団長様とマリオンは、トロルを治療したカッサンドラとともに山を下りました。
ふもとに騎士団が張ったキャンプでは、ククールとホイミンが怪我の団員たちの治療にあたっていました。ところが、ククールの魔力ももうなく、ホイミンも疲れてしまい、うまく術が発動できません。
「やべえ、マジで魔力スッカラカンだ。ホイミンはどうだ?」
「えっ、あの、魔力はあるんですが、なんかうまく出ません」
「出ない?」
「魔法が、つっかえてるっていうか……」
「呪文が間違ってんじゃねえの?」
「いえ、そうではなくて口が回らないというか、頭が回らないというか……」
二人がそんな話をしていると、団長様たちの姿が見えました。
「おい! あのトロル、元気に復活してるぞ!」
「あれだけ攻撃したのに……」
「どうするつもりだ!」
トロルを見つけた騎士団員たちはふらつきながらも戦おうと立ち上がります。
「慌てるな! そのままで話を聞け」
団長様がそうおっしゃると、団員はその場に待機しました。
団長様は団員たちからよく見える位置におつきになり、全員をゆっくり見渡すと、話し始めました。
「……皆、あのトロルの強さを体験し、これまでのように戦っていても勝ち目がないことを知ったな」
うなずく団員たち。
「……アスカンタの正式要請、という名目でここまでやってきたが、これは王室関係者であるカッサンドラ様の個人的な要請であったといえる。書簡を見ていないのでわからぬが、アスカンタ兵は来ない」
団長様の言葉に、「だましたのか!」という声が上がります。
「我々聖堂騎士団は、いち貴族司祭の手駒になるべきではない。だが、これは私個人の考えかもしれない。そこで騎士団諸君、マイエラ聖堂騎士団の団長として言う。私についてくるものはここに残れ。貴族司祭の野望に加担するものは、今すぐに、そちらの貴族司祭の後ろに行け。選べないものは、即刻この場を去りマイエラ修道院に帰れ。そして荷物をまとめてどこへなりと行くがよい」
「……おやおや、マルチェロ殿、厳しいことをおっしゃいますね」
団長様の言葉を隣で聞いていたカッサンドラは、にやにやしながら騎士団員を見回しました。
そして少しの時間が経ちましたが、誰一人その場から動くものはありません。
「……そうですか。わかりました。マルチェロ殿、あなたとは共に歩むことはできないのですね。いいでしょう。ここで無理にあなたと手を組んだとしても、いつかあなたに寝首をかかれることにもなりかねませんから。あなたのことはあきらめましょう。でも……いま私は、皆さんを全滅させることができます。ただ、そんなことをしたら、すべてをご存じのオディロ様がどう動かれるか、だいたい想像つきますから致しませんが、勢力を半分以下くらいにさせていただきましょうか。さて、どうしますかな」
団員全員の頭には、あの復活した無傷のトロルと戦うのか、と浮かんでいます。どんなにやる気があっても、体の動かない者の多いこの騎士団が、トロルに勝てるわけがありません。「ほとんど」全滅になること必至です。
それでも、立ち去る者はいませんでした。すべての団員が団長様と共に戦う道を選んだのです。団長様は一人一人の覚悟を知り、自らを奮い立たせていらっしゃいました。
「戦えるものは前へ。動けぬものは、武器を渡せ」
団長様の指示に、団員たちが動き出します。
「いやいや、お待ちください。あなた方の気持ちはわかりました。しかし、戦うのは得策ではないと、思いませんがいかがですかな……」
カッサンドラは、まさか騎士団が戦うとは思っていなかったので焦りました。そしてこの場の主導権を握ろうと、あわてて言葉を発しましたが、カッサンドラの言葉には、誰も耳を傾けません。
無視されたカッサンドラは、ちッと舌打ちし、続けて言います。
「このまま帰ってもよいのですよ。……マロウ君が私の学校に来てくれさえすれば……」
「うるせ! まだそんなこと言ってんのかよ。ホイミン……じゃねえ、『マロウ君』は行かねえんだよ!」
ククールがそう言って立ち上がった時でした。
「グエーーーーーーーーーーーーーーッッッッッッ!!!!!」
カッサンドラの後ろでぼんやりしていたトロルが、突然叫び出し、棍棒を降りあげます。どうやら赤いククールを狙っているようでした。カッサンドラをぴょんと飛び越え、ククールの目の前に立ちはだかりました。
とっさのことに、ククールは武器を構えられません。
「ククールさん!!!」
隣にいたホイミンも叫びます。
「伏せろ!」
棍棒が振り下ろされる瞬間、団長様がククールとホイミンの前に躍り出て、トロルの重い一撃目を全身で受けとめます。
「なんという力だ!」
団長様は受けきれず、後方へ飛ばされてしまいました。
「団長どのっ!」
「グワーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!」
ククールを殴り損ねたトロルは両手を広げて怒ります。そして再びククールに向かって棍棒を振り下ろしました。
「ちくしょう!!!」
ククールは棍棒をよけながら、弓に矢をつがえますが、振り下ろされた棍棒に、弓が当たってしまい、ボキリと折れてしまいました。
「ククール!」
アランが新しい弓を投げ渡します。
「さんきゅう!」
ククールが矢をつがえる間、マリオンが次の一撃を受け止めました。
「痛ってーーーー!」
レイピアのさやごとで受け止めたマリオン。さすが怪力、飛ばされることなくその場に踏みとどまりました。
ヒュン、と矢が放たれます。
「ギャアーーーーーーーーーーーーーーウウウウウ!!!!!」
矢は、トロルのわきの下に刺さりました。そこは柔らかかったようで、トロルは棍棒を投げ捨て、必死で矢を抜いています。
「ムウウウーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」
怒りで真っ赤になったトロルは、近くに落ちていた石を拾ってククールに投げつけました。
トロルはノーコンなようで、石はあちこちに飛んでいきます。
「おい、何すんだよ!」
「あぶねえ!」
ほかの騎士団員も、ククールを助けたいのですが、次から次から投げられるいしつぶてに、自分が逃げるのがやっとです。巨大なトロルですから、石というよりほとんど岩のような大きさのものまで飛んできます。
「オ、オレを狙ってんのか!」
ククールは自分をにらみつけているトロルを見上げました。
「グワアーーーーー!!!」
トロルはそうだ、と返事をしたような気がします。
団長様とマリオンがククールの援護に入りました。二人は、器用にいしつぶてを避け、ククールごとキャンプから離れようとします。
「グギュギュッ!」
邪魔だ、と言わんばかりに、棍棒を拾い上げて振り回すトロル。
「ううっ!」
「うわっ!」
団長様もマリオンも棍棒にはじかれてしまいます。
「こいつ、こんな俊敏な動きを……」
団長様とマリオンがさっき戦った時は、片足をくくりつけられていたトロルでしたので、体力満タン、自由の身のトロルと戦うのはこれが最初です。
「グヒャヒャ!!」
フリーになったククールの前に、トロルが再び立ちはだかります。どうも、笑っているようです。
渾身の力を込めて振り下ろされる棍棒。
一撃目、力が入りすぎてククールから離れたところの地面に落ちます。暴れ牛どり5匹分の穴が開きました。
「ボフウ……」
トロルはゆっくり棍棒を持ち上げ、二撃目。
今度はまっすぐにククールの上に落ちてきましたが、するりと避けるククール。
「ムガアアーーーーーーーー!!!!」
ククールに避けられ、怒り狂うトロル。
三、四、と左右に振りだされる棍棒。
ククールはひょいひょいと華麗に避けますが、大き目の石に足を取られ、転んでしまいました。
「ヒャヒャッ!!!」
尻もちをついたククールの前で小躍りするトロル。
「ブフォーーーーーーーーーー!!!!」
トロルはゆっくりと息を吸いながら棍棒を振り上げます。
「ククール!」
「逃げろ!」
皆の叫びの中、トロルの棍棒がククールの上にブンッと振り下ろされました。
もう誰もが「ダメだ!」と思った瞬間、
「うわーーーーーーーーーーーーーーっ!」
ホイミンがトロルの前へ飛び出してきました。構えたその両手から、圧縮されたしんくう波の塊のようなものが放出され、それは黒い光をまとい、まっすぐにトロルに命中しました。
「グゴッ????」
圧力を受けたトロルの巨体は、一瞬硬直し、そして木の葉のようにふわふわと宙に舞い上がります。
「こ、これは!」
大きな声を上げたのはカッサンドラ。
団員はみな、宙に浮くトロルを、口をあんぐりと開けて見ています。
「退避しろ!」
団長様が近くにいた団員たちを離れたところへ避難させます。ククールは、ホイミンを抱きかかえるようにして走りました。
トロルはふわふわと浮きあがっていましたが、一瞬止まると、次の瞬間、地面に叩きつけられました。
グオオオオンという地響きはあたり一帯に響き渡ります。騎士団員たちはみな頭を低くして激しい揺れに耐えます。
やがて。
「……す、すばらしい! 素晴らしい!!!」
トロルが巻き上げた土ぼこりの中で、カッサンドラが目をギラギラと光らせながら言いました。拍手までしています。
団長様はゆっくりと立ち上がり、あたりの様子を確認なさいます。
「トロルは……」
トロルの巨体は、あおむけの状態で倒れていました。それも、地面にかなりめり込んでいます。
「ただ落下しただけではない。地面に叩きつけられたとは。……素晴らしい……恐ろしく素晴らしい力だよ……」
カッサンドラは、拍手を続けながら騎士団を見回し、ククールのそばで小さく丸まっているホイミンを見つけ、駆け寄ります。
「マロウ君、素晴らしいよ。君はやはり……」
「おい、ホイミンにさわんな!」
ククールに厳しく言われ、カッサンドラは伸ばしかけた手をすっとひっこめました。
「マルチェロ、何が起こったんだ?」
マリオンが言います。
「それより、アラン、いるか!」
「はい!」
「団員の点呼をとれ! 治療を要するものをひとまとまりにし、大事ない者を見張りに立たせろ」
「了解しました」
団長の指示を受け、アランがさっと動きます。
団長様はホイミンの様子を見に走ります。
「ククール、ホイミンは大丈夫なのか?」
マリオンも心配そうにやって来ました。
「マロウ君、マダンテだよ、これは。ああ、奇跡のようだ。本当に素晴らしい!」
「寄るなってんだよ!」
ホイミンは突然持てる以上の力を使ったために、体力があっという間に下がっています。
「兄貴、ホイミしてくれ、死んじまう」
団長様は急いでべホイミをかけました。
「これだよ、マルチェロ殿、見ただろう? この力だ。今まで見てきた子でも、こんな強さは見たことがない! なんと素晴らしい! この子ならメガンテやメガザルも……」
そう言ったカッサンドラの言葉を遮るように、ククールが怒りをあらわにして言います。
「何言ってんだ、おっさん! 子供にそんな危ないことさせてよく平気だな。今のマダンテだって偶然だ! おっかねえトロル目の前にして、仲間はみんな瀕死だし、極限状態で……」
「その通りだよ、君も話がわかるね。極限状態から生み出される魔力は普段の魔力の比ではないんだ。何度も体験し、通常の場合でも発動できるように訓練するのだよ。もちろん、蘇生は完璧だ」
「てめえ……瀕死前提でやらせてるって訳か?」
「司祭様、そうであれば聞き捨てなりませんぞ」
掴みかかりそうになるククールを、団長様が制して言いました。
「訴えるかね? この私を。どこに?」
王家親族の司祭を訴えるなど、この世界ではあり得ないことでした。万一、訴えるとしても前例がございませんので、まさか団長様にもそのようなお考えはありません。
「まず、お引き取り願いたい。団員を撤収せねばなりませんからな。司祭様とはもうお話することはございません」
「そうか。ではまた来よう。皆さんの傷が癒える頃……」
カッサンドラは、トロルを蘇生すると、何事もなかったかのように移動呪文を唱え、消えていきました。
それから夜明けまで、静かな時間が流れました。キャンプには焚き火のくすぶった煙がゆらりと立ち上っています。
仮眠をとったククールも魔力を取り戻し、仲間に回復呪文をかけてまわりました。
究極魔法の開眼(?)をしたホイミンですが、自分でもびっくりしてしまいました。次はやっと修道院に帰ります。