唯我くんと桐須先生のお話二つ目です。
桐須先生のお話増えて欲しいですね。

桐須先生かわいい。

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前任者と彼はその先の為に最低限の[x]を克服する

 「相談。唯我くん、少し良いかしら?」

 腐海と化していたキッチンの掃除を終えて意を決したように先生がその口を開いた。先生が俺に相談という非常にわけのわからない状況に疑問を持ちながらも「どうかしたんですか?」と応えておく。

「……その……料理を、習得しようと思っているのだけど」

「やめてください‼︎思い詰めているのなら幾らでも話を聞きますから、お願いですからやめてください‼︎」

「辛辣‼︎ そ、そこまで言うことないでしょう‼︎ 私の作るものを危険物かのように言うのはやめてちょうだい‼︎」

「いや、まごう事なき危険物だからこそそう言っているんですけども。あの苦くて硬くてしょっぱくて毒にしかならないハンバーグを作ったのは先生本人ですからね」

 「ぐ……それは、そうなのだけれども……。練習‼︎ これでもあれから練習してハンバーグはキチンと作れるようになったわ‼︎」

まぁ先生の事だから嘘は言っていないだろう。しかしその言葉を信じてじゃあ食べさせて下さいという言葉が出るほど、俺は優しくもなければ不用心でもない。

そもそも料理を習得するにあたって掃除が出来ない先生じゃ意味が……いやまさか。

「先生……俺がいるタイミングでそれを言った本当の理由は……」

「食器などの……片付けを……手伝ってもらえないかしら……」

本当にそんな理由だったとは……いや先生に頼られるのが嬉しくないわけじゃないけれど、なんとなくこう……年上の女性的にそこは普通に……ね。

 これ見よがしに小さなため息をついて、先生が習得しようとしているメニューを聞き、俺の行動は完全に決まってしまった。

 「先生、脱いでください。今すぐに」

 「…………あ?」

 「すいません……言葉が足りませんでした……。

 よそ行きの服装に着替えてください、食材を買いに行きますよ‼︎」

 「手伝ってくれるの?」

 「もちろんじゃないですか、俺が先生の頼みを断るはずがありません、さぁ、いま、ナウ‼︎」

 「しょ、承知。わかったから一度バスルームに行ってもらえるかしら⁉︎」

 それもそうだ。いくらズボラ女王の先生でも俺の目の前で着替えるなんてことは普通にあり得ない、というか俺のために是非ともやめてほしい。しかし挑戦する料理がカレーだったのならば先に言ってくれれば俺も協力を惜しまなかったのに……まぁ俺がカレーを習得する理由なんて先生にとっては知らないのが当然なのだから、先ほどまでの状況も当然といえば当然。

 さて、食材はどうするべきか……ポークかチキンかビーフ……いや、失敗することを前提に考えると食材へのコストは十二分に計算しなければならない。であるのならば割安のチキンカレーを作るのがベストだろう。そのあたり先生はどう思って……「ちょっと先生その手に持っているのはなんですか‼︎」

 「愚問。レトルトカレーだけど?」

 「いや料理を習得したいって言っておきながらレトルトを買うとか、料理する気あるんですか⁉︎」

 「当然‼︎ 何が何でも料理を習得してあなたに美味しいカレーを振舞って見せるわ‼︎」

 「だったらレトルトじゃなくて固形のルー買ってからその決意を固めてください‼︎ ほら、そのゾーンの左側に固形ルーのコーナーですからそこで買いますよ‼︎ 中辛でいいですか?」

 「……………………甘口で……………………」

 なんだこの先生ちょっとかわいいな。

 「えーっと……食材は? じゃがいも・たまねぎ・にんじん・肉……意外と少ないんだな」

 「カレーって色々なスパイスが必要になるんじゃないのかしら? それともこのルーに全て入っているとでも?」

 「いや、それはあくまで料理上級者向けの調理方法だと思いますよ。俺たち初心者以下はここから始めるのがちょうどいいんじゃないですかね」

 「同感……それもそうね」

 

 「唯我くん‼︎ パッケージに載っているレシピとネットに載っているレシピで食い違いがあるわ‼︎」

 「なんですと⁉︎ どこがどのように違うんですか‼︎」

 「見聞‼︎ ネットの方には『飴色に炒めた玉ねぎはルーにコクを与える』とあってみじん切りにした玉ねぎをバターで炒める工程が追加されているわ‼︎」

 「この家にバターはないのでそれは無しにしましょう」

 「……そうね。そういえば、カレーを作ると言ったら即座に乗り気になったけれど、カレーが好きなの?」

 「いえ、妹の……銭湯に行った時にはいなかったんですけど中学生の妹が居まして。そいつは料理とか家事で助けられっぱなしなんですよ……だから誕生日くらいは俺がご飯作って、美味しいって言ってもらいたいなって……あはは、ガキみたいですよね‼︎ 忘れてください」

 「……君は本当に……家族思いの優しい人ね」

 随分と優しげな声色にびっくりして顔を上げると、あの時のような、満開に咲いたような笑顔が目に飛び込んできて、何も考えられなくなった。だから俺は、逃げることにした。

 「ふ、普通ですってこれくらい‼︎ さぁ鍋に水をはって加熱して行きますよ‼︎」

 先生は訝しげにこちらを見ていたけれど、すぐにいつも通りの表情に戻って「えぇ、まず硬いものから入れるのよね」そう言いながら玉ねぎを投入しようとして、俺はついつい怒鳴ってしまった。

 

 やっぱり料理にはレシピというものが何よりも重要なんだなって再確認できたことは大きい。俺にとっても、もちろん先生にとっても。

 「普通に美味しいわね」

 「先生が玉ねぎ・にんじん・じゃがいもの順番で入れようとした時にはびっくりしましたけどね」

 「謝辞……そ、それは……悪かったわ……君のおかげで美味しいカレーを作ることに成功したわ、ありがとう」

 「いえ、ぶっちゃけ俺のしたことなんて食材を切ったことと鍋に入れたこととルーを溶かした……先生なにしてました?」

 「…………君のおかげで美味しいカレーを作ることに成功したわ、ありがとう」

 「壊れたレコーダーかあんたは」

 「反論‼︎ 君の手際がいいから私が手を出す隙がなかっただけじゃない⁉︎ 私が作りたかったのに……」

 少し凹んでいるようだけれど、包丁を使ったら指を切り、入れる順序を真逆にし、ルーを割ることなく塊のまま入れようとしたのだから当然といえば当然だ。

 ……そういえば俺に美味しいカレーを振る舞うとか言っていたけど……なぜ?

 その言葉の真意を聞いて見たい気持ちはあったのだが、凹んでいる今の先生に聞いたところでまともな答えが帰ってくるとは思えない。だったらまた今度、部屋を片付けるときにでも聞いてみることにしよう。

 「美味しかったですよ、先生」

 「……生意気。生徒のくせに教師に気を使うだなんて、生意気よ」


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