「俺は何処? 此処は誰?」
などとネタを挟んで起き上がったのが、ラプターだった。
正直、誰にも聞かれていなくてホッとした。何せ、真面目に返されたら恥ずかしくて穴にもぐりたくなるようなネタだ。モグリエンジニアだけに。
(・・・・・・自分で言ってて、悲しくなってきた)
もう、ネタに走るのは止めようかなぁ、などと考えていると、今更ながら〝そう言えば此処は何処だ?〟などという疑問が浮かぶ。自分でネタに走っておいて、本来の目的を忘れる馬鹿には、やはりネタに走る資格は無いのかもしれない。
そしてようやく、周りの風景やら状況やらを確認しようと頭を働かせる。
「・・・・・・拉致られた?」
辺りは真っ白。かと言って、知っている病院では絶対ない。第一、無菌室でもない限り病院に窓が無いという事自体が有り得ない。
「あー、自分から人生ハードルートに進んで、今更ながら後悔」
それを言っても後の祭りであることは理解しているのだが、愚痴らなければやっていられない。いや、U-Dとの戦闘で手を貸したまではまだ別にどうという事はない。こちらにデメリットとなるような状況はあまりなかった。だから別にそれは気にしない。
問題は、夜天の書の管理人格を助けた事である。
別に、助ける分に問題は全くといって良い程なかった。あの場では自分以外に助けられる奴が居なかったのだから、それは別に納得済みである。
しかし――しかし――
「文字通り命懸けで助けて、この仕打ちって・・・・・・」
その対価が人生のいきなりのハードモードやヘルモード化とは、おかしくないだろうか? 地球の皆さんにアンケートして、扱いの改善を求めたい。というか、とっととここから解放して地球に帰せ。
ラプターも根っからの馬鹿では無い。今居る場所が既に地球外であることには気付いていた。軽く宇宙に限界突破して、その中の建物か舟かは知らないが、その中に居る事自体は理解している。
そしてラプターは致命的な事に転移魔法を使うことが出来ない。そもそも、このような場所で転移魔法を使えば確実に足跡が付く。まず、此処に居る時点で逃げられない。
(9割以上、詰んでるな~)
もはや心情が傍観者気取りのラプターは、もう生きているだけいいや、などと自棄になって思考放棄する。そもそも、あの化け物と戦えたのは――というか勝てたのは、あのディアーチェという大威力魔法を使える娘が居たからである。自分一人だけであれば、確実に詰んでいる。――というか、一緒に虚数空間に落ちる以外の方法で勝てる気がしない。
(人生ヘルモード、楽しんでいくしかないのかなぁ~)
考えれば、前世でも難易度ヘルモードを突き進んでいた気がする。こちらに主力となるような者が一人も居ないにも関わらず、数の暴力だけで聖王や覇王などとドンパチやらかして。
ドンパチする前の自分といえば――至って普通で凡庸な市民だった気がする。とてもイージーモードだった。
―――あれ? そう考えるともしかして、前世でも自分からイージーモード捨ててヘルモード飛び込んだのか?
馬鹿の極みである。
「俺、イージーモードからヘルモードに飛び込まないと死んじゃう病気でも患ってんのかなぁ~」
割と真面目に考える。今の状況何かもはや忘れて考える。
「・・・・・・まぁ、充実はしていたか。未練はあるけど」
一応対価はあったので、納得する。ヘルモードに入っても結果充実出来れば、それに越したことはない。逆に、イージー過ぎて充実感の欠片も得られないのであれば、それこそ問題だ。というか、そんなことになったら生きた屍と化してしまう。主に自分の精神が。
ならば、今回も人生ヘルモードに入ったことで充実感を感じる事が出来る、ということなのだろうか? いや、既に充実しているかもしれない。何せ、一つの命を救ったのだから。自己満足という名の充実は、得られている。
「まぁ、対価も貰った、かな」
ナハトヴァール。本来、夜天の書の防衛プログラムのものだったものが改悪され、役割も姿も変貌してしまった、実に惜しいプログラム。
これを少し、少しずつ浄化していけば、まともに良識のあるプログラムとして、自分の命を守ってくれるかもしれない。そう考えれば、何というラッキーボーイ。ちょっと無理しただけでロストロギア級の護衛役をほぼ無料で手に入れるとは。ヘルモード、案外チョロイかもしれない。
「後は、どうやって浄化するか、だよなぁ・・・・・・」
マジックシステムエンジニアといっても、あくまで冥王家が馬鹿みたいに人材不足で仕方なく、引き受けていたモグリである。モグリエンジニアの技術が果たしてどこまで通じるか、そこが問題である。
あまりに異常改造しすぎれば、再び今回のような事の二の舞になってしまう。それは何としても、避けねばならない道。しかし、このままにすれば、いずれ自分が食い尽くされる。タイムリミットは分からないが、〝制御機構〟を外した瞬間に恐らく―――
想像して、悪寒が走った。決して母が走ったわけではない。そこを間違えてはいけない。
「・・・・・・あれ?」
今頃気付く。体内の魔力が、異常なまでに少ないな~、などと。あれからずっと無限連環機構を発動し続けていれば、最低でも魔力総量SS以上の魔導師と同じくらいの魔力が溜まっている筈なのだが・・・・・・もしかして、供給量が多すぎてオーバーヒートして、外に全部漏れた?
などと考えて、まさかなぁ~、とある別の予想を打ち消す。いやいや、まさかそれは有り得ない。そんなことになれば、今頃自分はナハトヴァールに食い尽くされている。あれ、でも何でだろう。魔力の精製を全く感じないな~。
恐る恐る、ギ、ギ、ギ、と首から音が鳴りそうな動きで、後ろに振り返る。
「・・・・・・あ、俺死んだ」
諦めが肝心である。そう、諦めは肝心だった。というか諦めろ。諦めよう。もう自分に生存の道は残されていない。そして、人生ゴールインまで後少し、やったね! とか前向きに考えたりもしてしまった。
――って、
「アホか俺は」
人生ゴールインはよぼよぼのおじいちゃんになってからと相場は決まっている。こんなピチピチの若い肉体で死ぬなど、まっぴらごめんである―――って、あれ? 前世でも何だかピチピチの若い肉体で死んでしまった様な・・・・・・
「うん、俺の人生ヘルモードぶっ飛んでインポッシブルモード突入中」
もう希望は捨てた。神は死んだ。活路は消えた。もう死しか待ってない。などとネガティブ思考に陥って一転、すぐに神なんて居ねえ、希望とか最初から無かった、活路とか用意されてるわけないてか自分で見つけろヌルゲーマー、一回死んだ人間がそれ言うな、という思考に切り替わる。実に、都合の良い思考である。いつもポジティブに考えようとして・・・・・・うん、自爆しているのは分かっているので誰も指摘しないでほしい。
「あ、でもインポッシブルモードを通過出来たら俺、カッコよくね?」
心底どうでも良い考え方だった。カッコイイカッコ悪い云々以前に、今までの絶望的な状況を全部思考の外に蹴っている時点で、それが可能な筈がない。
「・・・・・・そろそろ、現実見ようか」
現状を、とりあえず整理しよう。
一つ、此処は何処だか分からないがとりあえず宇宙空間内の何処かで、現在は建物か舟の病室の一室―――個室に居る。
二つ、転移魔法が使えない為、すぐに脱出が不可能。宇宙空間内であることは確定の為、外に出たら即アウト。実質脱出とか無理ゲーの状態。
三つ、後方にあった筈の無限連環機構が絶賛無くなっている。詰まる所、〝制御機構〟が消えている訳で、いつナハトに浸食されて殺されてもおかしくない状況。
「・・・・・・うん、やっぱり諦めが肝心じゃね?」
詰んでいる、とかいうレベルじゃない。チェスでいえば、相手の駒全員生きててこっちはキングのみ。さらに敵の駒は全部クイーンとかそんなレベルである。詰みとか以前の無理ゲーという枠でありましたか。なるほど、インポッシブルモードは辛い。
「ザッツ、インポッシブル!」
なんとなく、叫びたくなった。後悔はしたが反省はしていない。ついでに何となくスッキリした。これだけでスッキリするとは、流石安価精神。
「俺、スニーキングミッション出来たっけ?」
いや、出来ない。即座に頭が否定する。何処かの蛇さんみたいにダンボール持っていないのが敗因。あれがあれば、きっとスニーキング出来た筈だ。
・・・・・・そもそも、物理で相手を一撃で気絶させて、尚且つこの狭そうな建物の責任者探すのが、無理か。スニーキングで最低限求められるのは判断力、迅速な行動力、そして相手を一撃で的確に気絶させられるスキル。あとダンボール。判断力や行動力、そして的確に気絶、は相手が素人であればいける。ただ、此処は仮にも敵のアジトかもしれない場所。そこに強敵が居ない、ボスバトルが無いなんて――まず有り得ない。
簡潔に言うと、今の自分のスキルが全く持って役に立ちません。
「魔法使えば即ばれる。そのため魔法が使えない。つまり身体能力強化出来ないし、それにナハト刺激しない為にも無限連環機構とか使わないようにしないといけない。力押しはナンセンス。というか無理の類。所持品は服のみ。部屋に鈍器は精々このベッドかそこら辺の壁やタイルのみ。つまり殴りのみで現状を突破する必要があり―――見つかれば魔法使えるが、使った瞬間にナハトに食われたら洒落にならん。結局魔法は使えない」
相手が魔法を使ってもこちらはデバイスも無しに完全に素の状態で敵を倒すという絶対条件。なんという鬼畜。蹴りと挑発だけで古龍種全種類倒せとか言われている様なものである。しかも一落ちアウト。見つかれば何だか仲間(飛龍種辺り)がゾロゾロ湧いてくる。
「・・・・・・・・・寝る」
今の状況、打破出来る訳がない。もう無駄に体力を使わず、ナハトを刺激しない為にも、今は寝るのが一番正しい行動だと信じて、結局ラプターは諦めるのだった。
◆
「この人、まだ起きんの?」
「えぇ。もう二日、経っているのよね」
現在、絶賛ラプターは狸寝入りの最中であります。
結局眠ることも出来なかった為、ただボーッとしていると、一個小隊並みの戦力を連れて誰かが入ってきた。目を開ける事が出来ないので視認は出来ないが、魔力の質で分かる。全員、明らかにランクにしてAA以上の魔導師が六人も居ると。
(あ~、もう、脱出とか夢ですわ。誠に夢を見させていただきありがとうございました)
このような戦力がひょこんと現れるなど、もはやこの内部の戦力状況どうなっているんだコノヤロウ。どう考えてもおかしい。主にパワーバランスという点において。無限連環機構発動しても、この狭い室内でこんなの六人も相手に出来ねえよ。
思い当たるのは愚痴ばかり。対価とか何だのもうどうでも良いんで、地球に帰してくださいお願いします。というか、もう捨てるで良いんでさっさと俺をこの地獄から解放してくれ。スペースデブリになるのは嫌だが、人間が暮らせる環境であればどこでもいい。早く捨ててくれ。
(俺、どうなるのかなぁ・・・・・・)
「そうか~。まだお礼もしとらんのに・・・・・・」
(ん? お礼?)
ひょこん、と狐の耳が立つような勢いで、ラプターが盗み聞きをする。
「いずれ起きますよ。体内に潜伏しているナハトには少し警戒が必要ですが、今は大人しいので」
「そうだな。私たちはこの男に、二度も救われた。本当に、感謝してもし切れない」
「全くだ」
「だな。誰だが分かんねーけど、礼ぐらいはな」
「そう、ですね・・・・・・」
(俺、そんなことしたっけ?)
「ほな、また明日や。行こ、リインフォース」
と、疑問に思っていると、その名前のおかげで誰かがピコンときた。あぁ、なるほど。管理人格。夜天の書の管理人格とその仲間たち、か。
「起きてるぞ」
「えっ?」
狸寝入りを辞めて、起き上がる。目の前には、十歳いっているかいっていないか程の年頃の、ディアーチェによく似た少女と、それと似た年頃の赤髪の少女、そして狼と、大人組のピンクの髪の人と金髪緑色の髪をした人。そしてよく見知った、銀色の長髪の、女性。
敵意がなければ、別に狸寝入りしている必要も無い。よっ、ととりあえず片手を挙げて軽い挨拶をする。
「あ、どうも。えーっと、この度、ウチのとこのリインフォースを助けていただき、本当にありがとうございました!!」
ディアーチェに似た少女がそう言って頭を下げると、全員がそれに合わせて頭を下げる。
「えーっと・・・・・・」
別に悪い気はしない。むしろ、助けてよかった、とさえ思えてくる。こんなに感謝してくれ、喜んでくれるのであれば、こちらも助けたかいがあったというものだ。
ただ、いきなりその様に頭を下げられたら、対応に困るのだ。
「とりあえず、全員頭を上げよう」
そう言うとその通りに、全員が頭を上げる。何気に統率されているなぁ、と心の中で苦笑しつつ、折角来た情報提供人を逃すわけにはいかない、と頭が判断し、とにかく出来るだけ多くの情報を探ろうと質問をする。
「ちょっと質問何だけど・・・・・・何で俺、拉致られてるの?」
『え?』
「え?」
質問した瞬間、訳がわからない、といった表情を全員が返した。オオカミですら人間に分かるほど、訳がわからない、といった表情をしていた。
「いやぁ、だっていきなり見知らぬ宇宙空間内で逃げ場なしの、更に転移魔法使えないから逃げれずに結局はスニーキングしようと思ったら技術的に断念して、魔法使おうとしてもナハトに食い尽くされる恐れある・・・・・・」
「っぷ、あははははは!」
突然、ディアーチェもどきに大爆笑された。一体、どの部分がツボに入ったのか、是非とも聞きたいところである。
「何がおかしいんだ?」
「あ、いやぁ、ごめん。だって、いきなりそんな人生インポッシブルな状況に陥ること想定するのがおかしくてなぁ・・・・・・自分が気絶した時、どんな状況だったとか考慮して、保護とかは考えんかったんか?」
「・・・・・・なるほど、保護という名目で拉致られたか。うん、インポッシブル。最後にナハト暴走させて素直に死のうかな」
「って、ちょい待ちぃな! 何でそっちに思考飛ぶんや!?」
「いや、だってどうせ利用されて死ぬなら今、ここで悪を撲滅した方が世界の為かなぁ、と思った」
「いや、ちゃうちゃう。全く逆や。ここは正義側やで」
「正義なら、普通の病院、寝かせてる」
「さり気に5,7,5入れてきたな」
「正確に言うと違うけどな」
ツッコミを入れられそれに対してツッコミを入れるというこの不毛。こやつ、実は出来るのかもしれぬ。などと、ラプターは思考がアホになりつつあった。
「まぁともかく、や。普通の病院には入れられんよ。自分、一体何を吸収したか、理解しとるか?」
「・・・・・・あっ、そうか。うん、俺が一歩間違えたら地球というか海鳴市がまず消えるな」
「正解や」
なるほど。思考が馬鹿な方向にしかいかずに全く気付かなかった。なら、人生の難易度がヘルモードにまでは落ちたのではないだろうか。
「んで、仕方ないからここ、アースラでリスクを背負ってまで、看病しとるわけや。ちなみに、外とか恐らく出られん」
「暴走したら終わりだからな」
「これでも、かなり特別待遇らしいで? 本来は本局に護送されて、無人世界に囚役とかされるらしいし」
「・・・・・・あぶねぇ。そんな所に居たらサバイバル生活が始まっていた」
「脱獄すること前提なんやな」
「そもそも無人なら楽勝」
意外と会話が温まる。まさかこれほどまでに話が合う人物がいようとは。昔は、陛下とか全然話してくれないし、周り全部必要以上に喋らないから・・・・・・自分のテンションとか、うん、迫害気味だった。考えたら、よくそんな所に死ぬまでお供したな。
「てか、俺ってつまり自由なし?」
「ナハトをどうにかすれば、何とかはなるんやけど・・・・・・」
「俺に地雷を起爆させる趣味はねぇ」
「それが普通や」
現時点で、そもそも暴走していないのが不思議なのだから。これ以上、何か手を加えて人生の難易度を上げたくないでござる。
そして何だかんだいって、結局のところは人の居るところはここ以外に自由に歩くことは出来ない。それはつまり、家族と会えない――のは殆んどどうでも良いとして、最大の問題は、自由が無い、というところだ。
つまり、相手側はこう言っているのだ。ナハトをどうにかしない限り、お前もう外に出さねえよ、と。あれっ? これ正義じゃなくて悪役のする脅迫じゃね?
「・・・・・・無性に死にたくなってきた。主に自由が無いという意味で」
助けた事に後悔はしていないが、何故善人がこのような仕打ちを受けなければならない。頭で分かっていても、どうしても自我の方で納得が出来ない状態になっている。
「そのことは本当にすいません!」
「うおっ!?」
再び頭を下げられて、しかも大声を急に出されたものだから、ビックリして声が出てしまう。よく見ると、ディアーチェもどきは頭を下げながら何かに耐えるように固く目を瞑っている。
「いや、別にお前達は攻めねえよ? 判断は適切だし、殺されないだけ寧ろマシだと考えている方だし。ただ、頭で分かっていても解せん。それだけ」
何でもない風に手をヒラヒラとさせて言い、苦笑する。ディアーチェもどきは未だに罪悪感を抱いている様なので、それを引き摺らないようにとりあえず冗談をかましてみる。
「そしてそれに責任感じてるなら、俺の彼女にでもなってくれ~、なん――」
「えぇよ」
「てな。―――ごめん、冗談だからガチ忘れて。多分今世も二十歳まで生きられないし」
「いや、でも――」
「それに俺はこういった脅迫とか実は大嫌いな性分で、これで彼女出来ても俺が解せん。それにどのみち俺は人生短いと思うし。ほら、俺って貧乏くじ引きやすいタイプだからな。なんなら、罰ゲーム有で阿弥陀くじでもやってみるか? 確実に俺が罰ゲーム行きだから」
前半本気で、後半は適当に理由を付けて、何とか回避をする。危ない、危うく死んでもなってはいけない下種の類になるところだった。うん、今世は十歳で死ぬかと思いました。ちなみに、これまでの人生で一度も阿弥陀くじに勝てたことはありません。惨敗です。
「あと、言っておくが、これは俺が勝手にやって勝手に自分でリスク背負っただけだからな? 正直、俺多分死ぬと思ってたし、半分死ぬ気だったし。それにどんな事になるかは知っていた。全部承知の上で助けた。じゃなきゃ今頃、助けられないふりして何も無かったかのように日常生活に戻っていたな。うん、それに俺って人生イージーの微温湯モードより、最低最悪なヘルモードの方が好きだから。あ、インポッシブルは勘弁ね。アレはマジで神風特攻ものだから」
自分でもよく回る口だな、と思いながらも必死にフォローに徹する。だが、そこに嘘偽りはない。全てが本心だ。
暗かったディアーチェもどきの暗かった表情が一転、クスッ、とその口から笑い声が漏れる。
「あはははは! なんやそれ。自分、勝手すぎるやろ」
「自己中上等。お褒めに預かり光栄です」
「でも、その勝手のおかげで、ウチの家族が救われた。ホンマに、おおきにな」
「おぅ、感謝されるだけ助けたかいがあった、ってもんだな。うん、これで自己満している俺マジで器小さい」
「十分大きいで? 自分の命懸けて他人救うなんて、器の小さい人間には出来んわ」
「ははっ。初めて言われたぜ、器が大きいとか。いやぁ、生きていたらやっぱ良いことあるわな。いやぁ、本当に純粋な感謝の気持ちに涙が出そうだわ・・・・・・いや、本当に出そう。昔何しても評価されなかった俺思い出すと、マジで涙が・・・・・・。ごめん、ちょっとあっち向いてて」
「う、うん」
ディアーチェもどきや他の者が若干引いている様に見えるが、今はそんなこと関係ない。本当に嬉しい。これほどまでに嬉しい事、もしかしたら今までに無かったかもしれない。前世あるのに、それを含めても、今回の事例が一番嬉しいことかもしれない。
「うっ、ぐすっ・・・・・・純粋な感謝が、ここまで嬉しいとか、マジで思わなかった。うん、もうこの世に未練無いわ。神風なってみようかなぁ・・・・・・」
「アカン! 神風はなっちゃアカン!」
「さっきから・・・・・・神風ってなんだ?」
「地球の日本でいう、自爆特攻のことだ。生存率が絶望的らしい」
「なるほどな」
赤の少女とピンクが何か話しているが、今はとにかくこの感動をしっかりと噛み締めたい。あぁ、人生ってこんなにも素晴らしいものなのか。人間辞めなくてよかった。
「ズズッ・・・・・・う~、ヤバい。涙線崩壊した。ダム決壊した。汚い心が慈愛に満ちた」
「最後のは言い過ぎとちゃう?」
「うん、最後のは無し」
何故だろう。凄く感動的なものなのに、何故かこの遣り取りが不毛に見えて仕方がない。と、ディアーチェもどきとラプターとリインフォース以外の誰もが、そう思った。
「あ、ということは俺って、実は館内自由に歩いちゃっていいの?」
泣き終り、ようやく正常に戻ったラプターは、今頃気付いたようにディアーチェもどきに聞くと、「そうよ~」と軽い返事が返ってきた。
「そうか~・・・・・・あ、そうだ。ディアーチェとU-D知らない? あの後、どうなったか気になるんだけど」
「あぁ、王様とユーリか。それなら、多分二人とも食堂に居ると思うで。何せ、今は丁度飯時やしな。あ、ユーリっちゅうのはU-Dの人間の時の本名で、今はみんなこう呼んでるんよ。結局あの後は無事、全員助かったよ。えーっと・・・・・・あれ、そういえば自分、名前なんて言うんやっけ?」
「今更だよな。俺もリインフォース以外だれも名前知らないけど。――ま、お互い様か」
せやな。と、ディアーチェもどきは綻んだ顔で返してくる。あちらは人数が多い為、こちらが先に名乗るのが妥当だろう。
「俺の名前は――うん、ディアーチェたちと同じでいいよな。ラプターっていうんだ。ちなみに苗字はない。今世の名前はあるけど、正直こっちの方がしっくりくるからこっちで名乗ってる。よろしく」
「ウチは八神はやていいます。今回は本当に、リインフォースが、そしてみんなの危機に、お世話になりました。本当にありがとうな。そして、これからもよろしゅうな」
「ヴォルケンリッター、烈火の将、シグナムだ。今回は本当に危うい所を助けられた。ありがとう、そしてよろしく」
「同じく、ヴォルケンリッター、湖の騎士、シャマルよ。リインや私たちのこと助けてくれてありがとう。これからよろしくね、ラプターくん」
「同じく、鉄槌の騎士、ヴィータだ。助けてくれてサンキュな。よろしく」
「同じく、盾の守護獣、ザフィーラだ。主はやて共々、リインフォースを助けてもらった事、感謝の言葉も無い。そしてこれからも、よろしく頼む」
「管理人格のリインフォースだ。今回は消滅する所を救ってもらって・・・・・・本当に、ありがとう。本当は諦めていたんだ。もう、助からない運命だと。時間も長くないと。それを、貴方は覆した。本当に、ありがとう。これからも、何かあればお互いに、よろしく」
ディアーチェもどきが八神はやて、ピンクがシグナム、金髪緑服がシャマル、赤がヴィータ、狼がザフィーラ、そして銀色長髪がリインフォース。特徴と名前を照らし合わせ、しっかりと覚えておくことにする。
「あ~、それにしても、平和だ」
「一番物騒な人間がそれ言っちゃアカン気がする」
「うん、知ってる」
笑い合いながら、よいしょ、とベッドから立ち上がる。
「うーん・・・・・・ちょっと疲れてるな~。まぁいいや。行こうぜ」
少し、足が痺れるような、そんな感覚がした。きっと昨日いきなり運動して、魔力馬鹿みたいに使った反動だな、と結論付けて、ラプターとはやてたちは食堂へと向かうのだった。
◆
「にしても、危ういところよ。ラプターとやらが来ておらんかったら、どうなっていたことやら」
「本当に、彼には助けられました。―――あのバインドは、反則だと思いますけど」
食堂では、ディアーチェとユーリが楽しく会話をしながら食事していた。今ではユーリは暴走状態からすっかり通常の状態へ戻り、安全そのもの。しかし、強さは健在しているのだから、敵に回してはならない。
「で、どの様なバインドだったのだ?」
「簡単に言えば、強化魔法云々、自身に掛けている魔法全てが強制解除、及び私の暴走状態で本気を出しても砕けない強度で、尚且つ拘束した相手は魔法が使えなくなり、その上にこちらの魔力を急激な速度で吸収するというものでした」
「・・・・・・我は今、ラプターが敵に回らなくて本当に良かったと、心から思った」
「ディアーチェに同感ですね~。私もアレは二度と、食らいたくないです。エグザミアの秒間魔力供給量と全く同じ量吸収とか、チートです」
それほどに凄い物だったのか、あのバインドは。ディアーチェは冷や汗を頬に額に浮かべながら、心底敵でなくて良かったと思った。
そして、噂をすれば影。
「お、ディアーチェ、そしてユーリだっけ?」
「ぬっ、おぉ、ラプターではないか」
この黒髪、そして自分と同じくらいの肉体年齢、間違いなくラプターだった。
「隣良いか? 眠っていた二日間、一食も摂ってないんだ」
「良い。同席を許す」
「ありがとよ」
よいしょ、と少し不自然な動きで椅子に座るラプターを見て、ディアーチェは怪訝そうに訊ねる。
「体調でも優れないのか? 少し、動きが不自然であったぞ」
「ん? あぁ、ちょっと寝起きでふらふらしているだけ。怪我とかじゃないから安心してオーケー」
「うむ、それなら良い」
満足そうに頷いて、ディアーチェは手元にあるパスタを口に含む。トマトソースの酸味と匂い、そしてこの味が、更に自分の食欲を引き立てる。そして当然ながら、美味しい。
「そういえば、子鴉達はどうした?」
「ん? 子鴉?」
聞き慣れないフレーズに、首を傾げるラプター。それを見て、ディアーチェは「あっ」と気付いたように声を上げて、補足する。
「我のオリジナル――八神はやてのことだ」
「あぁ、なるほど。一緒に食堂行こうと思ったけど、家に帰って飯を作るだとよ。ま、その方が健康的なんだけど」
「まったくだ」
ラプターの意見に同意する。こういった食堂の食べ物は、メニューが固定されているだけに栄養バランスが偏り易い。定食などであればまだしも、単品であれば尚更偏る。
「あ、あのっ、ラプターさん、ですよね?」
「いや、それ今更でしょ」
苦笑しながら言うラプター。ユーリは少しあたふたとしながらも、少し言葉に迷っているのか、それともどういった行動をすれば良いのか分からないのか、しかし、それが見つかったのかユーリは一度思いっきり頭を下げて、口を開いた。
「今回の件は、本当にありがとうございます!」
「あぁ、それは俺じゃなくてディアーチェに言ってくれ。何せ、一番の功労者だからな」
「馬鹿を言え。一番の功労者は貴様であろう? 我らだけでは確実に負けていたのを、助けてくれたのだからな」
「どれだけ譲っても半分だ。俺じゃ攻撃を防げても決定打に不足しているからな」
「抜かせ。あのような凶悪なバインドを使えて、何が決定打に欠ける、だ。戯けめ」
「なるほど、ユーリから聞いたのか~。あれ、俺の隠し玉だから、他の奴には内密にしてくれない?」
「むぅ・・・・・・助けられた我らとしては、承諾するしかない」
「大丈夫です。救っていただいた恩は、必ず返します!」
「おぅ、ありがとな」
取引終了、と言わんばかりに手元に置いてあった肉うどんを実に美味しそうにラプターは頬張る。この食い気からして、恐らく二日間何も食べていないというのは本当なのだろう。
「いやぁ、にしても俺、マジで生きてるのが不思議だわ」
と、苦笑交じりに不穏なことを言う。一体、どこか不思議なのだろうか、などと考えていると、ディアーチェとユーリは「あっ」と思い当たる節があったのか、声を上げる。
「まさか、ユーリのエンシェントマトリクスか?」
「え、えっと・・・・・・その、本当に、ごめんなさい」
「あぁ、いや、そうじゃないさ。アレは対して問題じゃない。わざと食らったんだし」
あの必殺の一撃を「わざと食らった」だの「対して問題じゃない」だのと言うあたり、本当に強靭な男だと思う。誰だって、あんなものを食らう覚悟は普通出来ない。というか、普通に食らって生きているのだから、本当にこの男は強靭だ。
「実はさ、俺その後に逃げようとしたら、リインフォース――夜天の書の管理人格が消滅しそうなのが目に入ったんだよ。んで、目に入った以上、見殺しは後味悪いから助けたのは良いんだが――」
いや、平然とあの状態のモノを助けられるのが凄いと思う。ディアーチェたちも闇の書の中に居たからこそ分かるが、リインフォースのアレはもはや普通では手遅れだった。一体、どの様な手段を使ったのか、今度じっくり聞きたいところである。
「ちょっと無茶して、ナハトをそのままそっくり吸収したんだよな」
「はぁ!?」
「ッ!?」
ディアーチェが呆気にとられた様な声を上げ、ユーリはその声とラプターの発言、両方に驚いたのか食べていたカレーを喉に詰まらせ、むせてしまう。ディアーチェはその後、軽いパニック状態になりながらあたふたとし、そして数十秒してようやく出てきた言葉は淡白だった。
「ラプター貴様、本当に大丈夫なのか!?」
あれは、ただの人間が、況してやちゃんとした器にも収まり切らない、災厄とも呼べるプログラムの塊だ。それを人間の器に移すなど、確かに普通であれば死んでいる。というか、何故死んでいないのか疑問に思ってしまった。
「いや、うん、分からん。今、不発弾みたいな感じで俺の中に潜伏しているから、いつ起爆するかマジでハラハラ。その為、人生ヘルモード突入中」
いや、ヘラヘラと笑いながら言うことでもないだろうに。というか、こいつの思考回路はどう出来ているんだ? 普通、このような状況で笑える訳がない。それとも、彼なりの明るく振る舞う努力なのだろうか? いや、何にしろ、その様な状態を素直に打ち明けてくれるのは、信頼されているということなのだろうか?
ディアーチェの頭の中は今まさに混乱していた。RPGであれば異常状態枠に〝混乱〟と付きそうな程に混乱していた。とにかく、どの部分から頭の中で処理すればいいか分からなくなっていたのだ。
「まぁ、そう言うわけで。俺死んでも忘れちゃってオーケー。覚えられて逆にジメジメされるのって何か後味悪いというか、死んでも死にきれないし、この事に関してディアーチェとユーリって全く無関係だし」
つまり、変な気負いはするな、と言いたいのか。
(全く、底知れんな)
優しさとか、気配りとか、器とか、全部ひっくるめてそう感じる。というか、これがまだ自分たちと同じくらいとは思えないほどだ。
「しかし、忘れはせんぞ。貴様は我らの恩人なのだ。そんな不敬、例え貴様が許そうともこの我が断じて許さん!」
「ははっ、そりゃありがとよ。助けた甲斐があるってもんだよ、本当に」
(全く、笑顔が眩しいとは、こういう事を言うのだな)
ディアーチェは心の中で呟き、その意味を噛み締める。今のラプターの微笑みは、本当に明るいのだ。太陽のように。そして仏のように、その光は優しい。
(全くもって、不思議な男よな)
突然ひょこんと現れたかと思うと、いきなり共同戦線を張ることになり、気が付いたら危機を脱していた。そしてあの状況を打破出来たのは、間違いなくユーリを抑えていてくれたラプターのおかげだ。エンシェントマトリクスを直接受ける覚悟を持ち合わせるなどいったあたり、やはり大物だと、ディアーチェは改めてラプターを評価する。
「さて、と。俺はちょっと部屋で休んでくるわ。流石に疲労が溜まってる」
「そうか。ゆっくり休むと良い。時間はたっぷりと、あるのだからな」
「あぁ、そうさせてもらうさ」
そう、時間はたっぷりあるのだ。ラプターと親交を深める時間も、恩返しする時間も、たっぷりと。
そう、時間は有限だが、たっぷりと、あるのだ。きっと、たくさん。
今回ちょっと日常入りました。
感想やご指摘、批判などは常時募集しておりますので、皆様のご協力を頂けたらな、と思います。あと、本日でプロローグは全て終わらせます。
それでは、次話はクライマックス。どうぞごゆるりと、お楽しみくださいませ。