アスカンタの司祭カッサンドラが自分の魔法学校の子供たちを引き連れて、パルミドの山岳地帯へ引きこもっているという話を聞いてから、10日ほど経っていました。
カッサンドラの動きがまるで分らないまま、ジャンとジュールには引き続きアスカンタの様子を探るようにさせていましたが、そこでもなんの情報も得られずにいました。
さて、そんなある日のことです。
「おい、マルチェロ、院長様がお呼びだぞ」
団長室の扉をノックすると同時にマリオンが短く顔を出しました。
団長様はわかった、と顔も上げずに答え、すぐに院長の館へ向かいます。午後の日差しが照りつけるなか、団長様は何のご用事だろうと考えを巡らせています。取り急ぎ仕上げなければいけない書類もございましたが、院長の呼び出しですので、真っ先に対応しなくてはなりません。それがたとえ新しいダジャレを思いついたとか、寝台の下に転がったアメを取ってほしいということだったとしても、です。
そんな団長様が、きびきびと院長の館への橋を渡り始めた同じ頃、
「ククール、地下室で待てとさ」
噴水のある中庭でマリオンがククールに言伝てをしました。
背中から声をかけられた二日酔いのククールは、りょうか~い、とあくび交じりに返事をし、のろのろと地下室の方向へ体を向けました。
「へへっ。久しぶりだな、お仕置き。今日はなんだろう。裸体でむち打ちがいいかな~。裸体なのはオレじゃなくて、団長どのね。あの引き締まった上半身をしならせて振り上げられるムチ……。裸体じゃなくちゃもったいない」
何がもったいないのかよくわかりませんが、地下室へ向かうククールは、二日酔いもどんどん冷めていき、ついさっきまで引きずるようにしていた足も、軽やかになってきました。
ククールが、とうとうハレルヤを口ずさむほど上機嫌になり地下室への階段を下りはじめた同じ頃、
「ホイミン? 武器の手入れが終わったらハーブ畑へちょっと来てくれ。俺は先に行っているから」
武器庫の扉を開けながらマリオンが言いました。
部屋の奥で武器の手入れをしていたホイミンは、わかりました、すぐ行きますと言い、先週植えたローズマリーのことかな、と思いながら手早く残りのレイピアを磨き終え、修道院を出ました。一人行動は避けるように言われているホイミンですが、マリオンが先に行くと言ったので、急げば追いつくかなと思い、小走りで畑に向かいます。
院長室に団長様が到着されました。ノックをして入室なさいます。
「おお、マルチェロ。疲れた顔をして。お前さんは、ちいと仕事が多すぎではないか? 睡眠不足はお肌に悪いのだぞ?」
「お気づかい痛み入ります。しかし、本来ならば私がやらねばならない仕事も、一部アランやマリオンに預けており、心苦しく思っております」
「そうかそうか。あまり根を詰めてもいいことはないぞ。一日ゆっくり休めばよいのに……」
「……」
なんの鳥でしょうか、ピーピーというのんきな声が院長の館をくるりと飛んで回りました。
その声を聞きながら、団長様が「院長様、早くご用件をおっしゃってくださらないか」とちょっぴりイラついている頃、修道院地下室には、スキップで現れるククールの姿がありました。
「なんだ。ククールか」
「よっ、珍しいな。メルソー。何やらかしたんだ?」
「ばーか。掃除だよ。今週は地下室の当番だ。お前は?」
「ああ、オレ? へへーん」
同僚のメルソーは、ククールがニヤニヤするのですぐにわかりました。
「お仕置きか。そういえば、お前朝帰りだったな。カミーユさんみたいにうまくやれよ?」
「あのお人は別格だよ。タダで遊ばない。オレとは違うさ。マイエラ公認の遊び人だよ」
メルソーが部屋中に巻き上げている埃は、今のククールにはダイヤモンドダストに見えました。
三たび、院長室。
「してマルチェロ? 今日はいかがいたした? お前さんが何の用もなく此処へは来ないじゃろう? わしはお前さんといつまでもおしゃべりしていたいがの?」
同時刻の地下室。
「おわっ! 改宗担当……ギロチンのサンソンさん? マジ? オレ、朝帰りしただけなのに? ああ、とうとう女神さまの元に送られるのか……」
改修担当のサンソン修道士の姿を見て、ククールはその場にがっくりと膝をつきました。
「おやククールさんじゃないですか。ギロチンって……ヒドイ言いようですね。まあ、いいでしょう。ところで今日は拷問具のメンテ日です。地下は全て使えませんよ。……マルチェロ団長も知っておられるはずですけどねえ。とにかく、ギロチンにかかりたいのであれば、明日以降でお願いします」
「「なんですって?」」
腹違いのきょうだいが、居心地の良い院長室と居心地の良くない地下室で同じ言葉を発しました。
「マルチェロ?」
「ククールさん?」
カリスマきょうだいの目の前にいる二人は、その宝石のような瞳に不安が現れるのを見ました。
再び二つの場所で、
「「マリオン!」」
と叫ぶ声が同時におこります。
ククールは階段をかけ上がり、団長室前を警護している騎士団員に尋ねました。
「団長どのは?」
「院長様のところだ。どうした? 慌てて」
「院長様の? じ、じゃあマリオンは?」
「マリオン? 昼から見てないぞ。孤児院じゃないか?」
ククールは、「サンキュ」と言って、疾風のごとく階段をかけ降りました。降りたところで院長の館の方から走っていらっしゃった団長様にばったり鉢合わせ。団長様は、ククールの顔にご自分と同じ不安が浮かんでいるのをすぐに読み取りました。
「マリオンをさがせ!」
「りょーかい!」
ククールは騎士団宿舎を、団長様は礼拝堂と中庭を探します。行く先々で、マリオンの居場所を尋ねますが、一向に見当たりません。
今度は宿舎入り口でばったり会う団長様とククール。
「団長どの! 孤児院は?」
「まだだ。行くぞ!」
二人は孤児院へ走りました。
バタンと乱暴に扉を開けるククール。中にいた子供たちは、何事かとびっくりしています。修道士たちも驚いて、子供たちをかくまうように立ちはだかりました。
「だ、団長殿だ!」
年長の子どもが目をキラキラさせて言いました。
「マリオンは来なかったか!」
「マ、マリオンさんですか? 午後は来てません」
面倒を見ている修道士が怯えなら答えました。
「午前はいたんだな?」
団長様の恐ろしい眼差しに、修道士は震えながらうなずきました。子供たちのほとんどは、マイエラカリスマきょうだいを目の当たりにして驚き戸惑い、固まっています。
「は、はい。昼食前にハーブ畑へ行くと……その後は姿を見ておりません」
「ハーブ畑だな!」
二人は今度はハーブ畑へ走ります。
「団長どの、いません!」
ククールに辺りを探させ、団長様も見渡しますが、ハーブが風にふわふわと揺れるだけ。人はおろか、蝶々さえも飛んでいませんでした。
「植えようとした苗とか肥料も見当たらないし、この畑に関しては何の変化もありません。誰かが作業した様子はないです。団長どの? ホイミン、さっき修道院にいませんでしたよね……。マリオンとホイミンは一緒にハーブ園に向かったんでしょうか」
「ホイミンには一人で外出するなと言っている。マリオンがハーブ園に行ったのなら、ホイミンも一緒だろう。マリオンが個人的に畑仕事をしに行くはずがない」
「そうですよね。二人ともここへ来る途中で誘拐されたのかもしれません。駆け落ちする可能性もないでしょうし」
「駆け落ちはないな。だとすると誘拐か……」
冗談を言ったククールでしたが、団長様が真面目に答えてくださったので、少し嬉しくなりました。はしゃぎたい気持ちでいっぱいでしたが、今はふざけている場合ではないので我慢します。
「ええ。ホイミンはともかく、マリオンを誘拐するのは大変なはずですよね……でかいから。それに、マリオンを誘拐する意味はありませんよね。もしカッサンドラの仕業だとしたら、マリオンを倒してホイミンだけ誘拐するか、二人を誘拐しても、不要なマリオンはもう……」
マリオンはもう……。嫌な考えが頭に浮かんだ二人です。マリオンはもう、女神さまの元へ行ってしまったのでしょうか。
「もう一度修道院に戻りましょう。そしてもう一度ホイミンを探しましょう。あいつが何か知っているかもしれません。あいつ、ちっこいから家具の後ろとかでさぼってるかもしれませんよ」
「お前じゃあるまいし……だが、武器庫あたりにいるかもしれない。最近のあいつのメインの仕事は武器のメンテだからな……」
団長様は、ククールの意見に賛同しましたが、もう一度あたりを見回します。そして、ある建物のところで目を止めました。
「……お前、あの馬小屋のことを知ってるか?」
「馬小屋?」
団長様の視線の先、川沿いに打ち捨てられたような馬小屋がありました。いつからあったのか、いつまで使われていたのか、ククールは考えたこともありませんでした。
ククールが「さあ」と首をひねっていると、団長様は馬小屋に向かって歩き出しました。
「アイアンメイデン……」
「なんです?」
「拷問室のアイアンメイデンはあそこに繋がっているのだ」
何者かのモシャスによって、ホイミンとマリオンが行方不明になってしまいました。駆け落ちではありません。