幸福に生きたい   作:さよならフレンズ

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終戦とエピローグ

 清水の周囲を、数百の煌めく黄金の剣が取り囲む。清水はヴォバンの権能の影響で内から湧き出る殺傷本能に抗いつつ、鋭く護堂を睨み付けた。

 護堂を強引にでも日本から追い出してさえいればと、今となってはそう悔やんだところで最早詮無きことだ。護堂は今までの鬱憤を晴らすかのように、清水に向け聖句を唱える。

 

「これらの呪言は強力にして雄弁なり。勝利を呼ぶ智慧の剣なり!」

 

 似たような権能を持つ清水には分かる。護堂はアテナに敗北した後の二ヵ月の間でいざという時に備えて清水が弑逆した神である、フォルトゥ―ナについて必死に勉強したのだ。

 それはローマ信仰や、ギリシャ神話の細部に至るまでなのだろう。そして護堂の努力は一冊の参考文献並の知識が必要な『戦士』の化身を発動するに足りるものだったのだ。

 それは間違いなく戦いを、ただの喧嘩だと甘く見ておりそれ故に敗北した護堂自身を省みてのものであった。

 

「そうか、それがお前の覚悟なんだな護堂。剣には剣を持って、盾には盾を持って侵略せよ!」

 

 清水の周囲にも聖句と共に黄金の剣が浮かぶ。『支配権』による、同等の力で押し返す。

 それが清水の選んだ選択肢だった。いざという時に備えて、ウルスラグナの知識を蓄えていたのはこちらも同じこと。ここから先の勝敗を決するのは意地の張り合いに勝った者だ。

 

「生憎、言霊の力を使う上でも俺の方が先輩だ。ついてこれるか……?」

「偽物の剣で、本物に勝てると思うなよ!」

 

 清水と護堂、この両者は権能も考え方も実はよく似ている。

 権能の多様さ。誰よりも幸運であると信じつつも幸運を憎んでいる清水。

 自分が平和主義者であると自称するも、戦いを望み待ちわびている護堂。

 だからこそ、両者は初対面で相手に向けて思っていたことを吐き出していた。

 

「どうしてだろうな――――――お前には、始めて会った時から負けたくないと感じたんだ」

「俺もそうだ――――――あんたが先輩で、俺が後輩ってだけでムカついたからな」

 

 清水と護堂は、大きく息を吸って同時に言霊を吐き出す。

 

「お前の殺した神はウルスラグナだ!十の化身を持つ軍神!」

「あんたの殺した神はフォルトゥ―ナだ!幸運を体現する神!」

 

 両者の操る黄金の剣は二人が言葉を紡ぐ度に空中で打ち合い、激しく剣戟を鳴らす。

 ヴォバンが居るにも関わらず清水と護堂はお互いノーガードであった。

 本家であり威力に勝る護堂と、言霊の権能を使い続けてきた清水の戦いは拮抗している。

 僅かでも躊躇ったほうが負ける、そう確信したのであろう。

 この戦いに喜んで参戦しようとしたヴォバンは二人が互いしか見ていない様子に気付くと、大きく舌打ちをする。

 今無防備な獲物二人を狩るのは容易い、だがそうした所で己は満足できないだろう。

 そもそも二対一で新参者二人に勝つという目標が成し遂げられなかった時点でヴォバンの目標は破綻しており、危機を感じて咄嗟に血の聖餐祭を発動したのが過ちだったことを悟った。結局二度目の清水との賭けには勝利できなかったのである。

 ここに日本に来訪したヴォバンの目的は潰えた。

 

「ふん、興が削がれた。戦いは又の機会に預けておくぞ清水勇、草薙護堂!」

 

 己の失態に憤怒の表情を浮かべつつも、ヴォバンは言い捨て地の中に消えていく。

 清水は冬馬を害され、護堂は学校の教師が塩に変えられた挙句万里谷が連れ去られた。

 本来両者が戦うべきなのはヴォバンの筈であり最早戦う理由がない。それなのにヴォバンが消えた後も二人の戦闘は続いていた。護堂は平和主義者で、清水は自分の戦闘による被害を恐れていた筈である。

 それなのに一度始まった戦いを止められないのは、結局はカンピオーネの闘争本能なのだろう。

 

 両者の剣が完全に相殺し合うと同時に清水と護堂は新たな聖句を紡ぐ。

 

「我は鋭く近寄り難き者なり!」

「俺は玉座に座り、頭を垂れるお前を断罪する!『主に逆らえ』!」

「我は最強にして、全ての勝利を攫む者なり!」

 

 護堂により少なくとも全長二十メートルにもなるであろう巨大な猪が東京タワーを標的として召喚されるも、清水の強力な権能である『皇帝の運命』によって猪は召喚した護堂自身に牙を向く。護堂は『雄牛』の剛力の権能を用いて、自ら猪に殴り掛かり消滅させた。

 

「俺は神を呪う!俺は自分より幸運な者が許せない!」

 

 護堂は清水にそのままの剛力で殴りかかるが、清水の『悪運』により動きが鈍り清水にひらりと交わされる。

 その隙に護堂の周囲を清水がアテナの権能で生み出した漆黒の世界が覆いつくした。

 冥府の神の強力な『死』の概念が護堂を襲う。

 

「まだだ!雄強なる我が掲げしは、猛る駱駝の印なり!」

 

 死の息吹を吸い込んだ護堂は重傷を負うも、『駱駝』の生命力で事なきを得る。

 この時点で両者の残る呪力は後僅かである。

 

「「……!」」

 

 ここで勝負がつく!

 

 互いに何も言うことはなく、先手を打ったのは護堂だった。

 清水に向け跳躍し、頭蓋を砕こうと蹴りを放つ。清水は脳天に護堂の爪先がめり込むのを感じながらもあえて前に出て、護堂に至近距離で死の息吹を浴びせ続ける。

 果たして、決着は――――?

 

 

 

 

「ヴォバンのせいとはいえ、本来の目的を忘れて護堂と戦っていたなんて黒歴史にも程があります……」

「戦いで我を忘れるなんて、神話の英雄談にはよくあることですよ……まあ今の日本なら黒歴史と言って差し支えないかもしれませんがね」

 

 三王狂乱から数ヵ月後、清水は自宅で椅子に座り、テーブルを挟んで冬馬と話し合っていた。

 白が基調の部屋の中で清水が肩を落とし、冬馬が言葉尻に棘を交えつつ慰める構図は実にシュールである。

 

「それにしても、あれだけの戦闘で死人が出なかったなんて皮肉ですよね」

 

 そう、ヴォバンと護堂の権能がぶつかり合った衝撃により日本の各地が火災に見舞われたのだが、奇跡的に死人は出なかった。よく考えるのならば、一番間近のホテルが焼け落ちなかった時点で各地の被害が軽微なものであると感付くべきだったであろう。

 

「……清水さん、少しは自信が持てましたか?」

「そうですね。ヴォバンが去ってからも暴れまわったのは反省する他ありませんが、自分の『幸運』に操られるということはもうないでしょう」

 

 冬馬の気遣いを察した清水は、自信に満ち溢れた返事をする。

 清水が全力で戦闘して一人も死亡者が出なかったのはこれが初めてである。

 護堂との戦いでも、結局『幸運』が起こることはなかった。きっと護堂との戦いで邪魔が入らないことが清水の心からの望みであったからだろう。

 ヴォバンと戦う前に己に課した誓いを、清水は達成していた。

 これで清水は、神殺しとなってからの因果を一つ断ち切ったこととなる。

 

「護堂はどうしていますか?」

「赤銅黒十字に乗り込んだ後、エリカ・ブランデッリと万里谷さんを連れて、世界各国を回っているようですね」

「護堂らしいですね……昔のヴォバンにそっくりです。あいつなりに幸せなんでしょうね」

 

 噂ではどこかの国に定住することはなく、台風のように様々な国に現れては破壊の限りをつくしているらしい。清水は正史編纂委員会に手を出すなと釘を刺している護堂の家族が気になった。この様子では、委員会に念を押しておく必要がありそうだが、暴れているうちに護堂を祭り上げる国も出てくるのも時間の問題と言える。

 まあ、様々なことがあったが少なくともこれで一件落着、ということなのだろう。清水はそう安心すると、冬馬に優しく語りかけた。

 

「色々ありましたが、これからもサポートを頼みますよ甘粕さん」

「ジャックフロストのようなか弱い私で宜しければ是非」

 

 冗談交じりに知識を披露する冬馬。フォルトゥ―ナが堕落した妖精であるジャックフロストを例えに出すあたりに、清水は冬馬らしいユーモアを感じ取った。

 とはいえ清水が好みなのは普通に異性である。清水は部屋の窓を眺めて独り言ちた。

 

「そろそろ私も、妻か妾を求める時がきたのかもしれませんね」

 

 清水がそもそも人間不信だった理由は己の『幸運』による被害を恐れた者の腫物に触るかのように接してくる態度と、自分の従者が今まで戦闘に巻き込まれて尽く死んでいったからである。

 自分の殻を一つ破った清水が、改めて自分の幸せを求めるのも無理からぬ話であった。すると早速聞き耳を立てた冬馬が、清水の前のテーブルに媛巫女のプロフィールを纏めた資料の紙束を持ってくる。清水は選ぶ立場である自分に対して、贅沢だと思うばかりであった。

 

「まだ清水さんのお嫁さんを希望する人達、こんなにいますよ」

「この時ばかりは、強大な力を手に入れた自分に感謝ですね……おっと」

 

 清水が手を動かすと、資料の紙が腕に当たりテーブルの下に落ちてしまった。

 結局机に残ったのは、一人の媛巫女の資料だけである。

 清水はその資料を覗き込むと馴染みのある顔と名前を見て、苦笑する。

 

「全部の資料には目を通しておきますが、アテナの件から縁があるみたいですしこの方とお会いすることはできますか?」

 

 了承する冬馬に段取りを聞きながら、清水は思った。

 

 道を切り開くのも、運命に逆らうのも自分の判断で決める。

 永遠の幸せ等存在するものではない。そもそも清水は神殺しとしての使命から逃れたわけではない。

 だからきっと、『幸福でありたい』と思うことが大切なのだろう。

 

「これが俺にとっての幸運になるか……そうでなかったとしても、俺の手でしてみせる」

 

 幸運な神殺しは今日を、そしてきっと明日も幸福を求めて生き続ける。

 




 最後は駆け足気味になりましたが、元々短篇を予定していたので勢いのまま書き上げました。これにて清水勇の物語は終了です。
 カンピオーネの二十九巻にあとがきに、カンピオーネは運命を無視する者という記載があります。拙作の主人公は常に運命に翻弄される側でした。
 いろいろ主人公は苦悩しましたが幸運に支配される、カンピオーネらしくないカンピオーネから自分の力で運命を切り開けるカンピオーネになった、ということで完結させて頂きます。



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