていました。
「サンソンさん、何をのんきに……」
アランは、緊急事態なのに、この人は! と思いましたが、古参のサンソン修道士はにこにこしています。
「まあまあ、アラン。大丈夫でしょうよ。ねえ、マルチェロ殿。で、私は何をしましょうか?」
「はい、サンソンさん。修道士を全員騎士団宿舎に避難させてください。孤児院でもよいのですが、あまり出歩かないほうが良いと思いますので。、孤児院にいる修道士はそのまま孤児院にいるように指示をお願いします」
「承知しました。……院長様は?」
「はい、大丈夫です。騎士団員が一緒におります」
「そうですか。では、ご武運を……」
サンソン修道士は優雅にお辞儀をして礼拝堂の中に入っていきました。
その間にも、松明集団はじわじわとこちらへ近づいています。
「何人くらいいるのでしょうか」
「わからん。……アラン、びくびくするな。胸を張って偉そうにしていろ」
少し震えていたアラン。団長様にそう言われ、とても偉そうな団長様の隣で、一生懸命胸を張ってみました。
やがて松明集団は、修道院前の橋のところまで来て停止しました。
2列目くらいから、一人の僧侶が前に進み出ます。カッサンドラです。
「これはこれは、わざわざのお出迎え、ありがとうございます。マルチェロ殿……」
「ア、アランでございます」
カッサンドラが自分をじっと見つめたので、思わず名乗ってしまいました。アランはすぐに、言わなくてもよかったかも! と思いました。団長様も、バカめ、名乗らんでよい! と胸の内でツッコミをお入れなさいました。
「中には入れてもらえないようですね」
建物に入るためには、数段、登らなければなりません。階段の下に立っているカッサンドラは、自分が見下されているような気持ちになったのでしょうか、団長様たちを下からねめつけます。
「このような時間に、大勢で何の御用でございましょうか」
「大勢ねえ……」
カッサンドラは松明集団にちらりと目をやり、再び団長様たちを見ました。
「マロウ君に会わせてくれませんか。ルナールから聞きました。かなりの魔術の使い手だと」
団長様は、ルナールにはホイミンの魔術など一度も見せなかったのにと思いました。院内では回復術以外の魔術が発動しないように結界が張られています。
「ルナール殿には本人がお断り申し上げたはず。お聞きではございませんか?」
「もちろん、聞いておりますよ。ただ、今日はちょっと実地演習といこうと思いましてね」
「実地演習?」
アランが思わず聞き返しました。団長様も眉根を寄せます。
「マロウを連れ出すおつもりですかな。それでしたら、本日はあいにく騎士団の仕事が控えておりますので、そういうわけには参りません」
「ああ、トロル討伐のことでしょう」
「はい」
アランは、カッサンドラがトロル討伐のことをどうして知っているのかと思いました。同時に、団長様も同じように思ったはずなのに、既知のことと言わんばかりのお顔です。その堂々たる態度に、寒気を覚えました。
「騎士団の皆さんは早めにお出かけになったほうが良いと思いますよ」
「ほほう、それは何故に?」
カッサンドラは、ふふっと不敵な笑みを浮かべただけで、理由は言いません。
「我々はまだ準備の途中でございます。カッサンドラ様とゆっくりお話しさせていただく時間がございません。本日はわざわざお越しいただきましたが、お引き取り願います。ドニにお泊りくだされば、明日にでも……」
「そんな悠長なことをしていられないと思うがね」
カッサンドラは団長様の言葉を遮り、自信満々に言いました。
「マルチェロ殿、とにかくマロウ君に会わせてくれたまえ。話はそれからだ」
「カッサンドラ様、あなた様もおっしゃった通り、我々には時間がありません」
「そうだよ。マルチェロ殿。マロウ君の力が必要になる。今日の討伐で。必ずね……」
カッサンドラが手をさっと上げると、後ろにいた松明軍団が左右に走り出し、修道院を囲みました。
「何をされるのですか! 修道院を襲うなど、国つ罪でございますよ!」
びっくりしたアランが叫びました。
「私とて僧。そのようなことはしない。君、失礼もすぎるぞ。高いところから見下ろしているだけならまだしも、そのような言動は許されまい」
「も、申し訳ありません」
アランは、しまった、という顔をしてすぐに謝罪しました。
「どうあっても我々をトロル退治に行かせないおつもりですかな? アスカンタの要請を無視すれば、我々の信用は落ちます。後日、アスカンタには司祭様の妨害に合い、行かれませんでしたと言うわけにも参りません。我々にあなたがたと戦えとおっしゃるのですか」
「いやいや、マルチェロ殿。我々はそのようなことは要求しない。そしてマロウ君を無理やり連れていくつもりもない。納得して、魔法学校に来てもらいたいのだ」
「そのためにこんな仕掛けまで必要でしょうか」
「し、仕掛け?」
アランは団長様を見ます。胸を張っていろと言われたことなどもうすっかり忘れていて、おろおろしっぱなしです。
修道院の周りは、松明を持った大勢の人間に取り囲まれています。一人ひとり松明を持ち、フードをすっぽり被っていて、異様な雰囲気です。松明の明かりは、中庭で待機している団員たちまで届いていました。
「孤児院もですか」
見れば、孤児院の周りも松明が取り囲んでいます。
カッサンドラは、返事の代わりにまた不敵な笑みを浮かべました。
「団長殿……」
アランが不安な声を上げます。
その時。
「マルチェロ……」
背後の大扉が小さく開き、声がかかりました、マリオンです。
「時間か」
「ああ」
「アラン、隊列に戻れ。マリオンの代わりに先頭に入るのだ。川沿いの教会までお前が指揮を執れ。すぐに出発しろ」
「了解しました」
アランが建物に入り、代わりにマリオンが出てきました。
「マルチェロや……」
「院長様?」
マリオンの後ろにオディロ院長がいます。ホイミンとククールも一緒でした。
これにはさすがのカッサンドラも驚きを隠せません。
「……これは、オディロ様。お加減はいかがでございますか? 歩き回ってお身体にさわりませんか? 何より取り込み中の訪問、失礼いたしました。これより騎士団のご活躍を拝見しに参ります」
「拝見しに……って、一緒に行くつもりなのですか?」
思わずマリオンが訪ねてしまいました。
「はい。……お気遣いは要りません。私共、身を守るすべはございますので」
カッサンドラは得意げに言い、いつの間にか集まっていた数人の部下と話をはじめました。
騎士団員が建物横から姿を現しました。先頭のアランが団長様に挨拶をします。
「今日はアランが指揮を執る。ロジエールとは川沿いの教会で合流だ。アランの指示に従うように。それから、ククール」
団長様は、ホイミンと院長と一緒にいるククールに声をかけます。
「はい、団長どのっ!」
「アランの補佐に入れ。お前はマリオンの代わりだ」
「りょーかいしました!」
「それから……」
団長様は小声で、ククールにロジエールの動きを監視するように言いつけました。怪しい動きがあれば捕らえ、そうなったらすぐに退却せよともおっしゃいました。
「さて、出発ですかな……。おや、マルチェロ殿、と、そちらの強そうなかたは同行せずともよいのかな」
隊列に加わらない団長様とマリオンを見て、カッサンドラは意地悪そうに言いました。
「はい。精鋭揃いですので」
団長様は無表情にそうおっしゃいます。
カッサンドラは、マリオンの後ろで小さくなっているホイミンを見つけ、優しく声を掛けます。
「……君がマロウ君だね? 君も行ったほうがいい。一緒においで」
「はやっ、……は、歯が痛いのです、親知らずです。痛くて仕事になりません」
「歯?」
団長様とマリオンは、ホイミンにそんな変なことを言うように言ったのはククールだな、と思いました。院長はホイミンのとなりで知らん顔しています。
「……カッサンドラ卿、今晩は急なお越しで。このとおり、マロウは歯が痛いそうじゃ。今日のところは勘弁してくだされ。それから、今すぐにでも、我々を囲んでいるあの仕掛けをやめていただきたい」
院長も団長様と同じように松明フード集団を「仕掛け」と言いました。
「ああ、失礼したしました。大変申し訳ありません。あの術は時間制でしてね。夜のうちはあのままなのです。ただ明るいだけなので……」
「違います……」
「ホイミン、お前は黙っていろ!」
カッサンドラの言葉を遮ったホイミン。それを遮る団長様。
「おお、マロウ君、わかるかね、あれが」
「……」
院長はホイミンの腕につかまっていましたが、ホイミンに安心を与えるかのように、その腕にそっと力を込めました。そして、穏やかな声で言いました。
「……カッサンドラ卿、あのような仕掛け……まやかしは、マロウでなくともわかります。あれは幻術じゃ。実体はない。見るものを不安に陥れ、混乱させるもの。我々大人には無害であっても、孤児院の子供たちは怖がるでしょう。でも、孤児院にも見破れる者は大勢おります。たとえ、結界崩しの魔法が加えられていたとしても、この修道院の結界を破ることはできますまい」
「さすがですね、オディロ様。……この修道院の結界はあなた様がかけたのですか。私にもこの結界が破れるとは思っておりません。……試しですよ。……まあいいでしょう。さて、では私は参ります。みなさんもご一緒に参りましょう」
カッサンドラは仕掛けがばれたことを少しも悔しくない、という顔をして修道院に背を向けました。
「団長殿……」
ホイミンが不安そうな声を出します。
「私は急いで隊に合流する。マリオン、マロウと残ってくれ。院長様と一緒にいてくれ」
「一緒にいらした方がいいですよ。騎士団の皆さんが心配ではないかね?
カッサンドラは少し先で振り返り、白い歯を見せて意地悪そうにニヤリと笑いました。
「行きなさい。マリオンもホイミンも。マルチェロと一緒におれば大丈夫じゃ」
「でも、院長様が……」
ホイミンはほとんど泣きそうです。
「わしなら大丈夫じゃ。ほれ、トロルもカッサンドラ卿もここにはいない。ホイミン、騎士団員として行ってまいれ」
院長は、ホイミンにやさしく微笑みかけながら言いました。
「院長様のおっしゃる通りですね。ホイミンのいるところ、魔物がやってくるってところだ。お前がいないほうが院長様は安全だ」
「そんな、ひどい、マリオンさん!」
「ふぉっふぉっふぉっ。今日のところはそうかもしれんのう。ホイミン、ちゃんと帰ってくるんじゃよ。マリオンにしがみついておれ……」
院長に見送られ、ホイミンもトロル討伐に行くことになりました。先に行こうとなさっていた団長様も、ホイミンが行くのならと、戻ってこられます。結局カッサンドラと道中一緒になってしまいました。
トロル討伐のため、アスカンタの山の中へ向かいます。トロルは南の大陸では出てきませんよね。どうしよう。