幸福に生きたい   作:さよならフレンズ

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賭博

 護堂がサルバトーレと電話する前日の正午頃、清水勇は宝くじ売り場の前に来ていた。

 九百円を差し出し、適当に選んだ三枚を購入する。

 清水は色々な宝くじを試しているのだが今回は番号を記入するタイプのものではなく、硬貨で削って当たり外れが分かるスクラッチ式のものである。

 当たっても最大五十万程度、それを清水は運試しに購入したのであった。

 常人ならば気軽に試す程度のくじであるが、清水にとっては幸運を占う大事な機会である。

 幸運を鍛える努力、そしてコントロールする努力を清水は日々怠らない。

 

「まあまあか」

 

 結果は四等が三つであり、清水は三千円の入手に成功する。

 一等でないのは単に清水が生活に困窮していないからだろう。

 仮の立場とはいえ正史編纂委員会の長となった清水は、金銭面に困っていない。

 これまでの経験上、特賞を引かなければ死ぬという事態になれば例え数億分の一であろうが清水は引き当てる自信があった。

 

「他のカンピオーネもこれぐらいはできるだろうな。俺があいつらより幸運な証明はできない」

 

 清水はそう直感していたが、実のところその予感は正しい。

 実際に同郷の護堂はギャンブルがとても得意であり、その才能だけで生きていけると親戚に太鼓判を押されるレベルのものである。

 

「どうすれば俺が誰よりも幸運だと証明されるのか、それが問題だな」

 

 幸運狂と日本の一部で呼ばれている清水の思案が始まる。

 まず清水が運を競う相手は、同格の神殺しに限られる。一番距離が近いのは護堂だ。

 しかし護堂と運を競いたい気持ち自体はあるが、そもそも護堂が嫌いな清水は心情的に護堂を誘いたくなかった。

 護堂も監視されていてストレスも溜まっているだろうし、下手に顔を合わせてしまえば嫌い合っている両者の殺し合いになりかねない。

 第一護堂が絶対に負ける勝負を受ける筈もないだろう。

 

 他に清水には他のカンピオーネとの接触方法がない。

 清水が神殺しとなって二年程だが殆ど日本から出ておらず、まつろわぬ神との戦闘の度に大きな被害を出す性質上他国からも歓迎されてない。

 他国の王で唯一接触したサルバトーレにも、清水は運で作られた頑丈な土偶のように思われてしまっていた。それにあの脳筋のことだ、運試しのかわりに決闘を吹っかけてくるだろう。

 困り果て、八方塞がりな清水の鞄から音が鳴る。中に入っていた携帯電話の音だ。

 

「もしもし清水です。ヴォバン侯爵が来訪……?分かりました、急いで向かいます」

 

 清水は一気に表情を引き締める。日本の長としての最古参のカンピオーネとの会談だ。

 東欧から何が目的で日本に来たのか理解できず、油断できるものではない。

 戦闘になれば最悪日本が沈没しかねず、慎重な対応が求められるだろう。

 清水はしかしこれを、自身の幸運が齎したものではないかと思い直した。

 このタイミングで最古参の魔王……三百年近く生存しているヴォバンとの運試しをする。

 それに勝利することができれば自身が神殺しの中で最も幸運と認められるのではないか?

 思い立った清水は正史編纂委員会に準備をさせ、ヴォバンと会談する準備を進めるのだった。

 

 

 数時間後、清水は正装で冬馬と共にヴォバンが宿泊している高級ホテルの中に歩みを進めていた。

 当然ヴォバンには会談の承諾は取っている。

 清水が中に入ると、大理石で作られたフロントテーブルの受付所の中に巨大な塩の柱が立っていた。清水と冬馬は顔を顰める。ヴォバン伯爵の権能によって人間が塩に姿を変えられたのだろう。

 冬馬は恐る恐る清水に問いかける。

 

「清水さん、本当に侯爵相手にギャンブルを提案するんですか……?」

「ヴォバン侯爵が正規の手続きをしてここにいる以上、まつろわぬ神よりは話が通じる相手でしょう。戦闘を起こす訳にもいきませんし、呪術師に被害を出さないためです」

 

 ヴォバンは無趣味であり、まつろわぬ神や神殺しとの闘争にしか興味がないと世間では言われている。

 清水を出迎えた塩に変えられた人の柱を見て、冬馬は不安が増すばかりであった。

 一方清水が動揺したのは一瞬であり、それほど憤る様子はない。

 それよりもヴォバンとどう会話し、ギャンブルに持っていくのかに集中している。

 清水自身の『幸運』の性質からして、死人が出ることに慣れているとはいえその冷淡さは通常の人間からすると、どこか人としては欠落しているように思えるだろう。

 

「甘粕さんだけ帰ってもいいですよ?」

「最古参の魔王様のお相手ですから、清水さん一人に任せることはできませんねえ」

 

 提案した清水にいつも通りのつかみどころのない表情で返事を返す冬馬。

 清水は打てば響くようなやり取りに安心感を覚えながらヴォバンの待ち受ける大広間に向かった。

 果たして清水と冬馬を出迎えたのは部屋の中央にある赤い椅子に座り、黒いスーツを着こなした老人だった。刈り揃えた白髪、体格は痩せ気味であり綺麗なエメラルドの瞳が光っている。暫し見つめ合っていると、老人が重々しい口を開いた。

 

「出迎えの趣向は気に入って貰えたかな?」

「生憎だが俺には猟奇的な趣味はない。素直に悪趣味だなと思っただけだ」

「まあ許せ。年を取ると気まぐれに力を使いたくなるのだよ」

「傍迷惑なじいさんだな」

 

 立ち振る舞いは教養が見てとれ、どこかの大学で教鞭を取っていてもおかしくない品格。しかし中身は獣そのもの。それがサーシャ・デヤンスタール・ヴォバンという人物だ。

 こんな相手と本当に取引ができるのだろうかと清水は内心思いつつも、口調は暴力的でありヴォバンも特に清水の態度に気を悪くすることはなかった。

 

「勇ましいことだ。確か清水勇……という名前で合っていたかね?」

「覚えてもらえて幸栄だ、ヴォバン侯爵」

 

 冬馬は清水の傍で控えており表情には出さなかったが、清水の名前がヴォバンに憶えられていることに驚いていた。

 神殺しとなって清水はまだたった二年、ヴォバンは神殺しになってから二百数十年。

 それだけの年季の差があるにも関わらず、清水の名前はフルネームでヴォバンの中に刻まれていた。

 

 清水は薄っすらとだが、確実に今まで出会った神殺し二人と違って自身への対応が違うと感じていた。

 護堂やサルバトーレと違って全く侮られている気配がないのだ。

 これは清水が知らないことであったが、ヴォバンがアイーシャ夫人という特殊な神殺しの性質を知っているというのも原因であった。

 

「正直貴様には興味があったのだ。神を超える幸運を持つ神殺しには、このヴォバンも出会ったことがないのでな」

 

 ヴォバンが清水との会談を承諾した理由はここにあった。

 清水は権能とは別の特異な力を持ち、それがまつろわぬ神やカンピオーネを上回っていると言われている。退屈な日々を過ごすヴォバンが清水に興味を持つのは不思議ではなかった。

 清水はヴォバンの感触に手ごたえを感じつつ、ここぞとばかりに取引を持ち掛ける。

 

「さてヴォバン、幸運の王と運試しをするつもりはないか?勿論互いに賭けをしてだ」

「ほう……?いいだろう。中々面白い趣向ではないか」

 

 清水の賭けは当たった。ヴォバンは闘争を好んでいるが、実はゲーム好きでもあったのだ。

 ただの相手と運試しをしても勝敗がはっきりしている。

 しかし『幸運の王』と運試しをしてみるのは良い退屈凌ぎになるだろう。

 ヴォバンがパチンと指を鳴らすと、銀髪をポニーテールに束ねた美しい少女がルーレット台を運んでくる。

 

「用意がいいことだな」

「何となく貴様とはこうなる予感がしていたのだよ。賭けの内容はどうするのかね?」

「お前の用事は聞かないが、俺が勝ったら目的のための正史編纂委員会の被害を最小限に抑えてもらう。戯れに力を使うのも無しだ。お前が勝ったら要望を何でも一つだけ聞こう」

 

 傍にいる冬馬が卒倒しそうだったが清水の顔色は喜色満面であった。

 最古参の格上の魔王との運試しができる。

 自身の幸運を試せるのなら何でもいい、例え何をチップにしても!

 

「何でもとは大きく出たな小僧!いいだろう、サーシャ・デヤンスタール・ヴォバンの名においてその取り決めを承諾しよう!」

「決まりだな!」

 

 清水とヴォバンは先行と後攻を決めルーレットを始める。

 ルーレットの仕組みは番号の穴にボールが入る古典的なものだ。

 二人とも一点賭けで同じ場所にチップを賭け続け、それがことごとく当たっていく。

 先に痺れを切らしたのは、何とも呆れたことにルーレットを用意したヴォバンだった。このようなちまちまとした賭けは好みではない。

 

「互いに別の場所にベットしようではないか。それで決着がつく筈だ。先に賭けるのは私でいいかね?」

「構わないぞ」

 

 ヴォバンが賭けたのは数字の1であり、清水のカンピオーネとしての直感もそこだと言っている。

 このままいけば敗北は間違いない、しかし清水は躊躇いなく隣の2にベットした。

 ルーレットから球が飛び出し、数字を決定する盤面をぐるぐると回る。

 清水は球が回りながら、なぜか自身の心情が驚くほど冷静なことに気づいた。

 興奮して前のめりにルーレットを見つめているヴォバンと違い清水の脈拍は落ち着いており、顔色も平常時のものだ。

 

―――だって、そうだろう?林檎が地面に落ちるのと同じようなものだ。俺の勝利は確定している。

 

 果たして数秒後何かが起こった訳でもなく、遠心力に導かれて球が止まっていたのは2であった。

 数瞬の後に敗北を理解したヴォバンは苦々し気に清水に言い捨てる。

 

「……よかろう!このヴォバンとのゲームに勝利したことを誇りに思うがいい!」

「俺との約束は守って貰うからな。用が済んだら日本からとっとと帰れよ」

 

 清水も条約を再確認すると、ヴォバンに背を向けた。

 正史編纂委員会としてはこの勝利は大きい。ヴォバンの思惑は知らないが、これで必要最低限の犠牲しか出ないだろう。

 しかし最古参相手の運試しに勝利したにも関わらず、清水の心中はどこか乾いていた。

冬馬の小言を聞き流しながら、清水は足早にホテルから立ち去る。

 

 ヴォバンに運で勝利したにも関わらず、なぜか本当に自分が世界で一番幸運なのかという疑問はずっと清水を捉えて離さなかった。


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