DQ8 ホイミンとマイエラのひとたち   作:ぽんぽんペイン

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シセル王妃のお葬式に来ています。夜の警備でのできごとです。


アスカンタの幽霊その1

アスカンタ王妃、シセル様の美しさを思い出させるように、晴れた夜空には星がきらめいていました。夜明けも近づいていて、うっすらとした薄水色の空の方向には朝と夜が混じり、美しい光を作り出していました。

 

ひんやりとした城内、オディロ院長の休む客室前に立つ団長様とククールの耳に足音が聞こえてきました。

 

「お疲れ様です。交代いたします」

「では頼むぞ」

「了解しました!」

 

団長様とククールに代わり、アランとルドマンの二人が院長様の客室の警備につきました。ククールは屈伸などをし、立ちっぱなしで凝り固まった身体をほぐしています。

 

「んで、アラン……副団長殿、オレと団長どのは兵士詰め所に行けばいいんだよね?」

「いや、詰所はもういっぱいいっぱいなんだ。……団長殿とククールは、そちらの階段を下りた仮眠室を使ってください。狭いですが、少しでも横になられたほうがいいと思います。後ほど呼びに伺います」

 

アランにそう言われ、ククールは、まさか二人きりで仮眠室??? と、胸が高鳴ります。ちらりと団長様のお顔をのぞいてみましたが、団長様はまったく表情を変えず、わかった、とアランに返事をなさいました。

 

──これって……兄貴もオレと二人になることを想像して……そんで、少し緊張してるのかな……。……お葬式って、不謹慎だけど、なぜか性欲が強まるんだって聞いたことがある。もしかして、兄貴もそんな状態なのかな……。そんだったら、ちょっとくらい、ええと、チュ……チュウでもしてくれないかな……。この部屋、暑いな、とか言って、薄着になったりして……そんで、オレがコチコチになっちゃってるのを見て、『しょうのない奴め』とか言って……兄貴も脱いで……

 

「ここだな」

「わっ!」

 

団長様のヒップのあたりを眺めながら、いかがわしいことを思い浮かべて歩いていたククールは、団長様が仮眠室の扉の前で立ち止まったのに気づかず、その背中に鼻をぶつけてしまいました。

 

団長様は背中にぶつかられたことを全く無視して、仮眠室の扉を開けました。

 

「入れ」

「あ、はい」

 

団長様に扉を開けてもらった形になったククール。とてもドキドキして、初めてをささげる少女のような心持ちで部屋に入ります。

 

「ろうそくだけか。ちょっと暗いですね」

 

そう言いながら、『ムード満点じゃん!』と喜ぶククール。上部にあかり取りの窓がありますが、太陽の上る方向ではないのでしょう、闇が差し込んでいるだけでした。

 

寝台は左右の壁に沿って置かれていましたが、狭い部屋のため、ほとんど並んでいるように見えます。その足元には陶器の器の中で数個の炭火が赤くなっています。アランとルドマンが暖めておいてくれたのでしょう。そのおかげで地下室の寒さを感じませんでした。

 

──おお、ベッド部屋じゃねえか。ヤることしかできねえな……ここってもともと一人しか仮眠できない部屋だろ。今日は無理やりもう一台入れたってところだな。まあ、どうせ一緒に寝るし、暖房もあるから寒くないだろ。ベッドはぴったりくっつけちゃえば……むふふ……

 

暗い部屋でにやにやするククール。団長様が部屋に入ってこないようなので、入り口を振り返りました。団長様はまだ扉の所に立っておいででした。

 

「団長どの、どっちのベッド使います?」

 

はじめは別で寝て、あとからもう一つをくっつけよう、と目論むククール。どちらかの寝台が作り付けではないかと調べ始めます。

 

「貴様が一人で使え。私はこれから見回りに出る」

 

なんということでしょう、団長様は仮眠をとられないとおっしゃいます。

 

「え? 嫌ですよ! 見回りならオレも一緒に行きます」

 

こんないいシチュエーションなのに! と心の中で付け加えるククール。スキンシップできないのは残念ですが、ここで自分だけ仮眠をとるなんてできません。必死に団長様に食い下がります。

 

「貴様と一緒にいると気が散る」

「ひでえ!」

「早く休め」

「嫌だよ。一人なんて暗くて怖いし」

周りの目がないので、ついナメた口の利き方をしてしまうククールです。

 

「オレも見回りに行きます」

そう言って扉に向かうククール。

 

団長様はとてもいやそうな顔をなさいました。仕方がないので、どうやってこのバカな弟を撒いてやるかと思案をはじめました。ククールは団長様をじっと見つめながら近づいてきます。そして、ククールが団長様の前を通り過ぎたとき、あろうことか団長様を部屋の中に無理やり押し込み、寝台に仰向けに押し倒したのです。

 

「団長どのが休んで下さい。オレが出て行く」

 

早くククールと離れたくてイライラしていたからでしょうか、団長様にしては「迂闊」でした。まんまと仰向けに倒され、ククールの四肢が団長様の身体にのし掛かります。両手首はがっちりと掴まれ、寝台に縫い止められてしまいました。

 

灯りといえば小さな蝋燭が三本。重なった二人の影が灰色の四角い天井にぼんやり映っていました。自分を押さえつけている男の高い鼻は、もう、拳一つ分ほどしか離れていません。団長様は男のサファイア色の瞳に薄く映り込むご自分の翡翠の色を見つけ、思わず目を閉じました。

 

「そうだ、それでいい。ゆっくり眠って……」

 

目を閉じたままの団長様の眉間の皺が一層深くなりました。何かされるかも、と思うも、ククールの顔があまりに近くて目を開けられません。すると、団長様の頬に滴が一つ。

 

「……?」

まさか涎かと思い、うっすら目を開けると、天を仰いだククールの顔から、また一つ、一つと滴がこぼれ落ちて来ました。

 

「なぜ泣く?」

涎だと確認したくなかった団長様。とりあえず泣いていることを想像して言いました。

 

「あに……き、オレ……」

 

咄嗟に団長様はククールの腹に膝を入れました。ぐうっ、といううめき声が聞こえ、団長様を押さえつけていた両手が緩みました。と、同時に団長様の身体の上にばったりと倒れ込み、続いて細い顎が団長様の鎖骨下にガツンと入りました。二人ともあまりの痛さにしばし抱き合ったような状態で時を過ごすことになったのでございます。

 

ククールの耳がちょうど団長様の心臓の上にありました。

トクッ、トクッ、トクッ……という規則正しい鼓動が打ち続けています。その音を聞きながら、ククールの心臓の鼓動はどんどん早まり、呼吸さえ荒くなってきました。団長様の太もものあたりに、何やらはしたなく硬くなったものもあたっています。発情期のサルめ、と、団長様はもう一度膝を入れようとしました。しかし痩せているとは言え、鍛えた筋肉を持つ男です。さすがの団長様も身動きがとれません。ククールに捕らえられていた手首は解かれ、今は団長様がククールのそれをしっかりと掴んでおりました。団長様はククールの手首を持ち上げてみましたが、肘が少し浮き上がっただけで、脱力した身体はまったく動きません。団長様は、重くて息をするのもだんだん苦しくなってきました。

 

「いつまでそうしているつもりだ、どけ」

重い、と言ってしまっては、負けたことになる、と団長様は片意地を張ってしばらく我慢しておられましたが、苦しさよりも、このいまいましい男と密着している事実に耐えられなくなって、そうおっしゃいました。

 

見上げる天井の影は、身体一つに頭が二つ、まるで双頭の鷲のようでした。

団長様はついに息苦しさに耐えかねて、深く呼吸しました。

 

「……今、オレの重さ感じてくれてるんだ? 感動しちゃうな」

待ってました、とばかりに嬉しそうに言葉を発する男。

 

「……本当は、オレ、兄貴をモノにしたい。今だって限界なんだ。あんたが欲しくてしょうがない。……でも何もしないよ。兄貴がオレをまっすぐに見てくれる日まで、待つつもりだ」

ククールの口説き文句に、団長様はぞわりと肌が泡立つ感覚を覚えました。

 

「……無駄だ。たとえ聖地の女神像が崩れ墜ちる日が来ても、貴様など見たくなる日など来ない」

どけ、と今度は右手を思い切り引きながら腹筋を使って身体をずらし、自分の上でほざいている男を寝台に仰向けにし、馬乗りになりました。

 

「いいぜ、兄貴がオレをヤるんでも。なあ、覚えてるだろ? オレの初めてを侯爵様のお屋敷で……」

「黙れ!」

 

団長様は腰のレイピアを抜きました。

 

「ここで殺してやる」

「いいぜ。兄貴に殺られるなら」

 

喉元にレイピアを突きつけられたククールは、うっとりとして、ピクリとも動きません。

 

「貴様に兄と言われる覚えはない」

「兄貴が死ぬのを見たくないから、是非先に死にたいね。あんたの顔を拝みながら死ねるなんて最高だ」

 

尚も恍惚として言うククール。団長様はバカな弟の最高の思い出になんぞされてはたまりませんでしたので、喉元にレイピアの切っ先をあてがったまま寝台を降りました。ククールがゆっくりと起き上がると、レイピアは一瞬首に触れ、ククールの動きにあわせてついていきます。

 

「たまらないね、久しぶりに怖い思いができて。お仕置きでも食らわなけりゃ、あんたと一緒になんていられないもんな。最近は地下室でも放置プレイだったし」

 

ククールのサファイアの瞳はきっと自分を見ている。見返したらその中に自分の姿が見えてしまう。そう思った団長様は、レイピアの切っ先を睨み続けました。

 

「兄貴が刺さないんじゃ、オレから刺さってやろうか」

ククールは上体を前屈みにし、言いました。

 

「オレの息が絶えるまで、その手をレイピアから離さないでくれ。勿論真っ直ぐにオレの目を見てくれよ。それから、死んだらでいいから、キスの一つでも与えてくれ」

 

団長様はレイピアを握る手に一瞬力を込め、そして床に放り出しました。

 

「死ぬのにまでいちいちうるさい奴だ。私は貴様の忌の際まで付き合っておれぬ。早く寝ろ。夜明けと共に出立準備にかかれ」

「団長どの? ベッドはもう一つあるんですから、お休み下さい。オレ、何もしませんよ。マジで」

「貴様と同じ部屋になど居たくはない」

「そうですか。ではお休みなさい」

 

ククールがあっさり引き下がったのを、ほんの少しおかしいと思いましたが、当のククールは上掛けを抱き枕にし、もう寝る体勢になっています。

 

団長様はレイピアを腰に戻し、仮眠室を出ました。深夜の城は無音で、薄ら寒い空気が流れております。

 

 

理論で実証されない現象は、全くもって団長様の信念と相容れないものですが、今日はシセル王妃様の葬儀。なにがしかの霊が城を浮遊していてもおかしくはないかもしれない、と思いました。

 

確か騎士団詰所は仮眠室からの階段を登って右。しかし、見当たりません。仮眠室から階段を上がっただけなのに、目の前には見たこともない廊下が広がっていました。

 

迷ったか? まあいい。こういう時は元に戻るぞ、と、上がってきたばかりの背後の階段を振り返りました。

 

!!!

 

ない! 階段がありません。団長様はその場に立ちすくみました。やはり迷ったのだ。落ち着け、こういう時は動かぬほうがよい、と自分を叱咤激励し、腰のレイピアに手を触れました。使い慣れた剣はいつものように冷たく固く、団長様に安心感を与えてくれました。

 

それでも、仮眠室に下りた時よりも間違いなく長かった階段。仮眠室からは別の階段もあったのではないかと考えを巡らせますが、その階段すら煙のように消えてなくなっています。団長様は、顔を動かさないままに、周りの様子に意識を向け続けました。なんでもいい、何か、さっきまで自分と関わっていたのと同じものはないかと。

 

コツコツコツコツ……と右の廊下から音が聞こえてきました。視線を上げると、もはや城の威容はなく、草深い荒れ地に廃墟があるのみ。団長様はレイピアを握る手に力を込めました。音は、足音のようでした。近づいてはいないようですが、去っていくようでもありません。

程なく、左から話し声。それはだんだんと近づいてきます。誰かが来ます。団長様は左右両方向に注意を向けるため、真っ直ぐ前方を睨んでおいででした。

 




お葬式の日ですから、幽霊ネタです。続きます。

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