King of chicken   作:新藤大智

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誤字報告や感想や評価等々ありがとうございます。m(__)m


ゲスエムな第四話

 

 

 

「ありえん」

 

 目の前に映る映像に、第三次試験官であるリッポーは思わず呟いた。

 

 映像は多数決の道を行く受験者達を映し出している。彼等は全員がルーキーであり、リッポーの目から見ても破格の才を有しているように見えた。そんな彼等とコレクションの囚人たちを戦わせる様子を楽しんで観察していたのだが、一番のお気に入りであるジョネスの対戦相手が見せた異常な光景に驚きを隠せなかった。

 

 受験番号406番メルエム。彼はあろうことか分厚い鋼鉄製の扉を軽々と引き裂いたかと思うとそれを粘土のように丸めてしまったのだ。そのあまりに非常識な力に、リッポーの後ろにいる囚人たちは声すら出ずに顔を引き攣らせている。

 

(やはり何度見ても練はおろか纏すらしていない)

 

 そして、リッポーが何より驚いたのは、これらの行為が念による強化なしで行われたという事。ビデオを巻き戻し何度も凝で確認をしたが、念による強化は一切行っていない。オーラはごく自然に垂れ流しのまま。つまり素の身体能力でこれを行ったということだ。

 

「………こいつ本当に人間か?」

 

 思わず本音が漏れ出る。そんな事を考えてしまう程あり得ない光景だった。力自慢は非能力者を含めて腐るほど見てきたが、余りにも他と隔絶し過ぎている。

 

 いや、確かに鍛えぬいた強化系の能力者なら再現可能だろう。だが、それも念による強化が絶対条件となる。念なしではどう考えてもありえない。もし念による強化があれば、一体どれほどの化物になるのか見当も付かなかった。

 

「会長に報告を上げておくべきか………」

 

 本来であれば三次試験で一々会長に受験生の情報を送ったりはしないが、メルエムはプロハンターであるリッポーからしてもあまりに不自然な存在に映った。杞憂であればいいが、もし彼が本当に人外で、しかも『あそこ』から来たとすれば人間界に6番目の厄災が発生しかねない。自分でも余りに思考が飛躍し過ぎていると思うが、万が一があれば未曽有の災害になることも考えられる。どんなに低い可能性でも『あそこ』が少しでも絡んでいると思われる案件は用心するに越したことはない。一見して今までは問題行動を起こしていないようだが、一試験官である自分だけで判断するのは危険だ。ここはやはり会長の指示を仰ぐのが正解だろうと判断して、即座に連絡を取る。

 

「もしもし、リッポーだ。ああ、直ぐに会長に繋げてくれ。実は───」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第三次試験が終了した後、合格者達は再び飛行船に乗って第四次試験会場へと向かう。

 

 第四次試験は無人島であるゼビル島にて行われるルール無用のサバイバルバトルだ。受験生達はそれぞれくじ引きをして引いた番号のナンバープレートが3点、それ以外のプレートが1点の価値を持つ。自分のプレートは3点の価値があり、計6点分のナンバープレートを収集すれば合格となる。簡単に言えばそれぞれが狩る者であり、同時に狩られる者になる。

 

 自分のナンバープレートを狙う者からプレートを死守しつつ、ターゲットを見つけてそれを狩ることができれば合格。仮にターゲットが見つからなくても3人からプレートを奪えばそれもまた合格となる。

 

「それでは第四次試験開始です。三次試験合格者第一号のヒソカさんから順にスタート」

 

 受験生達はトリックタワーを攻略した順に次々と島に足を踏み入れた。その瞬間から各々が狩る者であり、また狩られる者へと変わる。ある者はターゲットが隙を見せるまで尾行。ある者はひたすら罠に獲物が掛かるまで待ち伏せる。そして、またある者はチームを組んで狩りを。それぞれスタイルは違うが、虎視眈々とターゲットを狩る機会を窺う。

 

 第四次試験は、技量は元より状況に応じた判断能力、無人島で生き残るサバイバル能力、誰に狙われているか分からない状況下で如何に冷静に動けるかの精神力、等々ハンターとしての技量が最も問われる試験となっていた。

 

 試験が終了するまで凡そ一週間。

 其れまでの間、一時も気の休まることのない過酷なサバイバルが幕を上げる───

 

「やっぱ、『魔法少女もげか☆モグカ』は面白いな。マミュさんのモゲっぷりなんて流石としか言いようがないわ」

 

 はずだった。

 

 いや、多くの受験者からすれば神経をすり減らす過酷なサバイバルバトルに変わりはない。だが、極少数の圧倒的強者とメルエムからすればなんてことのない試験であった。ヒソカやイルミはともかく、臆病なメルエムがなぜ余裕を見せていられるのか?それは彼のとある能力が関係していた。

 

「いやあ、それにしても四次元アパート便利すぎる。ノヴさんまじリスペクトっす」

 

 この男、試験が始まっておよそ半日程でプレートを集めると適当な洞窟の中に入り、尾行者(ハンター試験の運営側)の目を遮ると四次元アパートに引きこもってアニメやゲーム、映画鑑賞に明け暮れていたのだ。

 

 そればかりか食事は別のドアから出て美味しい外食で済ませ、夜はぬくぬくと温かいベッドでぐっすりと眠る。サバイバルのサの字も感じられない。他の受験生が知ったらぶち切れること請け合いな食っちゃ寝生活を送っていたのだった。

 

 ちなみにプレートは事前にターゲットを確認していたので、円を用いて速攻で見つけると絶で背後から忍び寄り、恐ろしく速い俺じゃなきゃ見逃しちゃう手刀で気絶させることでミッションコンプリート。

 

 まあ、本来なら半日どころか三十分もあればプレート集めは完了するはずだったのだが、中々襲い掛かる決心が付かずに半日がかりとなってしまった。その後は前述の通りに、ハンター試験を舐め切ってるとしか思えないぐーたら生活に突入し、

 

「あぁぁ、このだんだん駄目になる感じが最高だわぁ」

 

 誰よりも四次試験を満喫していたのだった。そして、あっと言う間に一週間が経過。

 

「もう終了1時間前か………そろそろ行かないと」

 

 食っちゃ寝生活を送っていた何処かの誰かさんとは対照的に、キルアがヤモリ三兄弟を相手に無双したり、そのお零れを掻っ攫おうとしたハンゾーが馬鹿をしたり、トンパと協力者がクラピカとレオリオにボコボコにされたり、ゴンがヒソカ相手に奮闘したり、バーボンの罠から何とか脱出したり、様々な出来事がありつつも試験は無事終了。

 

 自堕落な生活を送っていたメルエムは、名残惜しそうに四次元アパートから出ると慎重に身を隠しながら船着き場へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『406番の方、応接室までお越しください』

 

 四次試験終了後。最終試験会場へと向かう道中にて、ネテロによる簡単な面接が行われていた。番号の若い順に面接は行われ、残すはメルエムだけとなっている。

 

(やばい、滅茶苦茶緊張する………)

 

 メルエムは面接室の前に辿り着くと顔が引き攣ってないか確認して入室。(原作で)最大の因縁の相手を前にして、腰が引けそうになるのを必死に抑えながらネテロの前に座る。

 

「さて、よく来てくれたの。最終試験の前にちょいと参考程度に聞いておきたいことがあってな」

「余に答えられることならな」

「なに、そんな難しい事は聞かんよ。気楽にしてくれてよい。まず、お主は何故ハンターを志したのか教えてもらおうかの」

 

 初めに志望動機を聞かれて逡巡する。ハンターライセンスを身分証明書の代わりに欲しいだけなんです、なんて馬鹿正直に言ってもいいのかどうか。まあ、そこまで隠す事でもないかと少しぼかして答える。

 

「余はスラムの様な場所で生まれ育ったために身分を証明する物がない。故に身分を証明すると同時に様々な特権を有するハンターライセンスが便利であると思っただけの事だ。それ以上でも以下でもない」

「ふむ、まさか流星街の出身かの?」

「違うが似たような所だ」

 

 まるっきり本当のことでもないが、嘘でもない。NGLはキメラアントが闊歩する危険地帯となっていたのだからスラムのような無法地帯とそう変わりはないだろう。次の質問に移る。

 

「では、次にお主がこの中で一番注目しているのは誰じゃ?」

「405番だ」

 

 最終試験に残った人物の写真が提示され、素直にゴンを指差す。

 

「何故か理由を聞いても?」

「特に理由はないが、強いて言うなら直感だ。ゴンはいずれ世界に名を残すとみた」

「ほほう、随分とあの少年を買っているのう」

 

 ゴンが主人公だからという理由も多少はあるが、短い付き合いの中で空気と言うかオーラが常人とは明らかに違うことを感じている。いい意味でも悪い意味でも何をしでかすか分からない。この世界でゴンが何を成し遂げるのか見届けたい気持ちがある。無論、遠くからこっそり見守る形でだが。

 

「ふむ、それでは最後に一番戦いたくない相手は?」

「………戦う利がなければ全員と戦いたくはない。無駄な争いは好まん」

 

 嘘ではないが、本当の事でもない。どんなに弱い相手でも戦うこと自体なるべく避けたいメルエムだが、特にヒソカとだけは絶対に戦いたくないでござるぅ!と心の中で叫んでいた。次点でイルミ。素直に言わなかったのは、人が悪いと評判のネテロなので馬鹿正直に答えるとヒソカと当てられそうだと思ったからだ。一通り質問をしたネテロは、面接を終了する。

 

「質問は以上じゃ。ご苦労だったの」

 

 無事に面接を切り抜けられたことに、ほっと胸を撫で下ろす。たった三つの質問で時間にして10分と経ってないが、メルエムとしてはもしかしたら自分が人外である事を見破られるかもしれないと気が気じゃなかった。人生経験が豊富過ぎるネテロは、勘やちょっとした仕草から自分の正体を(キメラアントということまでは分からないだろうが)ある程度看破しかねない。いや、既に勘付いて居る可能性も無いとは言えない。まあ、仮に見破られてもいきなり戦闘に突入することはないだろうが、最悪の場合は飛行船から飛び降りるつもりだったので心配が杞憂に終わってなによりだ。

 

「ああ、すまんが、質問を一つ追加させてもらおうかの」

「………なんだ?」

 

 と、思ったら予想外の追撃に心臓がドクンと飛び跳ねる。狙ってやったのか単に思い付きの質問なのか分からないが、酷く心臓に悪い。そんなメルエムを知ってか知らずか、ネテロは質問を投げかけた。

 

「お主はプロハンターになったら何をする?」

 

 その質問に僅かに首を傾げる。先程ハンターになるのは身分証明の為だと言ったはずだ。メルエムはハンターになったからといって何か活動をする気は全くない。今後の予定と言えば四次元アパートに籠って自堕落な生活を送りつつ、気の向いた時に聖地を巡礼や(期待してないが)日本へと帰る手段を探すだけである。

 

「………先程言った通り身分証明の為だが?」

「うむ、そこは特に疑っておらんが、それだけという事もあるまい。でなければそこまで強大な力は必要ないからのぅ。ぶっちゃけまだまだ若い者には負けないつもりじゃったが、こうして対面してみるとちょっとお主に勝てる気がせんわ」

 

 まったく年は取りたくないもんじゃのぅ、よよよ、とわざとらしく目元を拭う仕草をする。だが、その視線はメルエムの真意を見透かそうと刃のように鋭い。

 

 ネテロの言はもっともだ。様々な特典があるとはいえ、本当に身分証明の為だけにわざわざハンター試験を受けるとは考えにくい。他にいくらでも方法はあるのだから。腕試しで参加しに来る者もいないではないが、金や名誉、その他にもハンターでなければ手に入らない特別な何かを目的としてハンターになるのが普通だ。ましてや、リッポーやサトツからの報告とネテロ自身が正面から向き合って感じ取った強大過ぎる力からすれば、とてもではないが身分証明の為だけにハンターになるなど信じられない。

 

「もう一度聞く。お主はその力を持って何を成す?何を望む?」

 

 何かを成し遂げる為にはそれ相応の力が必要であり、故に人は力を求める。しかし、メルエムのそれはネテロをしてあまりに異常と言わざるをえない。まるでお祭りの射的にミサイルを使うかのように、目的とそのための力が釣り合っていないのだ。仮に身分証明云々が本当だとしても、その裏に別の目的があると考えるのが当然だろう。

 

 だが、

 

「………(え、いや、本気で身分証明の為だけなんですけど)」

 

 残念ながらここにいるのは、世界でも類を見ない圧倒的な力を持ちながら、世界でも類を見ない程の圧倒的なチキンでもある超特殊残念個体であった。いかに百戦錬磨、海千山千のネテロであってもその内面は読みきれるものではない。試験官達から挙がって来た情報、ネテロ自身が直接対面して感じ取った力の一端、王の尊顔による隠蔽、それらが残念すぎる中身を覆い隠している。

 

(ど、どうしよう。なんかめっちゃ勘違いされてるっぽいけど、それっぽい大きな目標を言った方がいいのか?でも、下手な誤魔化しは逆効果かもしれないし………)

 

 メルエムは何か物凄く勘違いされていることを悟り、内心で頭を抱える。いっそのこと王の尊顔を解除して、実は肉体が凄いだけで中身は一般人なんですー!と泣きついてみようかとも思ったが、薔薇を発動させる前のネテロのあの顔を思い出すとそれも及び腰になってしまう。

 

 いや、あれは他に手段が無くて追い詰められたが故の行為だと分かってはいるが、どうしても助けを求めようとは思えなかった。平時においてはちょっと性格の悪いお茶目なお爺さんといった感じだが、一度覚悟を決めればどんな手段も辞さない冷酷な側面もあるということを考えると迂闊な事はできない。

 

 メルエムはどう返答するか少し悩んだ末に、本心を交えつつそれっぽい目標を語ることにした。

 

「強いて言うのであれば、この力は平穏無事に生きるためのものだ」

「ふむ、平穏無事に生きるか。およそ大半の人間が望むであろうが………」

 

 とはいえ、それだけではいささか弱いので、そこにもう一つ禁忌と言われる情報を付け加える。

 

「貴様はよく知っているはずだ。この人間界が、いや、メビウス湖の中の小さな世界が存続しているのは単なる偶然に過ぎないという事を」

「………なるほど。外からの厄災を知っていてのことか」

「厄災が人間界にも紛れ込んでいることもな。なれば平穏に生きる為の力は幾らあってもいい」

 

 人間界はメビウス湖に浮かぶジオラマのように小さな世界でしかない。その湖の向こうには遥か広大な世界が広がり、人知を超えた生物や現象が腐るほどある。対抗するには幾ら力があっても足りないくらいだ。護衛軍を5人分喰った現在のメルエムとて、暗黒大陸の深淵では最強とは断言できないほどである。それはネテロも身に染みているので一先ず納得の様子を見せた。

 

「あい分かった。これで質問は終わりじゃ。下がってよいぞ」

「そうか、それでは失礼する」

 

 メルエムは軽く一礼をすると退出。その場にはネテロのみが残された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(406番メルエムか。リッポーの予想が当たりかもしれんが、当面の危険はなさそうじゃな)

 

 無意識に髭を撫でつけつつ、リッポーからの報告を思い出す。

 

 その報告によれば、メルエムは厚さが10cm以上ある鋼鉄製の扉を紙の様に引き裂き、粘土のように丸めてしまったと言う。極限まで鍛え抜かれた強化系の能力者であれば出来ないことはない。が、それは念での強化が必須。メルエムはそれを素の身体能力でやってのけた。しかも、大して力を入れているようにも見えなかったとも。およそ人の力によるものではないが、彼が文字通り人外であれば納得もいく。

 

(暗黒大陸の住民だったが、絶えぬ争いに嫌気がさして人間界に移住してきた。或いは魔獣の突然変異か、何らかの要因で人から人外になった。限りなく珍しいケースじゃが、こんなところかのぅ?)

 

 いずれにせよ身分証明の為、平穏無事に過ごす為、その言葉に嘘は感じられなかったのでそこまで的外れの推測ではないだろうと判断。

 

 三次試験から監視を強化していたが、仲間と一致団結し、難易度が高い多数決の道をクリアー。四次試験はプレートを集め終わると洞窟に籠りっぱなしになってしまったので監視が途切れてしまったが、プレートを奪う際にも相手を必要以上に痛めつけたりせず極力穏便な形で奪っている。至極真っ当に試験を受けており、危険な行動は見受けられない。なんだったらメルエムよりも、むしろヒソカの方がよほど危険人物だ。

 

(………一先ずは様子見を継続するのがベストじゃな)

 

 現状あがってきている情報、面接で直接対話した感触、己の勘、メルエムの行動、それらを総合すると仮に暗黒大陸の住民であってもそれほどの危険はないと判断する。

 

 人ならざる者がハンターになる事は異例だが、今回の件においてはさして重要ではない。ネテロが何よりも確認したかったのは、彼が6番目の厄災にならないかどうかその一点のみ。その可能性がないのであれば、わざわざ藪をつついて龍を出す真似をするつもりはなかった。もっとも、暗黒大陸の住民は意図せずただそこにいるだけで周囲に甚大な災いを齎す者もいるので、監視は継続する必要はあるが。

 

(さて、ちょいと面白くなってきた。あやつとは誰を当てるか)

 

 メルエムが人間界に甚大な被害を及ぼす存在ではないと判断すると、今度はハンター協会の会長としてではなくネテロ個人としての趣向が顔を出す。

 

 考えている最終試験は、負け上がり式のトーナメント戦だ。それも平等なトーナメントではなく、成績順に戦うチャンスが多く与えられる偏った編成となっている。

 

 恐らく誰と当てようと戦闘でメルエムに勝てる者はいない。今年のルーキー達は豊作で才ある者が多いが、現時点では話にならない。ヒソカやギタラクルでようやく戦いになるかどうかといったところ。自分でもそれは変わらないだろう。

 

 しかし、今回のトーナメントは単純に力が上の者が勝つといった単純な勝負ではない。対戦相手の死は即失格となり、勝利には相手にまいったと言わせる必要があった。強者はいかに相手の心を折るか、そして弱者はいかに耐えて相手を諦めさせるか、肉体と精神面における熾烈な争いとなる。ネテロが人が悪いと言われる所以はここにあるのだが、メルエムの資質をより見極めるためにも今回の試験は丁度よかった。

 

(よし、決めた。第一回戦はあやつと────)

 

 一通り組み合わせを決めるとサラサラと紙に書きあげる。出来上がったトーナメント表を見直し、若干の修正を加えると最終試験の組み合わせが確定した。

 

 その後、飛行船は三日をかけて試験会場へと到着。飛行船の中で最終試験はペーパーテストだという噂が流れるハプニングもあったが、当然そのようなことはない。予定通り相手を死なせること以外は何でもありの真剣勝負。これが最後の試験となる。

 

 

「それではこれより最終試験を始めます。405番ゴン、406番メルエムの両名は前に」

 

 

 その第一回戦が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最終試験の第一回戦はメルエムVSゴン。

 

「お、おい、まじかよ」

「まさか最初から当たるとは………」

 

 組み合わせが発表されると同時、クラピカとレオリオは動揺を隠せないでいた。二人とも両者に対して恩がある。どちらを応援すればいいのか判断が付かなかった。キルアは表面上は淡々としているように見えるが、小刻みに体が揺れるなど落ち着かない様子だ。ヒソカは壁にもたれかかったまま無表情で何を考えているか全くわからず、イルミは僅かに目を細めて興味を示す。

 

 対するゴンはというと一瞬驚いたような表情を見せるも、直ぐに覚悟を決めたのかメルエムを真っすぐ見据えていた。メルエムは視線を合わせることなく指定された位置へと移動。ゴンも無言で後に続いて、部屋の中央で真っ正面から向き合った。

 

「両名とも準備はよろしいですね?それでは───始め!」

 

 立会人の号令と共に試験が開始。しかし、立ち上がりは静かなものとなった。

 

「………………」

「………………」

 

 開始の合図がされたにも関わらず、二人は動かない。いや、正確に言えば一方は動かず、一方は動けない、といったところか。張り詰めた空気が場を支配する。誰もが押し黙る中、沈黙を破ったのはメルエムだった。

 

「ゴン、お前は絶対に余に勝つことは出来ない。今すぐ降参しろ」

「っ………!」

 

 珍しく強い言葉で断言する。実際、言葉の通り現状ではゴンに勝ち目は一つもない。両者の戦闘技術にそれほどの差はないが、身体能力で桁違いの差がある。それに加えて念能力の有無が何より大きい。

 

 賢い者ならば勝ち目のない戦いで無理して負傷するよりも、無傷で次の試合に賭ける選択をするだろう。チャンスが多い利点を存分に使うべきである。しかし、当然のことながら、はい、分かりましたと諦めるゴンではなかった。

 

「それは出来ないよ。正直力では勝てないかも知れないけど、俺全力で行くから!」

 

 ゴンは筋金入りの頑固者だが、決して馬鹿ではない。どう足掻いたところで力で勝ち目がない事は百も承知。その上でメルエムに戦いを挑むつもりでいた。

 

「………どうしても戦うというのだな?」

「うん!」

「そうか」

 

 一点の曇りもない目で頷く。メルエムとしては、組み合わせ表を見た瞬間からこうなることは当然予想していた。ゴンが素直に引くなんてありえない。どれだけ苦痛を与えても時間の無駄だろう。となればゴンを痛め付けたくないし、原作でのハンゾーのように諦めるしかない。

 

(仕方ない、やっぱりあの手を使うしかないか)

 

 ───はずだったが、メルエムには秘策があった。

 たった一つだけ、ゴンにまいったを言わせる方法が存在する。この方法を使うのは彼としてもちょっぴり心苦しいところだが、戦闘を回避するためにも手段を選ぶつもりはなかった。

 

「ゴン、戦う前に聞いておきたいことがある。お前は余と初めて会った時のことを記憶しているか?」

「………え?勿論覚えてるよ。俺がメルエムさんの財布を拾って返した時の事だよね?それがどうしたの?」

 

 メルエムからの唐突な問いにゴンは首を傾げる。質問の意図が見えない。周囲の反応も、試験中だというのに今更何故そんなことを?と、訝し気な様子だ。

 

「そう、余は迂闊にも財布を落としたが、お前は律儀に届けてくれたな」

「落し物を持ち主に届けるのは当たり前だよ?」

「大切な試験の最中に誰とも知らない他人を気遣える人間は中々存在せんのだがな。まあ、ともかく余はそこでお前に恩を感じた訳だ」

 

 ヒソカという特大の厄に目を付けられ、周囲から避けられまくっていたメルエムにとって、ゴンの優しさや純粋さはまさしく天よりの助けのように思えたものだ。他の者達にとっては大したことではないかも知れないが、少なくとも臆病な彼が戦闘状態のヒソカを前にして飛び出すくらいには大きな恩を感じた。

 

「うん、でもそれは命を助けて貰ったことで返して貰ったから」

「そうだな。あの時、余が止めに入らねば死は確実であっただろう。それで借りは返した」

 

 十年後、いや、弛まぬ修練を重ねた5年後のゴンならヒソカを相手にしても生き延びることが出来る。いや、もしかしたらヒソカを凌駕する力を手に入れていてもおかしくはないが、念のねの字もしらないゴンでは無残に殺されてお終いだ。メルエムが命の恩人であることに間違いない。もっともヒソカをその状態にしたのもメルエムなので完全にマッチポンプ状態なのだが、それはおいといて、

 

「でだ、あの後何と言ったか覚えているか?」

「えーと、助けてくれてありがとうって、お礼を言ってから今度は逆に俺が借りを返す番だねって」

「そうだ。余は必要はないと言ったが、お前は『絶対に借りを返す』と言っていたな?」

「うん、絶対に返す……………あ……………えーと、もしかしてだけど、メルエムさん?」

 

 ハッと何かに気が付いたようなゴンと満足げに頷くメルエム。もうお分かりだろう。

 

 

「察しが良いようでなにより。さ、今すぐここで借りを返してもらおうか」

「うぉいっ!オメー、ここでそれを持ち出すのかよ!」

 

 

 この男、控えめに言って最低であった。流石のゴンも考えもしなかった展開に口をパクパクさせ、全員の意思を代弁したレオリオからの突っ込みが冴えわたる。

 

「た、確かに借りは返すって言ったけど、それは今この時じゃないっていうか、その………」

「余は今この時に返してもらいたいのだが?」

「え、えーと、でも」

「『絶対に借りを返す』その言葉を信じていたのだがな………………そうか、ゴンは約束を破るのか………命の借りとはそんなに安い物だったのだな………残念だ」

「うぅぅ………」

 

 肩を落として落ち込んだ振りをする“大根役者(メルエム)”。しかし、ゴンは約束を破らないと確信しているのでその口角は僅かに上がっているのが見て取れる。そして、暫し悩んでいたゴンだったがやがて観念したように口を開いた。

 

「………………ま、まいった」

「うむ、ゴンならば約束は守ると信じていたぞ」

 

 いけしゃあしゃあとそんな事をのたまう、メルエム改めゲスエム。周囲も彼の行動に割と引いているが、このまま戦ってもいたずらにゴンを痛めつけてしまうだけなので戦闘を回避するにはこうするしかなかった、というのが彼の言い分だ。それに、次はハンゾー戦が控えているのでゴンの成長の為にも必要な事である。まあ、単純にビビリなので戦闘を避けたかったというのが一番大きいのだが。

 

「えー、本当によろしいのでしょうか?」

「うぅ、正直納得できないけど約束だから………」

 

 ハンター協会からの立会人も少々困惑した様子で一応確認をとるが、ゴンはがくっと肩を落としながらながら頷いた。

 

「そ、そうですか。それではギブアップがありましたので、勝者メルエム!」

 

 今回で第287期と長い歴史を持つハンター試験でも、最初から最後まで殆どまともに戦うことなく合格したのは恐らくメルエム位のものだろう。ある意味偉業と言っていいかもしれないが、会場には祝福の拍手はなく何とも言えない空気が漂っていた。

 

「いや、なんつーか、こう、ゴンに怪我がなくて良かったし、メルエムが試験を合格できたのはいいんだけどよ………もうちょっと、なあ?」

「ま、まあ、次の試合にダメージを持ち越すことが無くて良かった、と考えればいいのではないか?」

「普通に戦えばゴンに勝ち目はないだろうから、その通りっちゃその通りなんだろうけどさぁ」

 

 レオリオ、クラピカ、キルアの三人は言葉では言い表せないほど微妙な表情を浮かべている。(色んな意味で)喜んでいいのか、はたまた呆れたらいいのか分からなかった。極一部を除いて他もだいたい似たような反応だ。

 

 ちなみに極一部であるネテロは思いもよらない結末にポリポリと頬を掻くが、改めてメルエムが無暗に力を振るう事がないと分かっただけでもよしとしたようだ。イルミは試合終了と共に興味を失い、そしてヒソカは不気味な薄ら笑いを浮かべるのみ。

 

「メルエムさん!これで借りはちゃんと返したから、もしまた戦う機会があったら今度こそ真面目に戦ってね!絶対だよ!?」

「ああ、そんな機会があればな」

「約束だからね!」

 

 受験番号406番メルエム。大天使ゴンの良心に付け込んで一切戦うことなくハンター試験を突破。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回から捏造設定、独自解釈、ご都合主義、のタグがさらに火を吹くので苦手な方はご注意ください。

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