礼拝堂で団長様と院長と面接をしていた団員たちでしたが、ククール以外、皆礼拝堂を後にしていました。
最後のククールは、面接なんて受けないと言い、ついには「兄貴のバカ!」と言ってしまいました。
そのとき、何かが発動し、礼拝堂から、団長様、ククール、院長の姿が消えたのです。
「あれ、ここどこ?」
少しめまいを覚えたククールが、目をごしごしこすりながら言いました。
「わしの部屋じゃよ」
ククールは目をぱちぱちしてあたりを見回しました。
──あれ、今さっき礼拝堂にいたのに……なんで院長室?
ハテナマークいっぱいのククールの目の前には、団長様と院長がおりました。そして、院長の言うとおり、ここは院長室。
「あれっ? 修道院内ではルーラできないはずじゃないんですか?」
「魔法使いが出てくるベストセラーの読みすぎだな」
「まあまあ、わしは院長じゃから特別にカッコいい術が使えるのじゃ」
礼拝堂から院長室に一瞬で移動したことなんてありません。ルーラしたのだろうと思いましたが、天井に頭をぶつけなかったことを考えていたククール。
まあ、何でもありだよな、この世界、と納得することにしたククール。でも、なぜこんな展開になったのかは納得いきません。院長は、不満そうな顔をしているククールをにこにこして見ています。
「一体、どうなったんです?」
「まあ、合格ということじゃ。良いな、マルチェロ」
──合格?
「オレ、スパイ試験に合格したってこと?」
「認めたくはないが、スパイ試験に合格だ。聖堂騎士団員ククール、不本意だが、これより特別任務を言い渡す」
団長様はものすごく不機嫌な顔で言いました。
真昼の太陽が院長室の温度を上げていきます。ククールは額から汗がつっと流れるのを感じました。
「んで? 何をしたらいいんです?」
「……院長様のご命令でなければ、絶対に就きたくない任務なのだが、院長様たってのご指名であるから、辛酸を舐めるもいとわず……」
「だからさ、兄貴、何言ってんだかわかんねえよ」
「私を兄と呼ぶな!」
「まあまあ、マルチェロや、堪えておくれ。大丈夫かの? この調子で。喧嘩するほど仲が良いと言うが、あまり人前でイチャイチャするでないぞ」
「イチャイチャなど……」
団長様は、院長にからかわれ、ムッとしたいのを懸命にこらえています、ちょっぴり頬の温度が高くなったような気がしたのは、暑さのせいだけでしょうか。
「ククール、簡単に言うと、マルチェロと二人でホイミンを連れて帰ってほしいのじゃ」
「はい…?」
って? 二人で! 兄貴と? やったぜ!
スパイの話をフライングで聞いていたククール。候補のメルソーは、さっきの面接で不採用が決まったということなのでしょう。マリオンの話も出てきていませんから、団長様とククールの二人で、ということに決定したのでしょう。ククールは嬉しすぎてニヤニヤを隠せません。
「具体的な内容は、マルチェロが把握しているから、お前さんは何も心配せず、着いてゆけばよい」
院長はそう言うと、なぜかくすくすと笑いました。
数分後。
「でーっ! やだよオレ! こんなの……」
「ほほう! なかなか似合うではないか、ククール。思った通りじゃわい、のう、マルチェロ!」
ククールは女装させられていたのです。そして出来上がりも大層美しく、女神像のようでした。
「ふむ、マルチェロよ、マリオンでなくてよかったのう」
「院長様……」
院長はげらげらと笑います。
「え? オレやメルソーじゃなかったらやっぱりマリオンと行く予定だったの? マジそれ? ぶっ……」
メルソーはなかなかのイケメンですから、女装も大丈夫な気がしましたが、マリオンはがっちりむっちり体系です。温和な顔はぽっちゃり丸顔。そんなマリオンの女装を想像し、思わず吹き出すククールです。
「ふおっふおっ……どうしても男女のカップルで行く予定だったんじゃ」
「……だが、マリオンは魔術が使えん。貴様が来なければ私一人でよかったものを……」
「だめじゃよ、マルチェロ。男女のカップルじゃ」
「いえ、院長様、うまくすれば一人でも。アランかマリオンあたりに少し手伝ってもらえば……」
「アランはだめじゃ。緊張しすぎてボロが出るに決まっておる」
確かにビビりのアランでは隠密行動に向いていませんし、任務の内容を隅から隅まで把握していないと、なまじ頭がいいので余計なことを言い出しそうです。
「マリオンに手伝わせるとしても……女装はどうかの……ああそうか、その場合はお前さんが女装を?」
「え? 兄貴が女装? ……あははは! そりゃダメですよ、院長様」
「そうかの? なかなかイケると思うぞ?」
「いや、だって目つき悪すぎるでしょ。くノ一か女海賊にしたってさ……その隣でマリオンがおろおろしてんの?」
「わははは! 確かにそうじゃのう、可笑しすぎるわい」
団長様の横で笑い転げるククールと院長。団長様は自分が女装することなどこれっぽっちも頭になかったので、ちょっぴりご自分のペースを乱してしまいました。
団長様が黙って出発の準備をしている間、ククールと院長は、団長様の女装について、何が似合うとかなんとか好きなことを言い合い、それはそれは楽しそうです。
そんな二人を無視し、団長様は一般の旅人が来ているような黒い服に着替えをしました。裏家業の元締めっぽい印象です。使い慣れたレイピアを腰に付けました。
「ククールはレイピアを身に付ける訳にもいかんのう」
「そうですね……ドニで杖でも買いますか?」
「杖か、おお、そうじゃそうじゃ、いいものがあるぞい」
院長は、物入をごそごそ探し、杖を取り出しました。あと念のために、と、革ベルトに入った短剣も出してきます。
「杖はいいとして、この短剣どうやって身に付けるんだよ?」
「マルチェロ、やってあげなさい」
院長はとても嬉しそうに言いますが、団長様は眉間にしわを寄せます。そして目を閉じて少しだけ女神に祈りを捧げました。
「ちょっと裾を持っていろ」
「きゃあ! お兄さま……いけませんわ」
団長様は、ククールのドレスを豪快にバサッとめくりあげ、太ももに短剣を忍ばす革製のベルトをくくりつけました。むき出しになった弟のナマ足は、白く輝き、触れるとすべすべしています。ベルトを強く締めては赤く痕がついてしまいそうですが、団長様は構わずぐいぐいと締めつけます。
「ああん、お兄さま……い、痛い」
「妙な声を出すな!」
「だっていてえんだもん。マジで締めるな!」
「うるさい。ならば自分でやれ」
団長様は乱暴に革ベルトをククールに押し付けました。
わかったよ、いてえな、全く……とブツブツ言いながら、ククールは片足を上げ、ドレスの裾を自らめくりあげました。熱気ムンムンの室内に妖しい姿が現れます。
「ほほう、マルチェロや、女神様が嫉妬してしまいそうなほど扇情的じゃと思わぬか……」
「院長様! 何をおっしゃいます?」
団長様は声が裏返ってしまいました。さすがの団長様も、この暑さにクラクラきて、脳内にいかがわしい姿が焼き付いてしまったようです。
「気をつけての……。あとのことは気にするでないぞ」
「院長様、お世話になりました……お兄さまと幸せに暮らします」
「バカなことを言うな!」
「ククール、兄から離れるではないぞ。しっかりとつかまえておれ」
「はい……」
ククールと院長は、団長様の冷たい視線にも構わず別れを惜しんでおりました。
「ではオディロ院長様、行って参ります」
「うむ、マルチェロ、頼んだぞ。慌てずともよい、楽しんで参れ……」
──楽しんで? 全く、何が楽しくてこんな気味の悪い生き物と極秘任務につかねばならないのか……
団長様は眉間のしわをより一層深くし、妙にドレスの似合う弟と出立しました。
「なあ、もうちょっとゆっくり歩いてくれよ……。めちゃめちゃ歩きにくいんだぜ? これ……」
「もう少し歩幅を狭くして歩いたらどうなのだ。女のように歩け。……女のことはよく知っているのだろう?」
「意地悪ね、お兄さまったら……。でもね、ホント歩きにくいのよこの靴。いっそ裸足になりたいわ」
「ならば脱げ。どうせ旅芸人のようなナリだ。裸足でもよかろう」
「でも、地面冷たいし、トゲでも刺さったら血が出ちゃうわ」
「ええい、仕方がない。つかまれ。急いでパルミドまで行くぞ」
きゃー! 嬉しゅうございます、とククールは頬をピンクに染めて団長様の左腕にしがみつきました。そして必要以上にべったりと寄り添います。
「歩きにくい、あんまり寄るな!」
「だってぇん」
全く、キショク悪い……と思う団長様でしたが、すれ違う全ての人がククールを見て「メチャメチャ美人!」とか言っているのには気づいていらっしゃいませんでした。
ようやくパルミドにつく頃にはとっぷりと日が暮れて。二人は早速酒場に向かいました。
しばらくホイミン救出作戦が続きます。