幸福に生きたい   作:さよならフレンズ

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相性

 ヴォバンの強大な権能を目の当たりにした清水は、武者震いを起こしていた。闘志が心の内から湧き上がってくるのを感じる。初手から大規模殲滅の権能を使ってくるぐらいだ、最早万里谷の生死などどうでもよいのだろう。明らかに清水と護堂の戦いに全力を注いでいるのならその方が都合が良い、こちらも迎え撃つだけで済む。

 

 とはいえ、取り敢えずは些細な懸念事項を片付けてからではある。

 

「クラニチャール、お前は俺達と敵対するつもりはあるか?」

「最早ヴォバン侯に仕える義理は消え果ました。わたしは草薙様と清水様の命ずるがままに動きます」

 

 こちらに向けて騎士の礼を取るリリアナには邪念が感じられない。

 当然だった。元々万里谷の誘拐ですら全都民の命を引き換えに脅されてのもの。

 そのうえ自分ごと都心を滅ぼそうとしたヴォバンに我慢の限界がきたのだろう。

 

「なら、万里谷を安全な場所まで連れて行ってくれないか?ここはもう危険だろうからさ」

 

 直ぐにリリアナに提案したのは、意外にも護堂であった。ヴォバンの命令で万里谷を連れ去ったのもリリアナなのだが、このあたりの大胆な切り替えはカンピオーネらしいとも言えた。

 というよりも清水との対応の違いを考えるとただ単に護堂が女に甘いだけ、と言われても否定できないだろう。

 頷いたリリアナはすぐに万里谷を抱え上げる。清水は万里谷が消え去る前に護堂の許可を取り、聖句を唱えた。ヴォバンとの戦いには『女たち』の力が必要になってくる。

 

「俺は幸運を届ける者なり」

 

 清水が使ったこの能力は、元々は自分の大切な従者を強化する力であった。

 多少強引だが、清水も生け贄とされかけた万里谷には思うところがないわけではない。

 カンピオーネの権能はある程度融通が利く。清水の場合は二年の歳月が経つにつき、従者以外にも使えるようになった。強大な霊能力者である万里谷に強化を施した結果は覿面であった。清水の脳に万里谷が霊視した、ヴォバンが弑逆した神の膨大な情報が暗記するように入ってくる。

 

「くっ……」

 

 強引に権能を行使したため、負担は大きいが仕方ない。

 清水はアポロンとオシリスの二つの情報を脳裏に刻み込むと、ホテルの窓から飛び降りるリリアナを見送った。これで準備は整った。万里谷を正史編纂委員会に送り届けてくれれば懸念することなくヴォバンと戦える。

 

 清水と護堂もホテルから飛び降りる。まずは視界を確保してヴォバンを発見する必要がある。幸いにもカンピオーネの骨格は頑丈であり、飛び降りた所で大した怪我にもならなかった。

 

 地面からヴォバンが殺した騎士たちが湧き出てくる。

 名実ともにゾンビと言っていいだろう。生前ヴォバンに逆らった騎士たちの表情は何も浮かんでおらず土気色で、意思というものが感じられない。死者の尊厳を貶める、これがヴォバンの悪名高い『死せる従僕の檻』の権能……。自分と護堂が敗北すればこうなるかもしれないと考えると、清水はゾッとするものを感じた。

 

「俺は神を呪う!俺は自分より幸運な者が許せない!」

 

 清水が試しに軽く聖句を唱え、『悪運』により死者達の動きを狭めようとするも掻き消させるように呪力が霧散し通じない。やはりヴォバンと清水の実力の差が大きいということだろう。『悪運』はあくまでも清水の権能の側面の一部分に過ぎないのだから。だが今の清水にとっては想定内だった。

 清水から噴き出た闇の世界が、清水に襲い掛かろうとする死者の足を食い止める。

 アテナも豊穣神であり冥府の女王としての神格を持つ。

 穀物神であるオシリスの権能と、地母神であるアテナの権能が激しくぶつかり合った。両者は拮抗しており、今がチャンスなのは間違いない。

 清水はアテナの権能を使いながら、『物語』を語り始める。

 どこに潜んでいるかは知らないが、余裕綽々のヴォバンの度肝を抜いてやる!

 

「ヴォバン、お前の弑逆した神はオシリス!大地の神であり、冥府の神だ!」

 

 フォルトゥーナとオシリス。片方はローマの神、片方はエジプトの神。

 両者には一見関りがないように思えるが、この二つの神には意外な縁がある。

 

「元々フォルトゥ―ナは固有の神話を持っていなかった。

運命がこの世を支配するという単純明快な図式には、神話が入り込む余地がなかったからだ。だからフォルトゥ―ナは幸運の神でありながら、運命が概念化した神でもあると言われているんだ。その概念はアウグスティ……皇帝の運命を決める、政治の基盤となった!」

 

 やはり年季の差は覆しようもなく、ヴォバンと清水の呪力差は大きい。

 ゾンビの騎士達は緩慢な動きながらも清水に襲い掛かってくる。

 清水は輪のような武具で迎え撃ちながらも、言霊を紡ぐことを忘れない。

 

「だがフォルトゥ―ナと同一視されたテュケーは、固有の神話を持つことになった。

ギリシア神話は各地の様々な概念を取り込んで作られているからだ。テュケーはギリシア神話の中で時には守護神、時には海洋の女神、時には穀物神と結び付けられて考えられた」

 

 幸運の神で運命の神であるならば、様々な神話に無理なく取り込まれるのは必然。

 そしてその影響はエジプト神話にも及んだのである。

 

「オシリスの妻であるイシスも、元々は豊穣の女神だった。だから同じく豊穣の女神であるフォルトゥ―ナやテュケーに影響をうけるのは当然だったんだ」

 

 紀元前323年から紀元前30年までの300年間、ローマはエジプトに侵攻し続けた。

 それによりイシスの姿形は変化していき、次第にフォルトゥーナのような豊穣の角と太陽円盤を持つ女神へと変貌させられていったのだ。

 

「皇帝の運命を支配していたフォルトゥ―ナ、夫オシリスと息子ホルスを護ることで王権そのものとして神格化されたイシス。この関係を見ればフォルトゥ―ナとイシスが同一視されていたのは明らかだ!」

 

 清水に襲い掛かるゾンビの騎士の動きが次第に弱まっていく。

 無理からぬ話だ。エジプト神話で夫であるオシリスと息子のホルスのために心血を注ぎこんだ良妻賢母がイシスであるからだ。ギリシャ神話で生まれることさえ望まれなかったゼウスとアテナの関係とは明らかに違う。

 

「オシリスの従者共、最愛の妻を傷つけずに消え去るがいい!」

 

 清水の『物語』が完成し、疑似的な神話となりフォルトゥ―ナとオシリスの関係が決定する。

 死せる従僕達はヴォバンの制御下を離れ、再び地の底に消え去っていった。

 清水は気を緩めることはなかった。これはあくまでもヴォバンの権能の一つを無力化しただけであるからだ。護堂の方に目を向けると、何の化身を使ったのかは知らないが清水の目にも止まらぬようなスピードで騎士を翻弄しているのが見えた。護堂に襲い掛かる騎士は依然といて存在するが、あれなら暫くは問題ないだろう。清水は何もない空中に呼びかけることにした。

 このままぬるい戦いを続けていても、清水が有利になっていくだけだ。

 

「どこにいるのか知らないが、そろそろ姿を現したらどうだヴォバン。この程度で俺を倒せると思うなよ!」

「それが貴様の権能か。堪能させて貰ったぞ!第二ラウンドといこうかね!」

「望むところだ!」

 

 清水の実力を認めて埒が明かないと感じたのだろう。

 ついに清水の眼前に、地中からヴォバン自らが姿を現し、清水に向けて多数の灰色の狼を解き放ってくる。

 清水は自然に聖句を唱えていた。生物の本能を活性化し、多幸感に襲わせ暴走させる『幸運』の権能がこの状況で効果的なのは間違いない。

 

「旅人は太陽に逆らえず、流るるままに!」

「ぬ!?」

 

 清水の呪力はヴォバンに付き従う狼たちを暴走させ、狼は共食いを始める。

 直接的な力は及ばないが、狼の感覚を暴走させることぐらいは清水にもできる。

 清水はその様子に確かな手ごたえを感じ、そしてヴォバンと清水の両者はほぼ同時にあることを悟った。

 

 直接的な攻撃の権能を持たない代わりに権能が呪いに特化した清水と、集団殲滅用の権能が主な権能であるヴォバン。清水はいつの間にか不敵な笑みを浮かべており、ヴォバンは対照的に苦々しい表情をしている。

 

「俺とお前……幸運にも相性が良すぎるみたいだな!」

 

 それはヴォバンにとっての屈辱でありながら、この状況では歴然とした事実だった。

 清水にとっての天敵は、サルバトーレや羅濠教主のような一騎当千の武力で圧倒してくるような敵である。この両名は集団に呪いをかける清水をしてどうしようもない相手であるからだ。そしてヴォバンの強さはそれとは真逆の集団殲滅に特化したものだ。

 この時、意外にもヴォバンは己の不利をあっさりと認めた。このまま相性が悪い清水と、未知の力を持つ護堂の二名を相手取るのは『命の危機』であると。

 

「よかろう、ならば私も手段を選ぶまい……!」

 

 熟練の戦士であるカンピオーネとしてのヴォバンの直感が、最適解を導き出す。

 狼同士の共食いは続き、皮膚が鋭利な牙や爪で貫かれ血生臭い匂いがあちこちに漂い始める。清水は妙だと感じた。狼の姿が煙のように消え失せないのだ。

 これでは呪力が無駄になるだけの筈なのだが……?

 

 ヴォバンを警戒する清水は数秒後自分の体に力が漲るのを感じた。土を踏みしめると、コンクリートの地面が罅割れた。無意識に獰猛な表情を浮かべながら、清水は困惑していた。これは明らかに『強化の権能が施されている』。態々敵を強化する意図が清水には分からなかった。

 

 カンピオーネの鋭い直感が働いたのは、その時であった。

 

「俺を蚊帳の外にするなヴォバン、勇!」

 

 清水に向けて、背後から『煌めく黄金の剣』が襲い掛かってきた。

 

「……!?」

 

 清水は横っとびでかわすのが精一杯だった。あたりを見渡すといつの間にか清水の周囲には、護堂の発現した『戦士』の複数の剣が顕現している。

 基本的にカンピオーネに呪いの類は利かないが、それが同じカンピオーネ同士なら話は別である。ヴォバンと護堂の力量差、そしてヴォバンの権能が護堂の元々持っていた、元来の戦闘本能を刺激するものだったとすれば話は早かった。

 

「このままあっさり終わりたくはないだろ勇、あんたとは決着をつけてから終わりたかったんだ。このままバトルロイヤルといこうぜ!」

 

 獰猛に笑う護堂は明らかに正気を失っており、闘争本能に支配されていた。

 ヴォバンが発動した権能は『血の聖餐祭』といい、血を嗅いだものに剛力を与える代わりに正気を失わせるものであったのだ。

 清水にとってこれは不運だった。ある程度は和解したものの護堂が間接的に清水から受けた仕打ちは護堂にとっては耐え難い屈辱であり、先程戦闘になりかけたことからも分かるように協力関係ではない。ヴォバンとの戦闘で清水と護堂が全く息が合っていないのもこのためである。平和主義者を謳いながら、元来戦闘狂である護堂が狂気を受け入れ清水に刃を向けるのに何の躊躇いもなかった。

 

「ふざけるなよ護堂……!」

「あんたを倒す理由は十分なんだよ勇!」

「今回は貴様との賭けには勝ったようだな!第三ラウンドといこうではないかね!」

 

 清水もまた、護堂に激高し、ヴォバンはこの状況に高揚し高らかに哂う。

 恐れていた事態が起こった。やはり憎み合う神殺し同士が共闘することに無理があったのだ。

 

 こうして戦闘は二対一から一対一対一へと変化し、事態は混迷を極めていく―――。




神話解体は独自解釈が含まれます。

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