清水と護堂は正史編纂委員会の運転する車に乗り、真っすぐヴォバンの住居に向かう。
どうやら冬馬の塩と化していた右腕は、三人がホテルに向かいだしてから元に戻り始め今現在は治っているらしい。それはつまり、清水の推測が当たっているであろうという証拠でもあった。
清水は横目でちらりと護堂を見るが護堂は何も語らなかった。余計なエネルギーを使わず怒りを内に秘め、ヴォバンとの対決に備えているのだろう。
話し合うにしても、戦うにしても清水はいずれ護堂との決着もつける必要がある。王が日本に二人居るという状況はやはり好ましくない。しかしそれは今ではないだろう。
(麻痺していたつもりはなかった、だが……)
いつの間にか清水は、自分にとって大切なものを見誤っていたのかもしれない。
清水にとっての冬馬のように、護堂にとってのエリカや万里谷のように、誰にだって大切な人はいる。清水の『幸運』に巻き込まれて死亡した人間の親族、親友。ヴォバンの権能によって亡くなった教師にも同じことが言えるだろう。
清水はゆっくりと、隣の護堂に口を開く。これから護堂と共闘する可能性がある以上、過去の禍根はある程度断ち切る必要はある。それに今の自分の心情の変化をしっかりと伝えなければならない。
「俺は自分の幸運によって周囲で人が死ぬのをいつの間にか当然だと考えていたのかもしれない。でも何故か、『冬馬』が死にそうになって始めて心が揺らいだ。そんなに親しく接していたつもりはなかったんだが……」
清水と冬馬との関係は他人から見ればよそよそしく見えるかもしれない。お互い呼び名は名字で、しかも敬語。まつろわぬ神との戦闘時に戦力になる訳でもない、だがいつの間にか清水にとっての冬馬はかけがえのない存在になっていた。清水が護堂に零した理由は今までの己の後悔からくる懺悔もあったのやもしれない。護堂は一旦清水と目線を合わせず返事をする。
「あんたにとってその人にどれだけ助かられたかどうか、それが一番大事なんじゃないか?俺も普段エリカにどれだけ振り回されて、助けられているかを皮肉にもあんたのおかげで思い知った。万里谷だってエリカが居なかった二カ月間、俺を励ましてくれた。そんないい奴がこのまま生け贄になるなんて、間違ってるだろ」
それは何とも護堂らしい、義侠心溢れる返答だった。
護堂はそこで一旦おもむろに言葉を区切ると、清水に振り返る。
「この事件が終わったら、日本から出てエリカを迎えに行くよ。監視されるのも、もうまっぴらだしな。それにあいつがいなくちゃやっぱり張り合いがなくてなあ」
苦笑いを浮かべる護堂。護堂もエリカが居ない間に覚悟を決めたということなのだろう。
今の清水なら、自然と日本を任せてもいいと思えたのかもしれない。
清水は数年後、イタリアでエリカと挙式を上げる護堂の姿をありありと想像することができた。恐らくその傍には、万里谷もいるのだろう。それはきっと、とっても幸せな光景であるに違いない。
清水は最初に護堂に嫉妬した理由を思い出した。それは決して護堂がギャンブルに強いからだけではなかった筈だ。護堂の周りの環境が、恵まれているからというだけであったのである。清水は表情を和らげる。少しだけだが、やっと清水は護堂と分かり合えた気がした。
「これからの護堂の幸運を祈ってる。ヴォバンに勝って、全てに決着をつけようぜ」
「ああ」
護堂の幸運を祈る、今までの清水とは明らかに違う発言に護堂は何かを察し、軽く清水と拳を合わせた。既にホテル周辺の人民の避難は完了している。戦闘になれば周辺の被害を考慮する余裕はない。だが被害が必ず出る、という呪いのような幸運を清水は今回許すつもりはない。神殺しが自分の力に振り回される等、あってたまるものか!
清水と護堂は覚悟を決め、決戦に挑む。
「よく来たな小僧ども!」
清水と護堂が踏み込んだのは、以前と同じホテルだった。
ヴォバンは備え付けられた赤い玉座に座り、両手を広げ尊大な態度で二人を出迎える。
傍には戦衣装を着用した銀髪の少女、リリアナが携わり清水と護堂に向け腹部に手を添え恭しく頭を垂れている。
敵側の王相手とはいえど、礼節を忘れてはいないようだが護堂にとってのリリアナは万里谷を攫った張本人である故心を許すことはなかった。
「護堂さん、清水様……!どうして御出でになったのですか!?」
「万里谷を助けにきたに決まってるだろ」
「俺はクソジジイに冬馬を傷つけられた借りを返しにきただけだ」
万里谷という少女は巫女装束の衣装を着て、うなだれているように見えた。
大方アテナの件で覚悟を決め、自分が生け贄になれば丸く済むと考えていたのだろう。
実際護堂が居なければ、そして冬馬が危害を加えられなければそうなっていた筈だ。
ヴォバンは己を無視して巫女の様子を気遣う護堂に不快感を露にする。
「新参者の王といい、清水勇といいやはり礼儀知らずと見える。私は貴様の名を知らないのだ、名乗りたまえ」
「草薙護堂だ。万里谷を返して貰うぞ!」
「貴様は清水勇のついでだが、二人なら私を愉しませる程度のことはできるだろう……条約を守るのはここまででいいかね清水勇?」
「お前の目的が俺と護堂の2人を相手取ることなら流石に手加減をする余裕はないだろうからな、冬馬の分は返させてもらうぞ!」
「貴様も生意気な口を利く!よかろう、開戦といこうではないか!」
ヴォバンは銀色の巨大な狼に変身し、ホテルの窓ガラスを蹴破り外へと突進する。
獲物を前にして撤退する筈がない、と清水と護堂は身構えた。
果たして数秒後二人がガラス越しに外を見上げると、天から巨大な焔が落ちてくるのが見えた。
清水と護堂は背筋が凍るのを感じる。あれはとてもマズいものだとカンピオーネの直感が警鐘を鳴らし続けていた。あれが東京に落ちてきたら、とんでもないことになる!
二人の直感は正しかった。これは着弾後に最高七日七晩燃え広がり、周辺を焼き尽くす『劫火の断罪者』だ。都市一つを焼き滅ぼす権能の中でも凶悪なそれを、真っ先にヴォバンは日本に向け解き放ったのである!どうやら清水にギャンブルで敗北したことが余程腹に据えかねていたらしい。ヴォバンは容赦というものをかなぐり捨てていた。
「我が元に来たれ、勝利のために!不死の太陽よ、我がために輝ける駿馬を使わしたまえ!」
咄嗟に唱えた護堂の聖句と共にウルスラグナの化身の一つ、『白馬』であった。太陽の欠片がそのまま降ってきてヴォバンの炎と激しくぶつかり合う。今回は余裕がないため手加減はない。
今回ターゲットにしたのは周辺にいないヴォバンではなく、清水であった。それしか方法はなかったのである。
民衆を苦しませる極悪人にしか使えない権能、その条件に見事清水は当てはまっていた。
全てを焼き尽くす焔と太陽の欠片がぶつかり合い、相殺し、余波が各地に広がる。
隕石が墜落したような轟音が衝撃波となり大気を揺るがす!そして戦火は東京都内だけではなく、衝撃で日本各地に四散していった。すぐに臨時ニュースが流れ、都心を中心に被害を受けた各所は大慌てになる。
清水は茫然とする。少し前の自分の覚悟は何だったのだろうか?しかしヴォバンと護堂のせいだけではない。これも、ギャンブルで清水がヴォバンを怒らせた為に巻き起こされた悲劇なのである。
やはり自分が戦う時には、人災が起こってしまうらしい。
反省しようとも、意識が変わっても変化しない清水の性質はカンピオーネがどうしようもないろくでなしであることの証明であった。
「ヴォバンめ……許してなるものか!」
清水の怒りに呼応するかのように全身に力が行き渡る。
アテナから奪った新しい権能を掌握したのだ。カンピオーネ二人が手を組んでいるとはいえ、こうなった以上は護堂のことを純粋に味方と思うべきではないだろう。
神殺し同士の戦いは単純ではない。純粋な二対一かも怪しく勝負はまだまだ分からない。
手加減無しのヴォバンと二人の王の死闘は、こうして幕を開けた。