Prolog1:貧乏クジ
それは、とある世界で生まれ変わったバカの話だ。
バカは基本的には傍観者を気取る。しかしその実、傍観者になり切ることの出来ないヘタレである。
バカは力をあまり持たない。体術を得意とするが、それは未だに発展途上。しかし、一流であることに間違いはない。達人の領域に到達していないだけである。
そしてそのバカは本日、あり得ないほど遠くから、膨大な魔力を感じ取った。現在、彼は家に居る。助けに行く理由は無いし、義理も無い。大体、何が起こっているのかさえ不明だ。
しかし、そのバカは一度考えを改めた。これほど遠くにまで膨大な魔力を感じさせる存在を放置すれば、世界が未曽有の危機に陥れられるのではないか、と。そんなことになれば大変だ。自分も無害、というわけにはいかなくなる。傍観者になることなど出来なくなる。
ならばどうする? バカは自問するが、答えは決まっていた。
「俺の手で、救うしかねぇよなぁ・・・・・・」
彼は部屋で着替えて、そして玄関の前に立つ。靴を履き、そして家を出ようとした時だ。
「行ってくるのか? 馬鹿息子」
それは彼の父の声だった。しかし、その声音からは別に止めるような気迫を感じなければ、後押しするような声援も感じられない。至って普通の会話をするような声音で、父はそう言った。
「あぁ、ちょっと無関係で居られそうにないからな」
「そうか・・・・・・俺と母さんも、ついていってやろうか?」
「要らねえよ。それより、この世界から逃げる事を優先した方が良いんじゃないのか?」
彼がそう訊くと、父は「そうだなぁ」と空、というよりは天井を仰いでしばし考え、次に何を言うべきか答えを見つけたのか、一度頷き、その答えを口にした。
「いいや、俺は俺んとこの馬鹿息子を信じて逃げねぇわ。ま、これも父からの教育の一環だ。一人でこれくらい打破してみせろ」
「まぁ、全力で頑張る。いや、というか全力でやらないとちょっと不味いな」
「当ったり前だ。ほら、さっさと行け。買い物行った母さんには、俺が説明しといてやる。飛行魔法も最近上達してきているし、まぁ、ギリギリのタイミングくらいで到着出来んじゃねぇの? あ、デバイスは貸してやらねえからな」
「分かってる。―――それじゃ、行ってくる」
「おぅ」
その会話を最後に、彼は家を出て、魔力を使って飛行し、その膨大な魔力の漂わせている根源へと向かうのだった―――
◆
「く、ぬぅ! えぇい子鴉! どうにかならんのか!?」
灰色が銀髪か、少し区別をつけるのが難しいショートヘアの少女が、隣の自分と瓜二つの少女に向けて解決策を要求する。
「アカン! もう魔力限界やし、ヴィータとシャマルとユーノ君が気絶しとる! 他のみんなも、もう魔力が限界や。カートリッジシステムで何とかなのはちゃんやフェイトちゃん、シグナムは防いどるけど、ザフィーラとクロノ君も、このままやと撃墜されてまう!」
クリーム色(元は茶色)のショートカットの髪の少女は、今の状況を再確認させるために自分と瓜二つの彼女に言うが、それでも、これは退けない戦いなのだ。
思えば、無闇にアレを起動させたこと自体が、間違いだった。相手の戦力―――いやそもそも、アレが暴走することを計算に入れていなかった時点で、既に負けていたのかもしれない。
アレとはつまり、今、彼ら彼女らが交戦している相手、システムU-Dのことだ。システムとは言えど、実体は持っている。一見大人しそうな見た目の、金色のウェーブのかかった長髪の、まだ十歳ばかりの少女が、システムU-Dの実体だ。
そしてその見た目に反して、戦闘能力はまさに言葉の通り異常だった。何が異常なのか。それは全てだ。魔力保有量、魔法の質、威力、連射速度、スピード、防御力、そのどれもが、異常なのだ。
威力やスピード、魔力保有量や連射速度や魔法の質はまだ何とか人数でカバーできる。しかし防御力だけは、どうしても人数でカバーしきることは出来なかった。何せ、こちらの最大威力魔法が全くといって良いほど効かないのだ。
唯一、灰色と銀髪の中間にある髪をした最初の少女だけは、最大威力の魔法を撃っていない。それは撃とうとすれば、U-Dがこちらに急接近してきて、こちらに攻撃の隙を与えまいとしてくるからである。
彼女の最大威力魔法を発動するのにかかる時間は、およそ一分。しかし、その一分間彼女を守り切ることさえ、今の彼ら彼女らには不可能な状態にあった。大体、もし発動出来たとしても、当たらなければ意味が無い。発動して当たる確率は、良くて4割ほど。これはあまりに、つり合いが取れていない。
そんな危険な賭けを、今は現実的に行う事が出来ない。しかし、他の者の攻撃は全く通らない。だからこそ、U-Dの攻撃を防ぎつつ反撃の隙を狙うしかないのだが―――それはあまりに、ジリ貧だった。
「きゃあ!?」
「子鴉!?」
隣に居た、自分と瓜二つの少女がU-Dの攻撃によって吹き飛ばされる。幸い大きな傷は無いが、明らかに満身創痍。魔力も、もう底を尽きている様に見える。
しかし、他人の事を構っている暇など、今の彼女には無かった。
何故なら今、U-Dが標的にしているのは―――未だに無事な、彼女の方なのだから。
「―――ッ!?」
既にU-Dは自分のすぐ近くにまで接近しようとしていた。しかし、今から加速しようとしても確実に、追いつかれてしまう。そしてU-Dの本気の一撃は・・・・・・言葉の通り、一撃必殺の威力を誇る。
もうダメか。そう諦めかけた時に、奇跡は―――起こった。
◆
「これは・・・・・・」
家から文字通り飛び出した彼がようやく目的地に着いた時、目の前には既に惨状が広がっていた。まず、魔導師たちが空戦をしているにも関わらず満身創痍。どれも9歳から12歳程までの子ども達。大人の様子はチラリチラリとしか見当たらない。
恐らく敵対しているのは一人だ。それは物凄い(全て解放すれば、軽く次元世界三つは消滅させられる)魔力の持ち主。金色のウェーブのかかった髪をした少女は、憂いに満ちた瞳で彼ら彼女らを見て、攻撃の手を休めない。
みんな必死に防いでいる。一人だけ、似た者同士の者が見える。しかしそれは気にしない。気にするのは、絶望的なこの現状だ。明らかに悪役サイドのその少女は強すぎる。誰もが攻撃しても、攻撃が通った様子は一切ない。
いよいよもって、正義側の魔力も底を尽きそうな雰囲気がある。いや、もう既にカートリッジをドーピングして魔力を無理矢理補給し、防いでいるに過ぎない。もう既に、彼ら彼女らに戦う力は残っていない。
「描き出せ」
そいつは一言呟いた。しかも命令形。そしてそれに呼応するように、そいつの後ろには魔法陣が描き出される。中央に一つ、二つ。そしてその周りに一つ、二つ、三つ、四つ、五つ、六つ。計八つの魔法陣が、それぞれ自動的に回転している。
その魔法陣一つ一つには意味がある。この魔法陣全てで、知る人はこう呼ぶ。〝原初の無限連環機構〟と。
中央で回転する二つの回転する魔法陣は〝この魔法陣に触れたある一定のモノを一定の状態に戻す〟魔法陣だ。
そして外側六つの魔法陣はそれぞれ〝威力増強機構〟〝魔力精製機構〟〝防御機構〟〝修復機構〟〝制御機構〟〝能力補助機構〟という名称で、その意味は名称と全く同じである。
描き出しが終了したその瞬間だった。金髪の顔にタトゥーのような模様が入った少女が、クリーム色の短髪の少女を吹き飛ばし、そして今まさに、銀色短髪の三色の色の羽を生やす少女に止めを刺そうとしていた。そんなことが目の前で起きようとして見過ごせるほど、彼は薄情ではなかった。
「ソニックムーブ」
詠唱はそれだけだ。そして刹那、金髪の少女が背中から生やした血の様な翼と、彼の拳が衝突し、甲高い金属音のような音が鳴り響く。
「集束・ディバイン・バスター!」
あまりに機械的な声で、しかし力を込めて、彼は詠唱する。なるほど、それは拳から放たれる砲撃魔法。接触していた為に、今の状態を言うなれば、ゼロ距離で砲撃魔法を直撃させた状態、だ。彼は一番効果的な攻撃手段を取った訳だ。自分への反動を省みないこの度胸、見事の一言に尽きる。
しかし、それだけの攻撃で墜ちるのであれば、彼ら彼女らも苦労はしていない。金髪の少女は未だに無傷で健在している。ただ、衝撃によって弾き飛ばされただけなのだ。
「貴様・・・・・・何、者だ?」
息絶え絶え、といった様子で灰色か銀色か分からないショートヘアの少女が話し掛けてくる。どう答えたものか、などと彼は考える。しかし、すぐに答えが見つかったのか、そいつは頷いて言った。
「冥王が御膝元兼護衛役、ラプター。時を経て、生まれ変わった。―――だが、今は奴を倒すことが先決だ。他の事は、後だ」
「貴様、この我に協力する、というのか?」
「あぁ。アレの相手は、ちょいと俺だけではキツイ。後衛、任せられるか?」
「・・・・・・よかろう。我が名は〝闇を統べる王(ロード・ディアーチェ)〟だ。一分、稼いでほしい。出来ればあやつ・・・・・・U-Dと戦いを一分持ち堪え、一瞬でよい。拘束を頼む」
「その案に賭けたぜ」
ディアーチェと名乗ったショートヘアの少女は手に持った魔導書の頁を手も使わず開き、そして詠唱を開始する。
「お前の相手、俺が引き受ける事になった。悪いが、割らせねぇ」
「砕け得ぬ闇の前に、全ては無力です」
「ほざけ」
U-Dの言葉を鼻で笑い飛ばし、構える。しかし、その構えは不格好過ぎた。何故なら、両腕で何かをガードするような、そんな構えをしているからだ。独特過ぎるその構えは、明らかに攻撃を度外視しているように見えた。
そして、今居るのは空中だ。ましてや、相手は魔法を使え、リーチも彼、ラプターとやらよりも長い。どう考えても、圧倒的不利な状況だ。
空中で数秒静止した状況が続き、お互いがお互いの出方を見る。が、それを無駄と考えたのか、U-Dは即座に動いた。
「ッ!」
ラプターは腕に衝撃を覚える。それはとてつもなく大きな衝撃で、こちらの反撃など許してはくれない。
「ッ――!」
追撃が彼の腕を襲う。衝撃はこれまた大きい。しかし、骨を砕くほどの威力は無い。いや、〝防御機構〟が無ければ恐らく、砕けていた。しかし、今はそれがあるのだ。恐れる事は、何も無い。
「ははっ・・・・・・この力、どっから出てんだか」
ラプターは未だに軽口を叩けるだけの余裕があった。意地悪い笑みを浮かべながら、彼はU-Dの両翼をその両腕で防ぐ。ゼロ距離からの、一方的なU-Dの攻撃。防戦一方を強いられるラプターだが、それでもその防御を破られる事はない。
的確に、適切に、ラプターはU-Dから繰り出される数多の攻撃を防御する。それは全てが音速を超越しているだろう速さで襲い来るが、それでもラプターの防御は崩れない。どれだけ、どれだけ攻撃を繰り出そうとも、それを適切に処理され、ダメージが通らない。
こうなれば――と、U-Dは必殺の一撃を繰り出すことを決意し、両翼で同時に左右から攻撃。勿論、ラプターは両腕でその両翼を適切に防御する。しかし、それが間違いだった。
「砕け得ぬ力を前に――」
何と、U-Dの腕が、ラプターの胸の中に埋まっていた。正確には、U-Dはラプターのリンカーコアの魔力を奪い、武器にする為に、直接空間を繋げていた。
「ただ静かに」
そして抜き出される手。その手には、いとも恐ろしい、赤黒い、血を凝固させて作ったような、剣、とも槍とも取れる、形容し難い武器を握っていた。この間、ラプターは魔力を奪われている為か、それとも相手の力が強いせいか、何故か動くことが出来なかった。
(あ、これちょっとヤバいな)
ラプターは能天気にもそんなことを考えていた。しかし、危険度は所詮そのヤバい、程度である。
「震えて眠れ」
そして、その武器は投げ放たれる。間違いなく、アレは一撃必殺の攻撃。その夥しい量の魔力と速度が、それを物語っている。
回避は・・・・・・不可能ではない。今からであれば、間に合う。しかしそれでは、中途半端に敵を取り逃がすことになりかねない。
しかし、まともに受ければ待っているのは死のみだ。だが、ここで攻撃を受けないのでは相手の隙を窺う事はまず出来ない。いや、そもそも相手が接近しなくなる恐れがある。
ならば、死なないように受けるしかない。
体を少しだけ動かし、臓器と臓器の間に、ちょうどあの武器が刺さる様な角度で、それを受ける。予想通り、その攻撃は〝防御機構〟の効果をものともせず貫いてくる。
「ぐっ・・・・・・」
痛い。即死することは避けたが、明らかに致命傷だ。
再び、U-Dは近づいてくる。武器を回収しにきたのか、それとも追撃をしに来たのか―――容赦がなければ後者だろう。
「終わりだ」
確定。これは追撃だ。これ以上の攻撃を食らうのは、流石に不味い。〝防御機構〟が破壊された訳ではないが、それでも不味い。
しかし、焦る事はそれほどなかった。何故なら既に〝仕込み〟は完成しているのだから。
「エンシェントマトリクス」
「掛かったなバァーカ」
武器の先に乗った瞬間、ラプターは指をパチン、と鳴らす。
刹那、U-Dは何十というバインドに拘束され、動けない状態になる。
「俺がただサンドバックになるわけねぇだろ」
意地の悪い、心底意地の悪い笑みを浮かべて、その場を離脱する。約束の一分は稼いだぞ、と心の中で呟いて、瀕死の体で何とか戦線を―――予想される射程範囲を、離脱する。
「よくやった! 行くぞU-D、これが我らの、貴様を救うための最大の攻撃!」
圧倒的な魔力を、ディアーチェから感じる。それはまさしく、この少女を一撃で倒す為に用意された、最大威力の魔法だった。
「集え、星と雷! 我が闇の元へ!」
手に持った杖型のデバイスを掲げ、ミッド式の丸い、闇色の魔法陣が出現する。
「これが我の砕け得ぬ闇!」
次の瞬間には、その闇色の魔法陣は分裂し、五つものそれが出現していた。あの威力の魔法を五発。U-Dはバインドから逃げようと足掻いているが、それこそ無駄だ。
何せそのバインドは、ストラグルバインドを極限にまで強度を高め、更にそこに敵の魔力を吸収するという悪辣な効果を付与し、その上に魔法の使用を不可能にする効果まで付いた、彼独自のバインド――名を、グレイプニール。
全ての自己に掛けた魔法は解除され、魔力を奪いつくし、そして逃れられない。その悪辣無慈悲なバインドは、U-Dに何十と絡み付いている。もはや、これから逃れる事など、出来ない。魔法も使えない為、ディアーチェの最大の一撃を、防御することさえ許されない。
「王たる力よ!」
ディアーチェの前に展開された五つの魔法陣から、それぞれ何発と、闇色の砲撃が放たれ、一定の位置に到達するとそれは球形になり、そこに止まる。まるでU-Dを狙っていないかのような攻撃はしかし、確実に彼女を捉えていた。
「落ちよ、ジャガーノート!!」
球形の物質は、その詠唱と共に、次々と大爆発を起こし、全てを闇に飲み込んでいく。
U-Dは、その闇に飲み込まれる。何度も、何度も、球形の闇は爆発を起こし、辺り一帯を焦土と変えていく。海は一部蒸発し、地面が見える部分すらある。
海を一部でも蒸発させるなど、恐ろしい威力の魔法だ。あれに巻き込まれていたら、重症――というか、瀕死の状態なので、確実に死んでいた。逃げ遅れなかったことに改めて安堵していると、ディアーチェは爆発が終わり、抵抗する力の無くなったU-Dの元へと向かった。
「いや、本当に・・・・・・つらい、ねぇッ!」
がふっ、と吐血しながらも、先ほどU-Dに刺された武器を抜く。幸いに臓器は貫いておらず、そして今は何より〝修復機構〟の効果が発動してくれて、傷が現在進行形で治っていく。あと一分もすれば、傷は完治することだろう。
「まぁ、命があるだけよし、としますか」
思考は常に前向きでいこう。それが、ラプターの考え方だ。いつまでも痛いなどとクヨクヨするより、これからのことを前向きに考えた方が楽しいのだ。
そして考える。これからの事を。
まず、周りの状況を確認すると――気絶した魔導師が複数人。女性七人、男性三人。そのうち半分以上がまだ十歳になったのかなっていないのか、程度の年齢に見える。気絶していないのは女性五人、男性二人。少し年齢層も疎らで、一部は一致しているが、まず間違いなく、ただ世界がピンチだから駆けつけて、たまたま知り合った、といった類ではないだろう。ぶっつけ本番でいきなり協力して戦力全員集合など、まずある筈がない。
そうすると、組織化していると考えた方がまだ妥当なものだ。というか、それ以外に考えられない。そして組織化しているという事は、最低限の秩序がその中に存在する。そうすると、明らかにイレギュラーなラプターは確実に職務質問的な事をされる為に本部やら何やら連行されて・・・・・・
「あ、今悪い幻想を見た」
自分から足を突っ込んでしまった事だが、この後の流れは明らかに面倒事の類だ。ならば、回避するのが妥当だろうと思い、そそくさとこの場から離脱しようとした時だった。
「あ、ま、待ってください!」
声を掛けられる。それもまだ十歳いくかいかないかの、小ツインテール白服の女の子からだ。明らかに、悪い予感しかしない。このまま聞こえないふりをしてそのまま何処かへ行けば、きっと彼女たちも深追いはしないはず。ならば、取る行動は一つだけだ。
「・・・・・・」
無言のまま、静かに立ち去る。まだあちらに目だけしか動かしていないのでセーフだ。セーフの筈だ。などと自己暗示をかけながら、この場を逃亡しようとして・・・・・・
「リインフォースッ!?」
驚いたような声を一人の女の子が上げる。それと同時に、誰もの視線がラプターから逸れる。好機だ。この機に逃げれば、相手は確実に追ってこない。それどころか、気のせいだったかとさえ思える事だろう。今だ、今しかない。
ラプターは体に言い聞かせるが、何故か、体が違う方向へと向いてしまう。少年少女達の集う方向へと、体の方向が、視線が、誘導されてしまう。この場から逃げたいはずなのに、何故かそちらに、向いてしまう。
「・・・・・・あっ」
なるほど。と、納得してしまう。確かにこの状況で自分が離脱すれば未来永劫、後悔していたことだろう。目の前には、救える命が存在した。
銀色長髪の女性が、魔力の粒子となって今まさに、消えそうになっていたのだ。そして彼女を一目見て分かった。アレは、夜天の書の管理人格だと。そしてアレは、傷などで個体を維持出来ず、プログラムが分解されたりしている訳ではない。純粋な、消滅の前触れだった。
「下がっていろ」
いつの間にか、ラプターは本人でも分からない内に彼女の前まで移動していた。あまりに焦って、無意識にソニックムーブでも使ってしまったかと、内心で自身に苦笑しつつ、その様態を目視で確認し、次は目に魔力を通して細かい部分まで、内部構造まで見ていく。
―――なるほど。自動防衛運用システム、ナハトヴァールが改変して歪んで、暴走しているのか。
納得してすぐに、ラプターは動く。必要なものは、今は魔力のみだ。目視で状態を確認しながら、次に必要な処置を考えてすぐに動く。管理人格――リインフォースと呼ばれた女性の額に手を置き、すぐに魔法によるハッキングを行う。
こと魔法を使用するハッキング技術において、ラプターは優秀だ。マジックシステムエンジニア、などというものが昔は存在したが、ラプターの役職はまさにそれに当てはまる。どちらかと言えば前衛や中衛向きでありながら、完全な影となってバックアップを行える王の盾であり、王の影。
そんな彼だからこそ、今この状況を打破する事が可能だった。
「ナハトは・・・・・・不味いな、制御プログラムの方が追いついていない。出力を上げる事は無理だな。なら、ナハトの方を抑えれば・・・・・・」
魔力粒子として、グレイプニールをインストール。及び、それを以てナハトを捕縛――しようとして、グレイプニールが弾かれる。予想はしていたが、抵抗力が半端なモノではない。タイムリミットも迫っている。このまま手詰まりでは、本当に彼女は消えてしまう。
「せめて、バックアップデータがあれば・・・・・・!」
しかし、所詮は無いモノねだりだ。もう既に彼女の中、彼女に繋がる全てのデータの検索は終わったが、その中にバックアップデータは存在しない。普通なら壊れても、暴走しても元に戻せるようにそういったものが用意されている筈なのだが――これは明らかに、第三者からの悪意ある改造を受けている。履歴やバックアップデータが無いのが、その証拠だ。
「クソッ、なら別のプログラムを一から作って上書きすれば――!」
いや、駄目だ。そんなことをすれば夜天の書の設計そのものが狂ってしまう。そもそも、そんなことをすれば拒絶反応が出るのは明確だ。
「いや、待てよ」
一つだけ、名案が浮かんだ。しかし、摘出した後、その器が存在しない。データとしてそのまま外に放ってしまえば、絶対に、暴走してまた世界が未曽有の危機に晒される。
いや、器であればそこら辺に〝何人〟も存在する。しかし、彼ら彼女らがこの負荷に耐えられるかと言えば、確実に否、といえる自信がある。
ならば、このまま見殺しか? それとも、世界を未曽有の危機に陥れるか?
思考が回る。回る、回る、とにかく回る。高速回転しながら、一番の最善策を選ぼうと頭の中がフルドライブしている。
「俺、絶対に後悔するよなぁ・・・・・・」
ラプターが呟く。
というか、どちらにしても後悔する。方法が無いわけでもないのに、目の前の命を救わないなど、未来永劫引き摺る。ならば、今取れる最善策を、本当に打たなくてはならないだろう。
「書き換えろ」
背中に浮かぶ魔法陣。まるで時間の支配者のような風貌を思わせるそれは、魔法によって細かな部分が書き換えられていく。
中央の二つは全く変わらない。あれは無限連環機構の要であり、アレが無ければそもそも無限連環機構など成立はしない。
その為、書き換えるのは外側四つの、〝制御機構〟〝魔力精製機構〟以外の魔法陣だ。傷はまだ完治していないが、ここまで治れば命に支障は無い。
外側四つの魔法陣を、全て〝制御機構〟へと書き換える。そうすることにより、少しはナハトの暴走を、抑えられるかもしれないと思ったからだ。
「さて、一世一代の仕事、やるか」
刹那、ラプターの目つきが急変する。穏やかそうなその目は吊り上り、とにかく鋭い。その目はまるで鋭利な刃物を想像させる。それだけ、彼が本気だという事を、表していた。
「ナハトを解析、抽出、同時にプログラム形成――!」
管理人格と夜天の書は繋がっている。そして、今回の管理人格の消滅しかけている原因は明らかにナハトヴァールの暴走。しかし、ただナハトを摘出しただけでは、再びナハトのような異常な防衛プログラムが、夜天の書の中に出来てしまう。
ならば、こうすればいいのだ。
ナハトを摘出すると同時に、別の防衛プログラムを、こちらで精製し、それを入れてやる。こうすれば、全ては丸く収まる。かなり高い技術を要求されるが、ラプターにとってはどうという事はない。
そして、摘出したナハトは、自分の中にふさぎ込めばいい。つまり、拉致。または監禁といってもいい。〝制御機構〟とは文字通り自分を、自分の魔力を、体調を〝制御〟するものだ。それは勿論、体内に入った異常なプログラムもまた同様。
まぁしかし、半分以上賭けである。何が賭けかと言えば、ラプター自身が、ナハトの暴走に耐えられるか、耐えられないか。
即ち、生きるか死ぬか。チップは命だ。
「プログラム形成完了! ナハト抽出確認、受け取れ、俺式防衛プログラム!」
若干ネタに走りながらも、管理人格にそのプログラムをぶち込む。すると、管理人格の魔力粒子化が止まり、今度は逆に魔力粒子が集まり、体が再生されていく。
「ぐっ、が、やば、ちょっとやばい。痛い、いた、イタタタタ!? ちょ、痛い、胃の中が、ちょ、肺がゴホッ、ゲホッガハッ! やばい頭も痛ぇ。これもう死ぬのかな、ヤバいな、本当に死にそうだ。あぁ、短いようで長い人生というかマジで痛いからやめろやオラァ!」
一人格闘という空しい、実に空しく不毛なことをしながら、ラプターは悶え苦しんでいるのかいないのか、とにかくネタに走りながら空中で転がり回るという、器用な姿を見せる。背中に浮かぶ無限連環機構は未だに健在である。
「ゲホッ、がほっ、ゲホガホゴバァ!? ちょ、肺ばかり、ガチでやめゴホガハァ!? いや、マジでやめてくださいお願いしますからゴホガハ!? あ、駄目なのか。やっぱり駄目なのか。そりゃそうだよな愛しの管理人格からはなさゲボァ!? ゲホッ、体内とか臓器とかマジで攻撃するのやめろ痛い苦しい醜態晒してなんかもう俺のキャラ訂正効かなくなるからさっさとやめろやゴラァ!!」
ラプターは自分の拳で自分の頭を殴り、そして今度は声を殺して悶え苦しむ。周りからは明らかに奇異の目が向けられており、既にそれは知り合いの命を救った者へ向ける視線、などではなかった。
「た、対価が割に、合わねぇ・・・・・・! 後悔した、何か助けて後悔した。助けなくても後悔したけどやっぱり助けても後悔した! ナハトテメエどうしてくれんだ俺の豆腐メンタルがズタズタにグボア!? ぞ、臓器も豆腐なんだから、や、やめよう? な? グゴゲブラッ!?」
奇声を上げながら暴れ回るラプター。もう、キャラとか何とか形振り構っていないのか、完全に素が出ている。実に、実に残念な男である。
「くっそ、テメエ、グレイプニール食らいたいか? 俺のターン入ってもいいか? そろそろお前のターン終了してくれない? バーサーカー○ウルとか時代古いよというかデッキ尽きてんだろお前。ここまで暴れ回ったんだからそりゃあパニックも収まったんだろうん? 何とか言ったらゲブラッ!?」
本当に何とか言われた。しかも、臓器に攻撃するという形で、喋り掛けられた。何という肉体言語。ある意味、これこそ肉体言語の極致と言えるのではないだろうか。
「ゲフッ・・・・・・ガフッ、ゴフッ・・・・・・」
ピク、ピク、と痙攣しながら、空中で力無く倒れるという何ともシュールな人間がそこには居た。あまりに奇異な行動しかとらない為、そのようにしか見られない。
「・・・・・・・・・」
まるで、死んだように動かない。まさか、本当に先ほどのショックで死んでしまったのではないか、と一部の優しい人間が思い始めた束の間――
「ッァ―――!?」
パシャア、と吐血した。それも夥しい量の血を。明らかにコップ一杯以上のその吐血量は常軌を逸していた。一同、誰もが今までのラプターの奇行を忘れて救助の為に行動する。
「だ、大丈夫ですか!?」
「っ、は、端から・・・・・・大丈夫なわけ、ねぇだろ」
常識的に考えれば、それはそうだ。何せ彼、ラプターはロストロギアをそのまま、生で体内に取り込んだのだ。いくら何らかの細工を自分でしていても、それがロストロギアに勝る筈もない。
「ははっ・・・・・・あー、マジで貧乏くじ、引いた」
虚ろになりかけている目で言いながら、ラプターは辺りを見る。U-Dとディアーチェは、何処に居るのだろうか、などと思ったのだ。
(まぁ、いいか。あの様子ならもう、大丈夫だろう)
なんだかんだ言って、結局は一番面倒な形で足を突っ込んでしまった。一体これからどうなるのやら、それは分からない。
「おやすみ」
自分を労うように、最後にそう言って、ラプターは意識を手放したのだった。
と、最後はかなりネタに走るというこの奇行。毎回こんな感じにネタが入りますので、どうか御覚悟のほどを。
感想、批判、ご指摘、様々な意見を募集しております。拙い文章なので、少しでもこの文章能力を向上させたいのです。その為、非ログインユーザー様からのコメントも受け入れ体制に入っています。ただし、ご要望などは流石にお答えすることは出来ないので、その辺りはNGでお願いいたします。更新遅い、速くして等は例外としてOKとします(苦笑)。
皆様のご協力のほどを、どうか今後とも、よろしくお願いいたします。
PS.無限連環機構の方は、vivid10巻のはやての行動から、恐らく本当に実現可能です。
※前半部分で置いてけぼりを食らうとの大変貴重なご指摘があったため、前半部分を物語に差支えない程度に修正させていただきました。2014/1/6 21:32