人に化けた鬼   作:商泣

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投稿するプロットを間違えたため、前話を差し替えています。
予めご了承ください。


第二話 選択

「……ぅ、ん」

 

 最初は、もう目を覚さないものだと思っていた。

 致命傷には違いないものの……少年は存外に頑丈だったらしい。

 藤の咲き乱れる山の縁で、少年はゆっくりと目を覚ました。

 

「あなたは……」

 

「もう喋らない方がいい。余計な体力を使わなければ、君はまだ助かるかも……」

 

「もう、いいんです。私はもう……助からない」

 

 俺の口からついて出た言葉が、ただの願望であったことなどは、他でもない俺自身がよく理解していた。

 

「……あなたは不思議な鬼だ。人を喰おうともせず、逆に守って……今もこうして、死にそうな私を不安げに見つめて。まるでただの人みたいに」

 

 痛いだろう、苦しいだろうに、少年はそれを微塵も感じさせない穏やかな顔をしていた。

 

「そんな目で見ないでくれ、俺を、俺なんかを」

 

「あなたは人だ」

 

「やめてくれ、君を殺してしまった俺に……優しくしないでくれ」

 

 あの時、俺が堪えていれば。

 この子は死なずに済んだのに。

 奴の挑発に乗せられて、勝手に突出して。

 それを庇ったこの子が、代わりに致命傷を負ってしまった。

 

「あの時は……私のために怒ってくれたんでしょう?」

 

「辛いのは君だったのに!俺が先に暴走してどうする……!」

 

「……二人で戦っても、きっと勝てなかった。結局はこうなっていたんだと思います」

 

 そんなことない、と言い返したかった。

 だが、あの時の俺たちが、奴の頸に刃を届かせる光景が……どれだけ考え悩んでも、思い浮かべることもできなかった。

 

「わかってたんだ。私には才能がない……柱になんてなれやしないって」

 

「そんなことを言うな……!君は姉さんの名前を継ぐんだろう?柱になるって……」

 

 少年の目が驚きで丸くなる。

 しまった、と思ったが……少年は訝しさよりも、純粋な驚きが勝ったようだ。

 

「それをどこで……?もしかして、姉様の知り合いだったり……」

 

「さっき、君の記憶を覗いたんだ。すまない……」

 

 非常に気まずい。

 勝手に記憶を覗くなど、無礼にも程があるだろう。

 幸運にも、少年はその辺りをあまり深く気にしない性格だったようだが。

 

「血鬼術ってそんなこともできるんですね。そうか、だからさっき姉様の技を……」

 

「他の鬼は知らない。俺が出来るだけかもしれない」

 

「きっとそうですね。全ての鬼がそうだったら、鬼殺隊はとっくに全滅している。出来るのがあなたでよかった」

 

 少年がくすりと笑う。

 

「……お兄さん、名前がないんでしたよね」

 

 その言葉に気まずさに逸らしていた視線を戻すと……優しげだった少年の瞳は、歓喜の色を宿して爛々と輝いていた。

 瞳の奥には、一欠片の希望と不安、そして狂気が宿っていた。

 それは、絶望の中に活路を見出した……修羅の目だった。

 

「だったら……私と、姉様の名前を差し上げます」

 

 少年の、継生の記憶を視た俺は、その言葉の意味を理解してしまう。

 少年が『維信』を託す意味を。

 

「無理だよ、俺は鬼狩りにはなれない……臆病者の、俺なんかじゃ」

 

「あなたは私よりも才能がある。きっと、姉様よりも強くなる……継信を継いでほしい、他でもないあなたに」

 

「俺は鬼だよ……俺がそれに頷いても、鬼殺隊は俺を認めない」

 

 

 

「私を喰ってください」

 

 まるで天気でも答えるような、さらりとした口調だった。

 少年が何を言っているのか、俺は最初わからなかった。

 

「私は一族でも一番の稀血です。私を喰えば、あなたの術の精度も上がるはず。鬼殺隊が鬼であるあなたを認めないならーー」

 

 人である鵜久森継信として、私に成り代わればいいんです。

 

 呆気からんと、そう言い切った少年。

 その顔には、これから自らの命が失われるであろうことへの恐怖は微塵もなかった。

 先程垣間見えた不安は、己の運命などではなく私に託す申し訳なさと……おそらくは私を案じたもの。

 

 この子は、最初から覚悟していたのだ。

 姉が自らを庇って負傷し、そのまま死地へと赴いた時から。

 人のために鬼を斬って死ぬことを受け入れていた。

 それならば、現状に不満もあろうものだが……この子は、継生は。

 

 ぞくりと背が震えた。

 この子は、『継信』が鬼を殺せるのなら、鬼から人々を守れるのなら、己の命などどうでも良いのだと。

 気づいてしまった。

 

 この子は、狂っている。

 

「あなたが人を喰うことを拒絶していることは知っています……でも、それでも私は……『継信』が鬼を狩り、人々を救う未来を諦めたくない……」

 

 そして俺は拒めない。

 この子に負い目のある俺は、その願いを拒めない。

 限界が近いのか、少年の声が、少しずつ小さく……弱々しくなっていく。

 

「……今から己が喰われることは、怖くないのか」

 

 本来なら、これなら死ぬであろう相手におおよそ聞くような内容ではない。

 それでも、俺は彼に聞いておきたかった。

 

「私の願いは姉様の願い。姉様の名誉とお国のためにこの身を捧げられるのなら……これほど嬉しいことはありません」

 

 少年は心からそう言っているようだった。

 ……やはりこの子は狂っている。

 姉への敬愛と……愛国心に。

 しばらく続く言葉を待っていたが、少年はそれ以上口を開くことはなかった。

 

 既に事切れていたのだ。

 満足そうな笑みを浮かべて、少年……継生はとっくに事切れていた。

 

 夜闇のどこかで烏がかぁ、と鳴いた。

 夕立の前のように、藤の木がざわざわと揺れ始める。

 俺は意を決して亡骸に覆い被さり、抱き締めるようにして……その血を、肉を取り込んでいく。

 

 血を取り込むたび、己の体質が変化していくのを感じた。

 断片的だが、少年の、『継信』の記憶が流れ込んでくる。

 なるほど、これなら成り代わることも不可能ではない。

 

「俺は……私は、継信」

 

 試しに声に出したそれは、驚くほどしっくりときた。

 人だった頃の記憶のない俺が、少年の記憶の大半を受け継いだからだろうか。

 今の俺はかつての俺でもあり……『鵜久森継信』でもあった。

 

 極上の『稀血』を体一つ分取り込んだからだろうか。

 以前の俺や『継信』とは桁違いの力を感じる。

 今なら奴も一人で殺せるだろう。

 そう思えるだけの力が、今の俺にはあった。

 

 だが、まだだ。

 まだ足りない。

 

 ゆくゆくは柱に『維信』の名を連ねる。

 そのためには、この程度で満足するにはいかなかった。

 

 

 

 

 

 少女は才能のある剣士だった。

 両親を鬼に殺され鬼狩りを志したが、元は人である鬼に対して、『仲良くなれるかもしれない』という理想を心の内に秘める青さと優しさを持っていた。

 

「わ、わかった!もう人は喰わねえ!だ、だから見逃してくれ!」

 

 少女の前でそう語っているのは最近山に放り込まれた鬼だった。

 元はただの乞食だったが、鬼舞辻に鬼にされあ際、たまたま近くにいた子供を四人喰い殺し、柱に捕らえられた哀れな鬼だ。

 少女は憂いを湛えた目で鬼を一瞥し、鬼に向けていた刀を鞘に納めた。

 ちん、と澄んだ金属音がした瞬間、

 

「バカめ!鬼が人を喰わねえわけねえだろうが!」

 

 無防備な少女に向けて、鋭く変異した爪を振るう。

 鬼は元々すりで生計を立てていた男だ。

 その切り裂きは数人しか喰っていない鬼とは思えないほど素早く、納刀した状態から非力な少女が対抗する手段などはないと思われた……だが。

 

 

 

花の呼吸 陸ノ型 渦桃

 

 

 

「はぇ?」

 

 攻撃の空ぶった鬼が間抜けな声をあげる。

 一瞬にして鬼の背後に回り込んだ少女が、刀を抜き放って一言、

 

「残念です」

 

 そう告げてから一閃、哀れな鬼はあっさりと引導を渡された。

 

 鬼が崩れ去るのを見届けると、少女は木の上に潜む影を一瞥し、にこりと笑いかけて再び山の奥へと進んでいった。

 

 (最初は鬼かと思ったけど……あの銀色の髪、最初に飛び出して行っちゃった子かしら。……よかった、無事だったのね)

 

 微笑みかけた相手にまさか、おっかねえと思われているとはつゆ知らず。

 

 

 

 

 

 ……凄いものを見てしまった。

 あの新入り、山の鬼の中ではかなり強い方のはずなんだがな。

 それをああもあっさり下すとなると、あの少女は今の俺より確実に強いだろう。

 最初は助太刀に入ろうかと思ったが、隙のない自然体を見て、すぐに不要と悟ってしまった。

 増長した鼻っ柱が、こうも容易くへし折られるとは思ってもいなかったが。

 

 たしかに入山者の中にいた顔だ。

 あの時は大したことないと思っていたが、よもや力量差と距離のせいで実力を計りかねていただけとは。

 柱どころか、隊士ですらない少女にすら劣る身であることに、密かに危機感を感じつつ。

 

 時には鬼を狩り、時には危機に陥った剣士を助け、そうやって過ごした七日間。

 

 初日にその実力を見せつけ、俺の自信を打ち砕いた少女ーーカナエとも合流し、件の鬼を探し回ったが……そちらは徒労に終わってしまった。

 

「私にはね、妹がいるの」

 

 そう語るカナエ。

 その表情は、どこか達観していて……寂しげだった。

 

「本当は私も、しのぶには戦ってほしくない……安全なところにいてほしい。でもね、あの子はきっと鬼殺隊に入ろうとする」

 

 だから、あの鬼を斬っておきたかったのだと語るカナエの姿が、記憶の中の維信と重なって見えた気がした。

 そういえば、あの人もそうだったな。

 弟には戦ってほしくなかったと、最期にそう溢して死んでいった。

 

 選別が終わって下山した俺たちに、駆け寄ってきた影がいた。

 手鬼に襲われていた青年だった。

 

「よかった、生きてたのか!なら、あれを殺せたのか?お前すごいじゃないか!」

 

「そう言って喜んでくれるのは申し訳ないけど、私はどうにか逃げられただけです。それに、私が助けを呼びに行かせたせいで、あなたを不合格にしてしまった」

 

 すまないと告げる私の肩をバンバンと叩きながら、青年はそれを快活に笑い飛ばした。

 あの時はわからなかったが、ずいぶん陽気な性格らしい。

 『維信』も、この人とは殆ど面識もなかったはずなんだが。

 

「あー、それは仕方ないからいいよ。それよりさ、聞いてくれよ!鬼のことを監督官に聞いたらさ!『危険から逃げるのも選別のうち』だとか言って取り合ってくれねーのよ!あれって明らかにそんな次元じゃなかったのにさ!」

 

「いくら厳しいとしても、流石にあれは想定外だろうね。私の方からも鱗滝さんに報告してみます」

 

「頼むよマジで!いやー、俺だってあんなのがいる山で選別なんかしたくないしな!鬼は殺したいけど……」

 

 ずいぶんと正直な人だなあと思いつつも、俺のせいで失格になってしまったことは微塵も恨んでいないあたり、かなりの善人なんだろう。

 ……一緒にいると疲れそうだが。

 

「俺は後藤ってんだ。お前は?」

 

「私は鵜久森。鵜久森維信だよ」

 

「おう、鵜久森か!また会ったらよろしくなぁ!」

 

 後藤、後藤か。

 また縁があるかもしれない、忘れないようにしておこう。

 一部始終を見ていたカナエが、どこか微笑ましい目をしていたのは……いや、こちらは忘れてもいいな。

 

 

 

 日輪刀に使う鉄、そのインゴットを前に並ぶ他の剣士たち。

 興味津々な彼らを横目に、俺は思考に耽っていた。

 ここにいるのは合格した者だけだ。

 先程談笑していた後藤はいない。

 寂しさを覚えるが、同時に安堵もあった。

 戦わなくて済む人が増えるように、やはり俺が多く鬼を斬らなくては。

 

「鵜久森さんは選ばないの?」

 

 カナエに聞かれたが、『維信』は既に自分の刀を持っている。

 問いに頷き、事情を説明するとカナエの表情がぱっと明るくなった。

 

「まあ、すごいわ!それだけ期待されてたってことでしょ?」

 

「家が代々鬼狩りの家系ですから、伝があったんですよ。剣の腕じゃ、胡蝶さんには敵わない」

 

「あらあら、謙遜しなくていいのに」

 

 くすくす笑うカナエ。

 そうは言うが、あれを見せられて自分の方が上などと驕れる気はしなかった。

 カナエは強い。

 だが、記憶の維信やその仇……翡翠の眼の鬼は、もっと強かった。

 そして、柱はそれより先にいる。

 

「……胡蝶さん、私強くなります。今よりも、ずっと」

 

「私もよ、鵜久森さん。大切なものを守るために、お互い頑張りましょう」

 

 誓いを口に、手を取り合う。

 ただの握手だったが、ひとまずの目標を再確認することができた。

 

 余談だが、華奢な外見に似つかわしくないほど……カナエの握力は強かった。

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