誘拐されたホイミンを探すため、団長様とククールはパルミドの酒場へ来ていました。長い銀髪をなびかせ、女装したククールは兄に流し目を送ります。
「で、何すりゃいいんだよ?」
「おい、口を慎め! 足を閉じろ。女の振りをしていろ」
コソコソと話す二人を酒場の客はいらやしい目で見つめます。小汚いパルミドには似つかわしくない、美しい女と背の高いいい男が来店しているのですから。
わかってるわよ、と団長様にウインクするククール。
「調子にのるな」
そう厳しく言いながらも、ごく普通のカップルを装わなければならないので、団長様は営業スマイルで「君の瞳に乾杯」とおっしゃいました。
数時間後。
団長様とククールは宿屋にいました。
「お兄さま……わたくし、覚悟できておりましてよ」
ククールは、団長様に見せつけるかのようにシースルーのはおりものを脱ぎ始めます。
「もういい。無理だ」
「えっ? なんで? オレが手伝って……」
ククールは団長様の股間に手を伸ばします。団長様は、その手をびしぃっと叩き、勢いよく立ち上がりました。
「って?! 叩かなくたっていいべ? あ~あ、赤くなっちゃったよ」
ククールは涙を浮かべて左手の甲をふーふーしています。
「静かにしろ……。いいか、私たちはスパイだ。パルミドで情報収集するつもりなのだが、あまりに……」
「あまりに……?」
「私に隙がなさすぎて、変な奴等が寄ってこない」
「って、もしやオレを売るつもりで?」
「……いや、売る訳ではなく、お前に言い寄る者を捕獲し、ツテをつくるつもりだった」
「それ、売るってことじゃん……。……そんなの、こんな猿芝居しなくたって、カミーユさんを派遣すれば一発じゃんか。あの人なら3日もすれば信用ばっちりだぜ?」
「彼の仕事は別にある」
「どんな?」
「貴様などに知らせる必要はない」
「へえへえ、そうですか。まあいいや。んじゃ、どうするんです? 団長どの」
「やり直しだ。これから毎日、お前一人でここに残って連れ込まれろ」
「やっ、やだよ。男だってばれたらどうすんだ?」
「大丈夫だ。……きっと」
「兄貴……」
「大丈夫だ。任せろ」
不安でいっぱいでしたが、任せろ、と言われて浮かれまくるククール。ここは本来ならば、どのような段取りでどのようにスパイ活動をするのか詳しく聞かねばならないところですが、団長様との二人旅にすっかり舞い上がっていたのでそんなことぜんぶ忘れていました。そして飲みすぎてちょっぴり酔いが回っているククールは、早々に眠りにつき、団長様に優しく慰めてもらう夢を見てうっかり夢精しそうになりました。
次の晩から、ククールは同じ酒場に一人でいきました。団長様とは別の席に座ります。客たちはククールをナンパしたいのですが、団長様が怖くてなかなか声をかけてきません。仕方がないので酒場にはククール一人で行くことになりました。
「お嬢さん、この間の彼はどうしたの?」
早速声がかかります。
「彼とは終わったの」
ククールは団長様のいいつけ通りに答えました。
団長様の姿がないので、男たちが次々に集まってきました。
何人か目でケンカが始まりました。誰がククールをモノにするか、で。
──兄貴の姿がないと、こんなに違うんだな。オレのモテ加減と、兄貴の怖さ加減とどっちが上なんだ
などと考えていたククールですが、ケンカがどんどんヒートアップしてきてさすがに心配になってきました。しかし、この酒場ではケンカなんて日常茶飯事なのでしょう、見物客はやいのやいのあおり面白がっています。店主もちらちらとこちらを見る程度で、特に気にしている様子もありませんでした。
──おい……どうなってるんだ、パルミドってのは。ドニもあんま品がいいとは言えねえけど、比べ物になんねえな
確かに、ククールの遊び場であるドニの町も、飲んだくれやら荒くれやら、詐欺師なんかも出入りしていますが、このパルミドほどではありません。いちおう、マイエラの聖堂騎士団員が足を運んでいますから、秩序はあるのでしょう。そういう面では、パルミドはほとんど無法地帯でした。
男たちのケンカを無視し、遠くを見つめるククール。ふうっと小さくため息をつけば、男たちもさらに盛り上がります。
そろそろ誰か止めたほうがいいかというほど、言い争う声が店の外にまでもれ出した時、バンッと大きな音がして、背の高い男が入ってきました。団長様です。そして、裏社会の元締めではなく、もっと闇深い世界にいるような、前日よりもさらに危険な香りがする団長様がじろりと見回すと、店内の空気が一瞬でピリリと凍りつきました。団長様は優雅にククールのほうへ近づいてきます。ククールは打ち合わせ通り、団長様をちらりと見ただけで表情一つ変えません。さっきククールが「彼とは終わった」と言ったのは本当なんだろうと、誰もが思いました。
「やめておけ、ソイツ、野郎だぜ?」
静まり返った店内に、団長様の言葉が響きます。
「何だって?」
何人かは、うっと声を詰まらせ、女装のククールをじろじろと見ています。本当か、本当なのか? とぶつぶつ言う者までいます。それほどククールの女装は完璧でした。
ところが、ある男はニヤリと笑い、「なおいいね」とククールの肩を抱きました。
ククールは、キモイ! という表情を団長様に向けますが、団長様の瞳はGOサインが出ていました。
「優しくしてね……」
ククールは男にしなだれかかるようにして着いて行きました。
男色の男に宿屋に連れ込まれたククール。
……兄貴……早く来てくれよ……。ククールは心の中で叫びますが、団長様に聞こえるはずもありません。
「あんた、男なんだろ? 全然気づかなかったぜ」
ガタイのいい男は、上着を脱ぎながら言いました。
ククールは仕方なくうなずきます。
「いい演出だ。コスプレってヤツだな。俺はシスター姿が好みだが、踊り子さんもいいもんだな」
男の顔が近づきます。
「ね……、待って、もう少し飲まない?」
「いや、あんたを頂いてからにしよう」
「わっ、わっ! やめっ」
男はククールをベッドに押し倒します。ククールは必死で抵抗しますが、慣れないドレスで思うように動けず、忍ばせた短剣にも手が届きません。男は、やすやすとククールを組み敷きました。
「いいね、燃えるぜ……」
「ひぃっ!」
男の臭い息がククールの口に近づいてきます。すると。
バンッ!
「お兄さま!」
「さあ、その手をどけてもらおうか」
扉を勢い良く開けて入ってきたのは団長様です。レイピアを構えています。
「貴様ら、グルだったのか」
男はさっと身構えます。拳法の腕前がありそうでした。
「言っておくが、その女の姿をした男は、タチだ」
「なにっ?」
ククールは、兄の口からいかがわしい言葉が出てきたので嬉しくなりました。
「そうさ。んで、兄貴はああ見えてネコ。まあ、オレはあんたをどうこうするつもりはないから安心しろ? 兄貴に手を出すつもりなら、棺おけを先に用意しておくんだな」
ククールは男の背中を蹴り飛ばし、ベッドの上にあぐらをかきました。
「貴様ら、このあたりの美人局ではないな?」
男は少々がっかりした様子で言いました。
「違う。……ああ、貴殿はアスカンタの官吏か? パルミドをネグラにしている美人局盗賊団を追っているのだろう?」
団長様はレイピアを鞘に収めておっしゃいました。
「官吏? そんな訳ねえ。あんたたちこそ何者だ?」
「それは言うわけにはいかないが……貴殿、お仲間が迎えに来たようだが? どうする? 我々を売るか?」
「俺に仲間はいない。なんのことだ?」
団長様が黙るように合図すると、確かに戸口に人の気配があるのがククールにもわかりました。
「ノゾキじゃねえの?」
ククールが言います。
「では巻くぞ。上手く合わせろ」
団長様は短く祈りを捧げました。そして戸口の人物にも聞こえるようにおっしゃいます。
「うまくいったな。あの男、名は何と言ったか……」
男は小声でニコラス、と告げます。
「お兄さま、確かニコラスとか……」
「そうだ、そんなような名だったな。しかしもう少しゴールドを持っていると思ったが。見かけだけだったな……。まあいい。そんなことよりほら、早くこっちへ来い……」
「いやん、お兄さま、エッチ……うふん……。ねぇ、それであの男、何処へ?」
「気になるのか? まさかお前、あの男を気に入ったとでも? 許さんぞ? 今夜は嫌というほど……」
「ああん、お兄さま……ごめんなさい。わたくしにはお兄さましか……待って……お兄さま……あっ、あはん」
ククールは、芝居がかった喘ぎ声を上げながら、ベッドをギシギシさせます。
「あの男は、井戸に放り込んでやった」
「まあ、お兄さまったら、怖い……」
「なかなか楽しい展開になりそうだったぞ……その井戸からは不思議な熱気が上がっていて……」
団長様が井戸の話をすると、戸口から足音がパタパタと遠のいて行きました。
「二人かな?」
「そうだな。あの足音、相当な訓練を積んでいる」
人の気配も足音さえも聞こえなかったニコラスと名乗った男は、目の前の不思議な二人連れをポカンと見つめるばかり。
「なあ、あんたたち……」
「今は言うわけにはいかない。あと数時間で夜が明ける。仮眠をとってくれ」
ニコラスはそのままベッドにもぐりこみましたが、よくわからない展開にすっかり混乱しています。そんなことおかまいなしに隣ですうすう寝息を立てているククール。もう、ククールをどうこうしようなんて気にもなれません。そして殺気出しまくりの団長様がニコラスを監視するかのように立っていましたので、ちっとも眠れませんでした。
夜明けとともに、三人はマイエラ修道院近くの朽ち果てた馬小屋にルーラしました。
ニコラスはマッチョな格闘家です。