King of chicken   作:新藤大智

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今回短いです


因縁の第六話

 

「あはははははははは!自分の体に振り回されるなんて初めてだよ!♦」

 

 狂ったように嗤いながら距離を詰めるヒソカ。動揺しながらも対抗するように王の鼓動を発動させるメルエム。両者は真っ向から衝突し、戦闘は第二ラウンドへと移行する。

 

 人智を超えた両者の戦いはもはや戦闘と呼べるものではなく、局所的な災害の様相を呈していた。

 

 メルエムの拳が大地に巨大なクレーターを作り上げ、ヒソカの蹴りは遥か上空の曇天の空を引き裂く。二人の拳の衝突は遠く離れた街にまで衝撃が届き、行き場を失った高密度のエネルギーが周囲一帯を吹き飛ばした。

 

 戦場となった荒野は、もはや薔薇の爆心地も斯くやと言った有様となっている。両者が牽制に放つ一発一発の攻撃がビックバンインパクトを超える攻撃ともなればそうなるのも当然だろう。

 

「凄いなぁ!これがキミが見ていた光景か!♣」

 

 興奮したように捲し立てるヒソカ。最初の頃こそ王の鼓動で桁違いに上昇した身体能力に振り回されていたが、持ち前の天才的な格闘センスにより、一挙手一投足ごとに動きを修正。より速く、より鋭く、より正確に。戦いの中で無駄な動きが排除されていく。

 

(やばい、やばいやばいやばい!この化け物もう王の鼓動に慣れてきやがった!は、早くどうにかしないと………っ)

 

 背筋を冷たい汗が伝う。興奮状態のヒソカに対してメルエムは応戦しつつも内心では恐慌状態に陥っていた。ヒソカが王の鼓動を制御するのに掛かった時間は僅か一分に満たない。化物そのものであるメルエムをして、化物と言いたくなる成長速度で迫りくる。

 

 怖い。恐ろしい。この場から一刻も早く逃げ出したい。

 

 メルエムの心情は、大半がそのような思考で埋め尽くされていた。元々絶対に勝てる戦いであっても可能な限り戦いを避けようとする彼が、今のヒソカを相手にすればこの反応も当然である。ハンター試験の際は隔絶した実力差があったため、言い換えれば余裕があったためにゴンを庇う決心が付いた。しかし、その差は着実に縮まって来ている。後ろからメルエムを追うヒソカの足音が聞こえてくるようであった。

 

 無論、縮まっているとはいえ、それでもまだメルエムの方がオーラ量、身体能力、共に大きく上回っている。だが、その差を例えるなら格闘経験がない肉体を鍛え上げた大人と戦闘技術を学んだ小学生だ。素手で真っ向から立ち向かえば子供に勝ち目はないが、ナイフの一本でもあれば話はまた変わって来る。万が一が起きかねない。

 

「ああぁ、楽しいな!キミとのダンスを何時までも続けていたくなるよ!♠」

 

 大地を砕きながら高速移動を繰り返すヒソカ。王の鼓動に慣れてくると、一直線に突っ込んできたかと思えば激突する直前で真横の巨岩にバンジーガムを貼り付けてゴムを収縮、無理矢理直角に曲がってみせるなどトリッキーな動きやフェイントを織り込んでメルエムを翻弄し始める。

 

「ちっ!」

 

 今まではフェイントに引っかかったとしても、身体能力の差で後から回避をしていたメルエムだったが、ヒソカが王の鼓動を取得した今、徐々に対処が追いつかなくなっていく。ヒソカの牙は着実にメルエムへと迫っていた。

 

 

 そして

 

「───あぁ、やっと届いた♦」

 

 

 幾千幾万の攻防の末に、ヒソカの右手に確かな感触が伝わった。

 

 自ら神字を刻み込んだトランプに莫大なオーラを注ぎ込み、人外の力で一閃。空間そのものを断ち切るかのような一撃は遂にメルエムに届く。

 

「………これは………血?………………俺の?」

 

 首筋に手を当てれば、そこには鮮やかな紅。戦闘中にもかかわらず、一瞬だけ呆然と赤く染まった手を見詰める。

 

 傷は致命傷には程遠い。首からの出血とはいえ、軽く表皮を切り裂いただけで頸動脈には全く届いていないのだから。そもそも仮に頸動脈を切られてもメルエムの肉体からすれば大した問題ではない。筋肉を締めて止血すれば後は自己治癒で事足りる程度。しかし、流れ出る鮮血はメルエムに深い衝撃を与えていた。

 

 痛み自体に衝撃を受けた訳ではない。いや、彼は痛い事も勿論嫌いなのだが、問題は全力で堅をすれば薔薇の直撃ですら楽に耐え得る防御を貫いてダメージが入ってしまったことだ。

 

 半年前の実力差なら何をしようともかすり傷さえ付けられなかった。二人の戦力差は象と赤ん坊以上であり、どれほど重い制約と誓約を己に課そうともそれ以上の圧倒的な力で踏みつぶされて、いや、そもそもメルエムの性格からして四次元アパートに逃げ込まれて終わりだっただろう。

 

 しかし、今は違う。半年間の入念な準備、誰もが忌避する外法、命を賭した覚悟。持てる全てをこの一戦に注ぎ込んだヒソカはメルエムに届く牙を手に入れていた。赤いバンジーガムがある限り逃げることも出来ず、ヒソカの手は彼に届く。それ即ち、命を脅かされるということ。

 

 スペックだけでいえば原作の王を遥かに超える自分に、傷を負わせることのできる存在は人間界には殆どいないと思っていた。仮にそんな稀有な存在に出会ったとしても、速攻で逃げて四次元アパートに引き篭もればいいと心の何処かで甘く考えていたのだ。しかし、それがここにきて覆る。その衝撃は動きを止めるに余りあるだろう。

 

「隙だらけだよ♠」

 

 無論、その好機を逃すヒソカではない。猛攻猛打。空を引き裂く蹴撃が、鋼鉄を紙のように切り刻むトランプが、瞬きの間に数百発と打ち込まれる拳が、メルエムを打ち据える。一般的なハンターでは、いや、十二支んクラスのハンターであろうと、軽く数十回は死んで余りある威力が瞬きをする間に叩き込まれた。

 

「………っっ!?」

 

 ヒソカの猛攻に我に返る。戦闘中に隙をみせれば代償を払うのは当然。全身は数百を超える殴打に加え、トランプにより切り裂かれた傷は既に数十ヶ所に上る。

 

「貴様っ!」

 

 防戦一方はまずいと恐怖を押し殺し、強引に流れを断ち切って反撃に出る。だが、メルエムの単調な攻撃は猛牛の突進を避ける闘牛士のように紙一重で躱される。拙いながらフェイントを混ぜて仕掛けてみるが、悉く読まれてお返しにカウンターまで貰う始末。

 

「くく、凄い力だけど当たらないと意味がないね♦」

 

 余裕の表情で指摘するヒソカにメルエムの表情が歪む。実際にはヒソカにもそこまで余裕がある訳ではない。魅せる為にわざと紙一重で避ける闘牛士と違って、神経を極限まで研ぎ澄ませ死に物狂いで避けている。何せ一発でも貰えばそのままお陀仏になりかねないのだから当然だろう。しかし、それをおくびにも出さない。ヒソカとメルエムでは明らかに役者が違った。

 

「………くっ(痛い、痛い痛い痛い痛い!)」

 

 積み重ねられた殴打や切り傷に体が鈍痛を訴える。いずれも致命傷とは言えないが、絶対的な防御力を超えてダメージを蓄積させていく。

 

(ど、どうすれば………どうすればいいっ?)

 

 ヒソカを相手に逃げの一手は許されない。赤いバンジーガムがある限り何処に逃げても地の果てまで追いかけて来る。振り切るにはここで倒すしかないが、そもそも攻撃が当たらなかった。一方的なリンチを受けているのに一体どうやって倒すと言うのか。ならばやっぱり逃げるしかない、しかしバンジーガムがある限り───

 

 逃げることは不可能。さりとて攻撃が一発も当たらないのでは倒すことも出来ない。メルエムは猛攻に晒されながらも何とか現状を打破する方法を考えるが、痛みと恐怖からくる混乱で思考の堂々巡りに陥っていた。怠惰のツケとも言うべきか。戦闘経験が皆無であるということもさらに拍車をかける。

 

 そうしている間にもダメージは少しずつ、だが着実に蓄積されてゆく。その現実を前にしてメルエムの脳裏に一つの最悪な結末が過る。

 

(早くどうにかしないと、このままじゃ、このままじゃ殺され…………………殺される?)

 

 死を意識してメルエムの動きが止まる。

 

 

(………ヒソカに殺される?………俺は………ここで死ぬ………?)

 

 

 今まで無意識に除外していた自分が死ぬという可能性。その可能性を認識した瞬間、頭が真っ白に染まる。

 

 戦闘中に見せてしまったあまりに大きすぎる隙。ヒソカは何らかの罠ではないかとの考えが過るが、それも本当に一瞬だけだった。次の瞬間には、さらなる暴力の嵐が吹き荒ぶ。

 

 メルエムの肉体はまるでピンボールのように空中で弾かれる。上下左右から打ちのめされ、頑強な肉体からもついには悲鳴が上がった。最後は強烈なアッパーを食らって数百メートルの高さに打ち上げられると、回り込んだヒソカの強烈な踵落としで地面に叩きつけられる。耳を劈く様な轟音が鳴り響き、メルエムが墜落した地面には広大なクレーターが出来上がる。そのあまりの威力に局所的な地震が観測されるほどであった。

 

「手応えあり。でも、まだまだこんなものじゃないだろ?さあ、もっとキミの力を見せておくれ♥」

 

 クレーターの底で横たわるメルエムに喜々とした表情で語り掛けるヒソカ。手応えはあったが、生物の頂点たるメルエムがこの程度で終わるはずはない。いや、終わっていいはずがない。メルエムとの戦いは確かに楽しいが、まだ最大の目的は果たしていない。ヒソカには油断も隙もなく、勝負はこれからだとばかりにオーラをさらに滾らせる。

 

 しかし、肝心のメルエムはピクリとも動かなかった。

 

「………」

「メルエム?♣」

「………」

「冗談だろ?キミが今ので終わる訳が───♠」

 

 まさか、そんな馬鹿なと思うが、もう一度呼びかけても微動だにしない。メルエムの目は閉じられたまま。眩いばかりだった命の輝きも今や風前の灯火だ。

 

「………………………………まさか、見込み違いだったとはね」

 

 高揚していた精神が冷めていく。ヒソカの表情から喜が抜け落ち、残ったのは能面のような無。考えたくなかったが、見込み違いだったと言わざるをえない。戦闘それ自体は楽しむことは出来たが、生命の輝きを手に入れるどころか、触れる事すら出来ずに終わってしまった。

 

「………せめて最後にクロロの所に駆け込むか。間に合うといいけど♦」

 

 全てを、文字通り命すら賭けた結果がこれではあまりにやるせない。これからという所で完全に消化不良だ。自分にはもはや時間がない。ならば最後にせめてメルエムと出会う前は最高のご馳走だと思っていたクロロと殺し合って終わるのもいいだろう。十中八九旅団員達の邪魔が入るが、このまま座して死を待つよりは何倍もいい。

 

 もはや輝きを失ったメルエムに用はない。止めを刺そうと歩を進める。そして、トランプを振りかぶった瞬間だった、

 

「………………な」

 

 微かな声に動きを止める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ざけ……な」

 

 人は死に直面した時、およそ二種類に分かれるという。

 

 一つは諦める者。

 死とは忌避すべきものであり、抵抗するのは当然のこと。だが、死に抵抗すればするほど苦痛や恐怖は長引く。逆に諦めて死を受け入れれば苦痛や恐怖から解放される。死は忌避すべきものであると同時に全ての者に平等に訪れる安息と言い換えてもいい。諦めた者が弱い訳ではない。楽な方へ進みたいと思うのは人間のみならずともそうだろう。

 

 そして、もう一つは死に抗う者。

 生きるという事は生物の根底に根差した本能だ。生の先にある終着点は皆等しく死であるとはいえ、だからこそ限りがある命を大事にする。精一杯生きて輝かせる。そのためには泥水を啜り、石に噛り付いても生きようとする者もいる。

 

 では、彼はどちらだろうか?彼は誰よりも臆病だ。ならば苦痛や恐怖が長引くことのない前者を選ぶだろうか?

 

「………ふざけるな」

 

 否。

 

「ふざけるな!お前なんぞに二度も殺されてたまるか!!」

 

 彼は死に抗う者。

 

 感情が爆発する。ただ思いのままに叫ぶ。何を口走ったか彼自身理解していないだろう。そこにある矛盾に気付かぬまま彼は立ち上がり、ヒソカと本当の意味で正面から向き合う。

 

「二度?いや、それよりキミは───」

 

 前世の彼は誰よりも臆病だった。危険な場所には絶対に近寄らず、リスクのある行動は取らない。過剰な程周囲の安全に気を配って生活をしていた。もっとも、いくら本人が気を付けても不慮の事故というものは起きてしまう。前世での死因はトラック同士の正面衝突により、弾き飛ばされた片方に運悪く轢かれてしまったこと。こればかりはいくら気を付けてもどうしようもなかった。

 

 現在の彼も臆病だ。最強に近い力を手にしても微塵も変わらない。可能な限り危険や争いを避け、平穏を求める。

 

 彼は臆病だ。それは前世も現在も変わらない事実。だが、一つだけ言わせてもらうならば、彼が臆病なのは単純に怖がりだからではない。

 

 彼が臆病なのは、誰よりも生きたいと願っていることの裏返しである。

 

 今、彼の中にある感情は死への恐怖ではなく、生存への欲求。誰よりも何よりも生きたいと願う純粋な生への渇望だけだ。彼がそのようになったのは前世での影響───ではなく、さらにその一つ前での出来事に起因する。

 

事の発端は、()()()

 

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ご都合主義「やれやれ、本気を出す時がきたようだな」

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