シセル王妃ご逝去です。世界中の要人が集まります。もちろん院長も参列し、騎士団員は城の警護などに当たります。
団長様は団長室で書類の整理などをなさっておりました。古参の騎士、カミーユがアスカンタにてカッサンドラの動きをあれこれと探っていたのですが、アスカンタ王妃であるシセル妃の容体が大変悪く、さすがのカッサンドラも静かにしているほかはないのでしょう、特筆すべき情報は得られておりませんでした。
カミーユも、一度情報集めを中止し、マイエラに戻っていたある日のことでございます。
団長室の扉がノックされました。
「団長殿、副団長殿でございます」
「入れ」
見張りが扉を開けると、アランが姿を見せました。彼は、トロル事件の後、ロジエールの後任として副団長に昇進しておりました。
「団長殿、アスカンタより急使です。シセル様ご逝去とのことでございます。これは院長様宛書簡でございます」
「うむ、書簡は私が届けよう。マリオンに知らせて急使殿を労うようにしてくれ。マリオンに伝えたらアラン、お前も院長室へ来い」
「はい。承知致しました」
団長様は、カミーユからの情報を聞いておりましたので、やはりか、と思いながら、院長室へ急ぎました。
「なんと! シセル王妃様がご逝去なされた」
「王妃様のお加減は一進一退とのことでしたが……」
「うむ、急変されたようじゃな。お若いのに嘆かわしい。書簡には葬儀の日程が記されておる。滞りなく準備を頼むの。人選はお前さんに任せるが、アスカンタにゆかりのある者は全員参列させるのじゃ。ククールもじゃよ。ああ、それからククールにもこの時だけはきちんとした身なりをさせておくれ。わしからのお願いじゃ」
「心得ました」
団長様は、院長がククールに「お願い」などするのが大層気に障りましたので、ククール本人に伝えるときは当然のように「命令」に変えようと心に決めました。
院長室を辞された後、団長様はアランとともに団長室へ戻り、急いで人員の配置を行いました。葬儀には世界中から重要人物がたくさん訪れます。そのための警護が騎士団の仕事でした。もちろん、オディロ院長の警護も行います。
葬儀は3日後。マイエラ修道院は重要なポストについている騎士団員のほとんどが不在になるため、アスカンタとはあまり縁のない地域の出身者を残していくことになりました。
もちろん、ホイミンも留守番です。
出発の日、オディロ院長は、修道士たちを集めて言いました。
「何もないと思うが、何かあったら、自分の身を守ることをせよ。修道院を施錠し、孤児院に集まっておくのじゃ。強力な結界が張ってあるゆえ、簡単には侵入できない。しかし、万が一じゃ。武力で襲う者あらば、騎士団員は子供たちを守るように」
「御意!」
留守番の騎士団員に見送られ、院長の馬車はアスカンタに出発しました。マイエラ修道院は門を閉ざし、見習い生を含め、残った者たちは礼拝堂で終日祈りを捧げました。
マイエラ地方からアスカンタへ向かう道すがら、多くの参列者の馬車も見かけました。どこかの貴族でしょうか、立派な馬車が目につきます。オディロ院長は高齢のため、馬車の速度は控えめです。他の馬車に道を譲るため、少し広いところで小休止することになりました。
「のう、マルチェロや」
「はい、院長様」
団長様は、オディロ院長の馬車の警護のため、馬車のすぐ隣についておいででした。
「院長様、お疲れではございませんか?」
「大丈夫じゃ。お前さんが用意してくれた座布団が柔らかくて気持ちがよい」
「それは良うございました」
院長はにこにこしています。団長様も、院長に褒められて少し嬉しそうです。今日はうっとおしいククールも近くにいないので、とても穏やかな気持ちで任務に就けている団長様です。ククールを含め、副団長のアラン、アスカンタ出身のマリオンなど、ほとんどの騎士団員は前日からアスカンタに入っています。今日行くのはオディロ院長と数人の修道士だけでした。
「……このあたりかのう?」
「何がでございますか?」
院長は馬車から顔を出して山のほうを見上げました。
「トロルじゃよ」
「ああ、そうですね……」
団長様も振り返って、院長の見ている先の山を見上げました。
「こんな山の中でトロルを飼っておるのじゃな」
「はい。あれからトロルが逃げたという話は聞いておりませんが」
「飼育環境は厳重に管理されておるのじゃろう。今までもこの山で見かけたという話は聞いておらん」
「アスカンタの洞窟に生息しているというお話を伺ったことはありますが、それも見かけたことはございません」
「野生の生き物をどうこうする、というのはわしは賛成できんが、研究のため、という名目は許されなければならん。我々は殺生を行わなければ生きられんのじゃ。生きていられるだけの食物を頂く上で、植物の次なる生命のもととなる実りを頂く、また、栽培のために害獣・害虫の駆除を行う。食物連鎖といえば簡単じゃが、生死は表裏一体。自分が生きるために他を食らう、排除する、という事実は常に胸に刻んでおかねばならないのう」
「はい」
「命永らえるために、殺生を行うことは、病を克服することに似ているだろうか。自分の体内にある病のもとを、殺生だと言うものはおらん。しかし、自分の外にある自分の命を脅かすもの、自分の命に必要なものを殺せば殺生だと」
団長様は、病と闘うことは推奨され、生きるために他を排除、または食らうことは殺生だということを深く考えたことはありませんでした。
「自分の中で解決すべきことは積極的に行い、他とかかわることは慎重にすべきだと?」
「いやいや、そんな難しいことではない。結局、生き物は生きたいようにしか生きられんものじゃ。わしは甘いプリンが好きじゃ。鳥の卵を横取りし、牛の乳を搾取し、砂糖を精製し、火を起こして蒸し上げる。わしはプリンを食した日には、女神さまに懺悔しておる。鳥と牛、サトウキビに感謝もする」
「?????」
とてつもなく宇宙的な問答から、なぜプリンの話になったのか、団長様には全くわかりませんでした。スピーチのネタでも仕込んでいる途中なのかもしれない、と思うことにして、特に返事はなさいませんでした。それより、トロルからすっかり話がそれています。この道を通るたび、あのトロルのことではなく、プリンのことを思い出してしまうだろうと思う団長様なのでした。
短い休憩を取りながら、オディロ院長の馬車はアスカンタに入りました。各国の騎士団員や兵士がきびきびと馬車を誘導しています。オディロ院長も係の騎士団員に従い、団長様と一緒にお城へ入っていきました。
葬儀は何日も続きますから、世界中の教会関係者、各国王が順番にアスカンタ王のパヴァン王にお悔やみを伝えます。パヴァン王は顔に元気はありませんが、一人一人の挨拶に丁寧に対応していました。
さて、偉い人以外は葬儀の場所までは入れません。城内はアスカンタの兵士が中心に警備をし、マイエラの聖堂騎士や他の地方の聖堂騎士団は城の外側の警備にあたっていました。
「……この制服はマイエラ修道院ですね」
休憩時間に入ったククールが、城の兵士詰め所に戻りかけたところでした。声をかけてきたのは、真新しすぎる制服に包まれた、整髪料つけすぎの、片方の口が少しにやけたように上がっている騎士団員でした。
「ええ。そちらはサヴェッラ直属の……エリートでいらっしゃいますね」
「いえいえ、そういうものでもありませんよ。志願すれば誰でも入隊できます」
サヴェッラは、この世界の最高の地位にある法王の住むところでございます。サヴェッラ直属、というのは言い換えれば法王直属でございますから、誰でもおいそれと騎士団員になれる訳ではありません。実力はもちろん、何よりも身分、家柄が重んじられているのでございました。そんなことは世界の常識ですので、先ほどの会話は、サヴェッラの騎士団に会ったときの常套句でございます。
「マイエラの団長殿は大変な実力者らしいですね」
「恐れいります」
団長様は、父親こそ地元の実力者でありましたが、母親は一般人でした。それも正妻ではなかったものですから、「身分」というカテゴリーの中ではたいそう蔑まれる存在でありました。もちろん、父親がドニの領主であったというのも、サヴェッラの騎士団員にしてみれば、田舎の地主だろう、くらいにしか思っておりません。何せ、彼らは名のある貴族階級の出身。中には王室と血縁関係にある者もたくさんおりましたから。
サヴェッラのにやけた騎士団員は、とても嫌味っぽく言いましたが、兄を誉められたと文字通りに受け取ったブラコンのククールは、スマートに返事をしました。いつもと違う青い制服に身を包んだククール。「ったりめえじゃん! オレの兄貴だぜ!」と大きな声で言いたいくらいでしたが、ぐっとこらえていました。
「……しかも本当に実力のみで団長になられた方だそうですね。……余程院長様に可愛がられていらっしゃるのでしょうね」
にやけ団員は、少し上がった口の端をさらに上げ、白い歯をちらりと見せました。
「騎士団員からの信頼も厚いのですよ。我々は安心して職務を行うことができます」
今度はククールは、「てめえ、何が言いたい?」と胸倉をつかんで壁に叩きつけてやりたい衝動にかられましたが、こんなところで粗相をしたら、団長様に叱られてしまうと思い、ここもこらえてスマートに答えることができました。ところが。
「ほほう、それは誠に素晴らしいですね。今日は団長殿は院長様に付いて宮殿へおいでなのでしょう? ご一緒に仕事をしたいものですが、残念です」
なんとなく丁寧な言い方に聞こえますが、この言葉の真意は、「たとえオディロ院長と城に上がれても、我がサヴェッラの聖堂騎士団には逆立ちしたって入隊できまい、妾の子では」であろうと気づいたククールは、似合わない青の制服の裾を翻して言いました。
「さあ、私たちは自分の職務に就いているだけですので、団長のことまでは解りかねます。では失敬」
これで、自慢しに来たサヴェッラ騎士団のバカ騎士をうまく言い負かしました。お前は団長の仕事も知らせてもらえない程の下っ端と仕事をしているんだぞ、と。サヴェッラの騎士は高いプライドを持っておりますので、ククールに上手くかわされて地団駄踏みたい程の怒りを奥歯の更に奥に隠して、優雅に去っていきました。
弔問の人々も途絶え、辺りは完全に日が暮れました。さすがに夜間の聴聞はありません。続きはまた明日になるようです。警備に当たっていた騎士団員たちは、城の兵士詰所に泊まり、院長は客室を準備してもらい休むことになりました。
「……悪口言いたかないけどよ、サヴェッラの騎士団て、俺たちをバカにしているよな」
マイエラの騎士団員たちにあてがわれた詰所で、一人の団員が言いました。
ククールだけではなく、他の団員も同じような目にあったようです。皆、そうだそうだと口々に言いながら集まっています。
「何よりも、団長殿をバカにするところが許せん。我らがマルチェロ様を」
「激しく同意だ! 奴等なぞ誰一人マルチェロ様に剣で敵うまい」
「そうだ。あの者たちは身分とプライドばかり高くて鼻持ちならん」
「城に上がったマルチェロ様に向かって、身の程知らずめ、などと!」
「サヴェッラ騎士団だけではない。城の兵までもだ」
「まことか?」
「ロジエールのことまで知っていて、マルチェロ様が家柄の良いロジエールをやっかんで退団させたなどと」
「ちげーじゃん、全然!」
ククールが文句を言った瞬間、詰所の扉が開きました。団長様です。
「うるさい! 王妃様葬儀の警備に来ているのだ。静かにせよ」
団長様の一喝に、皆一斉に口を閉じました。
「お前が最後に喋っていたな。院長様の客室の警護だ。付いてこい」
団長様はククールに命令なさいました。
チェッ、と舌打ちし、しぶしぶ立ち上がったククールですが、院長の部屋まで団長様と歩けることが嬉しくて、天にも昇る気持ちでした。
団長様の左後ろを歩くククールは足取り軽く、この階段が永遠に続いていれば良いのに、と思いました。
──二人きりで屋上に出て……背中からしっかりと抱きしめ……月明かりを受けた兄の白い首筋に……ちゅうっと……なんてな。あーあ、結局、諦められねえんだな。姿を見ちまうと、どうしても手に入れたくなる。見なきゃいいんだろうけど、姿を探しちまう。兄貴を手に入れたい、兄貴を組み敷いて、思いっきりちゅうちゅうしたい! そんでもって、そんでもって、強引に、いや、ここはとてもとても優しく、一枚ずつ制服を脱がせて……
王妃様のお葬式だというのに、ククールはそんないかがわしい思いを、団長様の引き締まったウエストあたりにぶつけながら、ムラムラする気持ちを高めていました。
院長の使っている客室は案外近く、ククールのお散歩デートもあっという間に終わってしまいました。
「アラン、仮眠を取れ」
ロジエールの後、副団長になったアランは、客室前でアクビをかみ殺していました。
「団長殿、申し訳ありません」
「夜明けにこの青いのと交代してやれ」
「解りました。頼むぞ、ククール」
「承知致しました」
ククールがアランと交代すると、なんということでしょう、団長様も一緒に扉の前にお立ちになるではありませんんか!
「えっ? ふ、二人で???」
ククールは、まさか団長様と二人で院長の警護にあたると思っていませんでしたので、あまりのうれしさに小躍りしそうになるのを必死に我慢しています。
本当は、アランと朝まで警護する予定だったのですが、アランがちょいちょい居眠りをし、挙句の果てにはゆらゆらと揺れた上半身を扉にぶつけるというヘマをしでかしたので、これはもう交代するしかないと団長様が判断されたのです。
詰所へ向かう間、最後にしゃべっていた者にやらせようと心にお決めになっていた団長様。扉を開けた瞬間に、それがククールだったとわかると、他の者にチェンジしようとしましたが、ご自分の決定を覆すことを嫌う気持ちのほうが勝り、ククールを指名してしまったのです。少し眠かったのかもしれません。ククールを伴ってこの部屋の前までくる数分間、団長様の頭の中では後悔という暴風がふき荒れていました。
一方のククールは、これはもう、おかしな精神状態になっています。
──やった、兄貴と仕事! それも超至近距離で。ああ、何て幸せなんだ、オレ。よし、夜明けまではまだ5時間以上ある。たっぷりおしゃべりできるぞ! 何を話そうか、わくわくするなあ。うん、まずは、世間話からだな。
客室の前、扉を背にして二人で並んでいます。ドニの町人なら、キャーキャー言って大騒ぎになることでしょう。それほど、このカリスマきょうだいは人気がありましたから。写真、というものがあれば、間違いなくフラッシュの嵐でしょう。動画撮影もあるかもしれません。ですが、ここは夜のお城です。誰も見に来る人はいません。誰にも見られていないことをいいことに、ククールは安心してにやにやと口元を緩ませました。
ククールは、団長様の大好きな院長のことを話題にすることにしました。これなら無視されないだろうと。
「団長どの? 院長様はさぞお疲れでしょう」
「貴様に報告する義務はないが、院長様はお疲れでいらっしゃる」
「ではすぐに休まれたのでしょうか」
「貴様に報告する義務はないが、すぐに休まれた」
すぐに返事が返ってきたので、これは脈ありだと思ったククールは、少し話を変えます。
「オレたち、明日は早いのですか?」
「貴様に報告する義務はないが、騎馬隊と一部の団員は数日間アスカンタへ滞在する。院長様は明日お帰りだ。アランが警護することになっている」
「団長どのは残るのですね。オレはどっちですか?」
「貴様に報告する義務はないが、帰るほうだ」
なんだ、がっかり……。では今夜の勤務時間を一秒たりとも無駄にできないな、と思ったククールは更にあれこれ話しかけましたが、「うるさい黙れ」の一言で拒否されてしまいました。
悲しみの中、ククールはちらちらと横目で兄の姿を盗み見ていましたが、時々瞬きをする程度の変化しか知ることができず、結局ため息ばかりついていました。
沈黙のまま、夜明けが訪れました。交代の時間です。アランが騎士団員ルドマンを伴い現れました。
夜を徹しての警護です。次は仮眠室の団長とククール。団長は無事でいられるのか心配です。