さて翌日。スパイ大作戦の候補者となったククールは、同室のメルソーの動きをじっと観察していました。
──スパイ。スパイは、スパイだとばれてしまうことが一番いけない。今、オレはスパイとしてメルソーを見張っている……
「なんだよ、ククール。いやに早起きだな。いつも起こさなきゃ起きねえのに」
「たまにはな……」
──メルソーに不審な動きはない。スパイに立候補する気はないのだろうか……
「俺は朝飯当番だから行くぜ。二度寝すんなよ」
メルソーはさっそと着替えると、部屋を後にしました。
「二度寝なんかするかよ」
ククールは小さくそう言って、自分も支度をはじめました。
団長様とスパイ大作戦に関われるかもしれないという思いが、ククールに力を与えます。ククールはまっすぐに食堂へ向かいました。
食堂から厨房を覗き見ます。
「おい、火が強いぞ!」
「はい、すみません」
先輩騎士から注意を受ける新人団員に、メルソーが丁寧になにやら教えています。
──むむっ。メルソーの評価が高いのはこういうところか……
「メルソー、仕上げを頼む」
「えっ? 俺ですか?」
「ああ。お前のほうが俺より早いし上手い。俺は洗い物をする。おい、新人! お前は皿を用意しろ!」
「はっ、はい!」
──仕上げをメルソーにまかせて、先輩が皿洗い? 新人に楽な仕事任せて……あの先輩ももしやスパイになるつもりか……? あの人もたしか兄貴の熱烈なファンだもんな……。いや、待てよ、スパイ大作戦のことは秘密なんだから……。
団長様と院長は、ホイミンを探しに行こうとする者を見つけ、スパイ活動に従事させようとしているのです。ククールは、団長様と院長がスパイをスカウトしているのではないかとすっかり勘違いしていました。
──行くな、って言われても、行ってくれそうな人材を探しているんだろう?
いえ、違います。あなたのように、実際に行動に出ている人を探しているんです。
「おい、ククール、何の用事だ!」
「えっ? ああ、ククールじゃん、どうした? まだメシには早いぞ。あ、そうか、お前今朝は珍しく早起きだったからな。ハラ減ったんだろう」
「あっ、いや、別に……」
先輩騎士に見つかってしまいました。メルソーの言葉に、新人団員もくすくす笑っています。
そそくさと食堂から出ていくククール。仕方がないのでマリオンの姿を探します。
──いや、待て。
中庭へ出かかって、足を止めました。
──マリオンは作戦を知らされていない。でも、兄貴はマリオンと作戦を遂行するのを嫌がっている。マリオンには近づかないほうがいいか……やっぱり、候補のメルソーのことを監視していたほうがいいな。
再び食堂へ向かおうとするククールの目に、団長様の姿が映りました。
──やばっ!
昨日、おトイレ掃除をサボっているククール。逃げようとしましたが、ここで逃げては怪しまれると思いなおし、知らんふりを決め込んで食堂へ向かいました。
「貴様、なぜそっちへ行く?」
「えっ?」
──食堂へ行くのを不審に思われた?
あせったククール。
「えっ、あの、なにか手伝いでもしようかな、と思いまして」
「暇なのか」
「あの、……はい」
団長様は、うつむくククールをちらりと見て、礼拝堂のほうへ向かいます。ククールは石のように固まっていましたが、いまさら食堂へ行く気にもなれず、しかたなく、サボったおトイレ掃除をしに行きました。
朝食後もククールは落ち着かず、あちこちでメルソーや他の団員の挙動をを気にするという、無駄なことをしてお昼を迎えました。
昼食後、再び、団長様と院長からホイミンのことについて注意があり、「決して勝手な行動をしないように」と強く言い渡されました。そして、何か言いたいことがあれば礼拝堂へ来るように、と付け加えられました。
団長様と院長が礼拝堂に行ってしまうと、団員たちの間でホイミンについて話が上がりました。
「まあ、団長殿がああおっしゃるんだから仕方がないな」
「そうだな。相手は貴族だろう。それも王室と近しい」
「院長様と団長殿がかわるがわる注意するんじゃ、マジでヤバイ状況なんだぜ?」
「ホイミンが心配だけどな……」
「いずれ捜索部隊が出るよ。今は準備でもしてるんだろう?」
「だな。俺たちが焦ってもな……」
口々に勝手なことを言っていますが、みんなホイミンのことを心配してはいるんです。でも、団長様が厳しく自粛を促しているので、反抗してまで何かしようとする者はいませんでした。騎士団の上層部は話し合いをしていますし、『上に任せて従う』という体制はしっかりとできています。それでもなお、ホイミンを探しに行く者。それは、上層部に反抗する者、または、話をちゃんと聞いていない者ということになります。
「なあ、ククールよ、おかしくねえ?」
メルソーです。
「な、何が?」
すこしぼんやりしていたククール。メルソーに死角から声をかけられてドキッとしました。
「だってよ……院長様も団長殿も、同じこと言いすぎじゃねえ? 団長殿なんて『何度も言わせるな』とか『二度は言わん』とか、口癖みたいなのに。ご丁寧に一日3回くらい言ってるぜ?」
「ん、ああ、そうだな。それほど、ヤバい案件てことだろ?」
「それに……」
テーブルを拭く手を止め、メルソーがククールを正面から見つめます。
「そ、それに……?」
朝からメルソーをストーキングしているククール。何を言われるか気が気じゃありません。
「お前が文句言わねえ」
「!!!」
「団長殿のお小言や厳しい物言いには、いつもだったらお前なりに文句を言ってるのに。今度ばかりはなんも言わねえじゃん。なんか企んでんのか?」
「まあね」
メルソーに図星をさされたククール。でも、ここは我慢のしどころです。すっとポーカーフェイスをつくり、落ち着き払って言いました。
「ま、企みってほどじゃないさ。兄貴や院長様が何を言ったって、同じことさ。もちろんメルソー、お前にだって話すつもりはない」
具体的な企みなんてありませんが、メルソーに何か企んでいると思わせることに成功しました。ククールは、何もなくても「何かありそうだ」と思わせる天才です。
「お前まさか、ホイミンを探しに行く気じゃ……?」
「さあね。メルソー、お前こそ」
「なあ、一緒に行かねえか?」
「一緒に?」
さて、困りました。団長様と院長の話では、団長様のお供は一人です。ククールは自分が選ばれる前提でいますので、ここで邪魔が入っても困ります。
──マジか……? 兄貴はオレとメルソーとどっちを選ぶんだ? 昨日の話では「メルソーが来たら考えます」って院長様に返事してたよな……。オレが外されて、メルソーってことも……
ククールは平静を装い、メルソーに向き直りました。
「一緒にって、どこへだよ」
「だから……」
メルソーは周りの団員たちを気にしています。
「ちょっとこれ置いてくるわ……」
メルソーはその辺を布巾で適当に拭き、厨房へ向かいます。
──オレと二人でホイミンを探しに行こうとしているのか?
ホイミンを探しに行きたい、でも団長様が行く準備をされている、連れは一人です。それをかいくぐってメルソーと二人で行くとなれば、団長様との二人旅がなくなってしまう。
──いっそのことメルソーと三人で……
団長様と二人で行くのが理想です。でも、へんな動きをしてメルソーにその座を奪われるくらいなら、三人で行ったほうがましだと考えるククール。メルソーが、団長様が行く準備をしていると知ったら、きっと行きたがる。なぜなら、メルソーも団長様に憧れているからです。
──そうなったら、オレとメルソーの二人連れで、兄貴が離れたところで見ている、って図式か。いや、でも、兄貴は単独でいい、って言ってたから、三人でなんて……
メルソーが戻ってきます。
「カミーユさんが何か言いに行くらしいぜ。俺たちも行こう。この際だから、一刻も早く隊を組んで行こうって言おうぜ」
「隊?」
「そうさ。それが一番早いよ。お前だって、その捜索隊に入りたいんだろ?」
──あー、そういうことか。でも待てよ、なんで作戦を知ってるカミーユさんが……。てゆーか、カミーユさん、いたんだ。
ククールがあたりを見回すと、マリオンは孤児院へ行ったようです。この日の午前中は訓練はなく、武器の手入れと見回り、掃除が中心です。ほとんどの団員は役目につくか自室へ戻りました。何人かがカミーユとともに「言いたいことのある者」として礼拝堂に向かいます。
「今のうちに言えよ、マルチェロは午後から外出だからな」
「お、おお、カミーユさんが一緒に言ってくださるなら安心だ」
「そうだな。みんなも行こうぜ!」
「おい、ククール、どうすんだよ」
「カミーユさんと行けよ。オレはオレで行く」
「そうか。カミーユ隊ができたら、お前も絶対来いよ!」
メルソーは、皆に遅れるまいと走っていきました。
「やれやれ」
ククールは、礼拝堂がざわつき始めてから、ようやく立ち上がりました。
次でスパイが決まりそうです。