さて、パルミドでスパイ大作戦遂行中のマルチェロ団長さまとククールにだまされたような形で協力することになったニコラス。ドニに連れていかれ、団長様に言われた通り毎日酒場に顔を出し、2杯飲んで宿に泊まる、ということを繰り返していました。女装のククールも毎日現れ、ニコラスと一杯だけ一緒に飲むのですが、「うふふ」とか意味深な微笑みを浮かべ、いつのまにやらどこかへ消えてしまいます。
「……よう、あの美人の連れは、あんたの女じゃねえのかい?」
「……いや。知り合いだが、俺の女じゃない」
「そうか、なら今度紹介してくれよ……」
「ああ。今度来た時に」
急に現れた旅人風情のニコラスと、謎の美女のことは、すぐに酒場でも噂になりました。事情を知らされていないマイエラの騎士団員まで声をかけてくる始末。
──マルチェロの指示は、「女のことを聞かれても、適当にはぐらかせ。紹介しろなどと言ったら、紹介してやれ。あとのことは本人に任せればいい」だ。だからククールのことはいい。しかし、「ニコラス、貴殿のことを聞いてくるものには注意してくれ。出身や仕事のことなどはいい。パルミドのことを言い出す奴がいたら注意してくれ。その時は示された酒を飲んで欲しい。相手にもおごってくれていい……」と。パルミドで俺を追ってきた奴をドニで捕まえようということなのか
目的のよくわからない役回りをさせられている、とニコラスは思いました。
──弟たちを探すためとはいえ、身元のよくわからないあの二人を信用してしまってよいものか……
ニコラスは大人ですから、ちゃんといろいろ考えていました。勢いで他人の口車にホイホイ乗るような男ではないようです。
──だが、あの男……。兄のほうだ……美しい緑の瞳をしている。あの瞳の力に、俺は縛り付けられてしまったのかもしれない……
ニコラスはグラスを強く握り、頭を抱えました。
ククールを紹介してくれ、と言ってきた男はもう両手で数えきれないほどです。マイエラの騎士団員もいましたが、旅人、僧侶、軍人、成金、ヤクザ者……ありとあらゆる職業の男たちが近づいてきました。中には、ニコラスに媚びてやろうとする者まで。城勤めの長いニコラスは真面目でしたから、こんな世界があるのかと、毎日いっぱいいっぱいです。今日もドキドキしながら目の前のグラスを見つめていました。
──さて、今日も時間だ。お代わりを頼んで……
ククールは消えてしまったので、寄ってくる男もいません。いつになく静かな夜だな、とニコラスは思いました。カウンターに座るように支持されているニコラスは、カクテルを作るバーテンをぼんやり眺めていましたので、隣に座った人物に気づかずにいました。
「失礼、お隣よろしいですか?」
「えっ? ああ、どうぞ」
隣に座った男に見覚えはありません。ですが、少し嫌な気持ちがしました。
──臭う。かつての俺と同じ、誰かに付き従っている奴の臭いだ
何か、権力の臭いを感じ取ったニコラスは、慎重に男の顔を見ました。男は薄ら笑いを浮かべます。
「先ほどのかた……美しいかたでしたね」
「……そうですね」
「お身内ですか?」
「……まあ、そんなもんです」
──身内? 妙な聞き方をしてくる。ヤクザ者か?
男の顔に見覚えはありませんでした。もしかしてパルミドで会っていたかもしれないと、ちょっとじっと見つめてしまいました。男はニコラスを見返すこともなく、視線をカウンターの中に移しました。ニコラスは、男が飲み物を注文したので、自分もお代わりを頼もうとしました。
「あなたにお願いがあります」
「お願い?」
男は出された酒を一口飲み、ニコラスのほうを向きました。
「人を探しています」
「人を? ……誰です?」
「わかりません」
「……どういうことですか」
──誰だかわからない人を探す? ふざけているのだろうか
ニコラスは、お代わりを頼むか迷います。もしかしたら、団長様に指定された酒を注文しなくてはならないかもしれません。
「……それに、なぜ自分に?」
「ええ。それは」
──こいつ、俺のことを知っているのか。だとしたら、アスカンタの……軍か、まさか王室か……
「お返事だけいただきたい。悪いようにはしません」
「誰を探すのかわからないのに協力できません」
「……」
男は笑ったように見えました。
「いいでしょう、明日、また来ます。……弟さんのことで少しお話もありますから……では」
男はカウンターに多めのゴールドを置き、席を立ちました。
──あいつ、俺を知っている!
「お、女将さん……」
「はい」
ニコラスは、団長様に指定された酒を注文しました。
……その酒を注文したら、ゆっくり飲み、必ずコースターを確認すること……
団長様の言葉を思い出しながらゆっくりと酒を口に運びます。コースターの下にメモがありました。ニコラスが女将を盗み見ると、彼女は口の端をちょっと上げました。
翌朝、ニコラスはメモの指示通り朽ち果てた馬小屋へ向かいました。
この日は朝早くドニを出発し、徒歩で馬小屋へ向かいます。その様子をしっかりとカミーユが見張っていました。団長様とカミーユのダブルチェックをパスしたニコラス。ホイミン捜索には力となりそうです。
あたりに誰もいないことを確認し、すっと馬小屋に入ったニコラスを待っていたのは、見慣れない二人組でした。
「だ、誰だ!」
思わず構えをしてしまうニコラス。ですが、相手の二人組からは殺気は感じられません。殺気どころか、歓迎されている様子です。
「マイエラ修道院聖堂騎士団団長のマルチェロだ」
「同じく聖堂騎士団員のククール」
騎士団の青い制服に身を包んだ団長様。そして隣には赤い制服に身を包んだククールがそろってニコラスを迎えました。
「えっ? えっ? あんたたち……聖堂騎士団か! おいおい、腰が抜けそうだぜ」
あっけにとられるニコラス。
「いやあ、騙してごめんよ。ちょっとだけ時間が欲しかったからさ」
「いや……。だが、昨日の男は……。俺が今日も酒場に行くと思っているぞ」
「大丈夫だ。私たちの身元は割れていない」
「おい、俺は割れてんだよ」
「大丈夫だ」
何を根拠に、と言いたいところでしたが、もう後戻りできないところまで来てしまったと自覚しているニコラスは、ふうとため息をつきました。
「貴殿の命は、我々が預かります」
「マ、マルチェロ……」
少し赤くなったニコラスに構わず、団長様は続けます。
「これよりカッサンドラ陣営に乗り込む。貴殿も共に戦って欲しい」
団長様の有無を言わせぬ厳しい物言いにひるむニコラス。土手に飛び出してしまった川魚のようにクチをパクパクさせています。
「相手は魔法使いの集団。手強いが、必ず弱点がある。例えば、これだ……」
団長様はニコラスが「Yes」でも「No」でもなく、強制的にどちらも選べない状況に追い込んだことを翡翠の瞳で確認し、書簡を示しました。封蝋はコントレック公爵様のものです。
「我が聖堂騎士団員見習い生、及びニコラス殿お身内の奪還に参る」
「オレたち最強の三人組だぜ! いざ、出発!」
ククールの間抜けたかけ声が上がります。
「ま、待ってくれ、本当に三人で? それも今から?」
こんな強行軍だとは、全然心の準備ができていなかったニコラス。聖堂騎士団なら、もっと人がいるだろうよ、呼んできてくれよ、と叫びだしたい気持ちでいっぱいです。
「じゃ、行こうぜ!」
ククールは楽しそうに団長様の後に続きます。ニコラスは不安を顔で表しながら二人に続きました。
次はカッサンドラ陣営に乗り込みます。