カッサンドラの用意していたトロルは、ホイミンの発動した究極の魔法、マダンテにより無力化されました。カッサンドラはトロルとともに移動呪文で消えていきました。アスカンタの山岳地帯のふもとには、傷を負ったマイエラ修道院の騎士団員がその身を休めていました。
明け方、アスカンタを出発し、騎馬と徒歩組に分かれてマイエラ修道院に帰ってきた騎士団。中庭で院長が迎えました。
「皆、大儀であったのう。今日一日は訓練を中止し、疲れをとっておくれ」
団員たちは集合し、団長様から、今日は一日休むこと、明日は一日武器の手入れなどに充てることとし、実質2日間の休みを言い渡されました。
団長様は院長と一緒に救護室に向かいました。救護室はホイミンの他、負傷者で一杯です。
「皆、傷の具合はどうじゃ?」
院長は一人一人にねぎらいの声をかけ、特別じゃよ、と全員に言いながら治癒呪文をかけています。
「おい、お前も院長様と治療に当たれ!」
「りょーかい」
ククールは、元気に仲間の治療にあたります。
「ホイミンはどうですか?」
「ふうむ……。魔力がすっからかんになって、体がパニック状態になったようです。自分で体力を落とし、力のバランスを取ろうとしているんでしょう」
ホイミンを診ているのは、修道士のセト。医療的な魔法は使えませんが、適切な処置方法を何でも知っています。
「しばらく、ゆっくり寝かせておくしかないです。おそらく、自然治癒の方法が身についていますから、簡単な治癒呪文では足りないでしょう。魔力で体力を復活させるのと同じように、ホイミンは、体力値を魔力に置き換えていると考えられます」
「ホイミの逆か……」
セトの説明に、マリオンが妙に納得した様子で言いました。その解釈は、団長様もセトも適切ではないな、と思いましたが、魔法の使えないマリオンと論議したところで解決をみないと思われたので、スルーしました。
「ありがとうございます。ホイミンが全快するまで、その赤いのをこき使ってください。他に治癒呪文の使える団員がいませんから……」
「ええ、承知しました」
団長様はベホイミが使えますが、魔力値がククールより少ないのを気にしておいででしたので、弟と同じ場所で治療をすることなどは是非とも避けるべきことでした。
治療室を後にした団長様は、院長に「この場はあの二人に……」とおっしゃり、ご自分は院長とマリオン、古参の団員カミーユと共に院長室へ行きました。
「で、ロジエールは結局来なかったんだよな?」
そういったのはカミーユです。
この人も、マリオンと一緒で、団長様とククールを幼いころから知っています。ククールをいっぱしの遊び人に育て上げたのはこの人といっても過言ではありません。
「カミーユさん、川沿いの教会へは行ったんですよね?」
カミーユは騎士団最年長です。マリオンも敬語を使います。
「行った。教会に伝言が届いていてな、ここへ行けと地図を渡された。アランが受け取ったが、トロルとの戦いできっとどっかに落としてるだろうな。まあ、あれも今思えばカッサンドラからの伝言だったんだろう。……教会にロジエールはいなかった。トロルのいた山のふもとを通った時に、すでにあの咆哮が聞こえていたから、とにかく急いで向かった。アスカンタ軍とロジエールは先に行ったんだと信じて」
「でも、山にはトロルしかいなかったんですね」
「そうだ。あのトロルが、今までにあったことのある奴とまるで違うことはすぐにわかった。わかったんだが、対応しきれなかった。足を木に縛り付けるのがやっとでな。5人がかりでようやくだった。そのうち二人は棍棒が直撃して瀕死。あとの三人でどうにか二人を避難させた。その間も俺たちの攻撃はまったくきかず、弓矢で急所を狙い撃ちするくらいしかできなかった。ククールが言ったかもしれないが、攻撃呪文が全く効かなかった。特に炎系の呪文を当てると怒り狂ってな。あいつは炎が嫌いらしい」
カミーユは、まあ、たいていの魔物は火が嫌いだけどな、と付け加えました。
「ロジエールはトロルにやられてしまった訳ではないのじゃな?」
「はい院長様。修道院に戻ってもいませんか?」
「戻ってはおらん。……実はのう、騎士団、カッサンドラ卿とマルチェロたちも出発したあと、しばらくしてロジエールが来たのじゃ」
「修道院に?」
「そうじゃ。わしはあのあと、サンソン修道士と院内をまわり、孤児院へも行った。卿がしかけたまやかしの種明かしを子どもたちにしなければならなかったからのう。そして院長の館に戻ると、ロジエールが真っ青な顔をして入口に立っていたのじゃ……」
院長はその時、びっくりしてロジエールに声をかけました。
『ロジエール、どうしたのじゃ? 騎士団は皆、アスカンタへ出発したぞ?』
『は、はい、院長様……』
『お前さんとはどこじゃったか……どこかで待ち合わせがどうとかアランが言っておったが……』
『はい、その……。カッサンドラ様はこちらへいらしたのですよね』
『おお、来た来た。そしてマルチェロたちとトロル討伐に向かわれた』
『団長殿も? 団長殿は今日は外のお仕事では……』
『ああ、それなら先方の都合が悪くなったとかでキャンセルになったんじゃ。なにやらバタついたがのう、一緒にトロル討伐に行ったぞ』
ロジエールは、そうですか、と深いため息をつきました。
『して、お前さんは……』
『申し訳ありません!』
ロジエールはそう言って地面に膝をつきました。
『どうしたのじゃ……』
『大変なことをしてしまいました……』
ロジエールは、ドニにいたカッサンドラの部下に情報を流していたことを院長に話しました。そして、トロル討伐の要請も、仕組まれていたことを知っていたのです。もちろん、アスカンタの兵士長と打ち合わせがある、というのも嘘でした。
団長様は、副団長がまさかカッサンドラとつながりがあったとは夢にも思っておりませんでした。
「私の失態にございます」
「お前さんだけではない、誰もロジエールのことは気づかなんだ」
深々と頭を下げる団長様の肩に、院長は優しく手を置きました。
「マルチェロや、ロジエールを副団長に任命したのはわしじゃよ。アスカンタ方面の仕事をよく任せたのもわしじゃ。おとなしい男であったが、司祭殿の誘惑に負けたのではない。多分、利用されただけじゃ」
「ロジエールはアスカンタ出身でしたね。もともとカッサンドラを知っていたんでしょう。ロジエールも貴族の家柄です。ただ、その家の状態はよくないということは噂になっていましたから」
カミーユは、騎士団一の情報通。アスカンタのそういった事情にも詳しいです。
「そのようじゃ。アスカンタの実家がカッサンドラ卿により潰されかねないと言っておった」
「それって脅しではないですか!」
マリオンが言います。マリオンも貴族出身ですので、ロジエールの立場がわかるようです。
「そうではない、と、わしの口からは言えん。ロジエールは長子ではないため、わが騎士団に入ったが、いずれは別の貴族の家に婿として入る予定もあったのじゃ」
「ああ、合点がいきました。シセル様の遠縁で……カッサンドラの家並みに大きな貴族のところに、近々婿が入るような話を聞きました。そこは男子に恵まれず、当主が女性であることが多い家です。そうか、ロジエールが。……でも、わざわざカッサンドラに加担しなくても……」
「ロジエールの実家の事情はわからんが、恐らこれでく助かるんじゃろう。カッサンドラがその貴族の家にロジエールを紹介してやるからと言ってな」
納得するカミーユの横で、マリオンが首をひねります。
「……でも、マルチェロは手を貸さない、そしてホイミンも学校を断っています。ロジエールの立場は弱くなりませんか? 婿入りもなくなるとか……」
「まあ、仕方がないんじゃないか? 我々を危険にさらしたわけだし」
情報屋のカミーユは、バッサリ言いました。
「それで、ロジエールはどこに行ったのでしょうか?」
「それがのう、ほれ……」
院長は文机から羊皮紙を取り出しました。
「除名嘆願書じゃ。前から用意してあったようじゃ」
「おとがめなし、ということになりますな」
団長様は丁寧に書かれたロジエールの文言を読みながらおっしゃいました。
「そうじゃ。ロジエールを責められんが、卿の術中にはまったとは言え、彼のしたことは最善策であったとは言えん。誰かに相談すべきであった」
「そうですね……」
団長様は、ご自分の前の団長が、悪徳司祭にたかられ、修道院の金品を横流ししていたことを思い出しました。その時も、前団長は誰にも相談せず、一人で始末をつけ、修道院を去ったのです。
「マルチェロ、お前さんのせいではない。教会からの助力もなければ爵位も上がらないきまりじゃからのう。ロジエールも背に腹は代えられぬといったところだったのじゃろう」
院長は、団長様が前団長のことを考えているとわかったのでしょう、そう優しく言葉をかけました。
「ホイミンのことじゃが……。どうじゃ、カッサンドラ卿はマルチェロのことはあきらめたようじゃが、ホイミンのことはまだどうにかなると思っているのではないだろうか」
「はい。また来る、とおっしゃっておりました」
「ホントか? マルチェロ。……実はあのカッサンドラの魔法学校なんだが、実態がまったく見えないんだ」
「見えない?」
「ああ。とにかく、優秀な子供でないとカッサンドラの学校に入れない。カッサンドラと、こないだ来たルナールがスカウトして歩いているらしい。で、カッサンドラの屋敷近くにそういう建物があるんだが、外から中の様子を見ることはできないし、見学もお断わり」
「どんな学校なんでしょうね」
「まあ、俺ももう少し探ってみるさ。よろしいですよね、院長様」
「うむ。気を付けてのう」
カッサンドラはうまく立ち回っている、と団長様は思いました。
──表向きは魔法教育となっているのだから、文句も出ない。子供たちも随分洗脳されているのではないだろうか。しかしいくら蘇生術があるとはいえ、そう度々自己犠牲の呪文を唱えられるものなのか。年端のゆかぬ子供がそこまでできるとは……。
「でも、ホイミン並みの魔力を持った子どもがたくさんいるなんて、俺にしてみれば恐ろしいことですよ」
魔法の使えないマリオンが言いました。
「ああ、俺もそう思うよ。ただ、カッサンドラはアスカンタとサザンビークの孤児院にゴールドを出している。そのツテで見つけてくるんだろうな」
カミーユは、吐き捨てるように言いました。よっぽど嫌いなんでしょう。
──そうか、身寄りのない子供たちの中から使えそうな子供を探し、十分な衣食住を与えれば、子供ならば喜んでついて行くだろう。……ドニにいた頃の私ならばついて行ったかもしれない。
そう思うと、団長様の背筋に冷たいものが走りました。
今度はカッサンドラの学校が気になります。