朝からどんよりと雲が広がるまくはりちほー。
北の方角には今にもぐずり出しそうな黒い雲が広がっている。
そんな中開催されるマラソン大会。
女子は10キロ、男子15キロと走るにしてはそこそこ長いマラソン大会である。
だけど距離にしては大したことでは無い。10キロなんて自転車だったら30分あればたどり着くことが出来る距離。
だけどマラソンだ。正真正銘自分の足を使ってゴールしなければいけない。
脚力の心配はしていない。どちらかと言えば足の裏がとんでもない筋肉痛になりそうで不安。
というか隣に立つ美笹が心配。
「大丈夫?」
「帰りたいよぅ…」
あっ棄権しそう。本当にこの人運動はダメなんやね。
「まあ最後まで付いて行ってやるから」
彼女の右肩をぽんぽんと叩く夏鈴。
この子はちっこい割りにはしっかり動ける女の子である。
いや小さいから身軽で空気抵抗少ないからフットワークが軽いのか。なるほど。
「ま、終わったらサイゼ行こうよ」
ストレッチしている私も便乗して彼女の左肩をぽんぽんと叩く。
「もう今から行こうよぅ…」
あぁ、本当に運動嫌いなんだね…。
やがて開始時刻になり、カウントダウンが終わり頑張ってくださーいとやや適当な放送を聞き流して始まった。
ま、ゴールすればいいっしょ。と軽い気持ちで走り出した。
◇
あ〜だりぃ。
先日アレだけの啖呵をきったもののやっぱり走りたくはない。
でも依頼をクリアする過程でやむを得ずこんなに先頭のほうで走っている。
この状態でかれこれ数キロは走っているだろう。
後ろを見ればもう誰もいない。
前にいる葉山と付かず離れずの距離を保ってゴールを目指している状況である。
戸塚と喋りながら走る世界線に行きたかった…。
ふっふっと軽やかな走りをしている葉山は話しかけてくる。
「まあまあ早いペースなんだけどよくついてこれるな」
「どこまで持つかは知らんけどついていけんことはない」
余裕があるかって言われたら余裕では無いので淡々と返す俺。
「そうか。じゃあペース上げようか。」
ニッコリと笑顔を見せたのち、また少しペースを上げるこのトップカースト様。最初っから独走で走りきるつもりだ。
が、俺も負けじとついて行く。
このペースを維持してから5分。10分。15分…。5キロ、6キロ、7キロ…と続き、いつの間にか折り返し地点を過ぎた。
ここで1つの考えが思い浮かんだ。
決して足をひっかけて転ばせるとか邪悪な考えではない。
…やっぱりこいつ無駄にかっこいいしなんかムカつくから足をひっかけて転ばせたろっかな。うん。その方が確実だし。
まあやったら反則退場だろうね。
じゃなく。
その考えとやらは、この向かい風区間で先頭を交代をしながら楽にしようという魂胆だ。
いかんせん人間の足なので、スリップストリームを発動させるほどのスピードは出ていない。が、先頭で壁作ることによって風よけができるので少なからず楽になる。
そう提案してみた。
「どうせ目的は同じだ、こうして協調した方が効率がいいし楽に早く終わって帰れる。」
「…効率を求める。実に君らしいな」
「仕事はさっさと終わらせて定時で帰るタイプなんでな」
と、短いスパンで交代するということで話はまとまった。
◇
開始してから40分ほど経っている。
運動部で足が速い女子たちはもうゴールしている頃だろうか。
そんな時間を近くにある大きな公園でそう示していた。
さっきまでいた集団からひっそりと抜け出し1人で走っている。
集団の中にいた方が確実に楽に走れるけどあの集団特有のプレッシャー、圧迫感がどうしても好きになれず、少し加速して集団から離れた。
風が少し辛い以外は気楽に走れている。
そんな感じで1人で走っていたら後ろから追われているような足音が聞こえる。
リズム的には2人はいるような気がする。
1人にしてはリズムがまばらだ。
さっきまでいた集団から抜け出して追ってきたのだろうか。
2人ぐらいだしいつもの2人かなと思って後ろを振り向いてみた。
そこにいたのは比企谷くんと葉山くんだった。
え?
葉山くんならまだしもなんで比企谷くんピッタリ後ろについているのか驚き。
というかペースおかしくない?
女子グループはそこそこ先行していたはずだよ?
そこにいるということはさっきの集団を通り過ぎてここにいるのよね?そんなことを考えていたらいつの間にか私の横を通過して行った。
今は息を切らす手前のペースで走っているからあまり大きな声は出せないけど、なぜか反射的に声を出した。
「頑張ってね!」
向こうは返事はしないし振り向きもしない。だけど軽く手を振ってきた。
伝わってよかった。
正直どっちが勝っても賞賛に値するレベルだと思う。
だけどせっかくなら彼には勝って欲しいかな。
つい最近まで学校ではあまり報われてないのだからたまには報われてもいいかなと思う。
◇
ゴールまで1キロ。
そう記しているのはコーンに申し訳程度に貼られている紙である。
先頭を交代しながらここまで走ってきた。
正直ここまでこいつについてこれたのは自分でも驚いている。
スポーツは人並みにはこなせると思っている。
が、こういった長時間のスポーツで運動部の人とタメで走っているのは初めてだ。
先行していたはずの女子グループを抜いてはさらにその先にいる。
本来なら上位とまで行かなくとも中位前後でゴールするだろう。
だけどこいつには勝たなければ三浦の依頼は成立しなくなるかもしれない。
嫌々ながらも仕事をこなすためにここにいる。
葉山に向けての黄色い声援もたくさん聞いてきた。
別に俺が勝って俺はこいつより強いんだ。という誇示をしたいからここにいるわけではない。
依頼の過程でしかないのだから。
つっても正直キツいわこれ。
やっぱ運動は無理してやるもんじゃないね。はちまん勉強になった。
「さっき応援されてたけど君に向けての応援じゃないのか?」
と葉山はいきなり話しかけてきた。
「順当に考えてお前じゃねぇの?」
てかこっちは余裕はねぇんだから余裕そうに話しかけるな。爽やかイケメンめ。
「…あれは君向けてだと思うな。俺の名前呼ばれてないし」
「その理論だと別に俺の名前も呼ばれてないが」
「彼女は後ろを振り向いていた。だから顔は確認出来た思うが目の焦点が真っ先君に向けていた。」
たまたまだろう。なんせそんなに目立った活動をしていない奉仕部員がサッカー部の部長様の後ろにいたもんだから。
…いや活動する度に目立っているような気もしなくもない。
特に文化祭とか。
「たまたまだ。なんて言いたそうな顔だな」
その爽やかイケメンは爽やかな笑顔をしてそう言う。
もうめんどくさいからあぁ、たまたまだ。と適当に相槌をして話を打ち切った。
そうこうしているうちに公園へ入る広い通路が見えてきた。
ここを右へ直角に曲がったらスタート地点となったこの地域随一の広い公園に戻る。
既にゴールをした運動部の女子たちや手が空いている運営陣が通路脇で応援をしてくる。
放送を担当しているどっかのあざとい女子生徒もえ?もうゴールする男子がいるの?と慌ただしい様子も見れる。
と、少し油断をしたら直角を曲がったら葉山は途端に加速して行った。
持ち前の反射神経でダッシュして何とかついていった。
ところで最近足の筋肉には大きく2種類あるのことを知った。
まずは太ももの前側、ここは速筋と言われる部分で瞬発力に長けてる筋肉だ。
そして反対に太ももの裏側、遅筋といい持久力が長けてる筋肉がある。一般的にはハムストリングと言う。
これらの筋肉の割合は生まれつきで結構決まっているらしく、こういう陸上競技において今後続けていく競技はこの筋肉の割合で決まってしまうことも多々ある。
もちろんトレーニングでこの基礎を作り替えてしまう例外も存在する。
前を走る爽やかイケメンはサッカー部だ、きっとどちらの筋肉もバランスよく鍛えられてるバランスタイプだろう。
切り替えながら戦えるようにした方が選手として強いからな。
一方こっちはどうだ。
感覚的には太ももの裏側、ハムストリングの方が強い気がする。
つまりだ、1回ダッシュして抜いてそのまま無理やり速度を維持すればゴールに持ち込めるのではないか、という算段だ。
残り200mもないぐらい今なら行ける。
そう思って思いっきり地面を蹴った。
☆
長かったようで短かった15キロの旅、こうしてようやく幕を閉じた。
そんな感じで息を切らしながらマラソンの会場の近くにある自販機でスポドリを買う俺がいる。
心臓が今まで聞いたことないぐらい早いリズムを刻んでいる。
やだ…もしかして恋…?
ダメだ
買ったスポドリを持ってそこらへんの芝生に座り、ちょこちょこと疎らにゴールしていく女子を見ながらスポドリを飲む。
というかマラソン終わったらマッ缶を飲むと心に決めていたに真っ先にスポドリを買ってしまった。
千葉県民として有るまじき行為だ。
この後必ずサイゼにいくと決意しているところ、苦笑いをしている葉山が隣に座ってきた。
やめろ、そちらのグループに所属してる海老なんとかさん見たらが喜んじゃうでしょ。
運動後の失血は救急車案件だぞ。
「君に負けてしまうとはな…」
うっすらと晴れ間が見える空を見ながら呟いていた。
「まぐれで上手くいっただけだ。それにお前自身に勝ちたくて勝ったわけではない。依頼を達成するためのフローチャートの途中でしかない。」
「流石だ。仕事のためなら努力を惜しまない一流のビジネスマンだな」
やや皮肉を込められているような気がするけど気づかないフリをした。
というか働かないぞ。働かないったら働かないんだからね!
そう思っても口にはしないけどな。
「お褒めの言葉どうも。んで報酬は?」
「あぁ、俺は理系を選んだ。嘘じゃないぞ?」
思っていたよりあっさり教えてくれたので座っているのにずっこけそうになった。
まあ勝ったら教えてもらう約束だったしな。
「ちなみに君は?」
「あ?あぁ、理数は端から捨ててるから文系だ」
いきなり聞かれたものだから驚いた。
それよりもそれを聞いた葉山はふっと鼻で笑われた。
なんかバカにされたような笑い方で、この時次に出る言葉によっちゃあ軽く引っ叩くぞという顔をしたと思う。
「つくづくと俺と君は正反対なんだな。ここまで真逆だと奇跡かもな」
くっくっと笑っているこいつを見て。
「仮に同じ理系だとしてもお前と同じ大学は選ばんわ」
思っきり一蹴をした。
「はは、手厳しい」
それから特に言葉を発さず周りに合わせて最後にゴールした女子に対して拍手をした。
てかあれ戸田さんじゃね。マジで満身創痍じゃん。
◇
マラソン大会での表彰式を終え、解散という運びとなった今はいつものメンツでサイゼに向かって歩いてた。
マラソンどうだった?とか他愛のない会話をしながら少し距離があるサイゼに向かっていた。
そしたらさっきまでいた公園にある別の通路から男子生徒が前に出てきた。
私より少しだけ背が高くて、相変わらず目が腐っている彼だった。
「やっほー」
「うぉ、お前らか」
「…さっき言えなかったけど優勝おめでとう」
表彰式が終わってからなにやら奉仕部のメンバーと話していて、その後に三浦さんとお話していたからおめでとうと言いそびれていた。
けどここでなんとか言えてよかった。
「おーサンキュな」
「おめでとー」「どんどんぱふぱふ」
と、夏鈴と美笹もノってきた。
「おー、どうもな」
それから彼はサイゼに行って懺悔しなければならない。と訳の分からないことを言っているのでどういうことなのかと聞いたところ。
マラソンの後マッ缶を差し置いてスポドリを買って飲んでしまったと。
なるほど、これは千葉県民として懺悔しなければならないですね。
私はちゃんとマッ缶を飲んだよ?
ん?待てよ?もし公園自販機に置いてなかったら私も懺悔することになるのか…。
ちなみに私のマラソンの結果は女子の中で15位でした、まる。