ビギニング・オブ・ザ・ナイトメア ~深紅の絶望は、ここに~ 作:暁葵
――幻想郷。世界に反映されない架空の世界。あくまで都市伝説であり、ただの伝承に過ぎない。
幻想郷に連れていかれることを「幻想入り」と呼称し、時に人々はソレを願うこともある――。
そこには様々な種族が暮らしているらしい。
そんな都市伝説を、俺――
所詮ただの噂話、都市伝説、ただの妄想だ。
現実にあるはずがない、馬鹿馬鹿しい……そう思っていた。
†
深夜2時、俺はベッドでただ無機質な白い天井を見つめていた。
そんな何でもない日常に、”ソレ”が出現した。突如として天井に謎の歪曲した空間が、俺を引き寄せ、そして閉じ込める。
状況が掴めない。あまりにも急なことで何が何やら一切合切不明である。
暗澹とした歪みの中、吐き気と頭痛に堪えながら俺は必死に状況を整理しようとする
――しかし、分からない。何もかもが。
こんな突然の怪現象に襲われて、状況を整理できるはずもなく。
ただ、瞳を閉じて肩の力を落とし、身をゆだねる――今、俺に出来るのはこれだけだと、悟った。
そして、俺はふと瞼をハッと上げるとそこには一人の金髪の巨乳美女が俺の顔を覗き込んでいた。
「……ここは……?」
『お、起きたか少年。私は八雲紫、この幻想郷の境界を司る大賢者にして《迷家》の主だ』
八雲紫とやらは、簡易的な自己紹介を終え、そして俺は上体を起こす。見渡す限りは、仄暗く式神? のような物が数多く設置されている、正直少し怖い場所だった。
「《迷家》……? 此処はまずどこなんだ!?」
紫は手を背中にやり返答する。
『ここは幻想郷。世界の反対側に位置する幻の世界だよ』
幻想郷……? 現実のなのだろうか、それとも単なる夢か。俺は試しに自分の頬を左手でグーパンする。
――あり得ないほどに痛い……つまりここは現実で、俺は幻想入りしたというコトなのだろうか。
疑り深く紫の様子を窺うが、嘘をついているようには思えない。
俺は内心歓喜していた。現実の理不尽はもう懲り懲りだった、あんな窮屈な世界よりは、楽しく生きられそう――直感だった。
俺はこの状況を素直に受け入れ、紫に質問してみる。
「なぁ、大賢者様よぉ。ここでは何ができるんだ?」
召喚した大賢者に対し不遜な態度ではあろうが、俺は一切として躊躇しなかった。紫は「ふむ……」と言って、手から菫色に輝く謎の弾を生成する。
俺はその未知の物質に興味津々であった。
「これは何なんだ?」
『これは弾幕というものだ。この世界では他種族の存在と交流もできるし、何かあればこの弾幕や「能力」を行使することさえできるのだ』
「へぇ……! これ、俺にも使えるか!?」
『ああ。ついでに言えば……』
と付け加え、紫は懐から謎の札を取り出す。そこにはさっき見せた弾幕が複数描かれていた。
『これはスペルカード。所謂”弾幕の必殺技”と言ったところかな? ある程度強い奴なら複数枚持っているだろうさ』
更に瞳を煌めかせる俺に、紫は目の前に手を翳す。
『で、だ。本題だが、幻想入りした人間には基本的に”特典”を与えなければいけないのだが……』
「特典……どういったものなんだ? まさかその弾幕とかか!?」
『正解だ。主に与えるのは「弾幕」と「能力」、そして「スペルカードだ。これを決めるのは全てお主だ』
自分の思うがままに設定できる…厨二病を拗らせている俺には打って付けのサービスじゃないか!
さっき紫が言っていたのは「能力」「弾幕」「スペルカード」だったな……まず俺は「能力」について考える。
「…参考として、どういった能力があるんだ?」
『そうだな……例えば「時を操る」というものもあるし、単純に「空を飛ぶ」といったものもある…正直参考にしない方がいいだろう』
参考にするな――恐らく「能力」は人それぞれ異なるもので、一人の個性によって決まるのだろう。
俺は心に巣食う厨二心を活性化させ、熟考する。
……考え出したら止まらないが、どれも正直納得いかない。
そんな膠着状態の中、俺の頭に一閃の光が奔る。そうだ! いっそもう単純に決めた方が良いのでは?…と。
先の例の「時を操る」というのも単純明快なものだったから、俺もそうすればいい――。
「決まりました――俺の能力は”魔を操る程度の能力”だッ‼」
威風堂々と宣言する俺に、紫は笑う。
『そうかそうか! それがお主の「能力」となったのだ。次に弾幕とスペルカード……だが、正直これは生活していく中で決まるものだ。ゆえにお主はこれより――紅魔館に行ってもらう』
「紅魔館……? それはどこにあるんだ?」
『北にある湖のほとりに聳える黒と紅を基調とした屋敷だ。私から事前に伝えておいてあるから、「紫様に言われて」と言えば入れてもらえるはずよ』
紅魔館――名前からして悍ましいモノが多いというイメージが付いてしまう。しかし、興味は――ある!
「じゃあ、行ってきます。北……か」
俺が立ち上がり、迷家を出ようとしたその時、紫が俺を引き留める。
『あー待ちなさい。今回は私がスキマで転送してあげるわよ』
と言い、紫は風呂敷のような何かを召喚し、その奥にひずみが現れる。
どうやらこの”スキマ”によって境界を操り、自由自在に場所と場所を転移することが可能らしい。
そして俺は紫の言うがままに”スキマ”に入り、その紅魔館へと転移する。
†
そして、俺は霧がかった湖の横に転送される。眼前にあるは、超巨大な、黒と紅の館であった。
時計塔もあり、相当広い館のようだ。
「ここが、紅魔館――か。お、あそこが門扉か」
俺はよくある大豪邸のような門扉を発見し、悠々と歩きだす。
すると自動的に門が開かれ、まるで俺を歓迎しているかのようだった。
戦々恐々な状態であったが、この世界で生きるため、踏み込まなければ……勇気を振り絞り、俺は一歩――。
「あら、やっと来たようね。美鈴、彼の身柄を拘束しなさい」
空から聞こえる幼女の声音。呆けていた俺は、状況が呑み込めないまま、急に誰かに拘束される。
必死に抵抗するも、それは虚空に消え去り、一切として身動きが出来なかった。どうやら今拘束している奴は体術に特化した奴なのだろう。
痛い、痛い、嘘のように痛い。このままだと骨と肉が同時に砕け散ってしまう。
何とかして、どんな手段を用いてでも、抵抗しなくては――危機感がそう知らせている。
「……イヴィルノヴァ、醒めろッ‼」
刹那、周囲に黒と金色のクリスタル状の弾幕が無数に発射され、それと同時に拘束していた奴が飛んで離れる。
立ち上がるとそこには、”五”人の様々な女性が浮遊していた。どうやら拘束していたのはチャイナドレスを着た巨乳美女だろう。
「で、アンタらが紅魔館の住民か?! 何故俺を拘束する!?」
俺の強気な問い質しに、悪魔の翼を生やし、ドアノブカバーのようなものを被った幼女がこちらへ近づき、顎を指で上げる。
「ワタシはね、貴方の実力の程を確かめたかっただけよ? もし貴方がただやられるだけのヘタレだったら、殺していたけど、その必要はなくなったわ」
え……? 今この幼女「殺す」って言ったか? 一歩踏み出さなかったら確実に殺されていたというコト――「能力」を発揮してよかったと、安堵する。
そして幼女は俺の顎から指を離し、華奢な腕を伸ばす。
「ようこそ、ここが今日から貴方の仕事場となる、紅魔館。そしてここに居るのが紅魔館のメンバーよ。…ワタシの名前はレミリア・スカーレット、この紅魔館の主にして、崇高なる吸血鬼よっ!」
その堂々たる宣言と共に、鮮血のように輝く深紅の満月が闇夜を包み込むのだった――――。