普通過ぎる妹とおかし過ぎる兄の話   作:テレサ二号

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どうもテレサ二号です!!
いつも御愛読ありがとうございます。

もうすぐバンドリ3期が始まります!
それまでに今回の話を上げたくて頑張りました!
さてさて今回は前回の最後にも言った通り、千聖さんにスポットを当てて行きます!

お話自体はパスパレのイベント『つぼみ開く時』を題材にリメイクしておりますので、そもそもの背景とかはそちらのストーリーを読んでいただければ尚楽しめるのではないかと思います。

では、本編です!!



Order 11:デートするならどこに行きたい?

『私がなんでもできるって思わないでよ!!もうみんな帰って!!』

 

千聖は自分の発した言葉を後悔していた。

 

(何故あんな言葉を言ってしまったのかしら。舞台の稽古が上手く行かないからってみんなにあんな態度をとって……。ただの八つ当たりじゃない……)

 

「最低だわ……私……」

 

落ち込んでいた千聖だったがおもむろにスマホを取り出すと花音に電話を掛けた。

 

「……もしもし花音?」

 

「もしもし千聖ちゃん?電話してくるなんて珍しいね、どうしたの?」

 

「ちょっと聞いて欲しい事があって……。急で申し訳ないのだけど、もし時間があったら羽沢珈琲店に来て欲しいの」

 

「うん、大丈夫だよ!すぐに行くね!」

 

千聖は電話を切ると羽沢珈琲店に向かった。

 

 

 

 

 

「いらっしゃいませ、ご予約の白鷺様ですね?こちらへどうぞ」

 

氷瀧は笑顔で千聖を迎え入れるとカウンター席に千聖を案内した。

 

「私、予約してないと思うんですけど……」

 

「花音ちゃんから電話があってね?千聖ちゃんの相談に乗りたいからお店を開けておいてくれませんか?ってね」

 

氷瀧は立て札を"OPEN"から"CLOSE"に変えた。

 

「もう閉店時間ですか?スミマセン……花音が来たらお店を変えますから」

 

「そんな寂しい事言わないでくれよ。俺にも話を聞かせて貰えないかな?……それより千聖、晩御飯食べた?」

 

「いえまだですけど……」

 

「だったらウチで食べて行ってくれよ♪お金はいらないからさ♪今晩のカレー出来が良くてさ!」

 

「でも私……食欲無いですし」

 

「そっか……誰も俺の作ったカレーなんて食べたくないよな……。つぐみも今晩は幼なじみとファミレスだし……」

 

氷瀧はシュンとした。

その表情に千聖はつぐみの面影を見た。

 

(やっぱり兄妹なのね……)

「お腹空いてきたのでいただいてもいいですか?」

 

氷瀧の表情がパアッと明るくなった。

 

「おう!ちょっと待っててくれ!」

 

(やっぱり兄妹なのね)

 

笑顔で厨房に消えた氷瀧を眺めていた千聖は少しだけ頬を緩めた。

 

 

 

 

 

「……お待たせ!!羽沢家特製の牛スジカレーだ!」

 

メニューは牛スジカレーとシーザーサラダを二皿カウンターに置き千聖の横に座るとスプーンを握る。

 

「「いただきます」」

 

千聖はカレー口運ぶ。

トロトロに溶けた牛スジの旨味とスパイスの辛味と香り、そしてその奥から少しの酸味とフルーティーな味わいが口中に広がった。

 

「……牛スジがトロトロで柔らかいですね」

 

「これはな?擦り下ろしたキウイフルーツに牛スジを一時間以上漬け込んでから茹でてるんだ。みんなには秘密だぞ?」

 

「スパイシーなのに辛過ぎず、フルーティーで美味しいです」

 

「香辛料でスパイシーさを出してるけど、隠し味の桃とピーナッツバターで奥行きに甘さを出してるからな。これもみんなには内緒だ」

 

「……お店を開けるんじゃないですか?」

 

「カレーハウス羽沢?残念、開店するならパティスリー羽沢だ」

 

「あ、そうでしたね」

(何故かしら。一緒にいるだけで元気を貰った気がするわ)

 

 

 

 

 

カレーを食べ終わった後にしばらくしてから花音が店を訪れた。

 

「お待たせ千聖ちゃん!」

 

「いいえ、急に呼び出してゴメンね?」

 

「ううん、大丈夫だよ?」

 

二人の会話が落ち着くのを待ってから氷瀧は声を掛けた。

 

「いらっしゃいませ」

 

「こんばんわ。今日は無理を言ってスミマセン」

 

「いや構わないよ。ドリンクはおまかせで良かったよね?少々お待ちください」

 

氷瀧はカウンターでドリンクの準備を始めた。

 

「それより何かあったの?千聖ちゃんが私を呼び出すなんて何かあったんだと思って飛んできたんだよ?」

 

「ありがとう……花音。それがね……」

 

千聖は呼び出した経緯を話始めた。

 

千聖は新しい舞台が決まり、自分なりに役を仕上げて舞台の稽古に臨んだのだが監督から全くいい所が無いと否定されたあげく、パスパレのメンバーの『千聖ちゃんなら何でもできると思っていた』という何気ない言葉に怒ってしまい、そのままメンバーを追い返してしまった事を伝えた。

 

「私、自分なりに役作りをして行ったつもりだったから、あんなにダメ出しされるとは思っていなくて……。凄く悔しかったし、どうしたらいいか分からなくて困っていたの。そんな状態でパスパレのみんなに『千聖ちゃんならできるよ!頑張って!』って言われるのがプレッシャーに感じてしまって……」

 

「そっか……辛かったね」

 

「そうなのよ……。パスパレのみんなは私が何でもできると思っているのよ。私だってできないことはあるのに……」

 

「あのね!パスパレのみんなは心から応援してくれてたと思うよ!プレッシャーを与えようとは思っていないと思うの。だからね、そんな風に感じちゃうのは勿体無いよ。千聖ちゃんの受け取り方次第だと思うの」

 

「私、次第……」

 

「うん!パスパレのみんなが千聖ちゃんの事を誤解してるのは勿体無いよね!私が今から説明に行ってくるよ!」

 

「今から!?だ、大丈夫よ花音……。ありがとう、その気持ちだけで嬉しいわ。……ふふっ、話を聞いて貰って良かったわ。少し元気が出たかも」

 

「本当?良かった!」

 

花音の笑顔に柔らかい雰囲気が流れる。

ずっと機会を伺っていた氷瀧はそれを待ってから二人に飲み物を提供した。

 

「お待たせ。ちょっと慣れない事をしてみたんだ♪」

 

氷瀧は3Dラテアートを作っていた。

千聖には犬を、花音にはクラゲをイメージした物を作っていた。

 

「かっ!可愛い!!」

 

「ホントね」

 

「二人が好きなものをイメージして作ってみたんだ♪」

 

花音は目を輝かせて写真を撮り始めた。

千聖は嬉しそうに頬を緩めている。

氷瀧は自分のブラックコーヒーを口に運んでから口を開いた

 

「なぁ千聖……」

 

「何ですか?」

 

「俺は今、何を考えていると思う?」

 

「え?そんなの分かりませんよ。そうねぇ……『上手くできてるだろ?』ってところかしら?」

 

「正解は、『つぐみ早く帰ってこないかなぁ?心配だなぁ』でした」

 

「そんなの誰にも分かりませんよ!」

 

「それと同じだよ」

 

「???」

 

「俺の気持ちなんて口にしなきゃ誰も伝わらない。千聖も同じで、千聖が気持ちをメンバーに伝えてないのに何故メンバーが千聖の気持ちが分かるんだ?」

 

「あっ……」

 

「歩み寄って欲しいなら、まずは自分から一歩踏み出さないとな」

 

氷瀧は千聖に微笑んだ。

千聖は氷瀧の笑顔を見て少し顔を赤くした。

 

「そういえば千聖ちゃん、明日はオフ?」

 

「えぇ、明日はオフよ?そうだ!一緒にどこかにお出掛けしない?」

 

「どうしようかな……?」

 

「いいんじゃないか?千聖にとってもいい気晴らしになると思うし」

 

「あっ、私明日はどうしても外せない用事ガアルンダッタナー。で、でも傷ついた千聖ちゃんをこのままにはしてオケナイナァー。ど、ドウシヨウー、困ッタナー」

 

「か、花音?いきなりどうしたの?」

 

「あぁ困ッタナー。誰か明日千聖ちゃんの元気を取り戻す協力をしてくれる人イナイカナァー」

 

「花音ちゃんに用事があるなら仕方ないよな……。その協力って俺じゃダメかな?」

 

「はい♪氷瀧さんなら安心して千聖ちゃんを任せられます。私の代わりによろしくお願いします」

 

「ちょっ、ちょっと花音!?」

 

「それじゃあ千聖、明日の13時に駅前集合でいいかな?」

 

「…………い、いいです」

 

千聖は顔を赤らめて提案を承諾した。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

翌日、千聖は氷瀧との待ち合わせ場所へと急いでいた。

 

「何故こんな日に限って髪の毛が纏まらないのかしら!?こんな事ならスタイリストさんにコツを教わっておくんだったわね」

 

待ち合わせ場所に到着した千聖は氷瀧の姿を探す。

 

『見つけた』

 

彼は駅前にあるStarbucks Coffeeを妬ましそうに見ていた。

 

「ウチよりお客さんが多い……。ウチが負けているところはどこだ?やはりタンブラーなどの小物の販売も必要か?」

 

「駅前という立地条件の良さも関係していると思いますよ?」

 

「それもそうか…………。って千聖!?」

 

「おはようございます♪」

 

「お、おはよう……」

 

独り言を聞かれた氷瀧は少し顔を赤らめた。

 

「敵情視察ってやつですか?」

 

「お、おぉ……まあな」

 

「今日はどこに連れて行ってくれるんですか?」

 

「着いてからのお楽しみだ。完全に俺の趣味だから千聖には少しつまらないかもしれないけどな」

 

「いえ♪氷瀧さんがどんな所に連れていってくれるのか楽しみです♪」

 

「一応言っておくが、俺は女性と出掛ける事が無いから上手くエスコートできないかもしれない。途中で疲れて休憩したかったり、お手洗いに行きたくなったら遠慮せず言ってくれ。そして今日は俺が何かに行き詰まった時に行くとっておきの場所に千聖を案内しよう♪」

 

氷瀧はいつもよりやや饒舌だ。

きっと氷瀧も楽しみにしていたのだろう。

そんな氷瀧の表情に千聖は嬉しくなった。

 

「それじゃあ、行こうか」

 

タクシーを呼ぶと氷瀧は目的地を告げ出発した。

 

 

 

 

 

「そういえばこの前はマロンケーキごちそうさまでした。花音と美味しくいただきましたよ♪」

 

「お粗末様でした。あのマロンケーキはいい出来だったんだけどボツになったんだ」

 

「何故ですか!?あんなに美味しいのに?」

 

「俺と母さんが作る物の差が出たのと、冷やす時間が掛かるからすぐには提供できないというデメリットも発生したからね。まぁあれを食べられた千聖と花音ちゃんはラッキーだと思ってくれよ♪」

 

千聖は折角作ったケーキがボツになったのに全く残念そうでない氷瀧に疑問を持ちながらも会話を続けた。

 

「氷瀧さんってフランスに留学してたんですよね?」

 

「留学って言うと聞こえがいいけど、実際はそんなたいそうな物じゃない。来日してた俺の師匠の宿泊先で三日間土下座し続けたら弟子にしてくれてな?パスポートは持ってたからどうにかなったけど、家族には何も伝えずにフランスに付いて行ってしまったから、一時期行方不明扱いになっててさ。家族に連絡したのが半年経ってからでつぐみから『お兄ちゃんなんて大嫌い!』って言われたのは本気で凹んだよな」

 

氷瀧の表情が曇る。

 

「どうしてフランスに行こうと思ったんですか?」

 

「俺の夢を叶えるチャンスが目の前に転がってたから死ぬ気で取りに行っただけだよ。あとは俺の背中を押してくれる人がいたからさ」

 

氷瀧は千聖が見たことの無い表情を見せた。

千聖は一瞬戸惑ったが、逆に氷瀧が質問を始める。

 

「千聖だって女優だったんだろ?何で教えてくれなかったのさ?」

 

「だって……芸能人って分かったらきっと普通に接してくれないと思ったので」

 

「女優だろうとアイドルだろうと千聖は千聖さ。俺にとっては肩書きなんて特別な意味を持たない」

 

「…………かおちゃんが言いそうね」

 

「何か言った?」

 

「いいえ、何でも無いです♪」

 

千聖と氷瀧は会話を弾ませながら目的地に着くのを待った。

 

 

 

 

 

「これは…………ビル?」

 

「に見えるだろ?ここは美術館だ!」

 

氷瀧が千聖を連れてきたのは損保ジャパン日本興亜美術館。

昭和の美人画で戦後日本を一世風靡した洋画家「東郷青児」の美術作品コレクションを中心に展示している美術館で、世界的に有名なあの絵画も展示されている美術館でもある。

 

「それじゃあ、行こうか」

 

「は、はい」

 

若干テンションが上がり、瞳を輝かせている氷瀧に千聖は少し虚を突かれながらも付いて行く。

 

エレベーターを使い42階まで上がると、美術館入口にてチケットを購入して中に入った。

平日という事もあり美術館の中にはそれほど人がおらず、

その物静かさに千聖は心を落ち着かせていた。

 

「物静かでいい雰囲気ですね」

 

「俺達以外にはあまり若者はいないな。スマナイこんな年寄り染みた所に連れてきてしまって」

 

「いえ、美術館には他の女性を連れてきた事はあるんですか?」

 

「千聖が初めてかな。つぐみも連れてきた事無いし、俺が美術館に行くようになったのはフランスに留学してからだし。とはいえ俺もここに来るのは初めてだから。……ほらっ、後ろを見てごらん?」

 

千聖が振り返ると地上42階からの絶景が視界に広がった。

 

「綺麗だな。この絶景も美術館の魅力の1つなのかもしれないね」

 

「ホントですね」

 

しばらく景色を眺めていた二人だったが氷瀧のエスコートで先に進む。

この美術館では常設展の他に年間約5つほどの展覧会を開催していて、西洋絵画から現代アートまで、さまざまなジャンルの国内外の作品を紹介している。

今はアートアクアリウムアーティスト:木村 英智の展示会を行っているようだ。

 

「入ってみようか?」

 

「はい♪」

 

薄暗い部屋に多種多様で美しくライトアップされた水槽に、その中を宝石の様に美しく優雅に泳ぐ金魚を主体とした多数の魚達が優美に展示されている。

『水・生命・絵画』をコンセプトに作られた芸術は氷瀧と千聖から言葉を奪い取った。

 

「「・・・・・」」

 

「「あはっ、アハハ……アハハハ!」」

 

全く言葉が出ない二人の視線が交わる。

どこかおかしくなって二人は笑い合った。

 

その後も600を超える古今東西の作品を観て回る。

それぞれの時代背景やその芸術家が表現したかった多様性がそこにはあった。

 

そしていよいよ氷瀧が一番楽しみしていた最後のブースに辿り着く。

 

「これが……」

 

「あぁ、あの有名なゴッホのひまわりだ」

 

フィンセント・ファン・ゴッホのひまわり。

1888年8月から1890年1月にかけてゴッホによって描かれた、花瓶に活けられた向日葵をモチーフとする複数の絵画の名称である。

ゴッホにとっての向日葵は明るい南フランス(南仏)の太陽、ひいてはユートピアの象徴であったと言われている。

 

「ずっと観たかったんだ。ゴッホはフランスでも人気の作家だし、アジアで唯一ゴッホのひまわりが観られるのもこの美術館だけなんだ」

 

氷瀧はフランス時代の事を思い出していたのか、少し寂しげな表情を浮かべた。

 

「もう少し近くで観ませんか?」

 

「いやここでいい」

 

少し離れた所から観ていたのでより細部が観られるように近づく事を提案したのだが、氷瀧から断られた事に千聖は疑問を持った。

 

「ここからの距離や角度がいいって事ですか?」

 

「いや?もっと近くに行けば細部も観られるから、そちらの方がいい。千聖が近くで観たいのなら近くで観てくるといい」

 

「何故氷瀧さんは近くで観ないんですか?」

 

「…………ひまわりの近くに二人の男女がいるだろう?」

 

「え?えぇ……。中学生くらいですかね?」

 

「美術部なのかな?きっと彼らはなけなしのお小遣いを使ってここに来ているのだろう、ひまわりから何かを得ようとじっくり観察している。俺は彼らの邪魔をしたくない。今だけは彼らだけのひまわりであって欲しい。これからの近代美術を彼らが発展させてくれるのなら嬉しいだろ?」

 

「………………」

 

千聖は近くで観たいという気持ちと氷瀧を喜ばせたい気持ちを優先してしまい、周りが良く見えていなかった自分が恥ずかしくなった。

 

「私も……ここからでいいですか?」

 

「一緒にここから観ていようか?」

 

しばらくひまわりの優美さに見惚れていた氷瀧だったが、千聖に質問を投げ掛けた。

 

「なぁ千聖……俺はフランス留学中に良くルーブル美術館に行っていたんだけど、入館料ってどれくらいだと思う?」

 

「ルーブル美術館ですか?ルーブル美術館と言えば世界一有名な美術館ですからね?まぁ、日本円で3000~4000円くらいじゃないですか?」

 

「正解は18歳未満は無料だ。毎週金曜日18時以降は、国籍問わず26歳未満は入場無料だ。年間パスポートを持ってる俺の師匠と良く行ったものさ♪何故18歳未満が無料か分かるか?」

 

「何故ですか?」

 

「若者にはたくさん一流の芸術を観させるべきだって教えがあるかららしい。流石、芸術の都パリだろ?だから今日は演技という舞台で頑張ってる千聖に別の芸術を感じて欲しかったんだ♪」

 

氷瀧は曇り気の無い笑顔を千聖に向けた。

 

(やっぱりこの人には敵わないなぁ……)

 

「じゃあ千聖!次の問題!」

 

「まだ続くんですか!?」

 

「このひまわりをこの会社が購入したときの金額が53億円だったらしいんだが、ゴッホが生前に売れた絵画の枚数は何枚だと思う?」

 

「ええっと……。美術の授業でゴッホは生前はあまり評価が高くなかったっていうのを聞いたので、30枚くらいですか?」

 

「正解は1枚だ。これについては諸説あるんだけどな。アンナ・ボックというベルギーの女性が買った『赤いブドウ畑』という作品だけらしい。実際に描いた絵は2000枚を超えるらしいけどね」

 

「へぇ……」

 

「つまり俺が言いたいのは……」

 

「言いたいのは?」

 

氷瀧は真剣な顔つきで千聖と向き合った。

 

「誰かに認めて貰うということは中々大変な事だ。絶対に認めてもらえる保証も無い。ただ努力しないものに幸運の女神が振り向いてくれる事はない。俺は千聖なら何でもできるとは言わない。でも千聖なら必ずできると信じている。俺が千聖の為にしてやれることといえば、美味しいお菓子と紅茶を準備してやる事くらいさ」

 

『そんな事は無い。私はいつもあなたに助けられている』

 

出そうになった言葉を千聖は飲み込んだ。

 

「そろそろ行こうか」

 

そんな千聖の気持ちを知ってか知らずか、氷瀧は千聖を次の目的地に誘った。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

今日の最後にと氷瀧は風通りの良い、街が一望できる小高い丘に千聖を連れて来た。

 

「ここから見る夕陽は格別でね。嫌な事があるとここに来るんだ」

 

夏の終わりを感じさせる、心地いいそよ風が二人の髪を掻き分ける。

夕陽が映り、頬が朱色に染まる氷瀧の表情はとても艶やかに見えた。

 

(これって凄くいい雰囲気じゃないかしら?)

 

夕陽が反射し氷瀧の瞳がオレンジサファイアの様に煌めく。

その妖艶な輝きに千聖は心奪われてしまう。

 

「氷瀧……さん……わた……し…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『♪~♪♪♪~♪♪♪』

 

氷瀧が着信音にしているクラシックのカノンが静寂を切り裂く。

千聖の言葉を聞いていたのか分からない氷瀧はスマホを取り出した。

 

(こちらの"カノン"は私の味方じゃないのね)

 

何だか少し可笑しくなって千聖はクスリと笑った。

 

「もしも~し」

 

『あ?お兄ちゃん?』

 

「あぁ、つぐみか」

 

電話の相手はつぐみだった。

千聖は間接的に"千聖さんにはまだお兄ちゃんは渡しません"と言われた気がして再び可笑しくなった。

 

『お兄ちゃん今どこにいるの?中々帰ってこないから、お母さん心配してるよ?』

 

『一番心配してるのはつぐみでしょ?』

 

『もう!お母さんは静かにしてて!!』

 

「アハハ、家族に愛されてお兄ちゃんは幸せ者です」

 

「もう!お兄ちゃんもからかわないで!それより今どこにいるのか教えてよ」

 

「残念だが、可愛い可愛い妹にも言えない事がお兄ちゃんにもあるのだよ♪」

 

「えぇ!?秘密ってこと!?」

 

「秘密はいい男のアクセサリーだからな♪もうすぐ帰るから心配するな。それじゃあまた後で」

 

氷瀧は電話を切った。

 

「そういえば何か言おうとしてなかったか?」

 

「い、いえ!!大丈夫です!そうだ!ちょっとスマホを貸してくれませんか?」

 

「???」

 

氷瀧は首を傾げながら千聖にスマホを預ける。

千聖はカバンから何かを取り出すと氷瀧のスマホに取り付けた。

 

「ではお返ししますね?」

 

「…………これは?」

 

氷瀧のスマホには青いマカロンのストラップが付いていた。

千聖は自信のスマホにも黄色いマカロンのストラップが付いていることを見せた。

 

「いつもお菓子をごちそうになっているのでそのお礼です。氷瀧さんって青ってイメージだったので青のマカロンを、私も同じのが欲しかったのでパスパレの私のイメージカラーの黄色のマカロンを」

 

「ありがとう。大事にするよ」

 

「はい♪家宝にしてください♪」

 

「アハハ、検討してみるよ」

 

 

 

 

 

氷瀧は千聖を自宅付近まで送った。

 

「じゃあ、舞台頑張れよ。舞台にパスパレのメンバーを誘って上げるといい。きっとみんな喜ぶだろう」

 

「氷瀧さんも来ませんか?」

 

「いや、俺は遠慮しておくよ。確かに興味はあるけど何日もお店は空けられないし、千聖が舞台を頑張っているのなら俺もケーキ作りを頑張らなきゃな♪」

 

「はい!私も頑張ります!」

 

「それじゃあまた!」

 

氷瀧は千聖に手を振ると帰路に着いた。

 

 

 

 

 

数日後、メンバーに心を開き自ら変わった千聖の舞台は大盛況で幕を閉じた。

今回の騒動は女優の白鷺千聖としてもPastel✽Palettesの白鷺千聖としても大きく飛躍する出来事となった。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

どうも皆さん、こんにちは白鷺千聖です。

今日は先日のお礼を含めて羽沢珈琲店にお邪魔しています。

 

「やぁ千聖いらっしゃい。舞台は大成功だったらしいね。イヴちゃんから聞いたよ。本当におめでとう。そしてお疲れ様でした」

 

「はい♪ありがとうございます♪」

 

この何気ない一言が本当に嬉しい。

 

「今日はお祝いだな♪」

 

彼はそういうと小さなショートケーキを取り出した。

シンプルな見た目とは裏腹にきっとこのケーキにも工夫が凝らされているのだろう。

花音やパスパレのみんな、"特に彩ちゃん"には悪いけど、今日は自分を甘やかす事にします。

 

「いただきます♪」

 

口の中に生クリームの甘味とイチゴの酸味が広がり、後味としてバニラビーンズの高い香りが広がる。

とても美味しい。

この特別なケーキを今は味わっていただきます。

 

「羽沢君!!」

 

20代半ばくらいの綺麗な女性が氷瀧さんの名前を呼んだ。

名前を呼ばれた氷瀧さんはとても驚いた表情を浮かべたが、いつもは見せない特別な表情を浮かべた。

 

「お久しぶりですね」

 

その敬愛にも満ちた表情はきっとつぐみちゃんにも見せたことが無いと思う。

彼女が彼にとっての特別な"それ"なのだと理解した。

私が敵う相手では無いと解ってしまった。

思ってしまった。

感じてしまった。

知ってしまった。

 

…………だったら私はここにはいられない。

この場にいられるほど私は強くない。

 

「ごちそうさまでした。ケーキとても美味しかったです♪」

 

氷瀧さんにお礼を告げると逃げるようにお店を後にした。

 

 

 

 

 

私はお店から無我夢中で距離を取った。

気がつくと事務所のレッスン場の前に立っていた。

何故か分からない。

無意識にみんなに励まして貰おう思ったのかもしれない。

そんな自分が恥ずかしい……。

誰にも見つからないうちに家に帰らないと……。

 

自問自答しているうちに彩ちゃんが中から出てきてしまった。

 

「あれ?千聖ちゃん?今日休みじゃなかったっけ?…………!?ち、千聖ちゃんどうして泣いてるの!?」

 

「え……?」

 

頬に触れて確認すると確かに涙が流れている。

私は慌てて涙を拭い笑顔を作った。

 

「だ、大丈夫よ?彩ちゃん?」

 

作った笑顔も虚しく再び涙が頬を伝った。

止まって……。

止まって……。

止まって!

お願いだから!

 

私は女優。

何度も笑顔を作る演技をしてきたのに、今の私は笑顔も作れないし涙も止められない。

 

「彩ちゃん……私…失恋しちゃった……」

 

認めてしまった。

涙を止められない事も止められない理由も……。

塞き止めていた物が崩れるように涙が溢れてきた。

嗚咽が漏れるのももう抑える事が出来ない。

泣き崩れる私を見て、彩ちゃんはとても驚き戸惑いを隠せていなかったが、私をソッと優しく抱き締めると私が泣き止むまで抱きしめ続けてそばにいてくれた。

 

 




いかがでしょうか?

はい、今回から物語も進んで行きますよ!
個人的には花音ちゃん先輩の棒読みシーンがお気に入りです(笑)。
そして突如現れた謎の美女と氷瀧の関係性はいかに!?
少しずつ相関図にも変化が現れていきます。

ではこの辺で失礼します。
評価・ご感想・お気に入り登録ドシドシお待ちしております。
特に高評価・感想は執筆の励みになりますのでとても嬉しいですm(_ _)m

それではまた次回!ほなっ!(^^)ノシ

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