King of chicken   作:新藤大智

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タグ通り色々とあれな設定ですが、頭を空っぽにして楽しんでいただければ幸いです。

それから原作重視、また王様好きの方は見ない方がブラウザバック推奨です。


第一話で最終話

 NGL(ネオグリーンライフ)自治区

 

 ヨルビアン大陸バルサ諸島の南端にミテネ連邦がある。その中の最西端にあるのがネオグリーンライフと呼ばれる国だ。

 

 この国の理念は機械文明からの解放。つまり全ての機械を捨てて自然の中で人間の営みを行っていこうというもの。それはかつて強力な伝染病が蔓延した時でさえ、自然のままにと言って国際医師団の入国を拒否するほどの徹底ぶりである。

 

 人口はおよそ200万。交通手段は徒歩か馬であり、通信手段はもっぱら手紙が主流となっている。また、着ている衣服も石油製品等は禁止であり、完全に天然素材の物でないと持ち込むことすらできない。仮に意図的に文明の利器を持ち込んだ場合は極刑すらあり得るとのこと。現に潜入取材を試みたTVクルーがいたがその内の一人は既に処刑され、残る二人も拘留中だ。

 

 ここまでが表の顔の話。NGLには裏の顔が存在する。

 

 その実態は、飲む麻薬D2の製造工場を隠し持ち、違法薬物を製造している麻薬国家でもあった。無論、NGLの構成員の大部分は表の顔に共感しているだけで裏の顔など知る由もない。極々一部の上層部が自然調和の名のもとに文明を廃棄して、自らの違法行為を行いやすくするための隠れ蓑にしていた。

 

 そんな国だからこそ、キメラアントの女王にとってはまさしくうってつけの土地だった。

 

 キメラアントは、第一級隔離指定種に認定されている非常に危険度の高い昆虫だ。非常に貪欲で凶悪な攻撃性を持つ。 この蟻は摂食交配という特殊な産卵形態をしている。簡単に言えば、他生物を食べることでその生物の特徴を次世代に反映させることが可能。この時次世代の蟻には、外見的特徴や習性などの他に前世とも言うべき記憶が残ることもある。

 

 キメラアントはただでさえ厄介な生物であるが、さらに厄介な事に種の繁栄をはかるために、より強くより栄養価の高い生物に目をつけて捕食しようとする傾向がある。各個体の中でも好き嫌いは出るが、餌として気に入った種は徹底的に喰い尽くす恐れがあり、気にいられた種は絶滅の危機に晒されることさえあった。そのことから別名グルメアントとまで呼ばれていたりする。

 

 人を喰らう事例も報告されているが、基本的にキメラアントは普通の蟻よりも多少大きい程度の個体が殆どだ。故にそのような事態が起きることは本当に極稀なことである。だが、仮にキメラアントが何の問題もなく人を食える大きさになってしまったらどうなるだろうか?

 

 答えは簡単。そこかしこに居て栄養価の高い人間に目を付けない訳がない。常識では考えられないが、体長2メートルを超えるキメラアントの女王がNGLに流れ着いていた。

 

 女王がここまで大きくなった原因は不明。突然変異なのか異常気象による生態系の変化なのか分からないが、重傷を負いつつも、流れ流され辿り着いた場所はNGL。そこで彼女は人間という好物を見つけてしまった。グルメアントとも呼ばれる彼女はすぐさま人間を大量に連れて来るように、産み出した下級兵に指示を出す。

 

 結果、誰一人残らず消え去ってしまう村が続出するも、通信手段がほぼ手紙だけということもあって異常事態に気が付く手段がなかった。いや、仮に誰かが異常事態に気が付いても自然のままにで終わってしまうかもしれないが。

 

 もし、これがV5のような現代国家であったならばこうはいかない。行方不明者が出れば通報が入り、捜査が開始され直ぐに異常に気が付く。犠牲者はある程度出るだろうが、比較的初期の内にハンター達や現代兵器で処理されて終わっていただろう。

 

 だが、NGLの環境がキメラアントを育てるのに絶好の揺り篭となった。純粋に自然の中で生きている人々は碌な抵抗手段もなく、村単位で次々にキメラアントの餌として生きながら巣に運ばれて王を産み落とすための栄養源にされていく。上層部は銃火器による武装により多少は抵抗できたものの、生来のスペックの差と物量により圧倒され、結局は同じ運命を辿ることとなる。

 

 上層部の死亡により、キメラアントによる蹂躙はますます加速。幾人かのハンター達が異変を察知して調査に乗り出すが時すでに遅し。雑兵や兵長クラスならばまだ勝ち目はあったものの、師団長クラスであれば勝ち目は薄く、王直属の護衛軍には成す術もない。女王の食欲は留まるところを知らず、我が子に栄養を注ぎ込むために一日に数百もの人間を食し、最終目標である王の誕生の時が間近に迫っていた。

 

 女王は肥大化した腹を慈しむように撫でながら思う。我が子はきっと世界の頂点に立つ。それは過去を思い出すがごとく鮮明なビジョンで女王の脳裏にイメージされていた。

 

 その予感はある意味で正しかった。女王の期待通りに王は世界の頂点に立つことになる。しかし、またある意味において女王の期待は裏切られる事にもなるとは、この時はまだ知る由もない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ギィィィ──!!!?』

 

 

 それは女王の悲鳴と共に始まった。

 

 尋常ではない叫び声を聞きつけて、巣にいたキメラアントたちはすぐさま女王の下へと駆けつける。そして、何が起ころうとしているのかすぐさま把握する。

 

 待望の王の生誕。

 

 女王が何よりも待ち望んだ瞬間は、しかしあまりに早く訪れる。出産予定はまだ先であると言うのに、王はあろうことか女王の腹を破って無理やり出てこようとしていた。

 

『待って、まだ早っ───』

 

 女王は予想外に早い王の誕生に。焦りを見せる。決して自分の身の心配をしての事ではない。腹を破られて死のうが、王が無事に生まれてくるのであれば自分のことなどどうでもいい。心配していることはただ一つ。早産によって王の体に何らかの不具合が生じることだけだった。種族は違えど親が生まれてくる子の健康を願うのは、人もキメラアントも変わらない。

 

「黙れ」

 

 しかし、そんな思いを一蹴すると、王は無造作に腹を突き破りその姿を現した。その様子を周囲の師団長達は、ただただ唖然として見ていることしか出来ない。いや、そればかりかキメラアントという種として王の誕生を喜ぶべきであるはずなのに、何故か薄ら寒い悪寒を感じてしまう。例外は護衛軍のみ。

 

 現れた王は、一見して小柄な人間のような風貌をしていたが、やはりキメラアントというべきか、臀部から鋭い針の付いた尻尾が人ではない事を示している。そして何より、その身に纏うあまりにも莫大かつ濃密なオーラが彼をキメラアントの王であると証明していた。

 

 生れ出た王は、傲慢とも思える尊大な態度で周囲をゆっくりと見渡す。そして、死に体となっている女王に目を向けた。

 

「余を生んだこと褒めて遣わす」

 

 投げかけられた言葉には暖かさの欠片もない。どこまでも傲慢な言葉。

 

「だが、貴様はもう用済みだ。余の糧となることを光栄に思うがいい」

『あぁ………ぁ………』

 

 そして、そればかりでなく、あろうことか女王を“喰った”。正確に言えば尾の先端に付いた針を女王の首に突き刺し、オーラや生命力そのものを喰らったのだ。

 

 喰えば喰うほど強くなる能力。

 

 それこそ王が生来持つ念能力。キメラアントという種の王として、これ以上に相応しい能力などありはしない。オーラを根こそぎ吸収された女王は、瞬く間に干乾びてしまう。そして、それとは逆にただでさえ莫大な王のオーラはさらに力強さを増してゆく。

 

「………な、何故、女王様を!?」

 

 絶句する周りを余所に、いち早く正気に戻ったペンギン型のキメラアント、ペギーが叫ぶ。キメラアントの中でも同族食いに対する禁忌の感情は存在している。ましてや生みの親たる女王を食すなど想像の埒外であり、どうしてこのような事になったのか理解できなかった。

 

「用済みだと言ったであろう。二度言わすな」

 

 それに対する返答は尻尾での一撃と共に返って来た。ペギーは腹部に違和感を覚えて視線を下に向ければ、針が突き刺さっているのが見える。そして僅か一秒にも満たない時間で女王と同じ末路を辿ることとなった。女王を助けるべく動こうとしたキメラアントは他にも存在したが、ミイラになったペギーを見てそのまま動き出せる者はいなかった。

 

 暴虐の王。

 

 純粋な暴力を以って世界の頂点に立つであろう王の誕生に護衛軍は歓喜の感情を抱き、一方で護衛軍ほどの忠誠心を持ち合わせていない師団長達は戦慄の表情を浮かべる。いや、もはや恐怖を抱いたといってもいい。少しでも機嫌を損ねれば捕食される。正常な思考を持っていればその事実を前にして恐怖を感じるのも無理はない。今までは捕食する側だった自分達が、王の気分次第で何時でも捕食される側になる。これほど理不尽なこともないだろう。

 

 師団長達は王の一挙手一投足に注目、とにかく機嫌を損ねないようにと微動だにしない。息すら最小限に留めてその場をやり過ごそうとする。

 

「………足りぬ。これでは満足に程遠い」

 

 王から出たその言葉と“獲物を狙う眼光”を向けられるまでは。師団長の全員が事ここに至って、ようやく先程感じ取った悪寒の正体に気が付いた。

 

 

 

「献上せよ。貴様らの全てを」

 

 王にとって自分以外の者は全て餌でしかない。

 

 

 

「ふ、ふざけっ───」

 

 最初に反抗の意を示したのは、師団長の中でも特に強い我を持つレオル。ライオン型のキメラアントであり、野生で王として君臨していた記憶を持つ。それ故に、いつの日かまた自らが王に返り咲くという野望を心に秘めていた。

 

 その野望が、献上せよの一言であっけなく潰えようとしている。彼の中にあるキメラアントとしての意識は喜んで差し出すべきだと言っているが、野生の王だった頃の記憶と人としての部分がそれを拒絶する。無論、実力差があることなど百も承知。だが、このまま座して喰われるのを待つくらいならばと牙を剥く。

 

 だが、

 

「王の言葉に異を唱えるなど不敬」

「ガッッ!!?」

 

 いくら覚悟を決めたところで王は疎か護衛軍の一人であるネフェルピトーにすら遠く及ばない。猫型キメラアントとして異常なまでに俊敏性に優れているピトーは、残像すら残さぬ速度で背後に回り込むと一撃で意識を刈り取り、恭しく王に献上する。

 

「ほう、中々の速度だ」

「お褒めに預かり光栄です。王に反逆した痴れ者ですが、どうぞご賞味ください」

「うむ」

「………あぁっ」

 

 レオルを喰らったことで王の圧力がまた少し増す。これで三人のキメラアントを喰らったが、しかしこの程度で満足するはずもない。レオルだった物を投げ捨てると今一度命令を下す。

 

「三度目はない。献上せよ」

「………ぅっ」

 

 師団長達は、まるで異形の何かを見る様な目で王を見る。

 

 無論、彼等も生きる為に他の生物を喰らう事はあるのでそれはいい。しかし、用済みの一言で躊躇なく生みの親を喰らい、当たり前のように部下を貪る目の前の生物に恐れを抱いてしまった。生きる為でなく、遊びとして殺しをする奴等でさえもそれは同じだった。

 

「………ぅ、うああああああ!!」

 

 そして、誰かの悲鳴を合図に師団長達は弾かれたように一斉に逃げ出す。

 

 悲鳴を上げたのが誰であるのかは分からない。もしかしたら自分かも知れないし、隣にいる奴かも知れない。恐怖と混乱でまともな思考が働かない中で分かることはただ一つ。ここにいたら喰われる。ただそれだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ギィッ………」

「こいつで最後か」

「「「はっ」」」

 

 蟻塚を数百倍巨大にしたような巣を背景に、護衛軍の三人は王に跪く。

 

 現在、四人の周囲には万を超える夥しい数のキメラアントの死体で溢れかえっている。師団長、兵隊長、戦闘兵、雑務兵まで一匹残らず全てのキメラアントが集められ、そしてその全てが王の贄となった結果だ。

 

 強い我を持たない代わりに数だけは多い雑兵をプフが麟粉乃愛泉(スピリチュアルメッセージ) で暗示を掛けて集め、逃げる師団長達はユピーとピトーが死なない程度に痛めつけて王へと献上した。その結果が文字通りの死体の山である。現在生存するキメラアントは王と護衛軍の4名だけとなった。

 

「ふむ、そこそこに力は満ちたか」

 

 王は確かめるようにオーラを少しだけ解放。ただそれだけで護衛軍が気圧されるほどの莫大なオーラが溢れ出す。

 

「おおぉ!」

 

 30体近い師団長達をまとめて護衛軍一人分、さらに兵隊長以下のキメラアントをまとめて護衛軍一人分。都合二人分の護衛軍を喰らった王の力は世界最高レベル、いや、それどころか歴史上ですら類を見ない程に高まっていた。

 

 念能力者同士の闘いはオーラの多寡のみでは決まらない。念での戦闘は勝敗が揺蕩ってて当たり前。

 

 プロのハンターの間でよく言われる言葉だが、その言葉はもはや王に対しては当て嵌まらない。体調によるオーラの増減や念能力の相性がどうこうというレベルではなかった。本気で討伐を考えるのならば国家戦力が必要になるであろう力を身に着けていた。

 

 しかし、

 

「………足りぬな」

 

 まだ足りない。王は個人で国家クラスの力を手にして尚も満ち足りることがなかった。何がそこまで駆り立てるのか貪欲に力を求め続ける。

 

 故に、さらなる力を求めて目を向けるのは、目の前の三人であった。それぞれが世界でも有数の力を持つ化け物達。それを喰らえば一体どれほどの領域に到達できるというのか。V5の中どころではなく、暗黒大陸の中ですら頂点に近い存在になれるかもしれない。

 

「我らに否はございません」

「元よりこの世の全ては王の所有物」

「望むのであればこの身を喜んで王にお返しする所存にございます」

 

 跪いたままの三人は、王の視線に微動だにせず答える。師団長達と違い、護衛軍の忠誠心は何があろうとも決して揺るがない。そうなるべくして生まれて来た。例え命を差し出せと言われようとも、王が望むのであれば喜んで差し出す。

 

「しかし、恐れながら申し上げさせていただきますれば、私達の誰か一人だけでもお傍に残し───」

「いらぬ」

 

 王の言葉はほぼ全て全肯定するプフだったが、一つだけ王に対して意見を述べようとするも、セリフの途中で遮られる。

 

 決して保身から出た言葉ではなく、王の供が一人もいないのでは恰好が付かないためだ。そればかりか雑事をこなす者すらいなくなってしまう。それではあまりにも不都合であり不便。せめて一人だけでも護衛や雑務を引き受ける者がいたほうがいいだろうとの判断だった。

 

 しかし、極々当たり前の意見は王自身の手によってバッサリと切り捨てられてしまう。

 

「貴様等が糧となれば余は何人たりとも到達できぬ領域に立つことになる。さすればこの世に存在する遍く全てが自然と余に首を垂れるであろう。貴様らはその礎となり、余と共に悠久の時を生きよ」

「おおぉ………っ!」

 

 ユピーはその言葉に心酔し切った表情を浮かべる。種としての頂点を超え、この世の全ての上に立つ王。その王と自らが一体となり、役に立てる甘美な時を思い浮かべているのだろう。それは意外と単純な思考回路をしているピトーも同じようだった。我慢できないように尻尾を左右に振り、喜々として王に喰われる時を待っている。プフとしても王に身を捧げることに異論はない。王の役に立つことこそが己が使命であり、王と一体化する誘いに甘美な響きを覚える。

 

 だが、たった一つだけ小さな心残りがあった。

 

 それは、雑務兵達に暗示を掛ける為に使った麟粉乃愛泉(スピリチュアルメッセージ)が、王の心の奥底にある『とある感情』にほんの少し触れてしまったことによるものだ。ほんの一瞬だけ感じた感情であり、何かの間違いだと思って記憶に蓋をしたが、やはりどうしても脳裏にチラついてしまう。

 

「………王がそう仰るのであれば」

 

 しかし、プフは心残りを口に出すことなく王に身を捧げる。それを口に出すことはあまりに不敬。いや、それどころか王があのような感情を抱いているなどと思うことすら万死に値する罪だ。

 

「貴様等の忠誠心は忘れぬ。余の糧となれ」

「「「はっ」」」

 

 跪くピトーとユピーを次々に喰らい、最後にプフの番となった。首筋に針が付き刺さり、オーラごと生命力を根こそぎ喰われる。死へ向うプフの心に恐怖の感情は微塵もない。だが、喰われている最中、再び王の心の一端に触れてしまったことで、先程の感情がやはり本物だったと感じてしまった。

 

 あり得ない。そのような事があっていいはずない。

 

 プフの本能はあり得ないと否定するが、同化の影響のためか王の心に近づく事に確信は深まるばかり。不敬だと思いつつも、薄れゆく意識の中でプフ声にならない声で王に問う。

 

(ああ、王よ。万物の頂点である貴方様が一体何を恐れているというのですか?)

 

 王の心の奥底のさらに奥底に押し込められていた感情、それは───恐怖。

 

 王が恐怖を抱いているなどあってはならない。仮に万が一、億が一、そのような事があったとしたらそれを取り除くのは自分の役目のはずだった。しかし、それももはや叶わない。

 

(口惜しや。出来る事ならその恐怖を取り除いてから王に身を捧げたかった。ただそれだけのこと………)

 

 プフはその不安や恐怖を取り除くことが出来ない自分に、激しい怒りと失望を抱きながら意識を闇に手放す。そして、王を除く全てのキメラアントは一人残らず死に絶えることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キメラアントを喰い尽し、超越者となった王。

 

 もはや国家クラスの戦力どころか、V5が軍事同盟を組んでも対抗できるか分からないほどにその力は高まっていた。纏のままの通常攻撃が小型ミサイルと同等と言われるビッグバンインパクトと並ぶ威力となり、堅をすればミサイルの直撃でさえその防御を貫くことは出来ない。さらには飛行能力すら獲得し、100kmを飛ぶのに10分と掛からない機動力まで兼ね備えている。まるでお伽噺のような存在だ。伝説や神話に登場する怪物達に何ら遜色ない。

 

 しかし、望んでいた到達点に辿り着いたはずの王に喜びの感情は見受けられなかった。油断なく周囲を見渡し、さらに円を用いて周囲10km内に誰もいないことを確認する。

 

「………もうよいか」

 

 そして、王はボソリと呟いてとある念能力の行使を止めた。

 

「“王の尊顔”解除」

 

 瞬間、気配が豹変する。気の弱い者ならばそれだけで気絶してしまいそうな圧倒的な圧力は消え去り、まるで一般人のそれと見まがうばかりの気配へと変化。そして、疲労した様子で地面に体を放り投げると深いため息を付く。

 

「キメラアント、まじで怖かったぁ………」

 

 漏れ出た言葉は、およそ王のものとは思えない一言。王以外のキメラアントが聞いたならばまず間違いなく幻聴だと思ったことだろう。しかし、幻聴などではない紛れもない本心だ。それもそのはず、王の体には本来の王の精神とは似ても似つかない、小心者の人間の精神が宿っていたのだから。皮肉な事にプフが感じ取った恐怖、その一部はキメラアントそのものに向けられていた。

 

 原因は不明だが、女王が身籠って直ぐにその人間の精神は王の体に入り込んだ。本来の王の自我がほんの少しでも芽生えていれば、脆弱な人間の精神など容易く塗りつぶされていただろうが、精神が形成される前ではさしもの王もどうすることも出来ない。結果、体を乗っ取られ、王の精神は芽生えることが無かった。

 

 王になってしまった彼は、女王の腹の中でひたすらパニックに陥っていた。自分が生まれ変わった状況もそうだが、何より漫画で見たことのある世界に来てしまったことを知って何より驚いていた。生前に毎週読んでいた週刊少年ジャンプ。その中でも特に人気漫画であるハンターハンターの世界に転生してしまうなど誰が想像しようか。ましてやメルエムに憑依するおまけつきである。

 

 幸い生まれてくるまでにある程度の猶予があったのでなんとか落ち着きを取り戻し、必死に頭を捻って幾つかの念能力を作って今後に備えることにした。

 

「いや、本当に作って良かったわ“王の尊顔”。じゃないとボロを出しまくりだっただろうなぁ」

 

 その一つが“王の尊顔”だ。その能力は、彼の記憶にある王の言動を真似てそれっぽくするだけ。はっきり言って他の念能力者からすればメモリの無駄遣いもいいところだ。だが、彼にとってはかなり有力な効果を発揮した。

 

 まず、彼がこの能力を使用しないで生まれ出た場合、女王を見た瞬間に無様に腰を抜かして悲鳴を上げていただろう。一般人の目の前に体長が2mを超える女王蟻がいたら、なんらおかしくない反応だ。特に小心者の彼なら卒倒してしまってもおかしくなかった。

 

 原作知識から相手が自分を傷つけないと分かっていても、その外見だけで恐怖の対象となる。周りの師団長達に関しても同じだ。ワニだのライオンだの猛獣の姿をしたキメラアントにビクつく王など冗談にもならない。

 

 護衛軍は比較的人に近い姿をもっているので大丈夫だが、彼等はその精神性が恐ろしい。王のためであれば文字通り何でもする。人間の精神が王の体を乗っ取ったと知られればどんな目に合わされるのか分かったものではない。体は正真正銘の王の物であるため何もされなければいいが、最悪プフ辺りが心に作用する念能力を作り出して精神的に殺される可能性も捨てきれない。そんなバッドエンドはごめんだった。

 

 そして、二つ目に作ったというか、原作同様に元々持っていた喰えば喰うだけ強くなる能力だ。

 

 これは、もう一つの恐怖の対象である薔薇を装備したネテロと遭遇した時の為に強くなる為であり、またキメラアントを絶滅させるためでもある。原作ではプフとユピーを食べる前からネテロを圧倒した王だったが、中身が一般人の自分に同じ事が出来るなどとは微塵も思わなかった。体のスペックに差はないだろうが、精神的な部分で原作の王に遥かに及ばない。いや、比べる事すら烏滸がましい程の差がある。

 

 そのためにせめてオーラ量と肉体スペックだけでも原作の王を超えておきたかった。まあ、ぶっちゃけネテロと出会った時点で尻尾を巻いて逃げる気満々なのだが、それ以外にも危険に満ち溢れるこの世界では強さは幾らあってもいい。ちなみに経口摂取ではなく、尻尾の針の先から○ルのように吸収する形に改造したのは、単純に口から食べるのに抵抗があっただけだったりする。

 

 また、キメラアントをそのまま放置しておけば、ザザンやレオルのように派手にやらかす奴も出て来る。そうなれば全世界でキメラアントを討伐すべしと声が上がり、その先に待っているのは逃亡生活だ。常に追われてビクビクして過ごす日々など冗談ではない。

 

 だから自身のパワーアップと平穏の為に他のキメラアントを全て喰らったのだ。コルトやメレオロン、イカルゴ等の比較的穏やかな奴等は生かしても良かったかもしれないが、ここから自分の情報が漏れる可能性を考えるとやはりいないメリットの方が高い。特にメレオロンの能力は自分の脅威にもなり得るかもしれないので尚更だ。

 

 そして、三つ目は作るだけ作ったが、女王の胎内では試すことが出来なかった能力。

 

「上手く出来てるといいんだけど………」

 

 おもむろに地面に手を当てるとイメージする。別の位相空間へと通じる穴。自分だけの空間。何物にも侵されない聖域。やがてイメージは現実へと反映され、王が手を当てた地面が黒い穴のように広がる。おっかなびっくりその穴に入り、そしてまたその穴から出て来た彼は思わず小躍りして喜んだ。

 

 この光景を黒のスーツに身を包んだとあるハンターが見たらすぐにこう言っただろう、まさか四次元マンション!?と。

 

 元々小心者かつ小物な彼は安心できる秘密の場所が欲しかった。その想いと馬鹿みたいな大量のオーラにより強引に能力を発動させることが出来たのだ。誓約と制約はノヴとほぼ同じだ。ただ彼ほどの部屋数はない。全部で6室程度なので四次元アパートといったところか。元々他の誰かを招待するつもりもなかったのでこれで十分だ。

 

「さて、それじゃとっとと逃げよっと。会長達もまだいないみたいだし、今がチャンスだな」

 

 能力が無事に発動できたことを確認すると、早速とばかりに逃走に移る。

 

 本来であれば王が誕生する時期には、会長達は削りに入っているはずだった。ノヴの四次元マンションとモラウの煙幕による凶悪なコンボにより、キメラアント達は成す術なく分断され、かなりの数のキメラアントが会長に葬られていた。だが、ここではそのような事態は起きていない。一応ハンターは来ているみたいだが、雑魚が数名殺された程度でしかない。ということは、まだ調査が終わっておらず会長達は来ていないのだろう。これだけ派手に死体の山を積み上げても視線や円に反応がないこともそれを証明していた。

 

 原作とのズレに少しばかり違和感を覚えるが、そもそも彼が王に成り代わっている時点で既に破綻している。本来いるはずのレイナやカイトの存在も見受けられなかったし、会長達の到着の時期が少しくらい遅れたとしても不思議ではないかと結論付ける。

 

 その後、ユピーから得た形態変化を使い、翼を生やすとゆっくりと空高く舞い上がった。

 

「貴女の望んだ王でなくて申し訳ないですが、生んでくれてありがとうございました………さようなら」

 

 巣に向って一礼すると、手にオーラを収束させる。念を感じることが出来る者ならば、寒気すら感じたことだろう。中堅のプロハンターが死ぬ気で絞り出してもまだ全然足りないほどのオーラを念弾に変え、それを巣に向かって打ち出す。

 

 直後、まるで薔薇を爆発させたかのような衝撃が辺りを襲う。暫くして煙の晴れたその場には、巣や死体の山は消え失せ、すり鉢状のクレーターしか残っていなかった。

 

「………こ、今度はもうちょっと抑えよう」

 

 自分の砲撃の凄まじさにビビリながら、彼はその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 NGLから旅立って数週間後。

 

「やっと着いたな、ザバン市」

 

 彼はザバン市に訪れていた。忙しそうに行き交う人々に紛れて辺りをキョロキョロと見渡している。

 

 現在の彼を見てキメラアントだと気付く者は誰もいない。元々人間社会で生きるつもりだったので、ユピーの肉体を変化させる能力を使用し、尻尾を体内に収納して何処からどう見ても人間に見えるように変装、いや、変身していた。外見はそれなりに整った容姿をしている。元々端正な顔立ちをしていたので、それほどいじることなくキメラアントの特徴を消しただけ。結果、目付きの鋭さが印象に残る青年の出来上がりとなった。

 

 ちなみに、金に関してはNGL内で秘密裏に存在していた工場から、貴金属をかっぱらっている。それを換金してそれなりに潤沢な資金があるのでホテル暮らしで各地を転々としていた。

 

「おお、あった。ここか」

 

 そして、何故ザバン市に訪れたのかというと、とある定食屋を探すため。ぶっちゃけ、ステーキ定食を弱火でじっくりと、をやりたかっただけとも言う。

 

 キメラアント編の後はアルカ編と選挙編と暗黒大陸編(会長がいるのであるのか分からないが)へと続いているが、彼はそのどれにも介入するつもりはなかった。何故と言われれば、いやだって危ないし、怖いし、としか言えない。暗黒大陸出身のナニカの力も怖いし、旅団やらヒソカとかイルミも漫画で見ている分にはいいが、実際に会いたいかと言えばノーサンキュー。主人公組には会ってみたい気持ちもあるが、下手に接触してなんらかの厄介ごとに巻き込まれるのは勘弁願いたいとの考えだ。

 

 しかし、せっかくハンターハンターっぽい世界に来たのだから、一ファンとしては何もしないのは勿体ないとも思ったのだ。だから原作が終わった場所を観光がてら巡ってみることに。その第一歩として、ハンター試験編のあの有名な定食屋に来たというわけだ。

 

 お店は巨大なビルのすぐ隣にあり、入ってみるとお昼時を過ぎた頃だったので客もまばらだ。いや、本当にこんな定食屋さんの地下にハンター試験の第一次試験会場があるなど一般の人は誰も思わないだろう。どうやって地下にあんな空間を作ったのか気になるが、その前に店員が来たので早速注文することにした。

 

「いらっしゃいませ、ご注文は?」

「ステーキ定食で」

「焼き加減はどうしましょうか?」

「弱火でじっくりお願いします」

「かしこまりました、それでは奥へどうぞ」

 

 少し緊張しながらも、言ってやった、言ってやった、と内心でニヤついていると店長と思しき中年男性がピクリと反応して奥の席へと案内された。おお、何かこのへんも原作っぽいな、とちょっぴり感動しながらステーキ定食が出て来るのを待つ。やがて店員が定食を持ってくると、ごゆっくりと言って去って行った。

 

 弱火でじっくりと焼いたステーキは柔らかく、ナイフを入れると肉汁が溢れ出て来る。なんというか普通に美味しそうだった。食欲を誘うタレの匂いに我慢できず、早速実食に移る。

 

「さて、それじゃいただきま───あ?」

 

 切った肉をフォークで突き刺し、口に運んだその瞬間だった。僅かな振動音と共に部屋自体が下へと動いているのを感じた。

 

「………………………え?」

 

 フォークを口元に運んだまま固まる。正直、訳が分からなかった。ただの定食屋にこんなギミックはありえない。いや、もしかしたら世界中探せばあるかもしれないが、少なくともこんな普通の店でこの仕掛けはあり得ないだろう。

 

 ハンター試験の会場は毎年変わる。同じ試験会場を使うなんてことはないはず。なのに何故地下へと向かっているのか。ちょっとしたパニックに陥るが、生まれ持った優秀な頭脳は一つの仮説を浮かび上がらせる。彼はそんな馬鹿な事あるかと感情で否定するも、状況的にそれしかないと理性が主張している。

 

「いや、まさか、そんなこと………」

 

 恐る恐るほんの一瞬だけ円を展開。結果、地下百メートルほどに無数の反応あり。さらにその先には細長い道が延々と続いていることが判明した。思わずテーブルの上に突っ伏して頭を抱える。

 

「どう考えてもハンター試験です。本当にありがとうございました」

 

 彼の脳内では、どうしてこなた!どうしてこなた!とセーラー服を着た小さな女の子が軽快に踊っていた。いや、それは置いといて、事実は事実として認めなければならない。王が生まれる時期が早まったのか、それとも試験の時期が遅れたのか、どちらなのか分からないがこの会場が使われるということは、ハンター試験の第287期が始まろうとしている。

 

 つまり、ゴン達に会える可能性が高い。

 つまり、イルミに会う可能性が高い。

 

 つまり………ヒソカに会ってしまう可能性が高いということ。

 

 それを考えるだけで胃がキュウっと締まる思いだった。イルミもちょっと怖いが、彼は依頼でもない限り積極的に敵対することもないだろう。しかし、ヒソカは此方が強いと分かれば、何時如何なる時でも平気で喧嘩を売って来るかもしれない。肉体的なポテンシャルだけを見れば、歴史上でも並ぶ者など居ない彼に目を付ける可能性は非常に高いと言える。

 

 ゴン達に会えるかもしれないのは正直かなり嬉しい。だが、同時にヒソカに会ってしまうかもと思うと嬉しさを打ち消すどころか完全にマイナス。もう既に逃げ出したい気持ちで一杯だった。

 

「………いや、でも待てよ?」

 

 会場に着いたら多分ビーンズがいるだろうから、事情を説明して速攻で会場から出させてもらおうと思ったが、ふと思いつく。今の彼は当然だが戸籍が存在しない。つまり身分を証明出来る物が何一つないのだ。でも、ハンターになればそれが解消することになる。今はまだどうしても欲しいという訳でもないが、何時かは必要になる時が来るかもしれない。なら試験内容が分かる今期の試験を受けたほうがいいのではないか?とも思う。

 

「………よ、よし!ヒソカがちょっと、いや、かなり怖いけど頑張ってみようかな」

 

 まあ、ハンター試験に応募してないので試験を受けさせてもらえないかも知れないが、その時はその時で素直に諦めればいい。ハンターの資格はかなり魅力的だが、ないならないで今の内はまだどうにかなるし、ヒソカと一緒の試験を受けないで済むというメリットもある。それに、よくよく考えれば四次元アパートがあるので何時でも、なんなら今すぐにでも逃げられることに気が付く。そう考えると少しだけ気分が楽になった。

 

「そうと決まれば早速腹ごしらえだ!そもそもこの肉体があればハンター試験だってきっと余裕!余裕!」

 

 少し冷めてしまったステーキを頬張る。期待通りに美味しかったステーキをぺろりと平らげるとようやく会場に到着を知らせるブザーが鳴り響く。扉が開くと同時に、彼はパシンと顔を張り、気合を入れて一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やあ、待ってたよ♦歓迎するよ♥」

 

(もうお家に帰りたいぃ………)

 

 

 即落ち2コマだった。

 出迎えてくれたのはビーンズではなく、笑顔と下半身の一部がとてつもなくやばい事になっている一人の奇術師、つまりヒソカだった。

 

 彼が先程一瞬だけ展開した円。並みの能力者なら気づきもしなかっただろうが、ヒソカとイルミは到底並みとは言えない。瞬きの数十分の一に満たない時間だけ展開された円を敏感に察知。そして、本能で悟る。

 

 上から規格外の化け物が来る、と。

 

 イルミは感知した円から最大級の警戒心を抱き、最悪の場合は試験を降りることも既に検討している。対するヒソカは、歪んだ笑顔を浮かべて下半身の一部が【表現規制】な状態になっていた。【表現規制】ヒソカはそのままエレベーターの前に陣取り、下りて来る人物を今か今かと絶頂寸前の状態で待ち構えていたのだった。

 

 完全にヒソカにロックオンされた彼は無事に(色んな意味で)明日を迎えることが出来るのか。それは神のみぞ知る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




勘違い物は難しそう。続きが書けるどうか分からないので短編かつ一応完結。上手く書ける人は本当に裏山。


ついでに僕の考えた最強のoh様スペック

キングブレイン! 見た物をそのまま記憶に留めておける瞬間記憶能力とスパコン以上の演算能力を持つぞ!
キングアイ!   一キロ先の米粒に書かれた文字を読むことが出来るぞ!
キングイヤー!  蚤の心臓の音も聞き逃さないぞ!
キングナックル! 纏をしたただけのパンチがビッグバンインパクトに匹敵する威力を出すぞ!
キングボデー! 全力で堅をしていれば貧者の薔薇の直撃を受けても43℃の温泉に入った時の、あっつ、ってくらいで済むぞ!さらにクマムシの力取り込んだことによりにより放射能対策も完璧だ!
キングレッグ!  軽いジョギングのつもりで走ればヂートゥの最高速度に匹敵するぞ!
キングメンタル! くそざこナメクジ


主人公───小物界の大物。道端に落ちている財布を拾って中身を抜き取るか迷いに迷った挙句、ビクビクしながら120円だけ抜いて缶ジュースでグビグビしてから交番に届けたり、スーパーのお惣菜を買った時に貰える醤油の小袋を5個くらい持って帰ってきちゃうような精神力の持ち主


適当念能力設定

“王の尊顔(キングスフェイス)”
記憶にある王の言動をなんとなく再現する能力

“暴飲暴食(トリコ)”
食べれば食べるほど強くなる能力。
相手が食われることを心底受け入れていれば、その能力も再現可能。

“四次元アパート(ハイド&シーク)”
四次元マンションのパ○リ
部屋数は全部で6室
ヤバい奴から逃げたり、落ち込んだ時に引き篭もるための聖域。

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強化系能力


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