なんか思てたんと違う   作:似非地球人

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残酷な描写有


14.太陽礼賛

//開始

 勢い余って第04小隊の上層部を掌握してしまったわけだけど、だからといって派手な動きが出来るわけじゃあない。正直言って僕の特殊性は僕の身一つにあるから、相手が数で来たり、あるいは完全な閉鎖空間に閉じ込められたりしたら余りに分が悪い。だから今まで大人しくしてたんだけど。

 稲穂隼君の目的もそうだけど、僕の目的であるハーレムもあまり褒められた内容でない事くらいはわかっているつもりだ。だからやっぱり、今まで通り。

 

 と、するつもりだったんだけどなぁ。

 

「……あの」

 

「ん」

 

「いえ、ん、じゃなくてですね」

 

 ここは第04小隊の区画だ。何度も言うけれど、基本的には他小隊の人間が入ってくる事は無いし、入ってきたとしてもすぐに出て行くのが当たり前……なはずなんだけど。

 

「……」

 

「あのぅ」

 

 僕は今、膝に乗せられている。後頭部にはおっぱいが当たっていて、時折荒い呼気が頭頂に触れる。

 膝に。乗せられているのだ。

 桜隊長の膝に。

 

「何用かなー、って」

 

「いくつか、ある」

 

「はあ」

 

「まず一つは、隼に会いたかった」

 

「わあ」

 

 嬉しい。素直に嬉しい。

 嬉しいけど、ちょっと怖くもある。この人に血を飲ませた覚えはないのに、ここまで心酔するのは……まぁ元からの性格なのかな。女性という生物を惹きつける自覚はあるから今は見えない血走った目にも理解があるんだけど、これは所謂ヤンデーレ的なものにならないか心配だなぁって。

 

 なってもいいけどね?

 

「二つ目は?」

 

「そう急かすな。何に追われているわけでもないだろう」

 

「いえ時間が追ってきていますが」

 

 双方共に。

 

「問題ない。響には私から言っておく」

 

「それは、えと、ありがとうございます?」

 

「ん」

 

 撫でられる。頭を。オパーイに支えられた頭を、よしよしされる。

 

「07の事ですか? それとも、千手寺観音(ドナウ・ニクス)?」

 

「話を急ぐなと言った」

 

「僕が気になっちゃうんで」

 

「そうか。……07区画は、すべての男を失った。再興には気の遠くなる時間がかかるだろう。そこで、専門家の意見を聞きたい。千手寺観音(ドナウ・ニクス)に捕食された男が、07小隊達のように、どこかで見つかる事はあるか」

//検知。測定開始。

 ふむ。

 また鋭いなぁ。だって桜隊長、僕が"僕"であるとわかっていて、専門家扱いをするんだもん。

 あの時桜隊長たちに専門家であると自己紹介をしたのは稲穂隼君だ。僕じゃない。何度も言うけど、僕は別に化生(Ghrowhst)に詳しいわけじゃない。

 

「うーん、難しいと思います。たとえ捕食されずとも腕は切断されているでしょうから、失血で死んでるんじゃあないでしょうか?」

 

「そうか」

 

「じゃあ、ここで一つ問題です」

 

 人差し指を立てて、おっぱいに頭を押し付けて上を見上げる。

 こちらを見下ろし覗き込む桜隊長と目が合った。

 

「む」

 

化生(Ghrowhst)は排泄をするでしょーか?」

 

 男を食い、いなければ女を食う化生(Ghrowhst)。人間とは根本から隔絶した別種であろうことは明白で、その生態は数%もわかっていない。しかし体構造はその限りでなく、僕らや桜隊長を始めとした各地の奪還部隊、防衛部隊が数多くの化生(Ghrowhst)を殺し、それを持ち帰っているし、大陸の方でも同じような研究が行われている事だろう。

 

 持ち帰って、解剖して、理解する。

 基本のキだ。

 

「化生は排泄をする事は無い。その証拠に、化生の排泄物が一つも見つかっていない」

 

「はい、正解です。化生(Ghrowhst)は食べるだけ食べて、排泄をしません。じゃあ今回の07の男性たちは、」

 

「遺体さえ見つかる事は無い、ということか」

 

 溜息。

 残念だけど、そういう事。まぁ人型種(Betrayers)はちょっと違うんだけど、男が帰ってこない事は変わらない。

 

桜ノ精(ガオケレナ)の時は?」

 

「あの時は捕食じゃないですから。桜隊長は桜ノ精(ガオケレナ)の興味対象外になって排出されただけで、排泄されたわけじゃないです」

 

「07の男衆が興味対象外になる可能性は?」

 

「万に一つも」

 

「……そうか」

 

 ぶっちゃけ関係の無い、名も知らぬ他区画の男たちの死。

 それをちゃんと悲しんでいる。すごいなぁ、って。

 

化生(Ghrowhst)そのものについては、どれほど知っているんだ」

 

「ほとんど知りませんよ。僕はね」

 

「元から共に在ったわけではないのか」

 

「ほんの一ヶ月ほど前ですよ」

 

「そうか。それでも私は、お前を好いているらしい」

 

 わ、ドストレートに来た。僕が見上げて、桜隊長が見下ろしている構図。互いの顔が反転している状態での告白。おっぱい。

 桜隊長の顔がゆっくり近づいてくる。伴っておっぱいも頭に押し付けられる。もしかしてキスしようとしてるのかな。うんでも流石におっぱいのせいと体勢のせいで色々キツいと思うんだよねうん。

//測定終了。観測不要。

()()()()()()()()?」

 

 余りにも小さな声で呟かれたその問いに、先ほどクイズを出した時に立てたままだった指を自身の唇に持って行って、ウィンクを一つした。

 

「他に聞きたい事は?」

 

「いや……いい。大丈夫だ」

 

「そうですか」

 

「そうだな。そう……近く、01にて大規模な祭りが開かれる。その誘いだけ、しておきたい」

 

「お祭りですか」

 

「ああ、01の周年記念、という奴だ。今年も無事に区画を守りきった、という。此度07の件を受けて中止も考えられたが、むしろ行わなければ民の不安を煽るというもので、開始が決定した。その祭りで、私と一緒に回ってはくれないだろうか」

 

「でも僕04の人間ですよ」

 

「指摘する奴はいないだろう。お前はそんなに有名じゃあない」

 

「それはそう」

 

 04の奪還部隊に男がいる、って情報でさえ知らない軍人もいるんだ。僕の事を細かに知っていて、且つ容姿まで抑えている人なんて早々いるはずもない。

 ……ただどうなんだろう。ほら、元の世界的に考えて、めっちゃ強くて孤高! って感じのイケメンが、お祭りの日だけ突然女の子一人連れてきて一緒に回る、みたいない感じでしょ?

 

 ……考えただけで面倒事が起きそう。

 

「全部私が対処する」

 

「頼もしすぎる」

 

 じゃあ、うん。

 

「行きます。けど、ウチの隊長には……」

 

「勿論、任せろ」

 

 ははーっ。

 

 

 

 

 

 

 

 で、その日。

 

 当然の猛反発──かと思いきや、意外や意外、隊長が許可を出した事によってその反発は抑えられた。

 どうも出雲ちゃんと多少衝突しているようで、走雷曰く出雲ちゃんが僕を戦場に行かせようとし、隊長がそれを間違った判断であると糾弾。通信手と隊長の仲が悪いなど戦場においては論外オブ論外なので、隊員の皆も困っている……みたいな内容なんだと。

 

 ごめんなさい。本当に。100%僕のせいです。

 

 で、とりあえず僕を戦場から遠ざけられるなら&桜隊長の傍であれば他の奴よりはまだ安心できる、とかで僕のお祭り行を認可した次第だ。

 

「ここが01の区画……」

 

「良い所だろう」

 

 桜隊長がどこか誇らし気に言う。でも確かに、これは誇らしいだろう。

 活気だ。賑やかなのだ。

 街並みは他区画とそう変わらないにしても、明らかに空気が違う。

 

 明るい。04の現状が不安の二文字なら、01は希望が似合う。

 

「桜隊長が、いるから」

 

「私一人ではないさ。01の皆が皆、ある信条を元に動いている。ここ01の信条は一つ。『緊急事態を起こさない』だ。この区画で警報が鳴る事は無いし、民から見える所に警戒色が上がることは無い。観測も哨戒も、そして奪還も、各々が出来得る限りの全てを以てこの区画の守護に専念している。民に不安は抱かせない」

 

 いつもより流暢に。いつもより嬉しそうに。

 でも、なるほど。

 

 これは確かに誇らしいだろう。

 なら。

 

「……僕は、行かない方が良いかもしれない」

 

「何?」

 

 後退る。勿論僕一人で帰る事なんて出来ないのはわかっているけれど、僕は一刻も早くここから離れなければいけないと思った。

 それが今更な事だとしても、それがあまりにも無駄な事だと知っていても、今だけは、と。

 

「稲穂隼君と、話したでしょう」

 

「お前が強い化生(Ghrowhst)を呼び寄せる、という話か」

 

「わかってるじゃないですか。僕はわかってて戦場に出ているし、わかってて04の皆に迷惑をかけている。軍だけじゃなく、区画に住まうすべての人々にね」

 

「お前がここに滞在する事で、強力な化生(Ghrowhst)がここを襲う可能性があるのが怖い、と」

 

「はい。だから──」

 

 僕が言葉を紡ぐ前に、一つ、風が吹いた。

 僕らの間を裂く風。下から上へ。その風には既視感がある。

 

 見れば桜隊長の手には一振りの刀。それはまるで逆袈裟に刀身を振り抜いたような位置にあり、桜隊長もまたそのような格好をしている。

 

 そして。

 

「大丈夫だ」

 

 ドスン、と。

 それは落ちてきた。

 

 蛇の、首。

 

蛇聟入(パルジャニヤ)……」

 

「問題は無いと、証明できたか?」

 

 獣種(Beasts)が一種、蛇聟入(パルジャニヤ)。04の皆が対応にあたった白徳利(トシュカトル)千疋狼(ウェープアウト)と同列に扱われる化生(Ghrowhst)

 それを、まさか今の一瞬で?

 

「この区画においては私が最強であるという自負がある。だが、この区画には私に届き得る者が幾人もいる。再度言うぞ。大丈夫だ」

 

 ……いやいや。いやさ。

 

 これはカッコイイって。僕が言いたいよそれ。

 

「01区画はお前を歓迎する。手を取ってくれるか?」

 

「……お世話になります」

 

 まったく、僕にハーレムの夢が無かったら惚れてたよ!

 

 

 

 

 

 

 

「いらっしゃいませ、御琴さん!」

 

「こんにちは、御琴さん。あらあら? 可愛い男の子ねぇ、もしかしてもしかする?」

 

「おはようお姉ちゃん! あれ、その人だれ?」

 

「あ、桜隊長何してンす……おおおお男っ!? え、桜隊長が男連れて歩いてっ、えっ、えっ!」

 

 盛況、という言葉が正しいのかはわからないけれど、賑わいに賑わっているのは間違いないだろう。

 老若男女、軍人も一般人も関係なくお祭りに参加していて、そしてその誰もが桜隊長を知っている。

 

 知っていて、慕っている。

 

「一般人の方と仲良いんですね」

 

「区民と軍人は切っても切れない関係だ。険悪にする必要性が見当たらない」

 

「そりゃそうですけど」

 

 もうなんか"近所のお姉さん"みたいな扱いを受けているのが、平和の証拠だな、って。

 桜隊長は帯刀しているし、僕も槍を背負っている。けれどそれに何の怪訝な目も向けないで笑顔や挨拶を投げかけることが出来るのは本当に平和な証だろう。戦場が隣人でなく、死が余りにも遠い。

 

 ……あるいは、平和ボケしている、とも取れるかもしれないけど。

 

「ほら、隼。これを食え」

 

「あ、はい。ありがとうございます」

 

 渡される肉串。うん、めっちゃ美味しそう。でも何の肉だろう。まぁいいか。

 

「おーす御琴の嬢ちゃん……お? 男か、珍しいな」

 

「森片さん。腰の方はよろしいのですか?」

 

「おう、いつまでもうだうだ言ってられねえからな!」

 

 初老の男性。頭にハチマキを巻いた、所謂オールドタイプな"おやっさん"って感じの人。04区画にも男はいくらかいるけど、みんななよっとしているから非常に新鮮である。

 こういう男もやっぱり残ってるんだなぁ。

 

「よう坊主。御琴の嬢ちゃんがなんか迷惑かけてねぇか?」

 

「え、いや、特には」

 

「それならいいんだがよ! 御琴の嬢ちゃんつったらむっつりもむっつりだ、坊主みてぇな無防備なヤツは心配でならねぇよ俺ぁよ」

 

「森片さん、それくらいでご容赦を……」

 

 あ、ああ。そうか。貞操観念逆転世界なの忘れてた。

 僕、手を出される側だから、心配されてたのか。何かと思ったよ。むしろ睨まれる側だと思ってたよ。

 

「はは、すまんすまん! っと、そろそろ俺ぁ戻らなきゃいけねぇや」

 

「お子さんですか?」

 

「おう! ついこないだ6人目が生まれてな、てんやわんやの大忙しよ!」

 

 んんん? え、どうみても50とかそこらなんだけど、まだヤってるの? お盛ん過ぎない?

 ……あいや、どうなんだろう。この世界の性事情については多少学んだけど、おせっせそのものについて知ってるわけじゃないし。あれかな、多妻一夫で一生搾り取られ続けてるのかな。あぁだから腰が? なーる。

 

「頑張ってください」

 

「御琴の嬢ちゃんもな!」

 

 言って引っ込んでいくおやっさんを見送る。

 いや、うん。

 激しい人だった。先日のリアルアマゾネスな人に通ずるものがあるようにも思う。

 

「すまない、恥ずかしい所を見せたな」

 

「むっつりなんですか?」

 

「……」

 

「もしかして、僕とあんなことやこんなことしたいと思ってたりします?」

 

「……思っていたら、軽蔑するか」

 

 まさか! 大歓迎ですよ!

 と、言いたかった。言いたかったけど、言えなかった。

 

「うぇっ」

 

 ぐわんっと強い力で襟首を掴まれ、引っ張られる。後ろに。

 身体は地面に着くことなく中空を舞い、そのまま上昇し、屋根に上がって……え、なになに。

 

 もしかして僕拉致られてたりする?

 

「あの、げ、ぐえ、その、んぐっ、息いき、呼吸呼吸ぅえっ」

 

 訴えても全く聞いてくれない下手人は、屋根を伝ってどんどんその場から離れていく。あ、そろそろ首の骨が折れるかも。

 

 ごきっ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして連れてこられたのは、とあるアパートの一室。

 どこかの施設だとか牢屋だとかでなく、普通の部屋。僕を拉致った誘拐犯は僕の手を部屋の柱に括りつけ、足へは鉄の棒を噛ませてこれまた拘束。所謂『人』の字の状態で完全拘束が為されたわけだ。

 

 折れていた事を気取らせずに治した首をコテンと傾げ、問う。

 

「で、君は何なのかな」

 

「うるさい! 泥棒猫め!!」

 

 答えはクッションだった。

 女性の力で思いっきり投げられたクッションが僕のお腹に直撃する。内臓の幾つかが潰れて凄く痛いけど、吐血する前に戻す。

 

 ええと、なになに? 泥棒猫だって?

 

「僕が何かしたかな」

 

「何かした、って!? 私の、私の私の私の御琴を奪った癖に、何かした、ですって!?」

 

 あ、ヤンデーレだ。

 すぐに察した。僕は詳しいんだ。

 

「御琴は、男なんかに奪われないようにずっとずっとずっとずっと私だけを見せてきたのに、誰よ、誰よアンタ!」

 

「第04小隊奪還部隊稲穂隼隊員だねぇ」

 

「04小隊!? なんでそんなのがここにいるのよ!」

 

「うーんごもっとも」

 

 えらく気の立った女性だ。年の頃は確かに桜隊長と同じくらいで、流れるような赤髪が特徴的。稲穂隼君風に言うなら、異人さんなのかな。

 

 僕の首に、その手が添えられる。細い手だ。細い指だ。少し力を込めたら折れてしまいそうなほど細く白い指は、しかし埒外の力で僕の首を絞めつける。男の耐久力を知らないらしい。僕じゃなかったら死んでるよこれ。

 

「っ! ……なんで、死なないのよ」

 

「あれ、死ぬってわかってたんだ」

 

「当たり前じゃない、殺すつもりで……っ、な、なんで喋れるのよ、喉を潰したのに!」

 

 怖いな、普通に殺すつもりだったのか。男の耐久力をわかった上での行動と来た。

 この世界の女性は男を守るのが普通、みたいな倫理観と常識を持っているはずなので、この子が異常なんだろうけど……いやはや、すごいね。

 自分の愛情のために他者を害すことになんの躊躇も無いのか。

 

「僕を殺して、どうするつもりだったのかな。桜隊長が僕の死体を見て喜ぶと?」

 

「うるさい、喋るな! アンタ、おかしいわ! おかしいおかしいおかしいおかしい!」

 

「酷いな、言葉は人類に許されたゲェ」

 

「喋るなって言ってるの! おかしいのよ、()()()()()()()()()()()()……!」

 

 ……ふむ。

 まぁ、僕の汗とか血の匂いとかでそそられているだけだろうけど、成程成程、自分が異常である事に気付くのか。

 元々が異常ゆえに、かな?

 

「私が愛しているのは御琴だけ! 私が愛しているのは御琴だけ! 私が愛しているのは御琴だけ──」

 

「時間がないから、手短に済まそうか」

 

「な、首を今なお潰されて、なんで喋れ」

 

 ごきっ。

 先程も鳴った音を鳴らして、首を外す。うひゃあ、痛いとかいうレベルじゃないね。泣きたくなるような激痛だ。

 そのままうなじの皮をピリピリと破りながら、押さえつけられた首から上を前に出す。

 前に──彼女の顔の、あるところに。

 

「ヒッ──」

 

「流石に怖いだろうけど、大丈夫。すぐ好きになるよ」

 

「いや、」

 

 逃げようとした彼女の身体を膝で捕まえ、一瞬で口づけを行う。流し込むのは首の断裂で発生した血肉。

 ぐちゃぐちゃという不快な音が響くとともに、彼女は一瞬だけえづき、涙を流し──それを嚥下した。

 

「あ、あ、あ」

 

「まるでろくろ首……っと、近いな」

 

「あ、あああ、ああああっ!」

 

 僕が身体を回帰している間も誘拐犯の少女は喉を押さえてのたうち回る。

 ヤンデーレちゃん。君が桜隊長に向けていた愛は、僕に注いでもらおう。ハーレムだからね、僕の目指すところは。

 

「あ、あ、あ! あ! ──嫌!」

 

「え」

 

 思わず驚きの声を上げる。

 抵抗した? 僕の特殊性に?

 

 彼女は震える手で近くにあった僕の槍を取る。

 そしてそれを、自身の胸へと思い切り──突き立てた。

 

「やめろ、蓮流」

 

「あ、」

 

 否、突き立たなかった。

 桜隊長が柄部分を握ったから。ただそれだけで、ピタリと槍が止まる。

 

「人の男を奪い、その男に自決を見せつけるなど、あまり褒められた求愛行為ではないぞ」

 

「あ、あ」

 

 ゆっくり桜隊長の目がこちらを向く。向いた。

 怪訝。疑問。心配。

 

「蓮流?」

 

「……ごめん、ごめんね御琴。我慢、出来なかった。出来ない。出来なかったの」

 

「蓮流。落ち着け。落ち着いて話せ」

 

「うん……。ごめん。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……誑しだな、隼」

 

「流石にこれは認めざるを得ないかも。ちなみに解いてくれたりはしないかな」

 

「その前に先ほどの答えを聞きたい」

 

「うん?」

 

 桜隊長に抱き留められ、「好きなの、好きなの、好きが抑えられないの……」と繰り返し呟いている少女に一瞬視線を向けて、再度桜隊長に戻す。

 で、え。

 なんだっけ?

 

「私が……お前を、ソウイウ目で見ている、と言ったら、軽蔑するか、どうか」

 

「しないよ。むしろ大歓迎! 僕も桜隊長は好きだし……あ、好きですし!」

 

「そうか」

 

 言って、桜隊長は立ち上がる。顔を赤らめたままこちらに目を向けることの無い少女も伴って、僕の前まで来た。

 そして屈む。

 

 ん?

 

「あの?」

 

「今ここで、させて欲しいと言っても、お前は私を軽蔑しないか」

 

 んんっ。

 んんんん? あれ、桜隊長ってそういう人だっけ? もっとカッコイイ感じの……。

 

「っ、いや、忘れてくれ。すまない、酷い事を口走った。今すぐに解くから待っていろ」

 

「いえ、大丈夫ですけど……」

 

「忘れてくれ。……酷い事を、言った。反省している」

 

 僕としては大歓迎なんだけど、桜隊長が自省してしまったのでお流れらしい。自制して、自省した感じ。

 いやいいんだけど、むしろいいの? っていう。

 

「蓮流」

 

「ん……」

 

「落ち着いたか」

 

「うん……ごめんね、御琴」

 

「謝らないでも良い。誰だって好きになるさ、コイツは」

 

「うん……でも、ごめんね」

 

 それは、何に対しての謝罪だったのか。

 ……いるもんだなぁ、意思の力だけで抵抗できる人。かつての稲穂隼君のように。

 

 愛情ってすごいね。って。

 

//終了


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