DQ8 ホイミンとマイエラのひとたち   作:ぽんぽんペイン

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主人公は院長室で暮らしています。人間らしく生活できるように、いろいろな勉強が始まりました。


団長、勉強を教える

「私が、でございますか?」

「正確に言うと、わしと、お前さんとククールが、じゃ」

 

ホイミスライムが連れてきた例の子どもが来てからというもの、団長様はすっかり食事がかりになっていらっしゃいました。今夜も二人分の食事を運んでいます。

 

その子どもはというと、今は院長のベッドですやすやと寝息をたてていました。団長様が「修道院の孤児院へ」と申されたのを、院長が「子細がありそうじゃ」とちょっぴり強引に、院長室にとどまらせています。

 

この子どもは、孤児院にやってくる多くの子どもと同じく、痩せて頼りなげでした。少々発育不良のほかは、健康面に全く問題ないようです。

 

「言葉がわからないというお話でしたが。本当にホイミスライムに育てられたとお思いですか?」

団長様は食事の盆を置き、院長に尋ねました。

 

「……ホイミスライムに育てられたというのは、わしの推測の域を出ておらん。確証はないのじゃが、人間らしい生活習慣がついていないところを見ると、そうとしか思えんのじゃ。言葉については、こちらの言うことはほとんど理解できるのじゃが、まともに話すことができないのじゃ。言葉に興味があるようじゃから、わしの真似をして少しずつ話せるようにはなっているんじゃがの」

「……」

団長様は、危惧されました。院長の真似をしているということは……。

 

「……おじいちゃん?」

「おう、すまないね、起こしてしまったのう」

見ると、子どもが目をごしごしとこすりながら起き上がっています。そして嬉しそうに真顔で言いました。

 

「おじいちゃん、布団がふっとんだ!」

 

……やはり。

団長様の予感がぴたりと当たりました。

 

「そうじゃそうじゃ、よく覚えたのう」

子どもは院長に笑顔を向けたあと、団長様を見つけて言いました。

 

「おじいちゃんの愛し子かの?」

「院長様……」

団長様の眉間のしわがいつもより少し深くなりました。

 

「マルチェロよ、許しておくれ。わしの話すのをこんなに真似るとは思っていなかったんじゃよ」

「ならば、なおさら孤児院の子供の中で育てたほうがよいのではないでしょうか」

「それが駄目なのじゃ。孤児院にいられる年齢ではない。もう見習いの年齢なのじゃ」

「なんですと?」

 

団長様は、どう多く見積もっても13歳とは言えないこの子どもを、視線で射殺すかと思われるほど、まじまじと見つめました。

 

「愛し子こわい……」

「怖い」と言われることには慣れている団長様でしたが、こんな子どもに「愛し子」と呼ばれるのは心外です。

 

「こんなに小さくて、本当に13歳なのですか?」

子供は完全に起きてしまったようです。ベッドに腰かけてにこにこと団長様を見ておりました。

 

「これじゃ」

院長は、小さな巾着としわだらけの羊皮紙を出しました。そこには生年月日のほか、半分消えかけの名前らしきものが書いてありました。

 

「この子の持ち物じゃ。これが本当なら、間もなく13歳じゃ」

 

孤児院は12歳までしかいられません。マイエラ修道院にいるのであれば、修道士か聖堂騎士団に進路を決めなければならないのです。それが決まりでございました。

 

「言葉が話せないのであれば、どちらにしても問題ありますね」

院長は、団長様に頷きながら長い髭を撫でました。

 

「……そこで、この子の誕生日が来るまでに集中して言葉やその他生活習慣を教えるのじゃ、わしとお前さんとククールで」

院長は楽しそうに言います。

 

「ところで、名前は何と言うのですか」

団長様は、教育係をそのうちマリオンに押し付けようと思いましたので、話題を変えました。

 

「そうじゃ、そうじゃ、それも困っておる。羊皮紙にはマーなんとかとあるんじゃが、消えてしまって読み取れん。マルチェロよ、考えてはくれんか? この際、マーではじまらなくともよい。もちろんわしも考えるぞ。まあ、そういうことで、明日朝よりここへ来ておくれ。それからくれぐれも、他言無用じゃぞ」

 

他言無用……団長様はマリオンに押し付ける企みが消えてしまったので心の底から悔しがりました。しかし、感情をなかなか表に出しませんので、院長には、団長様が快諾なさったように見えました。

 

 

次の朝、団長様は朝食とミルクを余分に持って院長室を訪れました。

 

「院長様、おはようございます」

「朝から苦労かけるの」

「愛し子まるせろー、ご苦労じゃのう」

子どもも起きていて、にこにこと団長様を見上げています。

 

「これ、マルチェロ団長殿、おはようございます、じゃぞ」

「まるせろだんちょーとのっ、おはようございますじゃ」

「……」

 

「……マルチェロ、少しずつじゃ。叱らないで教えておくれ」

「院長様の仰せとあらば」

 

腸が煮えくり返るほどの怒りも、オディロ院長にそう言われれば、一瞬で落ち着いてしまうのでした。団長様は院長をたいへんお慕い申し上げておりましたので、今日から院長室で朝食をとれることになり、とてもご機嫌が良うございました。

 

しかし、例のの子どもが自分をじろじろ見ているようなので、団長様は食事の手を止めました。

 

「?」

「食べないのじゃ」

 

子どもは二人の食事風景を珍しそうに眺めています。二人の顔を交互に見ては足をばたつかせて食前の祈りの言葉を紡いでいます。団長様には、舌足らずで発音のはっきりしない寝言のように聞こえました。

 

「これ、ミルクがこぼれるぞ」

院長にそう言われ、子どもはミルクを大切そうに抱え直しました。

 

「ミルクだけは飲むのじゃが」

「こちらへきてずっとですか?」

「そうじゃ。しかし体調不良という様子もない」

 

修道院の食事は一般的な家庭の食事よりも質素でありました。主に野菜を煮込んだスープと固いパンに季節の果物がつく程度です。量も少なく、12歳の子供が食べるにしても少ないほどでした。

 

食事がすみ、感謝の祈りをささげたところで、院長が言いました。

 

「……マルチェロや、名前は考えたかの?」

「申し訳ございません」

 

団長様は、静かに頭を下げました。マから始まる名前は、ご自分のマルチェロばかりが頭に浮かんでしまい、他に考えられなかったのでございます。

 

わしもよい名が浮かばなくてのう、と院長は言いました。

 

「わしが思いついたのは、マーべリック、マーベラス、マチェス、マルコビッチ、マチェッティ、マーラー、マティーニ、マカロン、マヌーサ……」

「最後の方はいかがかと……」

「ふぉっふぉっ、冗談じゃよ。わしも困っておる。肝心のこの子が、うんと言わないのじゃ」

 

団長様は、そんなものは「お前は今日からマーマンだ」と言えば決まりなのに、とお思いになりました。仕方がないので、今日中に考えます、と約束なさり、午前中の学習に入りました。院長はしばらく二人の様子を見た後、礼拝堂へ向かわれました。

 

 

「……普段の生活で使用する言葉は、実際に院長様や、ほかの者と話していけば自然に覚えるであろう。年齢、正確によって微妙な違いがあるのはわかっているのだろう? 例えば、院長様は語尾に「じゃ」「のう」がつくことが多い。だが、それはお前のような子どもの使う言葉ではない。また、自分を「オレ」と言ったり、語尾に「じゃん」「だべ」などがつく者がいるが……」

「ククール!」

「正解だ。あの者の使う言葉はよいとは言えん。真似をしないように」

「りょーかい!」

「それもだめだ」

「はいはーい」

「……はいは短く、一回だ」

 

団長様は、院長ならまだしも、自分より先にククールの言葉をまねていることにちょっぴりいやな気持になりました。自分が来ていないときは、ククールが来て言葉を教えていたとわかったからです。ご自分はなるべくククールと一同じ場所にいないようにしておりましたから、自分の知らない場所でククールが何をしていても興味はなかったのですが、こんなにもこの子どもに影響を与えているとわかり、ちょっと、ええ、ほんのちょっとですが負けたような気がしてしまったのでございます。

 

「……この修道院にいたいのなら、言葉を覚え、規律を守らなくてはならない。規律というのはわかるか?」

「わからん」

「『わかりません』だ」

「わかりません」

「規律というのは、守らなければならない決まりだ。他者と共生共存し、日々過ごすために必要なものだ。それを怠れば、集団生活からはみ出し、ひいては社会全体からもはみ出すこととなり、生きにくくなる。……それは人間だけではない、野生動物や魔物も同じだ。家族の規律を守らねば家族にはいられず、仲間にも見捨てられる。危機の際に助力が得られなくなる」

「……はい」

子どもは、おどおどしながらも、団長様の言葉を静かに聞いておりました。

 

「今日は人の生活についてお前と話をする。お前は朝を知っているか?」

「あさ、あさはあかるくなる」

「そうだ。なぜかわかるか?」

「あかるいほしがでる」

「それは太陽だ」

「たいよう……、太陽は、あかるくあたたかい。かくれているときもある」

「それは、雲があるからだ」

「くも……雲は、雨をふらせる」

「雨がわかるのだな」

「雨はわかる。川になる。海になる。また、雲になる……」

 

団長様は、この子どもがまるで何も知らないわけではないとすぐにわかりました。特に、自然界のことになると、かなり詳細なことまで知識として身についていたのです。

 

「朝、起きたら何をする?」

「ホイミ」

「何?」

「ホイミをしてととのえる」

「ホイミをしてととのえる? 体調管理ということか。だが、この修道院では、ホイミはせず、顔を洗い、礼拝堂で朝の祈りをささげる。孤児院でも同じだ。それから朝食。孤児院ではそのあと掃除をしたり学習をする。今のお前と同じだ。今朝は顔は洗ったのか?」

「あらった。おじいちゃんがおしえた」

「『洗いました。院長様に教えていただきました』だ」

「はい」

 

団長様が真面目な表情で話をしてくるため、子どもは団長様とは目を合わせないように下を向きました。少し怖いのかもしれません。

 

「では、昼だ。昼はわかるか?」

「ひる、ひるはあう」

「会う? 誰にだ?」

「だれ……ママとママににたたくさんと」

「スライムか。会って何をする?」

「ホイミ」

「またホイミか。ホイミしてどうする?」

「ととのえる」

「また整えるのか。修道院でホイミをするときは、訓練中に傷を負ったり、魔物などと戦った時に傷を負ったりしたとき、または病にかかった時だ。修道院では、昼は昼食をとり、再び学んだり訓練したり作業したりする。お前は何を学んでいたのだ?」

「まなぶ、……わからない。いつもホイミをした。そしてねる。みんなでかくれてねる」

 

スライムは単独行動ではなく、群れで生活しているのか、と、スライムの生態について知った団長様です。

 

「他にはどうだ? お前は他の魔物にホイミをかけていたのではないか?」

学習初日で核心に迫る団長様です。

素直に答えていた子どもでしたが、この質問には黙ってしまいました。

 

「……みんな、ホイミしてほしくてくる。あと、ママをつかまえようとして、人間がくる」

団長様の質問には答えなかったものの、ホイミを求めて来る魔物、そしてホイミスライムを捕まえようとしている人間がいることがわかりました。

 

ホイミスライムはレアなのか、と団長様は思いました。団長様も回復呪文が使えますので、ホイミスライムを捕まえようと思ったことなどありませんが、確かにホイミは便利です。ホイミスライムを一体自分の物にしておけばと考える輩もいるだろうと、想像できました。

 

「人間から逃げていたのか?」

「人間も、他の怖い生き物からも」

「そうか。お前は人間の知り合いはいないのか?」

「いない」

「お前はホイミスライムをママだと言っていたが、お前は、」

「知ってる!」

突然子どもはバンと机をたたき、立ち上がりました。

 

「座れ」

「……」

団長様は冷静に座るように言いました。子どもは団長様を強く睨みつけながら座ります。子どもの瞳は、ククールと同じサファイア色の瞳でした。

 

「……では、夜についてだ。夜がわかるか」

「……」

子どもは答えません。

 

「……夜は、食事をし、身体を清潔にし、道具などの手入れをし、女神に祈りを捧げ、就寝だ」

「……」

子どもは、団長様から再び視線を外し、うつむいてしまいました。

 

「……文字は読めるか」

「……」

子どもは首を横に振りました。

 

「ではこの本で文字を覚えよ。孤児院の子供用の絵本だ。わからないところは聞きなさい。同時に、文字を書く練習もすること。用紙はこれ、ペンはこれ……」

団長様はペンの持ち方を優しく教え、子どもが練習するのをじっとご覧になりました。

 




団長は根気よく勉強を教えているようです。
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