「性急過ぎた様です……」
ある日の午後のことでした。団長様は院長室を訪れていました。例の子どもは、ククールとどこかの掃除に行っています。
「……なんのことじゃ?」
院長は、団長様に椅子をすすめ、ご自分はベッドに座りました。
「……はい。親のことを聞いてしまいました」
「本当の親、ということか」
団長様は、例の子どもにに勉強を教えることになってすぐ、ママと呼んでいたホイミスライムは、種が違うから生物学的に親ではない、と伝えようとしました。それを子どもに「知ってる!」と強く言われ、少々へこんでいらしたのです。
「……あの子は、本当の親を知っているのかも知れぬの」
「そうなのでしょうか」
「うむ。本人が覚えているのか、または誰かが教えたのか知らぬが、名乗れない訳でもあるのじゃろう」
「名乗れない訳、でございますか」
団長様も親に捨てられたも同然、あの子どもの気持ちを考えずに親に関する事を言ってしまったのは失敗だったと思っていらっしゃいます。
「あまり人に知られたくないことだったのかも知れぬの」
「そうですね」
団長様も、自分の出生については他人に知られたくないと思っていらっしゃいます。もちろん、自分で言うのも避けたいところです。
「可愛そうなことを言ってしまいました」
「違うぞ、マルチェロよ」
院長にそう言われ、団長様ははっと顔を上げました。
「……」
「可愛そうなのではない、お前さんは『失礼なこと』を言ったのじゃ。あの子を幼児か赤ん坊のように扱ってはならぬ。あの子は賢い。一人前の自己と考えを持った子じゃ。あの子が親をどう思うか、良いも悪いもない。庇護してくれたホイミスライムを親と頼っていただけじゃ。孤児院の子らがわしやマリオンを親のように思うているのと同じじゃ。孤児院の子を捕まえて、マリオンはお前の本当のオヤジじゃないぞ、という者はおるかの」
ホイミスライムと院長やマリオンではずいぶん違いがあると思いますが、院長に『失礼なこと』と指摘され、団長様はますますへこんでしまいました。
「じゃが、あの子はお前さんを許しておる。その後の勉強は順調なのじゃろう?」
「はい。素直な性格のせいか、どんどん吸収して、12歳の標準的な知識量にどんどん追いついています」
「そうかそうか。それは良かった」
院長はにこにこと団長様を見つめています。
団長様は、ご自分がこのマイエラ修道院に駆け込み、今後の人生をどうすべきか悩んだ15年も前のことを思い出していました。
……あの時、院長様は、自分を子ども扱いなさらなかった。私はそれに救われたのに、私はあの者を子ども扱いしてしまった……。
久しぶりにへこみまくりの団長様。
「マルチェロよ、お前さんは優しいんじゃよ」
「……?」
「あの子を庇護しているからこそ、言ってしまったのじゃ。もう、自分と同じ家にいる家族として」
「家族?」
「マイエラの孤児院は皆家族じゃ。気の合う者、合わないもの、それも全部含めての家族じゃ。無理に仲良くせよとは言わん。それぞれの考えを尊重し、理解し、一人ひとり独立した『個』の集まりなんじゃ。小さな社会なんじゃ。ここでうまく生きられないものはどこへ行ってもうまく生きられん。だから、実はわしやマリオンは子どもたちに厳しいのじゃ。孤児院は、巣立つための家なのじゃから。固執してしがみつくことのできる家とは違う。常に流れているのじゃ。人生の通過点なのじゃよ」
「……」
「お前さんがまっとうに成長してくれ、わしもうれしい。マイエラから逃げ出した者もたくさんいる。もちろん、良い家に引き取られて幸せに暮らしている者もたくさんじゃ。ここを巣立ち、地方の教会の修道士になったり、貴族の護衛の職につく者もおる」
「……あの者は私を許したのですか?」
「そうじゃ。お前さんが『失礼なこと』を言った夜、あの子の様子がいつもと違ったからの。お前さんが、どうしてママみたいなことを言うのか、と言っておった」
「ママみたいなことを?」
団長様は、自分のことをチクったのかと、子どもに殺意を抱きましたが、院長とあの子どもが自分のことを何と話しているのか気になって仕方がありません。。
「ママのホイミスライムも、自分は本当の親ではないと伝えておったんじゃろう。いつか人間の世界に戻すつもりでのう。……あの子が幼い時から一緒にいたんじゃろうから」
「院長様はあの者になんとおっしゃったのですか」
「気になるか?」
院長は、いたずらっこのようにニッと笑いました。
「……はい」
団長様はすっかりしょぼくれてお返事なさいます。
「ふふふ、『そうじゃ。このマイエラ修道院では、マルチェロがお前のママなのじゃ。だからホイミスライムのママと同じことを言ったんじゃ。これからは、マルチェロを母と思い、しっかり従いなさい』と言った」
「は、ははは、母??」
「そうじゃ。それから素直じゃろう? あの子には「モデル」となる人間が必要だ。たいてい子は親を見て育つからの。子は親に似るんじゃ。まあ、お前さんとは全くタイプが違うから、お前さんに似ることはないじゃろうが、考え方や生き方は、お前さんがもっともお固くて優等生じゃからの。そうじゃ、ママと呼んではならんと、はっきり言っておいたから大丈夫じゃよ」
団長様は、大勢の騎士団員の前で、あの子どもがうっかり自分をママと呼んでしまうことを想像し、ぶるる、と震えました。
* * * * *
またある日のことです。
「よっ、ホイミン、頑張ってるな、団長どのはおっかないだろ?」
ノックと同時にドアが開き、いつものようにククールが昼食を持って入ってきました。ああ、もう昼なのだな、と団長様は思いました。
団長様とククールが教育係になってから、ホイミスライムが連れてきた子どもはどんどん言葉を覚え、一般的な人間の子どもらしくなってきました。
「ククール!」
「よしよし、ちゃんと名前を覚えたな。んじゃ、午後はオレと出掛けるぞ。メシ、さっさと食えよ」
「食え? ククール、口が悪いぞ?」
「おう、合ってる合ってる。ホイミンは意外と賢いもんな」
団長様は、言葉の教育にククールも関わっていたことをすっかり忘れておいででしたので、二人の軽快な言葉の掛け合いに驚くばかりでした。それにしても、「ホイミン」とは? と尋ねたい団長様ですが、面倒なので言いません。
「団長どの? マリオンが探してました。地下室にオレといたことにしときましたから」
団長様はうむ、とうなずいてご自分の書類を片付け始めました。
「ククール、罰則は終わったのか?」
「やなこと言うなよ、今週は罰則はないんだぜ? ホイミン、今のは団長どのみたいな言い方だったぞ」
団長様は、自分の知らないところで交わされる会話に不愉快な思いをされていましたが、知らんぷりを決め込んでいました。それにしても、ククールが「ホイミン」と呼んでいることが気になります。もしや、自分の知らないところで名前が決まっていたというのなら、それを決めたのは院長様なのか、赤い問題児なのか……。そう聞きたいところですが、口をききたくないので我慢します。
「今日は、これでおしまいだ。しっかり復習するように」
と、団長様は冷たく言って立ち上がりました。「ホイミン」の件については、後で本人に聞けばよい、ということにして。ところが。
「団長どの? オレもこいつの教育係なんですよ。オレとホイミンが何してるか団長どのに言っとけって、院長様が……」
「院長様が?」
オディロ院長のお名前が出れば、聞かない訳に参りません。団長様はまた椅子におつきになりました。
「……ところで、この子どもの名はホイミンなのか?」
とりあえず、先に聞きたいことだけ聞いて、あとの報告は聞き流そうとする団長様。
「ああ、名前ですか。院長様が名前考えてくれって言うから。オレ思いつくのはホイミンしかないです、って言ったら、ちゃんとした名前は団長どのが考えてるから、オレは好きなように呼べって」
「いやがったりしないのか?」
「しませんよ。なっ、ホイミン」
「うむ」
「うむって、なんだそりゃ」
ホイミンはけらけらと笑います。精神年齢が8歳程度の二人はやけに気が合うようでした。
「で、何をするのだ?」
さっさとこの赤い男との会話を切り上げたい団長様。先を促します。
「そうでした。午後はホイミンと森に行って薬草を探します。修道院に薬草畑を作る計画がありますので」
「貴様に薬草がわかるのか?」
ああ、うっかり質問してしまいました。聞き流そうと思っていたのに。
「いいえ。でもホイミンがわかりますから。なっ?」
ホイミンはうなずきます。
いよいよ、ホイミンは本当にホイミスライムに育てられた可能性が高まってきます。森に暮らす魔物ならば、薬草などには詳しかろう、と思ったからです。団長様は眉間のしわをなお深く刻みました。
「そうか。ホイミン、気をつけて行け」
ククールは自分には「気をつけて」と言って下さらなかったので、大層憤慨しましたが、久しぶりに兄と話ができたことを嬉しく思いました。
* * * * *
ホイミンとククールが一生懸命作った薬草畑ができあがるのに3か月ほどかかりました。その間、ホイミンはすっかり言葉を覚え、13歳になるまでの間、孤児院で過ごすことになりました。団長様にマロウという名前もつけてもらいましたが、マロウと呼ぶ者はなく、結局はホイミンが通称になりました。
ホイミンが13歳を迎える5日前のことです。院長はホイミンの進路について困っておいででしたので、団長様、マリオン、ククールを呼びました。
「ホイミンのことじゃが、騎士団へ希望を出しておる。どうじゃ? 見習い生としてやっていけるかの?」
院長の隣には、少し大きくなったとはいえ、まだつくしんぼのように小さく細っこいホイミンが立っておりました。
「院長様、ホイミンは教義もよく修得しておりますので、騎士よりも修道士に向いていると思われます」
「そうか。マリオンはどうかの?」
「私も団長殿と同じ意見です。あのように小さい子供は恐ろしくてしごけません」
院長は、そうじゃのう、と微笑みました。しかしククールは違う意見でした。
「オレは騎士見習いでもいいと思います」
「なぜかの? ククール」
「はい、せっかく選べるのですから、やってみていいと思うんです。無理かどうかは自分で決めるべきです」
ホイミンは、今ではたいていのものを食べるようにはなっていました。健康状態は全く問題ありません。意外と持久力がある、と思ったのはククール一人でした。しかし、力が弱いのは騎士として致命的ではあります。
「困ったのう。わしもホイミンの好きにさせてやりたいのじゃ。ホイミンの人生じゃからのう」
団長様は、自由意志があるというのも厄介だとお思いになりました。使命も目的もなく、何を考えてこのホイミンは生きていくのだろう、と。
「私は聖堂騎士になりたいです。どうぞ、騎士見習い生にさせてください」
ホイミンははっきりそう言い、頭を下げます。
「ふむ、では、こうしよう、わしらはもう少し話し合いをする。ホイミンの希望はしっかりと聞いたゆえ、今晩はもうお休み」
「はい」
お休みなさい、と言って孤児院へ向かうホイミンは大柄なマリオンの三分の一くらいしかありませんでした。
「さて、困ったのう。ここは、マルチェロに決めもらおうかの」
しばらく話し合っても結論が出ないので院長が言いました。
団長様は、院長様、ずるい、と言いたくなりました。なぜなら、「生まれついた家柄」に過度に反応する団長様です。生まれが未確認であるこのホイミンが、自由に生き方を選択できることに違和感を覚えた、そんな団長様の戸惑いが瞬時に見破られたからでございます。
「明日、結果をお伝えします」
「うむ、マルチェロや、ホイミンにとっていい選択をしておくれ。修道士、騎士団員になる以外にも選択肢はあるはずじゃ」
その後、団長様は一人、団長室で考えておいででした。今夜は月もなく、風もなく、ただ湿り気の多い生ぬるい空気が団長室の中に充満しておりました。団長様の騎士服の内側を汗がつっと流れ落ちました。それは冷たい汗でありましたが、何か、団長様の心の中にとどまっている氷の一部がほんの少し溶けたような感じでございました。
次は、主人公ホイミンが見習い生になる予定です。ホイミンの本名はマロウです。別作品「マイエラのきょうだい」のマロウと同じ人物です。ほかのオリキャラも同じです。