普通過ぎる妹とおかし過ぎる兄の話   作:テレサ二号

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どうもテレサ二号です!!

今日、4月6日は白鷺千聖さんの誕生日です!
おめでとう!!( ^-^)ノ∠※。.:*:・'°☆

でも今回は主役ではないのでスミマセン……。
また機会は用意するんでお説教は…………。

それと今回は文字数多いです。
特にケーキを作っている描写が多いので、そこは見なくてもいいかなって人は【】の付近がケーキ作りなのでそこを飛ばしてもいいかと。


では本編です!!



Order 13:涙空~雨が上がるまで~ 後編

「そういえば最近ひーくん見ないねー」

 

「そう言えばそうだな」

 

バンドの練習後、Afterglowのメンバーは羽沢珈琲店を訪れていた。

 

「まさか!またフランスに!?」

 

「それは大丈夫。今は最高のウェディングケーキ作るためにあちこちに飛び回ってるの」

 

「「「ウェディングケーキ!?」」」

 

モカを除く三人が"ウェディングケーキ"というワードに驚いた。

 

「もしかして氷瀧にぃ結婚するのか!?」

 

「中学校の時の恩師なんだって」

 

「その人と結婚するってこと!?」

 

「その人とは結婚しないよ?」

 

「その人"とは"!?他の誰かと結婚するの!?」

 

「し、しないよ?お兄ちゃん今は彼女いないって言ってたし……。あと、みんな……ち、近いよ…………?」

 

巴、蘭、ひまりはカウンターから身を乗り出してつぐみに迫っていた。

ふと我に返り、身嗜みを整えながら元の席に戻った。

 

「ねーねー、いい機会だから誰がひーくんのお嫁さんになるか決めなーい?」

 

「「「!!!」」」

 

モカの思わぬ発言に場の空気に緊張が走る。

そんな場につぐみが待ったを掛けた。

 

「お兄ちゃんのお嫁さん?無理しなくてもいいよ?みんなちゃんと自分の好きな人と結婚した方がいいよ?」

 

「え?」

 

「もしかしてつぐ、気づいてなかったのか?」

 

「???」

 

あの兄あってこの妹あり、この兄妹は昔からそういう話にはとても疎い。

そんなつぐみに巴は順を追って説明を始めた。

 

「私達みんな氷瀧にぃが好きなんだよ」

 

「……………………え?…………えぇぇぇぇぇ!!」

 

つぐみは大声を出していた事に気付き、お盆で口元を隠した。

幸い、店内には他の客がいない。

 

「ひまりちゃんも?」

 

「うん♪」

 

「モカちゃんも?」

 

「そだよー」

 

「蘭ちゃんも?」

 

「………………」

 

蘭は顔を真っ赤にして俯いた。

 

「否定しないって事は肯定してるって意味だからねー。蘭ってば乙女ー♪ウリウリ」

 

真っ赤な蘭をモカがつつく。

皆の気持ちを確認してからつぐみは質問を続ける。

 

「みんな忘れてないかな?お兄ちゃんと結婚するって事は私が義理の妹になるって事だよ?」

 

「「「「・・・・・」」」」

 

「ね?それは嫌だよね?」

 

「……それはむしろプラスじゃないか?」

 

「つぐは健気で可愛いし!」

 

「性格も素直だし」

 

「モカおねーちゃんって呼ばれるのも悪くないねー」

 

「モカちゃん!!変な事言わないで!」

 

つぐみは顔を赤らめてモカの言葉を否定した。

 

「つぐは私達の誰かが氷瀧君と結婚するのは反対?」

 

「…………私はお兄ちゃんが幸せならそれでいいから」

 

「つぐ…………なんて健気なの~!!」

 

ひまりはつぐみに抱きついた。

そしてモカがみんなの気持ちを再確認するための質問を投げ掛けた。

 

「とりあえずみんなの気持ちを再確認しよーかなーって。私はひーくんの事好きだけど、結婚したいかと言えばそこまで無いんだー。ひーくんはどこまで言ってもひーくんだからねー」

 

この手の質問は一人目の回答がその後の回答者の流れを決める。

モカの飾らない本音がみんなが回答しやすい空気を作った。

さりげなく周りをいい方向へ導くモカらしい配慮のある回答であった。

…………ただし本人が狙っているかは定かではない。

そしてモカに続いて巴が口を開く。

 

「……私はさ、氷瀧にぃはどこか自分の憧れなんだよな。小さい頃からずっと氷瀧にぃってつぐの事になるといつも一生懸命で全力だっただろ?私もあこの為に一生懸命になれる姉になりたかったから、性別は違ってもどこか憧れがあってさ。だから私も氷瀧にぃと結婚したいかと言えば違うかな……」

 

巴は少し顔を赤らめて頬をかいた。

 

「…………私はやっぱり氷瀧君って周りの男の子と比べてもやっぱりカッコ良くて好きだった。でも今は薫先輩の方が格好いいって思ってる。だから私も結婚したいって程好きかと聞かれたら困るかな?…………ううん、多分そこまでは本気じゃないと思う」

 

ひまりは少し寂しそうに微笑んだ。

 

「蘭はー?」

 

「私は…………」

 

「蘭の本当の気持ち聞かせて?」

 

ひまりの微笑みは日だまりのような暖かさと柔らかい慈しみを持っていた。

普段の蘭は素直では無い。

だが今日だけは自分の本当の気持ちを包み隠さずに発することができた。

 

「…………私は氷瀧君が好き。小学校の頃からこの気持ちはずっと変わってない。氷瀧君が修行してたフランスのお店のブログも何度も何度も探してやっとの思いで見つけて……、氷瀧君が帰ってくるまでずっと見てた。何て書いてるかちっとも分からないフランス語も気にならないくらい、たまに写る氷瀧君の写真をずっと待って、もう私には一生手の届かない存在だと思ってたのに今は手を伸ばせば届く距離に彼がいる……。みんなとの関係を壊したくないのにこの気持ちに嘘はつけなくて……」

 

蘭の瞳に一粒の涙が伝う。

 

「私は……どうしたらいいの?」

 

「…………そのままでいいんだよー♪」

 

モカが優しく蘭に微笑んだ。

 

「モカちゃんもずっとどーしたらいいのか分からなかったよ?でもね、今日やっと蘭の本当の気持ちを聞けたからモカちゃんも決心が着いたよー。…………私は蘭を応援するね?」

 

「氷瀧君を諦めるの?」

 

「違うよ?蘭を応援するんだよー」

 

「ちゃんと説明しろよ、モカ?」

 

モカの謎めいた発言に巴は説明を求めた。

 

「んーとねー。モカちゃんの中でひーくんを好きな気持ちより蘭を応援したいって気持ちと蘭とずーっと一緒にいたいなーって気持ちが勝っちゃったから、モカちゃんは蘭の事を応援すると決めたのです!」

 

モカはどや顔を決めた。

 

「…………ふふ、アハハ!!よし決めた!私も蘭を応援する!だからずっと一緒にいような蘭!!」

 

「私も!!」

 

巴とひまりは屈託のない笑顔で決意を口にする。

三人の決意を受けて蘭はまた一歩前へ進めた気がした。

 

「…………みんなありがとう」

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

「さて……これで準備はほぼ完了だな。八百屋さん経由でイチゴを安価で大量に仕入れられたのは大きかったな」

 

氷瀧は数日ぶりの実家に心落ち着かせながら、店の扉を開いた。

そこには可愛い妹とその幼なじみ達が会話していた。

 

「ただいま」 

 

「おかえりなさいお兄ちゃん」

 

「おぉひーくん。うわさry……」

 

「モカは黙ってろ」

 

巴が咄嗟にモカの口を押さえる。

モカが黙った事を確認してから蘭は氷瀧に質問をした。

 

「ウェディングケーキの出来はどうなの?」

 

「つぐみから聞いたのか?」

 

「うん」

 

「準備万端だよ。あとは三日後の夜に夜通しで作るだけだ」

 

「夜通しって……そんなに大変なの!?」

 

「ケーキの土台については前日から少しずつウチで作っていくけど、飾り付けやデコレーションは会場でしかできないから、前日の夜から少しずつ仕上げて行くんだ」 

 

「私に何か手伝える事はある?」

 

「おぉー、つぐがつぐってる」

 

「気持ちは嬉しいがこれは俺が一人でやりきらないといけない事だから」

 

「そ、そうだよね……。ゴメンね?」

 

つぐみは少し寂しそうに俯いた。

 

「…………愛する妹からのお弁当があればお兄ちゃんはもっと頑張れると思う」

 

曇っていたつぐみの表情がパアッと晴れた。

 

「うん!私頑張って作るね!」

 

「私も手伝う!」

 

「私も」

 

「モカちゃんは味見係かなー」

 

「ヨシ!決まりだな!」

 

「期待してるよ」

 

氷瀧は妹達に別れを告げると部屋に戻る。

連日の多忙なスケジュールに疲れ果てていた氷瀧はベッドに横になるとすぐに意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

迎えた結婚式前日。

氷瀧は準備を整えていた。

 

「お兄ちゃん、何でスーツなの?」

 

「…………式場に向かうのに相応しい格好じゃないと次回から式場側からお断りされるかもしれないだろ?」

 

氷瀧にとっては大事な告白を控えている。

結果はする前から分かってはいるが、告白するにあたってベストな自分で挑む。

それが氷瀧の流儀なのである。

 

「うん、バッチリだな」

 

着丈や袖回り、襟などに問題が無いことを確認してから氷瀧はスーツバッグにスーツを納めた。

 

「じゃあ、生地作りから始めますか」

 

「私も横で勉強させて貰うね」

 

氷瀧はエプロンを身に付けるといよいよウェディングケーキの生地に着手する。

そんな兄の横に座り、つぐみは氷瀧のケーキ作りを眺めていた。

 

「まずはこれだ。秘密兵器の特注のケーキ型!」

 

【生地作り】

 

縦横50cm×高さ15cmの特注の型を氷瀧は準備した。

特注型にクッキングシートを敷く。

 

特大のボウルに卵8個・砂糖280gを入れてハンドミキサーの高速で白っぽくもったりとするまで泡立てる。

泡立ったら最後に低速で60秒程回し、泡のキメを小さく整える。

これはお菓子作りの時にも教えた方法で、生地をしっとり仕上げる為の手段である。

 

薄力粉280gをふるいに掛けながらボウルに入れ、ゴムベラで切るようにさっくりと混ぜる。

8割方混ざったら合わせてレンジで温めた無塩バター80g・牛乳40ml・香り高い高級バニラビーンズを入れて更にゴムベラで混ぜる。

上記生地を7セット用意し、それぞれに赤・ オレンジ・ 黄色・ 緑・ 水色・ 濃い青・ 紫の7色の食用着色剤を混ぜ、色にむらが出ないように丁寧に丁寧に混ぜていく。

 

クッキングシートを敷いた型に生地を流し、180℃に予熱したオーブンで30分前後焼く。

この時、焼きむら出ないように残り5分になったら型をひっくり返して焼く。

焼き上がったら型を外して生地を冷ます。

 

この工程を7回繰り返す。

これだけで4時間以上の時間を要していた。

9月の中旬とはいえまだ残暑で暑い中での4時間以上の作業に氷瀧は汗びっしょりになっている。

 

「お兄ちゃん大丈夫?」

 

「あぁ、大丈夫だよ?むしろここまで完璧にイメージ通りに出来ているからね。生地が全て焼き終えたら生地のトリミングをする。焼き上がりを待つ間に生クリームを作っておいて、残りの作業はホテルに行ってからだな」

 

そのタイミングでつぐみの幼なじみ達がやってきた。

 

「「「「こんにちはー」」」」

 

「うわっ!氷瀧君、汗びっしょり!」

 

蘭は持っていたハンカチで氷瀧の顔と首回りを拭う。

 

「スマナイ」

 

「冷たい飲み物持ってくるね」

 

つぐみが厨房を抜けて台所に向かう。

 

「それにしても凄そうなケーキを作ってますなー」

 

「ホントだな」

 

「うぅ……凄く美味しそう……」

 

「ひまり、私達はケーキの味見に来たんじゃないんだよ?」

 

「わっ、分かってるよ!試食させて貰えるなんて期待してないんだから!」

 

(((本当かな……)))

 

「はい、お兄ちゃん!アイスティーだよ?」

 

「悪いな」

 

「全然だよ♪」

 

氷瀧はアイスティーを口にする。

アールグレイの香りが口の中に広がり、爽やかな後味が残った。

 

「つぐみ、紅茶淹れるの上手くなったな」

 

「ホント!?えへへ♪嬉しいな♪」

 

(あぁ……ホントに宇宙一可愛いぞこの笑顔。守りたいこの笑顔!つぐみは天使の生まれ変わりに違いない!)

 

「つぐみ、そろそろ弁当作りに入ろう?」

 

「そうだね!お兄ちゃんの出発に間に合わなくなると困るもんね!」

 

「それじゃあ、キッチンをお借りします!」

 

「また後でな」

 

「期待しててよね」

 

「じゃーねーひーくん」

 

慌ただしさを残して妹と幼なじみ達は厨房から消えた。

それを確認してから氷瀧は生クリーム作りに取り掛かる。

 

【生クリーム作り】

 

今回はウェディングケーキのデコレーションでかなりの量の生クリームを使用する為、大量の生クリームを用意する。

 

下準備として砂糖・生クリーム・ボウルなどは冷蔵庫で冷やしておく。

 

まずはボウルの下に氷水を張ったボウルを用意し、生クリーム(乳脂肪45%以上の物で安定剤を使用していない物)を2000mlにグラニュー糖150gを入れて少しずつ泡立てていく。

完全にツノが立たない七分立て程度の固さまで泡立てたら、そのままラップをして冷蔵庫で保存する。

※泡立ての仕上げは会場でする為に完全には泡立てない。泡立て具合の詳細は下記通り。

 

【七分立て】

泡だて器を入れて持ち上げると極少量だけくっつき、トロっと落ちてしまう状態。ケーキの全体に塗る時に使用。

 

【八分立て】

泡だて器にくっつきながらもボタっと落ちるような状態。

ロールケーキ、スポンジに挟むのに使用。

 

【九分立て】

泡だて器を持ち上げた時に、ボウル内のクリームにツノが立つ状態。

デコレーションなどに使用。

 

 

「さてこれで生クリームの準備は完了だな。あとは生地が焼き上がったら、親父の車で送って貰うだけだ」

 

生地が続々と焼き上がり、いよいよ氷瀧の出発準備が整った。

それに合わせるようにつぐみ達がお弁当を持って出てきた。

 

「はい♪お弁当♪」

 

「サンキュ♪」

 

「無理しないでね?」

 

「今日だけは容赦してくれ」

 

「まぁお兄ちゃんは無理するなって言っても無理しちゃうもんね?」

 

「つぐみの兄貴だからな」

 

「それじゃあ、行ってくる。みんなもお弁当ありがとな!」

 

幼なじみ達に手を振ると氷瀧を乗せた車は結婚式場に向けて走り始めた。

 

 

 

 

 

しばらく無言だった父親が氷瀧に向けて口を開いた。

 

「今日、誰かに告白でもするのか?」

 

「!!?」

 

「何で分かるんだって顔してるな」

 

「………………」

 

「母さんが俺に告白してきた前日と同じ顔をしている。やっぱり親子だな。氷瀧は母さんそっくりだ」

 

「…………複雑だよ」

 

「なぁ氷瀧……」

 

「ん?」

 

「その告白が上手く行くかは父さんには分からないが、相手がお前の気持ちを知ってしまったら知らなかった頃にはもう戻れない。失敗しても元の関係には戻れないということだ。…………それでもお前は前に進む覚悟があるか?」

 

「………………」

 

氷瀧は目を閉じ、自分の気持ちを確認する。

その時、意外にも氷瀧の脳裏に過った光景は微笑む千聖と美しい夕陽・虹の景色だった。

 

(あの日、千聖に背中を押して貰って俺の覚悟はもう出来てる)

「大丈夫だよ、俺は沢山の人に支えられてるから。失敗に終わっても俺は悪い方向には向かわない……」

 

「そうか……。19年間お前を見てきたが、今日のお前が今までで一番格好いいぞ。それでもダメだったら相手が悪かったと思え。…………ホラっ、着いたぞ」

 

氷瀧を乗せた車はいよいよ結婚式場へと到着した。

氷瀧は荷物を降ろすと父親に感謝を告げる。

 

「送ってありがとう、帰りの荷物は全て宅配便で送って貰えるようになってるから迎えはいらない。一人で帰るよ」

 

「…………そうか。それじゃあ、羽沢珈琲の天才パティシエの本気見せてこい!」

 

「あぁ、人生で最高傑作を作ってくるよ。…………お店の方はよろしく……」

 

父は袖を捲って任せろと言わんばかりのポーズを見せた。

そんな父を見送ってから氷瀧はいよいよ臨戦体制に入った。

 

「さぁ、しまっていこう……」

 

自前のエプロンに着替えると氷瀧は材料の確認をする。

 

 

 

 

 

「生地よし、生クリームよし、発注したクッキーよし……」

 

普段であれば氷瀧はクッキー程度は自分で作る。

彼にとってクッキー作りなど朝飯前と言っても過言ではない。

しかし今回のクッキーは氷瀧がイメージしたウェディングケーキを形にするために必要な秘密兵器であり、特殊な加工が必要となったために業者に依頼したのだ。

 

「あとはイチゴっと…………」

 

八百屋さんから届いているイチゴを確認する。

届いていたイチゴは氷瀧が依頼した安価な物ではなく、明らかに高級品のオーラが漂っていた。

 

氷瀧は添えてあった請求書と手紙を開いた。

 

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氷瀧君へ

 

いつも子供達が喜ぶ美味しいケーキをありがとう。

このイチゴはウェディングケーキに使うと聞いたので、イカした野菜おじさんからの御祝儀ということで受け取ってください。

勿論お代はいりません。

最高のウェディングケーキができることを祈っております。

 

イカした野菜おじさんより

 

 

 

_______________________________________

 

請求書を開くと金額の欄には"Priserese"と書かれていた。

 

「綴りが違う……」

 

氷瀧はクスリと笑うと好意に感謝しながらケーキ作りを開始する。

 

【イチゴの飾り切り】

 

まずヘタを取って半分にカットしたイチゴを薄切りにする。

切った断面を横に少しずつずらして棒状になるように並べる。

その状態のイチゴを端から継ぎ目をくっ付けたまま巻いていく。

すると見事な八重咲きのバラが完成する。

 

【イチゴ飴作り】

 

水120mlを鍋に入れ、その後に真紅の食紅で色付けしたグラニュー糖350gを入れてから火を点ける。

それから温度計を刺し、火を中火にする。

そして鍋の中身は絶対に混ぜない。

これは再結晶化を防ぐ為である。

再結晶化とは一度溶けた砂糖が再び結晶化する事である。

砂糖が再結晶化するとシロップが白く濁る為、一度濁ったシロップは再び透明には戻らない。

味には支障をきたさないが、ウェディングケーキのように彩りが大切な物には絶対に使用できない。

 

氷瀧は細心の注意を払いながら温度を160℃まで上げていく。

 

160℃になったらバラ状に切ったイチゴをフライ用のトングに乗せ、そっと優しくシロップに浸してコーティングする。

クッキングシートに乗せて余計なシロップを落として冷蔵庫で冷やせば薔薇苺飴の完成である。

 

氷瀧がグラニュー糖に真紅の食紅を入れたのはコーティング後の苺が薔薇の様に深い赤色に染まり輝くようにとの工夫である。

 

氷瀧は薔薇苺飴を99個作る。

 

途方に暮れるような数だが、今の氷瀧の集中力の前に個数など関係無かった。

 

 

 

 

 

 

5時間後、氷瀧は99個の苺飴を完成させた。

 

常人には理解できないだろうが、氷瀧はこの時点で9時間のケーキ製作作業をしている。

 

流石に体力と集中力の限界を迎えた氷瀧はつぐみ達が作ったお弁当を開く。

それと同時に入っていた手紙が落ちた。

 

『マメに水分補給して熱中症にならないように気をつけてね!』 つぐみ

 

『今日の卵焼きは自信作です』 ひまり

 

『おにぎりにはツナマヨと昆布の佃煮を入れました。昆布が当たりです』 蘭

 

『塩分取れるように唐揚げとウインナー沢山入れといたからな!』 巴

 

↑↑↑

『唐揚げは何個か美味しくいただきました』 モカちゃん

 

 

 

個性が出る手紙の内容にクスリとしながら、氷瀧は弁当を開く。

とても一人で食べる量ではない。

しかも良く見ると唐揚げの一部にスペースができている。

 

「モカ…………ホントに食べたんだな…………」

 

氷瀧は妹達の暖かさに触れながら、"ひとりじゃない"と確認しながら食べ物を次々と口に運んだ。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

「御馳走様でした!」

 

両手を合わせて妹達と食材に感謝を告げてから氷瀧は再び臨戦態勢に戻る。

 

 

 

 

【ケーキのデコレーション】

 

まずは七分まで泡立てしていた生クリームをデコレーション用に九分まで泡立てする。

 

かなり固めに泡立ててから持ち込んでいた七色の生地の表面に生クリームを塗り、上から順番に、赤・ オレンジ・ 黄色・ 緑・ 水色・ 濃い青・ 紫の順番で重ねていく。

 

重ねて終わったら大きさが疎らにならないように綺麗にトリミングを行い、方向を90°回転させてからクッキングスパチュラ(生クリームを塗るヘラの様な物)で生クリームを均等に塗り分けて行く。

 

綺麗に生クリームを塗り終えるとケーキの左側面に鶴の模様を右側面には亀の模様を、正面には二羽の鴛鴦(おしどり)という鴨の仲間をヘラの先端を器用に使って模様を刻んだ。

 

この時点で正方形の箱形のケーキが完成した。

 

 

【リボン作り】

 

先程と同じ真紅の食紅を混ぜたチョコレートを湯煎し、裏返しにした大きなケーキの型にハサミで切り込みを入れたのクッキングシートを敷き、その上にチョコレートを流して平らにしていく。

 

乾かして固まりかけた段階でクッキングシートごとチョコレートを切り外し、両端をくっ付けてからクッキングシートを剥いで固めて丸状のリボンのようにする。

 

別のクッキングシートに湯煎したチョコレートを真ん中に置き、そのチョコレートが固まる前に互い違いに丸状のリボンのようなチョコレートを重ねてリボンのブーケのようにする。

 

あとは残った紐状のチョコレートをケーキの上に乗せて、リボンブーケのチョコレートを乗せればプレゼント箱の形をしたウェディングケーキの完成である。

 

 

 

【飾り付け】

 

リボンブーケの隣に生クリームを盛り、ヘラを器用に使ってダリアの花を完成させる。

 

ケーキの周りには99個の薔薇苺飴を綺麗に並べて、それを囲うように特注品のクッキーを並べていく。

 

 

 

 

やっとの思いで氷瀧が理想としたウェディングケーキが完成した。

ここまでの製作時間は15時間を超えた。

空は少しずつ明るくなってきている。

しかし氷瀧にとってケーキ作りは"通過点"である。

この後に控えるメインイベントに向けて、氷瀧は式場でシャワーを浴び、身嗜みを整えると葵が到着するのを待った。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

いよいよその時は訪れた。

予め氷瀧が指定しておいた景色のいい場所に葵がやってきた。

 

「おはよー♪ケーキ作りは上手く行ったかな?」

 

「おはようございます。自分がイメージする最高の形ができたと思います」

 

氷瀧は改まって葵と正対する。

 

「先生……」

 

「ん?」

 

「改めて御結婚おめでとうございます」

 

「えへへー♪ありがとー♪」

 

「今日は当日にこんな所に呼び出してしまってスミマセン……」

 

「いいよいいよ♪そういう約束だったしね?」

 

「旦那さんは?」

 

「もうチャペルの準備に行ったよ?私もこの後すぐに行くつもり。それで話したい事って?」

 

「時間も限られているので単刀直入に言います」

 

「うん……」

 

「俺……………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先生の事が好きでした」

 

「………………うん」

 

まさかの告白に葵はとても驚くと同時に真剣な眼差しで氷瀧の気持ちを受け止めていた。

 

「中学の頃、同級生はみんな"男なのにパティシエになりたいなんて女子じゃん!!"ってバカにしてましたが、先生だけがいつも"羽沢君には一流のパティシエになれる才能があるよ!だから私応援するね!"って俺の肩を押してくれましたよね。先生の言葉があったから、俺は自分の才能を信じてフランスに旅立つ事ができました」

 

「………………うん」

 

「…………そんな先生も今日結婚して俺じゃない人の奥さんになります。ホントはこの気持ちを伝えても、先生を傷つけるだけだから俺の胸の内に秘めておこうと思っていました。…………この痛みは俺が勝手に好きになっただけだから、先生には関係ない……。俺だけが我慢すればいい事だからって思っていました」

 

葵は首を横に振る。

氷瀧の瞳には涙が溢れていた。

 

「でも俺は例え先生に嫌われてもいいから、想いを伝えよう……でなければ俺は前に……」

 

葵がそっと氷瀧を抱き締める。

その行動によって氷瀧の言葉は遮られた。

 

「ゴメンね……。羽沢君に辛い想いをさせちゃったね?」

 

氷瀧は首を横に振る。

 

「ねぇ、私が何故羽沢君には一流のパティシエになる才能があると思ったか分かる?」

 

「???」

 

「それはね?私が補佐に入った調理実習の時にハンバーグとシチュー作ったの覚えてる?」

 

「覚えていません」

 

「あの時の羽沢君、みんなが後片付けを止めても時間ギリギリまで包丁やフォーク、お皿を最後まで綺麗に磨いてたんだよ?私はそんな羽沢君を見て、"こんなに料理に真摯に向き合える子ならきっと一流のパティシエになれる"って思ったんだ……」

 

「………………でもね。私は羽沢君の気持ちには答えられない……」

 

「はい…………」

 

「だからもう、羽沢君のお店にも行かない…………」

 

「………………はい」

 

「ここでお別れにしましょ?」

 

「はい」

 

不思議と氷瀧の涙は止まっていた。

気持ちを素直に吐き出せた事が彼の胸の仕えを外したようだった。

 

葵は静かに抱き締めていた氷瀧を放す。

 

「…………羽沢君」

 

「はい?」

 

「私から1つお願いしてもいいかな?」

 

「何なりと」

 

「じゃあ、数年後……。私が君にしとけば良かったって思えるいい男になってくれる?」

 

「…………分かりました」

 

「それで美人な奥さん連れてこう言うの『俺の奥さん美人でしょ?』って」

 

「俺に彼女なんてできますかね?」

 

「大丈夫よ♪君ならきっと素敵な彼女ができるわ♪私応援する!」

 

この根拠の無い自信と笑顔に氷瀧は何度も救われたのを思い出した。

 

「それじゃあ、私……行くね?」

 

「最後に1ついいですか?」

 

「なーに?」

 

「旦那さんの事、好きですか?」

 

「だーいすき!!」

 

この日一番の満面の笑みに氷瀧は思わずはにかんだ。

 

「御馳走様です」

 

氷瀧は頭を下げるとその場から離れた。

 

今日は嫌な事があった訳では無いが、無性にあの丘からの景色が眺めたくなった。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

そして結婚式が始まりプログラムが順調に流れる。

いよいよ氷瀧の作ったケーキがベールを脱ぐ。

ケーキの全貌は作った氷瀧本人とケーキ入刀時のスタッフしかしらない。

 

現れたウェディングケーキの美しさに会場から感嘆の声が上がる。

 

まずはデザイン。

プレゼント箱の形をした大きなケーキにチョコレートで作ったリボンのブーケ。

そして生クリームで作ったダリアには『感謝』の花言葉を込めて。

 

続いて箱の側面に描かれている鶴と亀は二人の健康を祈り、二羽の鴛鴦には二人がいつも一緒にいられますようにという願いを込めて。

 

99個の薔薇苺飴には『永遠の愛』の花言葉を込めて。

 

そして氷瀧の秘密兵器の特注品のクッキーには葵のかつての教え子達の今の写真とお祝いや感謝のメッセージが書かれたプリントクッキーだった。

 

このクッキーを見た瞬間に葵の瞳から涙が溢れて止まらなくなった。

 

更にケーキを入刀すると断面は虹模様になっており、氷瀧から二人への『お幸せに』という気持ちが込められていた。

 

この粋な計らいに出席者達は一斉に写真を撮り、SNSへ投稿するのだった。

 

氷瀧は偽ることなく最高のケーキを作り、式場から旅立っていた。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

「ちょっと!?ちょっとレオン!?どうしたって言うの!?」

 

愛犬のレオン君の散歩をしていた千聖はレオン君に強引に引っ張られてどこかに向かっていた。

 

しばらく走っていた千聖であったがリードを離してしまい、レオン君はどこかへ走り去ってしまう。

 

「普段は大人しくていい子なのに……」

 

ふと千聖が周りを見渡すと氷瀧と訪れたあの丘の近くだと言うことに気がついた。

 

「ここは……」

 

千聖は少しずつレオン君が逃げた方向に歩みを寄せる。

 

そして街が一望できる丘のベンチの所にレオン君のリードらしき紐が少し見えた。

そのベンチにはスーツ姿のサラリーマンの様な男性が座っている。

恐る恐る近づくと、レオン君は男性の足下で丸くなっている。

 

千聖はそっと近づくとレオン君のリードを掴んだ。

 

「コラっレオン!ダメでしょ!?…………ウチの子がスミマセン…………」

 

千聖は言葉を失った。

 

スーツ姿の氷瀧がとても気持ち良さそうに寝息を立てていた。

そして目元は少し濡れている。

しかしその表情は晴れやかだった。

 

千聖はそっと横に座る。

レオン君は相変わらず氷瀧の足下で丸くなっており、氷瀧は規則的に寝息を立てている。

 

「………………あの時のお礼を貰おうかなぁ」ボソッ

 

千聖は眠っている氷瀧の頭を傾けて自分の肩の上に置いた。

 

「ん…………」

 

氷瀧は一瞬だけ起きそうになったが再び規則的に寝息を立てる。

 

 

 

"ドックン!"

"ドクン!"

"ドクン!"

 

 

千聖は自身の鼓動が高まっていくのを感じる。

 

 

 

そのまま千聖はスマホを取り出すとカメラを起動し、INカメラにする。

 

 

 

そして千聖と寝ている氷瀧の顔が写る角度までスマホを持って行くとそのままシャッターを押した。

 

硬直した千聖はしばらくそのまま動けなかった。

 

 

 




いかがでしょうか?

ここ最近はシリアスな話が多かったので次回はほのぼの回にしますね(  ̄▽ ̄)

それと前回から沢山の感想ありがとうございました!
とても執筆活動の励みになりました(^^)

では今回はこの辺で失礼します。

評価・ご感想・お気に入り登録ドシドシお待ちしております。

執筆の励みになりますので小さな感想でもとてもとても嬉しいです(^^)
心優しい感想待ってますね(笑)

それではまた次回!ほなっ!(^^)ノシ

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