King of chicken   作:新藤大智

5 / 7
ヨークシン編とかGI編の展開を考えて連載にしようかと思いましたが、ネタがどうしても思い浮かばないので、申し訳ないですがヒソカとの因縁にケリをつけて一応の完結とします。多分次話で決着。続きを望んでくださる方がいらっしゃったらすみません。

※今回から戦闘描写が入りますのでちょいグロ表現が出てきます。苦手な方はご注意ください。後、前回の後書きにも書きましたが、ご都合主義、独自解釈、オリ設定、等が氾濫しております。


逃げられない第五話

 

 

 

 最終試験翌日。

 プロハンターに必要な講習を受講した後、ライセンスを受け取るとメルエムは晴れてプロハンターの一員となった。特にハンターとして活動する予定は全くないが、万一職質を受けた際に困ることが無くなったのは素直に嬉しいようだ。まさしく猫に小判、豚に真珠、メルエムにライセンスであった。

 

「───ともあれ、諸君らの息災を祈る。それでは解散じゃ」

 

 最後に合格者が集められ、ネテロからの訓示が示されるとようやく本当にハンター試験から解放される。念を未修得の者はまだまだ裏ハンター試験へと道は続いているが、メルエムはここまでだ。

 

「じゃあね、メルエムさん!」

「また何処かで会おうぜ」

「それではな」

「ああ、三人とも達者でな。キルアにもよろしく伝えておいてくれ」

 

 ホテルのロビーでゴン達と軽く雑談をした後、別れの挨拶を済ませる。別れは至極あっさりしたもので、各々これから(メルエムを除いて)ハンターとしての道を歩んで行くことになる。

 

 ちなみに、メルエムが試験を合格した後は、殆ど原作と同じ流れとなったらしい。らしい、と伝聞系なのは、合格と同時に会場を後にしてトイレに引き篭もっていたからだ。試験の組み合わせが原作とほぼ一緒であり、差異はハンゾーの位置にメルエムが入ったくらい。となればボドロが死ぬ可能性が高いと考えて、結局その通りになった。

 

 薄情かも知れないが、彼が殆ど面識のない人間のために動くはずもない。そもそもハンター試験は常に死と隣り合わせであり、一次試験から既に何百人と見殺しにしているので今更だ。多少気の毒だと思ったがそれだけ。イルミが見ている前でキルアに対して何かアクションを起こすつもりは全くなかった。作中でも屈指のヤンデレに関わるなどメルエムでなくとも嫌だろう。

 

(さて、それじゃあそろそろ俺も行くか)

 

 これからククルーマウンテンに向かうであろうゴン達を心の中で敬礼して見送ると、メルエムも気持ちを新たに一歩を踏み出す───

 

「や、メルエム。ちょっといいかな?♦」

 

 が、その瞬間、会いたくない人物ぶっちぎりの№1から声を掛けられてしまう。今すぐ四次元アパートに逃げ込みたくなるが、平静を装って振り返った。相も変わらずねっとりとした視線。あやうく蕁麻疹が出てきそうなほどの拒絶反応が出るが、なんとか堪える。

 

「………道化か。何の用だ?」

 

 拒否反応を抑えながら一応何の用だととぼけてみたが、ヒソカの用件など分かり切ったことだ。彼との再戦以外にありえない。

 

「試験が終わったら僕と戦ってくれるって約束なんだけど、それ少しだけ延期してもらっていいかな?♣」

 

 が、予想はまさかの外れだった。あの戦闘狂がどういった訳か延期を打診してきたのである。思わず王の尊顔が解除されそうなほど驚く。

 

「延期だと?どういった風の吹き回しだ?」

「僕としてもキミとの逢瀬がとても待ち遠しいのだけど、ちょっとやらなきゃいけない事が出来ちゃってさ。悪いんだけどちょっと待ってて欲しいんだ♦」

「………いいだろう、余は構わん」

 

 ふん、仕方あるまい、という態度を装っているが、本音は願ってもない申し出だ。この場を切り抜けるための言い訳は山のように用意していたが、ヒソカから言い出してくれるならそれに越したことはない。後は悠々と別の大陸へと逃亡すればいいだけだ。

 

「はい、これ僕の番号。キミの携帯番号とホームコードは?♦」

 

 内心で小躍りをしているメルエムを余所に、ヒソカは自らの携帯番号を書いたメモを渡す。そして、代わりにメルエムの番号を要求するが、これに対しては答えようがなかった。なにせ身分を証明出来る物がないので、ホームコードどころか携帯すら持っていなかったのだから教えようがない。ゴン達からも番号を聞くだけ聞いておいて、後で携帯を買ったら連絡を取るつもりでいた。

 

「そんな物はない」

「嘘………ではなさそうだね。まさか携帯を持ってないとはちょっと驚きだよ♣」

 

 ヒソカも若干驚いたようにキョトンとした表情を見せる。ハンターを志す人間には、いや、そうでなくとも生活する上で必須アイテムだろうに、まさか持ってないとは思わなかった。

 

「じゃ、これあげる♦」

 

 そう言って投げてよこした物はヒソカの携帯だった。仕事用に複数台持っているのでその内の一つらしい。

 

「貴様のなんぞいらぬ」

「そう言わないで受け取って欲しいな。でないと連絡のつけようがないだろ?♦」

 

 反射的に受け取ってしまったが、今すぐ握りつぶしたい衝動に駆られる。ヒソカの携帯なんぞ大金を貰っても受け取りたくはない。何時でも連絡が取れて、居場所もGPSだのなんだのでバレバレ。メルエムにとっては呪いのアイテムも同然。とはいえ、流石に目の前で壊す訳にもいかず嫌々ながら受け取るしかない。勿論、後で偶然を装って水没させるつもり満々だが。

 

「それじゃ、こっちの準備が出来たら連絡を入れるよ。その時は存分に戦おうね♥」

「………用件がそれだけならとっとと逝け」

「くく、つれないなぁ。それじゃあ、またね♠」

 

 背筋が薄ら寒くなる不気味な笑顔のままヒソカはホテルを後にする。メルエムは誰も見てない事を確認すると盛大な溜息を吐いた。

 

(はぁぁぁぁ、やっと終わった。これで後は逃げるだけだ)

 

 ヒソカの用事が何だが知らないが、もう会う事もないだろう。いや、約束を破る気はないので数十年後には会うつもりではいるが、それまでにクロロに殺されたり、どこぞで野垂れ死んでいたらそこまでは責任は持てない。というか、そうなって欲しいと切実に願うメルエムだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は流れ、ハンター試験から凡そ半年が経過。

 それまでの間にメルエムは各大陸ごとに拠点を幾つか用意し、四次元アパートで各地を放浪する日々を送っている。彼の生活は基本的に4次試験の時と変わらず自堕落の一言だ。まだネット通販などがそれほど普及していないので、食料の買い出しやビデオのレンタルなどちょいちょい外に出る必要はあるが基本的に引き篭もってネットやビデオを見て喰っちゃ寝の生活を繰り返していた。まあ、いずれは聖地巡礼や日本に帰る手段を探したりする予定ではいるが、今はまだ動くつもりはない。

 

「ふむ、そうか。新人潰しの次はカストロが相手か………いや、詳しい事は知らんが、確かフロアマスター候補と聞いたことがある。まあ、それほど気負わずに胸を借りるつもりで行けばよい。お前達の才能は認めるが、念に関して初心者中の初心者ではまだ荷が重い」

 

 ゴン達とはハンター試験以来直接会う事はないが、時々連絡を取り合ってはいる。現在彼等は天空闘技場で念能力を習得、新人つぶしを撃破したようだ。そして、何故か姿を見せなかったヒソカの代わりとも言うべきか、ゴンはカストロと戦う事になったらしい。彼もヒソカに及ばないものの、十分に強者と呼べる部類に入る。今のゴンでは到底勝ち目はないが、格上の念能力者と戦うだけでもいい経験になる。

 

 ちなみに、ゴンとのやり取りは自分で契約した携帯を使っている。ヒソカの携帯は「あー、しまったー、間違えてー水に落としちゃったー、テヘペロ(棒)」と、水没させた上で、思いっきり握りつぶして米粒より小さく圧縮した上で海にポイである。

 

「ああ、応援している。それではまたな」

 

 王の尊顔と電話を切る。メルエムはそのままベッドにダイブ。ゴロゴロしながら何か映画でも見ようかと思ったが、借りて来たビデオを漁ると全て見終わってしまったものばかりだった。仕方なしに返却も兼ねて新しいビデオを借りに行く事に。天気は雨が降りそうな曇り空だ。降られない内に急げと足を速める。

 

「さて、何か期待の新作でもないかな………お、もげモグの劇場版だ。これは是非とも見ないと」

 

 レンタル店に到着すると興味の湧いたビデオを片っ端からカゴに入れていく。基本的に彼は雑食なのでSFやファンタジー、アニメ、ミリタリー、感動物、恋愛物、等々ジャンルは選ばないが、ガチのホラーだけは絶対に借りることはない。30本以上ものビデオをカゴに入れるとレジへと向かう。

 

「ありがとうございました、またお越しくださいませ」

 

 今回は期待できそうな映画が多く、店から出て来たメルエムはほくほく顔でスキップでもしそうな勢いだ。原作を知る人間がいればあまりにシュールな画に自らの目を疑うだろう。ついでに家へと帰るついでに途中のスーパーに寄って一週間程度の食料品を買い溜めする。これで引き篭もる準備は万端───

 

「やあ♦」

 

 のはずだったが、何処か聞き覚えのある不穏な声と共に肩を掴まれる。反射的に王の尊顔を発動させたためビクッと過剰に反応することはなかったが、振り返った先にある顔を見て後悔した。

 

「来ちゃった♥」

「………(白目)」

 

 未だかつてこれほど嬉しくない「来ちゃった(はーと)」があっただろうか。いや、ない。気絶しなかっただけ奇跡と言える。間近で満面の笑みを浮かべたヒソカなんぞ見たら下手なホラー映画よりもよほど恐怖映像だ。

 

「………………………道化、何故貴様がここにいる?そもそもどうやって見つけた?」

 

 たっぷり5秒ほど現実逃避をしていたが、目の前の光景が変わるわけでもないので嫌々ながら現実を認めて問う。ヒソカの携帯は現在見るも無残な姿で海中にある。よってGPSで位置を調べるのは不可能。また、一週間程度で各大陸にある拠点を転々としているので居場所を捕捉することも困難。さらにはビデオ店の会員証もメルエム名義ではなく、他人から買い取ったものなのでそこから調べるのも無理なはず。なのに一体どうやってメルエムを見つけ出したと言うのか。

 

「勿論キミと会うために♣連絡が取れなくて居場所が分からなかったけど、少々お金と時間を掛ければ、特定人物の位置を割り出すのはそれほど難しくないからね♦」

 

 世の中にはハッカーハンターといった分類のハンターが存在する。電脳世界を縄張りとする彼等に掛かれば世界中の監視カメラをハッキングすることなど朝飯前。後はハッキングした膨大な映像の中からメルエムの容姿に似た人物を独自のツールや念能力を使って数十人にまで絞り込み、ヒソカに確認を取るだけ。いかに大陸間を飛び回ろうとも普通に監視カメラに映像が残っていれば特定は容易い。本気で隠れるつもりなら人里離れた山奥に引きこもっているべきであった。今更ながらに後悔するが時すでに遅しである。

 

「で、僕の携帯はどうしたんだい?さっき言った通り音信不通になってたけど♣」

「水没して使い物にならなくなったので捨てた。後で弁償しよう」

「いや、別に構わないよ。こうして会えたことだしね。それより───」

 

 ヒソカの笑みが濃くなる。いや、その表情はもはや笑みとは呼べぬ別物。

 

「あの時の約束を忘れてないよね?♠」

 

 抑えきれないようにヒソカの体からオーラが迸る。人通りが比較的少ない通りとは言え、まだ時刻は昼過ぎ。まばらにいた通行人は、ヒソカから不穏な何かを感じ取ったかのように一目散に逃げて行く。メルエムも通行人に混じって逃げ出したい気持ちで一杯だったが、自らの肩を見てそれは無理だと悟る。

 

「………これが貴様の能力か」

「そう、“伸縮自在の愛(バンジーガム)”っていうんだ。これはガムとゴムの両方の性質を持つ。キミが逃げるとは思わないけど念のためにね♣」

 

 ゴムとガムの両方の性質を持つヒソカの能力、“伸縮自在の愛(バンジーガム)”。どうやら先程肩を掴まれた際に取り付けられたらしい。凝で見ればその存在がはっきりと認識できる。今すぐに外したいところだが、それよりも付けられたバンジーガムを見て違和感を覚える。

 

(赤い?)

 

 それはバンジーガムの色。アニメの知識として知っていたバンジーガムの色は、紫がかったピンク色だったと記憶している。こうして直に見るのは初めてなのでこの世界では元々赤かったのかもしれないが、まるで鮮血のように毒々しい色合いのバンジーガムに何故か寒気を覚えた。

 

「ちなみに、これはキミだけの特別なバンジーガム♦」

「………特別とは?」

「内緒って言いたいところだけど、教えてあげる。僕はキミと戦う目的以外にバンジーガムを使えば死ぬ制約と誓約を組んだんだ♦」

「………なん………だと」

 

 思わずオサレに驚く。感じ取った悪寒は果たして正解だった。王の尊顔を発動させていなければ、あんぐりと口を開けてアホ面を晒していただろう。それほどの衝撃だった。

 

「だからこのバンジーガムはキミから絶対に外れない。例え何万km離れようとも、念の空間に入り込もうとも、何があっても僕とキミを引き合わせる。いうなれば運命の赤い糸だよ♥」

「」

 

 とんだ赤い糸もあったものだ。メルエムは一瞬本気で気絶しかけたが、なんとか意識を保つ。

 

 制約と誓約は諸刃の剣ではあるが、上手く使えば念を覚えて間もないクラピカが緋の目があったとはいえ旅団を相手に出来るほど強力な力をもたらす。それをただでさえ世界有数の強者であるヒソカが重い制約と誓約を課せばどうなるのか?答えは簡単。メルエムでさえ力尽くで外すことが困難な異常に強力な念能力となる。

 

「そこまでして余と戦いたいのか貴様は?」

「勿論♦僕はこの戦いに全てを懸けるつもりだ。この程度はまだ序の口。この半年間、キミとまともに戦えるようになる為に色々と準備してきたからね♣」

「………全くもってご苦労な事だな」

 

 クラピカと同等に重い制約と誓約がまだまだ序の口と聞いて、もうお家にかえりゅのおおおぉぉぉ!と内心で大絶叫を上げるメルエム。だが、赤いバンジーガムがある限り何処に居てもヒソカに捕捉されてしまうので、もはや四次元アパートですら安全とはいえない。目の前が真っ暗になるとはこのことか、と理解したくないのに理解してしまった。

 

「………………いいだろう。約束通り相手をしてやる」

 

 あまりに酷い現実に絶望するも、そうしたところで状況が良くなる訳でもない。ハンター試験すら殆ど戦わずに脅しと口車で乗り切った彼であったが、今回ばかりは戦う覚悟を決めるしか道はなかった。王の鼓動を見てそれでも挑んで来るヒソカにもはやどんな脅しも通用しないだろう。

 

「少し場所を変えるぞ。ここでは目立ちすぎる」

「勿論、邪魔が入ったら興ざめだしね」

 

 二人は街を離れ、人気の全くない場所まで移動する。今日ここでヒソカを倒す。でなければ安息の日々は訪れることはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここでよいな?」

「うん♦」

 

 メルエムが拠点を置いていた街からおよそ百キロ離れた場所にある荒野。周囲には所々朽ち果てた巨岩が転がっており、草木も疎らにしか生えていない。そんな荒涼とした大地にて、二つの人影が対峙する。

 

 一方はキメラアントの王として生を受け、生態系の頂点に立つべく生まれたメルエム。そして、もう一方はその頂点に挑むために全てを投げ捨てて刃を極限まで研ぎ澄ませた道化師ヒソカ。二人の視線が交差する地点では、まるで物理的な圧力がかかっているかのように空気が重く張り詰めている。

 

「ああぁ、どれほどこの時を待ち望んだことか、やっとキミと死合える♥」

 

 ヒソカは自らの体を抱きながら喜びに打ち震える。メルエムとの戦いがどれほど甘美な時間になるのか、想像しただけで滾ってしまう。これほどまでに感情が動かされたことは過去にたったの一度だけ。あの生命の輝きを見た時以来のことだ。まだ戦いは始まってもいないが、ヒソカは自らの目的を果たすことが出来ると未来予知にも似た確信があった。

 

「自殺志願者が………」

 

 対するメルエムも王の尊顔の裏側で(ヒソカとは真逆の意味で)打ち震えていた。戦うしかないとはいえ、やはり怖い物は怖い。しかも彼にとってまともな戦闘はこれが初めてなのだ。初戦闘の相手が覚悟ガンギマリのヒソカなど悪夢としか言えない。

 

 さらにいえば、今のヒソカは本当に何をしでかすか分からない怖さがあった。命を懸けた重い制約を序の口と言ったことから、まだまだ隠された奥の手が存在することは明らか。メルエムの肉体と全てのキメラアントを喰らって手に入れた莫大なオーラがそう易々とどうにかなるとは思えないが、ヒソカが全く勝算がないのに挑んで来ることはないだろう。油断は出来ない。

 

「自殺志願者?冗談。僕は生きたいから戦うんだよ♣」

「訳の分からんことを」

「くく、理解してもらえるとは思ってないよ。自分でも特殊だと思うからね………さて、お喋りはここまでにして、そろそろ始めようか♦」

「そうだな。余も暇ではない。速やかに涅槃に送ってやる」

「ああ、楽しみだ♠」

 

 両者は僅かに重心を落しオーラを体の隅々まで行き渡らせ臨戦態勢へと移行。

 

 最強対最狂の戦いが今始まる。

 

「───ふっ!」

 

 最初に仕掛けたのはヒソカ。まずは小手調べとばかりに何処からともなくトランプを取り出すと腕を鞭のようにしならせて射出。常人からすれば目にも止まらぬ凄まじい速度で飛来するトランプだが、メルエムの超人的な動体視力からすれば十分目で追える速度でしかない。余裕を持って躱す。しかし、その後の光景に僅かに目を見開いた。

 

 避けたトランプはそのまま一直線に進み、あろうことか岩を切り裂いた。切り口はまるで鏡面のような滑らかさであり、異常なまでの切れ味。周で強化したトランプであればそれくらい出来ない事もないのだが、問題なのは投げられたトランプが一切念で強化されていなかった点だ。紙でも使いようによっては人の皮膚程度は容易に切れるが、いくなんでも強化もせずに岩を切ることなど不可能。

 

「………そのトランプは一体何だ?」

「いいだろうこれ。ゾルディック特製の合金で出来たトランプさ」

 

 ヒソカはメルエムと戦うにあたって使用する道具も可能な限り強化していた。今までは市販の紙のトランプで十分事足りていたが、化物を相手にそれではあまりに不足。材質から厳選し、紙ではなくミルキが作り出した特製の合金を使う事にした。そのため一枚一枚の重さが3キロを超える馬鹿みたいな超重量となっており(もはやトランプと言っていいのか疑問ではあるが)その分強度と切れ味は折り紙付き。また、ヒソカが全てのトランプに手ずから神字を彫り込むといった力の入れようだ。周で強化すれば鋼鉄すら紙のように切り裂くだろう。

 

「さあ、どんどんいこうか♦」

 

 今度は念を込めてトランプの波状攻撃を仕掛ける。その全てにバンジーガムが貼り付けられているため、指先の僅かな動きで複雑な軌道を描きながらメルエムへと殺到する。

 

 鋼鉄をも軽く切り裂くトランプが数十枚。それが前後左右上下から襲い掛かって来る。逃げる隙間はない。並みの能力者ならば既に詰みの状態。それなりの使い手であっても無傷で切り抜けられる者がどれほどいるだろうか。

 

 しかし、メルエムからすればこの程度は危機とは言えない。纏から堅へ。ただそれだけで溢れ出すオーラが殺到するトランプを弾き飛ばす。

 

 無論、ヒソカもこの程度の攻撃が通用するとは微塵も思っていない。今度はジョーカーを一枚だけ抜き取りオーラを収束。さらに全身にオーラを漲らせると、地面が砕けるほど強烈に踏み込む。そして、弾丸のような速度で突貫。

 

 二人の間合いは一瞬でゼロとなり、激しい攻防が繰り広げられる。ヒソカは手にしたジョーカーで雨霰とばかりに無数の斬撃を繰り出し、さらには先程弾かれたトランプをバンジーガムで引き寄せ死角からの奇襲とする。対するメルエムはその身体能力に物を言わせ、全ての攻撃を目で見てから躱していた。

 

(やっぱり身体能力が桁違いだね♣)

 

 数百、数千に及ぶ攻防の末、身体能力の差を改めて認識する。メルエムの戦闘技能はそれほど高くない。というよりも殆ど素人同然。無駄な動作があまりに多く、こちらが少しフェイントを仕掛ければ面白いように引っ掛かる。

 

 しかし、問題は引っ掛かったとしてもその出鱈目な身体能力で強引に動きを修正してしまうところにある。しかも今はまだ“王の鼓動(キングエンジン)”を発動させていないにも関わらずだ。世界有数の実力者を自負する自らに対して見てから回避余裕でした、を素で出来る人間がこの世に存在するとは思いもしなかった。いや、ここまでくると本当に彼が人間なのか疑わしい。それほどまでに、生物としての圧倒的な格の違いを感じさせられた。

 

「いいね、そうだよ、そうこなくちゃ♦」

 

 だが、その事実はヒソカにとってマイナスではなく、寧ろプラスにしかならない。メルエムが遥か高みにいるからこそ自分は生を実感できる。精神の高揚からオーラが増大。旅団で随一のオーラ量を誇るウヴォーすら上回る勢い。いや、それだけでは終わらなかった。

 

「………っ」

 

 思わず強引に距離を取るメルエム。その目には今までにはない程の警戒心が見て取れた。

 

 精神状態の変化はオーラに直接関わるので、感情の起伏から戦闘中に多少の増減があったもおかしくない。しかし、ヒソカのオーラはどう考えても感情や精神力でどうにか出来るレベルを超えて上昇し続けていた。

 

 より強大に、より禍々しく。

 

 気づかぬ内にメルエムの額から一筋の汗が流れる。ヒソカの変化は明らかに異常だ。最終的にそのオーラは、護衛軍で頭一つ抜き出たオーラ量を誇るユピーを優に凌ぎ、禍々しさはピトー以上になっていた。

 

「………貴様一体何をした?」

「驚いてくれたようで何より。キミは闇のソナタって知っているかな?♦」

「確か魔王が作曲した独奏曲だと聞いたが………まさか、貴様」

「うん、それは本当だったらしい。あれを演奏したらこの通りだよ♠」

 

 ヒソカはこの半年の間に念に関する遺物を片っ端から集めて試していた。だが殆どは眉唾だったり、効果がなかったりと金と手間をかけた割に成果の無い物ばかりだった。しかし、唯一効果があったと言える物がある。それが闇のソナタだ。

 

 闇のソナタとは、魔王が作曲したとされる独奏曲であり、ピアノ・バイオリン・フルート・ハープの4つからなる。人間が演奏したり聞いたりすると恐ろしい災いがふりかかるとされている。

 

 ヒソカはとある音楽大の名誉教授をあらゆる手段で脅し、バイオリンパートの楽譜を入手するとなんら躊躇いなく演奏した。結果、オーラ量は尋常ではない程に上昇することとなる。もっとも、単にオーラが増大するだけなんて上手い話があるはずもなく、

 

「まあ、この通り代償はそれなりに大きかったけどね♦」

 

 “災い”が今この時もヒソカを蝕んでいた。ヒソカが自身の右腕を一撫ですると、“薄っぺらな嘘(ドッキリテクスチャー)”が剥がれ落ちる。

 

「………………(───っっ!?)」

 

 ドッキリテクスチャーの下に隠された腕は、まるでゾンビのように爛れて半ば腐りかけているようだった。

 

 ヒソカは腕だけを見せたが、既に右半身が同じような状態になっている。今はまだ精神力とオーラで抵抗しているが、やがてそう遠くない内に全身が侵されるだろう。

 

 ヒソカの推測では闇のソナタとは、魔王を再誕させるための儀式なのではないかと見ている。バイオリンパートを演奏している最中に気が付いたが、これは死者の念だ。自身もこれまでに数多の死に触れてきたが、今まで感じたことがないほど死の気配が強い。

 

 魔王は恐らく“今は”死んでいる。だが、死の間際に闇のソナタを残したのだろう。ピアノ・バイオリン・フルート・ハープの四つの演奏者は生贄だ。演奏した者達は死へと近づく毎にそのオーラを強大にさせてゆく。そして、彼等4人を生贄に捧げることで魔王が再誕する。

 

 もしかしたら的外れの仮説かも知れないが、ヒソカにとってはどうでもよかった。オーラが増大し、メルエムと戦えるレベルになる事実だけが重要なのだ。

 

「………それが貴様の切り札か」

 

 メルエムはヒソカの覚悟を知り、警戒心を最大にまで引き上げる。というか今すぐ帰りたくて仕方なかった。

 

 闇のソナタによりオーラが増大したとはいえ、まだまだメルエムには遠く及ばない。しかし、ハンター試験の時と比べれば雲泥の差だ。その差は確実に縮まり、ともすれば今のヒソカならばメルエムに傷を負わせることも可能かもしれない。と、思っていた。

 

 メルエムはまだヒソカの覚悟を見誤っていた。

 

 

 

 

 

 

「違うよ。これも札の一つではあるけど本当の切り札は───これから」

ヒソカは自らの左胸に手を当てると、あろうことか己が心臓を抉り出す。

 

 

 

 

 

 

 ぐちゃり、ぶちぶち、と肉を引き千切る生々しい音が荒野に響く。メルエムは目の前の光景を理解できず、声も出なかった。

 

 心臓は言うまでもなく生命維持に最も重要な臓器の一つだ。血液の循環を担う心臓がなくなれば、人は数分で死に至る。ヒソカの取った行動は自殺行為に他ならない。

 

 だが、何故だろうか。何もせずとも直ぐに死ぬはずのヒソカを前にして全身に最大級の悪寒がはしる。本能が今すぐにヒソカを攻撃するべきだと訴える。しかし、メルエムは呆然として動くことが出来ず、ただヒソカの凶行を見ている事しか出来なかった。

 

 そして、瀕死のはずのヒソカは口元を自らの血で真っ赤に染め、信じがたい言葉を発する。

 

 

 

 

 

 

 

「“王の鼓動(キングエンジン)”」

 ドクン、とないはずの心臓が脈動。ヒソカの体からゆらりと蒸気が立ち上る。

 

 

 

 

 

 

 

「っっ………!?馬鹿な!?」

 

 我に返り、思わず叫ぶ。あり得ない。ヒソカは確かにメルエムの目の前で自らの心臓を抉り出した。その証拠に彼の右手には心臓が握られており、胸からは血も流れ出ている。

 

 それなのに何故、心臓が脈打つ音が聞こえる?何故、王の鼓動が使える?メルエムは混乱の極致に陥るが、ぽっかりと空いたヒソカの左胸に赤いオーラで出来た何かが蠢いていることに気が付く。それを見て一つの可能性に思い至った。あり得ないと思いつつも、それしか説明がつかない。

 

 ヒソカはメルエムとの隔絶した身体能力の差を少しでも埋める為、脆弱な己の心臓を捨てて念で新しい心臓を作り上げたのだ。

 

 王の鼓動は、心臓を強化することにより血液の循環速度を速め、身体能力を劇的に上昇させるパンプアップの超強化バージョンだ。原理自体は簡単だが、普通のパンプアップならまだしも王の鼓動を使用するには、人間の心臓では圧倒的に強度が足りない。これを使おうとするならば、メルエムのように純粋に強靭な心臓か、もしくは“ゴム”のように伸縮性と耐久性に優れた心臓が必要となる。

 

 そう、ゴムだ。ヒソカはバンジーガムのゴムとガムの性質を利用すれば王の鼓動を再現できないか考えていた。心臓は重要な臓器だが脳ほど複雑怪奇な構造をしていない。極論ではあるが、ただのポンプである。ならば念で疑似的な心臓を作り出すことは難しくない。形を整えてゴムの伸縮により血液を循環させればいいだけ。

 

 そうしてバンジーガムで出来た心臓は、ただの人間の心臓とは比べ物にならない強度と伸縮性を持つ。それこそ王の鼓動を発動できる程に。

 

 ヒソカはメルエムと戦うため、文字通り全てを投げ捨てて力を手にした。

 

 ゾルディック家特製のトランプ。対メルエム用のバンジーガム。闇のソナタによる莫大なオーラ。そして、王の鼓動による身体能力の劇的な強化。ここまでしてようやく勝てる可能性が僅かに見えてくると考えた。常人には理解できない、まさしく狂人の思考。

 

「………………」

 

 メルエムは、ヒソカの凶行を前にただただ絶句するしかなかった。ヒソカの行為は、可能か不可能かで言えば確かに理論的には可能だろう。だが、考え付いても本当に実行するなど正気の沙汰ではない。仮に勝負に勝ったとしても待っているのは確実な死だ。バンジーガムを維持できなくなった時にヒソカは死ぬ。人工心肺という手もあるが、仮にそれが上手くいったとしても闇のソナタの侵食が全身に回ればやはり死ぬ。ヒソカは戦闘が始まる前に生きる為に戦うと言ったはずなのに、あの言葉は一体何だったと言うのか。

 

(………なんなんだよ、こいつ)

 

 分からない どうしてそこまで出来るのか

 分からない 何がヒソカを突き動かすのか

 分からない 何故命をそう簡単に捨てられるのか

 分からない 死は怖くないのか

 分からない ヒソカを理解できない

 

「ゴホッ………ケホッ……ああ………上手くいって良かった♠」

 

 口元の血を拭いながら何でもないように佇んでいるヒソカ。それがいっそう恐怖を引き立てる。

 

 メルエムは根っからの臆病だ。怖いと思う物はこの世に腐るほど存在する。

 

 だが───

 

 

「待たせたね。さあ、楽しいダンスを再開しよう♥」

 

 

 これほどまでに心の底から恐怖を覚えたのは、メルエムとしての生を受けてから初めての事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




第五話要約
ヒソカ「僕自身がバンジーガムになることだ」
メルエム「」

流石のメルエムも今回ばかりは逃げられませんでしたという話。
ヒソカの狂気を少しは再現できてるかな?感想があればお願いします。

※以前に感想で教えて貰ったのですが、現実世界のバンプアップは、筋トレ後に一時的に筋肉が膨らむだけで、筋力はむしろ平常時より低下するそうです。なのでここでは、エアギアのブッチャが使うバンプアップやルフィ―のギアセカンド的な感じで使われているとしてください。

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