ホイミンがいなくなった翌日。院長室に団長様とマリオン、情報通のカミーユが来ていました。
「戻ってきませんでしたね」
団長様も院長も、マリオンも夜じゅうホイミンの帰りを待っていました。しかし、ホイミンは周辺見回りで見つかることもなく、自分で戻ってくるということもありませんでした。
「身内もないのじゃからな。どこへも行きようがないのう」
「モシャスを使った輩が誘拐していった、と考えるのが自然なのですが、何しろ証拠がありません」
「一騎士団員が……見習いじゃが、行方不明というだけで、アスカンタに捜索の協力を要請するわけにはいかぬ。十中八九、カッサンドラ卿の手の者じゃ、とわしも思う」
「アスカンタ方面にも騎士団員を捜索に出すことはできませんか?」
「カミーユ、それはだめじゃ。のう、マルチェロよ」
カミーユが院長の椅子に座って言いました。団長様に話を振った院長は、寝台にちょこんと腰かけています。院長室で一番リラックスしているのはいつもカミーユでした。
「はい。……アスカンタの王室と教会の許可をもらえばできないことはないが、自分の騎士団員の捜索など、スパイ活動のように思われる可能性があります。別の名目を用意したとしても、歓迎される行動とは言えないでしょう。今、アスカンタの王室のことを考えたら持ち込める案件ではありません。ましてや、教会はカッサンドラ卿の力が及んでいます。『われわれが誘拐したとでもいうのですか』と因縁をつけてこないとも限りません」
なるほど、と、カミーユは言いました。その隣でマリオンもほうほうと、うなずきます。
「アスカンタの王室も、教会も刺激せずに探す方法を考えないとなりませんね……」
「そうじゃのう……」
終業の鐘が鳴ると、修道院の者たちは、それぞれに夜の勤めの準備をします。食事係、掃除係、見回りなど。騎士団見習い生は夜の教義もあります。交代で身を清めたり、休んだりしていました。食事が終わるころには、仕事のない団員たちがドニに夜遊びに出かける姿が見られます。修道院のきまりでは、夜遊びはしないこととなっているのですが、男所帯の修道院です、若い情熱をため込むのも身体によくありませんから、節度を持って振舞える者は、夜遊びのおとがめはありませんでした。
しかし、状況が状況ですので、食事の後、団員も見習い生も一緒に、しばらくの夜間外出禁止が告げられました。
「あれ、ククールじゃないか。珍しいな。罰則はないのか?」
中庭でうろうろしていたククールに、マリオンが声を掛けました。
「ああ、マリオンか。そんな毎日毎日罰則ねえよ」
本当は、おトイレの罰則をサボっています。
あたりをきょろきょろと見まわし、ククールは噴水の縁に腰を掛けました。いつもおしゃべりなククールが、難しい顔をして黙っています。
「ホイミンのことか?」
「まあね。……オレ、探しに行こうかな」
マリオンも噴水のふちに腰を掛け、ちょっと夜空を見上げてからククールを見ました。ククールは、いつになく落ち着きのない様子でした。
「さっきも、院長室で話し合ったんだが、探索は危険だという結論に達したよ」
「危険ねえ」
中庭の噴水の、さらさらという水音は、院内のざわついた空気をいさめるように静かに二人をつつんでいます。
「休暇とってさ、オレ……」
「待て待て、ククール。相手はカッサンドラ卿だ。どんな罠を仕掛けているかわからん」
昨日から堂々巡りになっている議論を、今度はククールとしなければならないのは、マリオンにとって苦痛でした。
「そりゃさ、モシャスのマリオンを見抜けなかったオレの能力に問題があったことは認めるよ。でも……」
「おい待て、モシャスの見分け方なんて簡単にできるものなのか?」
魔法のできないマリオンは尋ねます。
「えー、わかんねえよ。モシャスできる奴なんてこの辺にいないし。例えばホイミンならできるかもしれねえけど、魔法使える奴がわざわざモシャスなんて習得しねえよ。化けなくたってたいていのことは魔法でできるし、モシャスしなきゃならねえ場面なんてリスク大きすぎだろ? そいつの言動とかまねなきゃならねえし、変な受け答えとかしちゃったらすぐばれるぜ? ……できないオレが言っても説得力ないけどさ……」
いや、全然できない俺よりは説得力あるよ、と言いかけたマリオンでしたが、ククールがまだ言いたそうにしているので黙りました。
「探しに行ってやらなきゃダメだって。あいつ、素直ってゆーか、アホってゆーか、騙されやすいだろ? あいつが疑う相手なんてオレのことぐらいだぜ? 絶対カッサンドラに洗脳されちまうって! あのマダンテ見ただろ? あんなの年がら年じゅうぶっ放してみろよ、世界中ボッコボコになっちまう」
「た、確かに」
ホイミンのマダンテは、マリオンも近くで見ていて知っています。あれが更に増強され使い方によっては……と考えると背筋が凍り付きそうでした。
「ボッコボコだよ……世界中……あいつも……」
「ククール……」
そういえば、自己犠牲の呪文の危険性を一番案じていたのはククールでした。マリオンも、魔法がわからないなりにも、マダンテ発動後のヘナヘナになったホイミンのことを覚えています。あのままずっと寝込んでしまった可能性だってあったかもしれないと思いました。
「ククール、あのな、今は時期が……」
「時期とかどうとかじゃねえよ、人の命がかかってんだぜ?」
「そりゃあ、あいつの力をもってすれば恐ろしい……」
「ああっ、もう! ちげーよ。あいつはただの聖堂騎士団員なの! カッサンドラみてえなクソじじいの手先なんてなるべきじゃない。なりたいんならなりゃいいさ。でも、あいつはなりたくないの。トロルの時だって騎士団で守ったじゃんか! なのになんで今度は放っておくんだよ! 兄貴だって山ん中では『行くな』とかかっこいいこと言ってたくせに。今度は騎士団に被害がないから放っておけってことかよ!」
「いや、あいつがカッサンドラの手先になっていいなんて誰も思ってないよ。でもなあ……」
団長様を「兄貴」と言ってしまうほどヒートアップしていくククールに困りだしたマリオンです。
「でも? ……院長も兄貴も、ほっとけって?」
「放っておくとは言っていない。様子を見るいうことになったんだ」
「何の様子だよ?」
「え、いや、あの……」
『何の?』マリオンは思います。何の様子と聞かれて、こんなに困ったことはありません。いつも孤児院で口の達者な揚げ足取り小僧の相手をしているマリオンですが、ククールのその問いに返事できずにいました。
「なあ、オレが探しに行くよ。そうだ、オレも連れてかれたとか、ドニのお姉ちゃんにとっつかまったとか……マリオンから兄貴に適当に言っておいてくれねえ?」
ククールはイライラした様子で腕を組みました。
「ククール、落ち着けよ!」
「オレは落ち着いているぜ? オレ一人で探しに行く。あいつの力ならすぐに逃げ出せるはずなのに、帰ってこないとこみると、おっさん、きっとすげえ結界とかはっちゃってんだぜ」
「ククール! 待て!」
ククールはマリオンを振り返ることもせず、走り去りました。
「どこへ行くのじゃ?」
ククールは、礼拝堂でオディロ院長と鉢合わせしてしまいました。
「えっ? やばっ! ええと……院長様、そう、オレ、ちょっとヤボ用で……。休暇とらせてください」
「休暇? おまけにヤボ用とは楽しそうじゃ。わしも是非付き合いたいのう……何処へ何日くらい行くのじゃ?」
まさか、ホイミンを探しにとは言えません。絶句したところで、院長は優しく言いました。
「心配せずともよい。何も考えておらぬわけではないでのう」
「へっ?」
司祭は頭が良い、しかし、我が修道院にも恐ろしく頭の良い男がいるじゃろう? ちょっと天然じゃが……、と、院長は言い、楽しそうにウインクしました。
「兄貴が? 兄貴が探しに行ったの?」
ククールは、青い瞳をキラキラと輝かせました。
院長は、辺りに誰もいないことを確認し、小声になります。
「いや、まだ行っておらん。スパイを潜入させる手筈を整えておる」
「スパイ? ……誰?」
「……スパイ大作戦じやから、それは秘密じゃ」
ククール、お前さんはスパイになれるかのう、と楽しそうに言いながら、院長は女神像の前で丁寧にお辞儀をしました。
院長のその様子に安心したククールは、とたんに「休め」の姿勢をとってリラックスします。
「そっか。兄貴が考えてんなら大丈夫だな。しかし、突っ走るからなあ。あの人。人には無茶なことさせるくせに、意外なところで抜けてるから、ますますワケわかんない命令してくるんだよ。こちとら命かかってんだぜ? スパイの命が心配だよ……。だいたいさ、スパイ送るなら送るって、早く教えてくれりゃいいのに。ったく、兄貴は秘密主義だなあ。もったいつけなくたっていいのに。ねえ、院長様? そうだ、院長様こそ、はやくオレに教えてくれればよかったんですよ。なんか今日一日イライラしちゃって、全然集中できませんでした。格闘の稽古なんて、メルソーに投げられっぱなし。おまけにカミーユさんにどつかれるし……。そうそう、カミーユさんてば『お前はドニに出入り禁止だ!』とか言っちゃってさ! メッチャ怒られたんですよ。兄貴がスパイの話教えてくれてれば、こんなことなかったのに。……でも、ああよかった。これでなんかすっきりした。じゃあ、さっそくオレ、スパイやりますよ。すっきりしたし。ホントよかったなあ。ねえ、院長様、いいでしょう? オレが行きますよ。お任せください」
ククールは院長の後ろで遠慮なくペラペラと喋り続けます。
すると、
「……貴様は一生隠密行動できまい」
「ぎゃっ!」
突然、女神像の裏から団長様が現れました。
「脅かすなよ! ああびっくりした。かくれんぼかよ、兄貴」
「院長様、この者は失格です」
団長様はククールを無視して院長におっしゃいます。
「そうかのう、駄目か? わしはいいと思うが……。メルソーはどうかのう? 来ると思うか、マルチェロ」
「恐らく来ませんね」
「では、同期のあの、なんと言ったか……リオネルとかトニオとか……」
「院長様が心配するなとおっしゃい、私が無用な詮索をするなと言いましたからね。それをはねのけて探しに行こうなどという自信過剰なものはおりませんでしょう」
「仕方がないのう」
「単独で大丈夫です」
「ではマリオンを……」
「……それは無茶です」
「ふおっふおっ……。やはりか」
「いえ、そうではなく、魔術が……」
「ああ、そうじゃったな。別のことを考えておったわい」
くすくす笑う院長。団長様は居心地の悪そうな様子です。
団長様と院長の会話についていけないククール。二人のやりとりを口をあんぐりと開けて見ていました。
「あっ、あの、オレ……」
「なんだ、まだいたのか。ここから出て行け」
やっと言葉の出たククールでしたが、団長様にギロリと睨まれます。
「じ、じゃあ、オレ、休暇取らせていただきます……では、行ってきます……」
──マジ、ワケわかんね……
ククールはおずおずと、それでも足早に団長様の横を通りすぎました。
ドカッ!
「ってー!」
「ぶわっはっはっ!」
ククールの叫びと院長のばか笑いが同時に礼拝堂に響きます。
「ひでえ、足引っ掻けるなんて!」
ククールは兄の長い足を恨めしそうに、それとちょっぴりのいやらしい目つきで眺めました。
「まこと、隠者の素質ゼロだ。いや、この鈍さ、聖堂騎士団としても失格だな」
「くそー。ちょっと油断しただけなのに」
ククールの言葉に、団長様の翡翠の瞳がカッと見開かれました。
「その油断! それこそが、最大の弱点ではないのか! 貴様はいつもそうやって、言い訳ばかりではないか。それに今回とて、なりふり構わず勝手に探索に行こうとするなど。一体、何様のつもりだ!」
「……えっ? オレ……さま?」
「ふおっふおっふおっふおっ! ふうう、よく笑わせてもらったわい。ククールよ、おかげで腹の肉が引き締まったようじゃ」
笑いすぎでおなかが引っ込むなんて聞いたことがありません。
「……のう、ククール。今日のところは部屋へ戻ってくれんか? 明日、またお前さんに話をする。約束じゃ。それから、後生じゃから、この『スパイ大作戦』のことは、黙っていてもらえないじゃろうか」
院長が改まって言いました。
「え? 院長様? ホントに秘密のスパイ大作戦なの?」
「そうじゃ。わしと、マルチェロと、カミーユしか知らん」
「マリオンは?」
マリオンが作戦にメンバーに入っていないのは珍しい、とククールは思いました。
院長はにこにこして言いました。
「ふふ、マリオンは……」
「い、院長様、ゴホン!」
団長様があわてて遮ります。
「ああ、すまんすまん、マルチェロよ。マリオンには、後でわしが話そう。よいな、マルチェロ」
「あ、はい。しかし、この者で決定というわけでは!」
「そうじゃな。仮に、仮にじゃよ、メルソーとククールと、マリオンであれば……」
「院長様! マリオンは……」
「ああ、そうじゃの、メルソーとククールならば……」
「……いえ、私単独で……」
「仮にじゃよ……どっちが……」
どうも、ククールはスパイ候補になったようです。メルソーも候補の可能性があるのでしょうか、院長はしきりに団長様に誰か選べと言っています。団長様はおひとりでの行動を望んでおられるようですが。
ククールは、兄が自分とメルソーのどちらかを選ぶのか、興味津々で見ています。
「院長様、メルソーが来れば、のお話でございますね?」
「そうじゃ」
「……それは、そのときに……」
「むふふ、よいよい、そのときじゃな?」
──むふふ?
ククールは、院長が、院長らしくない笑いをしたのを見逃しませんでした。すこしドキドキします。どんな大作戦なのかわかりませんが、どうしても選ばれたいと思いました。
「そういえば、貴様、まだいたのか。今度は切り殺すぞ。早く消えろ。そして絶対にこの話を誰にも言うな!」
「えっ……あの、オレ、あにき……団長どのに選ばれるように……」
「だから、この話をするな!」
「了解しましたっ! では、失礼します」
ククールは礼拝堂を出ました。ちょっとまだ頭が混乱していましたが、困ったり怒ったりしている団長様の姿が見られてとっても面白かったと、得した気分で眠りにつきました。
ホイミン捜索のためにスパ大作戦がとられているようです。団長と誰が組んでいくことになるでしょう。