なんか思てたんと違う 作:似非地球人
さて。
此度僕を誘拐した犯人こと
その後桜隊長の熱心なカウンセリングもあって日常生活が出来る程度には回復したけれど、軍に、というか戦場に戻るのは無理という事で、一般人に戻ったのだそうな。
とはいえその身体能力は健在。かつては桜隊長に匹敵する足の速さを持っていたとかで、今回僕の救出までそれなりの時間が空いたのもそれが理由。01の収集部隊が元隊長、蓮流ちゃん。忍者っ子である。
「収集部隊、後継は大丈夫だったんですか?」
「当時は酷いものだった。なんせ部隊メンバー全員が死に、蓮流もあの状態だったからな。01における収集は完全な機能停止で、哨戒と観測の助成を経て今の収集部隊の礎が作られた」
「その
「……恥ずかしい話だが、まだだな。名前も姿もわかっているが、肝心の
「でも、収集部隊全員ってなると、相当強力な
「ああ、そうだが……」
「収集部隊ってそう遠くまで行きませんよね。その
「01区画のすぐそばだ。ああ、お前の言いたい事はわかる。強力な
ああ、なんだ。わかってるのか。わかってて見つかってないのか。
それとも。
「本当に
「
……ふむ。
一応、知っている
コイツの怖い所は頻繁に仲間割れをさせてくるところで、
何より気になるのは、蓮流ちゃん以外の部隊員が死んだ、という点。
「……僕に調査させていただけませんか」
「だがお前は
「僕は僕で違うアプローチがあるんですよ」
「事が起きたのは数年前だ。既に研究部隊も観測部隊も調べ尽くしている。それでも何かわかると言えるか」
「言えます。一応これは、恩返しじゃないですけど、僕を驚かせてくれたお礼です」
「……わかった。お前の安全は私が死守する。だから、頼む」
「
「無理だ」
無理かー。
で、やってきたのは01区画を出てすぐの山中。残念ながら鉱山ではない山とのことだけど、いるわいるわ、出るわ出るわの
それを一刀のもとに切り伏せる桜隊長。小川は避けているから
そうして辿り着いた場所は、うん、何も無い場所だった。
特に開けているとか、何か違和感があるとか、そういうことは全くない。他と同じように草木が生えていて、他と同じ程度に地面が見えている。ここだ、と言われなければ道中と見分けが付かないくらいの、何も無い場所。
「ちょっと僕、目を瞑るので、その間お願いします」
「ああ」
断りを入れて、目を瞑る。
真っ暗闇。
地面に座り、胡坐をかいて、地面を触る。
尚、一連の行動に意味は無い。ただ観られているからね。
「……」
僕の特殊性を、僕が虜にしていない人間に見られるわけにはいかない。正確には覚えていられると非常に困る。だから人がいる場所では使いたくないし、使ったらその場にいる全員を虜にしないといけないわけなんだよね。
正直桜隊長なら「僕の血を飲んでください」とか、なんなら「キスをしてください」でも十分
それは嫌だ。まだね。
まだカッコイイこの人の傍にいたい。
さて、いつまでも待たせてはいられない。
親指の爪で人差し指の腹を切る。地味に痛い。
それを地面に押し付けて、沁み込ませていく。その香りに誘われて
ここで何があったのか。
4年と半年前。収集部隊がこの地に訪れ、
幻術だと気付いた蓮流ちゃんが持っている気付け薬の全てを散布して、隊員が正気に戻る。
隊員はそれなりの傷を負っていたけれど、死ぬにまでは至らなかった。至らず──全員が全員、一斉に蓮流ちゃんに武器を向けた。
驚いた蓮流ちゃんが彼女らと応戦。幻術が解けていなかったのだと考え、気絶させる方へシフト。
けれどどれほど頭を揺らしても、顎を突いても、隊員は止まらなかった。まるで幽鬼のように、まるでゾンビのように、蓮流ちゃんを攻撃し続ける。
蓮流ちゃんが逃走を開始。追い縋る隊員……いや、追っているわけじゃない。また、隊員同士で争いを始めた。近くにいる生物を攻撃対象にしている感じか。
そしてかなり遠くまで逃げた蓮流ちゃんが隊員たちのいたところを双眼鏡で覗くと、そこには。
ズタボロになって倒れ伏した隊員を食らう、黒い狐の姿が……と。
「これ、
「どういうことだ」
「
「
「はい。ですけど……」
だけど、この傷跡は、そんな短時間で
武器の傷はそれとしても、明らかにおかしな傷跡が彼女らの身体についている。
多いのだ。一匹じゃない。複数の
ただ一つの例外を除いて。
「
僕は
「隼っ、会いたかった」
「鈴李ちゃん。久しぶり」
「ん!」
重い空気。リアルアマゾネスな人と対面した時もそうだったけど、今回は今回でまた別種の重さだ。
「隼、桃井。後にしろ」
「はい」
「ごめんなさい」
一度は抱きすくめられたものの、駄々をこねる事なく下ろしてくれる鈴李ちゃん。喋り方は少し走雷と似ているけど、鈴李ちゃんのがしっかりしてるな、うん。
「それではこれより緊急会議を開く。皆もまだ記憶に新しいとは思うが、四年半前の収集部隊の事件についてだ」
議長、でいいのかな。話し始めたのは桜隊長でなく、厳格そうな女性。左目が完全に潰れている。流石にアレは僕でも直せないなぁ。時間が経ちすぎてる。補填は出来るけど……。
「それでは、特別顧問、第04小隊奪還部隊隊員稲穂隼殿。件の
「あ、はい」
話ほとんど聞いてなかったけど、問われている事がわかったから大丈夫でしょ。
「
「質問が」
「はい」
手を上げるは01の参謀という人。名前知らない。
「その亜空間の出口が開く条件は」
「主に日食の日……ですが、余程美味しそうな獲物がいたのならどこにでも姿を現すでしょう。別に日食の日しか現れる事が出来ない、というわけではないので」
「それは、あるいはこの場でも?」
「はい。ただし、奴はその攻撃手段として
多少ざわつく会議室。四年半前の事件はその証言より
当然、食われたのだろう。
「成程。だが、気付け薬を抜いた理由にはなるまい。いくら無数の
「ええ、ですから、改造されている、と見るべきですね」
「改造……?」
あれ、共有してないのか。桜隊長なら稲穂隼君に気を遣う事無く共有すると思ってたんだけど。
「桜隊長」
「改造
「改造というと、どこかの国が?」
「否、
「はい。勿論対応した
で、合ってたよね。先ほどの
それで、桜隊長が共有しなかったのは、言ったのが稲穂隼君だからかな? あんまり信用されてないねぇ隼君。
「改造
「改良、改悪についてはなんとも。ただ、今回の場合は改良と見てよいでしょう。気付け薬を通り抜ける程の幻術だけでも凶悪ですが、それが群れで行動し、さらには
「ふむ」
それで、本題に移る。
「本題だ。隼はその
「……隊長、それはあまりにも夢物語っすよ。ファンタジーっす。だって、それが出来るなら」
「ああ、"楽園"を作る事も不可能ではないだろうな」
"楽園"。
簡単に言えば、
確かに
「して、その手段とは?」
「僕が囮になる事です」
──。
ざわついていた室内が一気に静まり返る。
次いで、はぁ、という溜息。
「……それはならん。桜、お前はこれがわかっていてこの話を持ってきたのか」
「はい」
「お前が何を信用しているのかは知らない。お前の強さは01の者すべてが知っている。だが、倫理観を捨ててはいけない。たとえどれほど有益であっても、有力であっても、それを捨ててしまっては私達は人ではなくなる。わかるな?」
「……」
元の世界で考えてみれば、過去に失った仲間の敵討ちのため、他部隊の女の子を戦場へ置き去りにし、囮とする……みたいな話。
当然了承できない人も多いだろう。というか、ほとんどだろう。
「大丈夫です」
「すまないが、いくら特別顧問であっても男の大丈夫をはいそうですかと信じられるようには」
「桜隊長も囮役ですので」
……さて、桜隊長には
「ならん」
「……桜隊長でも、ダメですか」
「さっきも言ったが、桜の実力は私達が十二分に知っている。その上で言っている。これは倫理観の話だ。道徳の話だ。私達は女として、男を囮にするという手段も、その選択も、決して取る事は無い。是非の話ではない、矜持の話なのだ」
「でも、このままじゃあ危険ですよ。
「誇りを失うよりはマシだ」
あらら。
意志は固いらしい。
「ただ、知識の共有はありがたく思う。次に彼の
話は終わりだ、とばかりに。議長さんが目を伏せる。
参加していた人達も、鈴李ちゃんまでもが話は終わったというような雰囲気を出し始めた。まぁ一番偉いだろう議長さんに口出しできるのは桜隊長くらいで、その桜隊長も対論の位置にいるから意見のしようがないもんなぁ。
と、思っていたら。
「ちょっと待ってください」
手を挙げるは──参謀ちゃん。ずっと何かをカリカリ書いていた彼女の一声は、周囲の人間の空気を引き締める何かがあった。
なんだろう、かなり信用されているのかな。
「稲穂隼隊員。いくつか質問があります」
「はい」
「
「そこまで食いしん坊な
「次の質問です。
「それは違いますね。
「対応する、神性?」
「……まぁ、
「成程。それでは最後に。
「……はい」
「次、
んー、僕は
これの答えは超簡単、だ
「
緊張の走る室内と、溜息を吐く桜隊長。
参謀ちゃんはやっぱりか、と言った風に天を仰ぐ。
「どういうことだ。基本は日食の日だと言っていたと思うが……」
「──余程美味しそうな獲物がいたら、姿を現す。ってことですよね、隊長」
「ああ」
短い応答。当然、すべてわかっていての話だ。女としての矜持も、軍人としての矜持さえも全て飲み込んだ上での提案。桜隊長は議長の人にされた説教程度自分で考え、自分を責め、その上でこの提案をする事を飲んでくれた。
参謀の人が辿り着いた結論。
僕がここにいるという事が、
「取る事の出来る手段は二つ。一つ、先ほどの囮を用いる手段。そしてもう一つは、僕がここから出て行くという手段です」
「隼……」
正直この作戦を決行しないのであれば、僕がここを出て行く事で非常に簡単な解決策と出来る。無論帰りの道中に襲われる危険性は十二分にあるから結局囮のような形に成ってしまうけれど、以前の鈴李ちゃんと同じようにおつきの人を虜にして、
僕的にも帰る方が楽ではある。桜隊長が伴っていると自ら
「先ほどおびき寄せる手段があると言っていましたが、それは時間をも指定できると考えて良いのでしょうか?」
「はい。確実にここ、というタイミングで誘引可能です」
「それを行わない場合、完全にランダムなタイミング……たとえば今すぐにでも、現れる可能性があると」
「ゼロじゃない、どころか、四割くらいですかね。幸運にも60%を引き続けて今の平和がある」
「それは、最悪だ。アンタを疑うわけじゃないが、現実から目を背けたくなる」
ガリガリと頭を掻いて、参謀ちゃんは口調を崩す。先ほどまでの静謐な感じからぶっきらぼうな雰囲気に、そしてその視線を桜隊長へ流す。
「流石は隊長ですよ。通ると思っている提案しかしない。通すしかないから」
「だが、益はあっただろう」
「十二分に。
「だが……」
「わかってますよ。ウチだって男を囮にして
最善は僕を追い出す事だけど、まぁ彼女にその情報は無い。
それに、軍人だ、というのは正解だ。男だから守らなければならないなんてのは、男である前に軍人である僕には当てはまらない。
「……私は頭が固いか?」
「何言ってんすか。釣鐘サンが一番正しいんですよ、この場では。倫理を説いたらぴか一だ。ウチも桜隊長も正直狂ってる。コイツもね。けど、正しいけど、善くは無い。最良で最善を掴むのには倫理は邪魔だ」
目を瞑る。
見上げるは空。月夜のさらに前を遡って──空。
そこには、燦燦と輝く太陽があった。
欠けている部分は文字通り欠片も無い。
「作戦が終わった後、この時の是非だとか、倫理観についてどんだけ説教してくれても構わないです。糾弾したって良い。だけど今はやるべきだ。
「……わかった」
「じゃあ、今すぐ準備します。夜間決行でも問題ないくらいの最重要案件だ。梔子、桃井。各隊への連絡を入れてくれ。ウチも可能な限り資料を集める」
「だが、囮を二人だけにするのは心配だ。敵が幻術を用いるとなれば、第三者が必要になる可能性もある」
「あ、じゃあ私が付きます」
「白石か」
真っ先に手を挙げたのは白石さんだった。流石に沁み込ませた唾液程度では虜には出来ないけど、多少の融通は利くはずだ。うんうん、いい人選。
「時間がない。囮役の三人は一応気付け薬の準備と、痺れ薬を。他の者は遠距離武器の準備を」
「戦闘が出来る人、一人でいいので通信手の傍にいてあげてください。万が一があります」
「わかった」
事が決まればスムーズに進んでいく。
慌ただしく動き始めた真夜中の軍施設は、その時に向かって士気を高めていった。