「なあ、ニコラス、あんた拳法の使い手か?」
パルミドの山岳地帯へ向かう三人。
楽しげに話しかけてくるのはククール。およそ敵陣に乗り込む様相には見えませんでした。まるでピクニックです。
「あ、ああ」
「城の役人だったんだろ?」
「そうだ。だからもちろん剣も使えるが、拳法の方が得意だ。あんたたちは……」
「オレは剣が得意。あと魔法もちょいとな。兄貴はなんでもできるんだぜ。剣は師範レベルだし、魔法も使える。拳法もかなりの腕前だ。オレなんていつもひとひねりされちゃって……地下室で……」
何を思い出しているのか、一人にやつくククールです。ニコラスはどんどん不安になってきました。
──大丈夫なのか。前を歩く若き聖堂騎士団長、彼は素晴らしい騎士であることはわかる。だが、連れがなぜこの男……? 女装要因だったのなら、この先は他の団員でも……いや、まさかまた女装を?
ニコラスはぶんぶんと頭を振り、まともな思考を探しますが、どうもこのククールが絡むとおかしな作戦に移行してしまうのを振り切ることができません。
「なあ兄貴、ちょっと休まねえ? 歩きっぱなしだぜ。こんな山道さあ……」
弱音を吐くククール。団長様は振り返り、睨み付けました。
「また貴様は! 鍛え方が足りんのだ! その気取った歩き方は何だ? 山岳地帯へ向かっているのだ。山道なのは当たり前だろう」
仕方なく休憩を言い渡す団長様。
団長様の緑色の鋭い視線は森の中だと言うのに、一直線にククールを射します。
──美しい眼だ……マルチェロ……。ニコラスはつい見とれてしまいました。
「?」
「……ああ、済まない、団長殿、貴殿おいくつだ?」
その問いには、赤いククールが嬉しそうに答えます。
「兄貴は25歳、オレは17歳で~す。ニコラスは?」
「ああ、俺は27だ」
──そうか、ククールはまだそんなに若いのか。甘えが出るのは仕方がないか……だが、兄?
ニコラスは、ちっとも似ていないこの二人は、本当のきょうだいではなく、いわゆる「兄弟の契り」を結んだだけなのだと思っていたのですが、マルチェロほどの男がなぜこんな阿呆と……と思うと不思議でなりません。
「なあ、ニコラス、緊張するのはわかるけどさ、まだまだ敵陣は遠いぜ? 今からそんなじゃ、カッサンドラの前につく頃には集中力なくなっちまうべ。ゆるゆる行こうぜ」
緊張しているわけではないのだが、と言おうとしましたが、団長様が立ち上がったので口を閉ざしました。
「ククール、ニコラス殿とて貴様のような緊張感の全くない男に言われたくはないだろう」
団長様に味方してもらえたニコラスはちょっぴり体温が上がりました。
「それに、本陣は遠くても、配下の者がどこぞに潜んでいるかも知れぬ。油断は禁物だ」
ニコラスは気づいていました。ククールとニコラスを休ませ、ご自分はしっかりと当たりを見張っていたことを。
短い休憩をはさみつつ、三人は岩場の多い山道を進み続けました。
見晴らしの良い場所に出たので、進むべき方向に敵がいないか確認することにした一行は、岩の陰に身を隠しました。
ニコラスは、ククールが高いところに上って思い切り背伸びをしようとしているのを、団長様が叱責しているのを見ていました。
──見晴らしがよい、ということは、敵からも丸見えということだ。そういう基本的なことがまだ身についていないククールは、やはりまだ若い。
団長様に叱られ、一瞬肩を落としたそのククールでしたが、また元気におしゃべりを始めました。
「なあ、兄貴、カッサンドラのアジト、よく場所がわかったな。いつ調べたんだ」
「私を兄と呼ぶな! 任務遂行中だ。ふざけているならここで斬って捨てるぞ」
「ごめ、すみません。団長どの、敵陣の場所は、いつ、どの様に調べたのですか」
「調べたのは私ではない」
「ではカミーユさんですか?」
「誰である、とは貴様に教える必要はない。それに、誰がどこで聞いているのかわからん。人の名を口にするな」
「すみません」
叱られたのはククールですが、ニコラスは先ほど団長様に年齢を聞くなど、余計なおしゃべりをしたことを反省しました。
──敵、か。カッサンドラを敵に思うのは同じだが、聖堂騎士団にとって俺は完全なる味方ではないか。
ニコラスは少し寂しくなってしまいました。
さて、慎重に歩を進める一行。先頭の団長様に守られ、ついにカッサンドラ陣営らしき砦を見つけました。
「案外近かったな。まだ日が高い」
団長様はさらりとおっしゃいましたが、ククールとニコラスはヘトヘトです。
「まだ日が高いって……、兄貴、オレさ、ハラ減った」
「私を兄と呼ぶな!」
「はいはい。団長どの、おなかすきました」
……兄弟の契りをしたのではないのか? マルチェロはククールを弟と認めていないのか? ニコラスは、ククールが一方的に兄弟の契りをしたにせよ、口では認めていない団長様が、なぜククールの世話を焼くのだろう、と、またわからなくなってしまいました。
……本当に、本当のきょうだいなんだろうか……。
しかし、ニコラスはそのことを尋ねてはいけないような気がしてなりませんでした。
「ニコラス殿、貴殿も腹ごしらえしてくれ」
団長様は手早くパンとチーズを重ねてニコラスに手渡します。
「なあ、オレさ、育ち盛りじゃん……」
「なんだ、足りないのか?」
うんうん、と首を縦に勢いよくふるククールに、団長様はご自分のパンを差し出します。
「団長殿……腹が減っては戦は……」
ニコラスが心配します。
「だいじょぶ、だいじょぶ。兄貴は不死身だから」
「私を兄と呼ぶなと言ったはずだ!」
「へーい」
「ニコラス殿、気にせず食事を摂り、少し休んでくれ」
団長様はそうおっしゃって、ご自分は水と、氷砂糖を口にしました。
「では、参ろう」
しばしの休憩のあと、団長様は腰のレイピアをきちっと整えておっしゃいました。
カッサンドラの魔法学校と思われる石造りの砦は、山に溶け込むように静かでした。ククールは「アジト」と言いましたが、団長様も、学校というよりも言い得ている、と思いました。
三人は少しずつ近づいていきます。
「山の斜面を利用して作ったのだろうな」
建物でも、洞穴でもない砦は、斜面を崩しつつ、岩を積み上げたような作りになっているようで、外から見ても、どんなかたちの構造物なのか全く想像できませんでした。
「物音がしないな」
「昼休みじゃねえ?」
「見張りもない…。どういうわけか…」
三人は入り口らしき辺りを探りますが、人気が全くありません。
「ん? なんだこれ?」
ククールが足元に描かれた不思議な印を見つけました。
「ククール! 離れろ!」
「うわーっ! あに……」
ククールの身体はシュルシュルという音と共に煙のように消えてしまいました。
「消えた? ククールはどうなったのだ?」
「心配ない。ニコラス、貴殿は魔方陣をご存じか」
「詳しくはないが、見たことはある」
「この魔方陣が、入り口だ。おそらく、ここにいる者はここから出入りしているのだろう」
「ではこの下が?」
「おそらく。内部の者は、外へ出るときには上に行かねばならない。物理的な階段やはしごなどがないとすれば、魔術の力で出入りしている」
「では我らも……」
いや、だめだ、と団長様はおっしゃって、まっすぐにニコラスの方を向きました。
──美しい眼だ……マルチェロ……
ニコラスは自分の中心に熱がこもるのを感じました。団長様はそんなことになっているとは知りもせず、ニコラスの目をしっかと捕らえながらおっしゃいます。
「ここから入るということは、敵陣に正面から乗り込むのと同じこと。あの赤い者は既にとらえられているか、もてなされているかどちらかだろう」
……もてなされている…? ニコラスがわからんという表情をしているので、団長様は説明なさいました。
「口が達者なあの男、うまく誤魔化せる可能性が高いのだ。バカ正直に本当のことを言ったとしても……」
そこまでおっしゃって、ふふん、と笑う団長様。
──ああ、信頼しているのだ、マルチェロは。やはり、兄弟の契りを交わしただけある……
「……まあ、足手まといがいなくなってこちらとしても動きやすい」
──足手まとい? 信頼しているのか、不要なのか、一体どっちなんだ?
ニコラスはまたわからなくなりました。
──いや、今はそのことより、弟たちだ。ここがカッサンドラの学校なら、きっといるはずだ。
優先順位、という言葉がニコラスの頭によぎりました。団長様とククールのことより、本来の目的である、弟の奪還を優先しなくてはなりません。彼はどうも多くのことを一度に考えることは苦手なようです。
「……魔術の力で出入りしているということは、ククールは閉じ込められる可能性がある、ということか?」
「それはどうかわからん。あれの魔力はかなり高い。だが、いろいろな仕掛けによって魔術が発動しなかったりということはある」
「結界か?」
「それもある」
「それでは、子どもたちは逃げようにも逃げられない、ということになるのでは?」
「基本的にはそうだろう。しかし、あまりに複雑な仕組みだと緊急事態に対応できないし、物資の搬入などにも手間がかかる。建物に正面玄関のほかに、勝手口があるように、ここにも勝手口があるはずだ」
……勝手口! ニコラスは、団長様の思考力の高さに舌を巻きました。もし、これが団長様でなく、ククールだったら、間違いなく一緒にあの魔方陣、つまり「正面玄関」から侵入していただろうと思いました。
「あまり砦に近寄らない方がよいだろう。ニコラス、私から離れないでくれ」
マルチェロ! いいとも……貴殿の後ろは俺が守ろう!
ニコラスは案外華奢な団長様の腰辺りを見つめながらついて行きます。団長様は、まさかご自分の背後の者が、その脳内で「つかみやすそうな腰だ」などどいかがわしい妄想を抱いているとはご存知ありません。
魔法の気配を感じたのでしょうか、団長様がふと足を止めました。
見ると、砦の壁に小さな魔方陣が彫られています。
ククールが吸い込まれていったものと同じ文様のようでした。
おっちょこちょいのククール、一人で消えてしまいました。