なんか思てたんと違う 作:似非地球人
この世界は宇宙人が作りだした実験場の一つに過ぎない。
彼らは今も実験を行っている。化学反応でも見るかのように、一滴を垂らし続けている。
なんて、小学生でも思いつきそうな学説を、ナニキメデスやナニンシュタインみたいなとある偉人が唱えたそうな。普通なら失笑されて唾棄されるだろうこの提唱。しかしながら、後世には偉人の一人として数えられている。つまるところ、"通った"と、そういう事である。
それが通った理由。
正しく、陳腐なことに、今も尚僕らを脅かす"外敵"が出現したタイミングと被るからに他ならない。
一滴。
当時としては規格外の、
正確な情報の残っていないソイツは、その偉人が住まう街を襲撃したそうだ。
正確な年月は誰もわからないし、その街がどこなのかも伝わっていない。ただ、その逸話だけが全世界に広まっている。
誇大妄想。度が超えた陰謀論。
彼の偉人がソレを唱えたから出現したのか、出現を予期した偉人が命からがらにそれを教えてくれたのか。
すべては謎。謎のまま。
躍起になって調べているガクシャさんとか、なんでかわかんないけど
今は目の前の脅威に、立ち向かわなきゃだなぁ、と。
僕はそう思うのです。
「で」
「はい」
奪還部隊04小隊通信指令室──の片隅。
僕は足を折りたたんで、地べたに座らされていた。SEIZAである。
そんな僕を睨みつけているのは出雲ちゃん。
いや、本人に睨みつけているつもりはないのかもしれないけれど、鋭すぎる眼光が睨みつけているようにしか見えない。
「緊急事態じゃったけぇ、お前の行動は大目に見る……というよりは、十分な功績じゃあ。あの二人も目測誤って黄色と緑を出しとったけんの」
「出雲ちゃんが褒めるなんて珍しい」
「うるさい。
問題はその後じゃ。あの二人の話では、お前は衣服を無くした状態で
「みたいね」
「何が起きた。虚偽の報告は許さんぞ?」
わぁ。
出雲ちゃんの目が怖い。
まぁ、何もありませんでした、で通るなんて思ってないからね。むしろ当たり前の反応。あの二人がどれほど抜けていたとしても、出雲ちゃんや笠雨さんがあの現場の異常性に気付かないはずがないし。
「僕は何もしてないんだけどなぁ」
「じゃから、何が起きたか、と聞いておる」
「いやぁ~」
後頭部を掻いて、舌を出す。
古の回避術──。
「……」
「……」
別に隠しておきたいとか、騙したいとか、そういう意図があるわけじゃないんだ。
単純に再現性というか……条件の問題でね。
「……無理は、していないんじゃな?」
「うん。してないよ」
「なら、いい。ただし、年頃の
「そればっかりは僕の意思じゃないからなぁ」
特に今回は
「こちらとて健全な女子じゃぞ……裸のお前に服を着せる身にもなれっちゅーんじゃ」
「見たいの? 見る?」
「……」
ゆら、と。
出雲ちゃんが顔を伏せ、一歩を踏み出した。
あら。
いつもなら、莫迦言っとる暇があったらとっとと部屋に戻らんか! くらいは言うと思ったんだけどな。
正座している僕に向かって、ゆっくりと近づいてくる出雲ちゃん。
……おお?
「いずもちゃ、」
肩に手を置かれた──次の瞬間、僕は横たわっていた。
倒されたのだ。どのような技法か、衝撃は全く僕に伝わることなく。
ほぼゼロ距離。普段間近で見る事のない紫水晶にも似た瞳が、引き込むような、押し寄せるような濃淡と共にこちらを覗いている。
出雲ちゃんの髪が首筋に触れる。
くすぐったい。サラサラとしたそれは、僕の肌の上を流れていく。
「──ん」
唐突、だったのかもしれない。
否、今の今までにあったことを考えれば、唐突も何もないのだけれど。
それでも前準備だとか、前段階だとか、とにかく心の覚悟が決まらぬうちに、来た。
力強い肉根。それはいとも簡単に僕の前歯を開き、隠されていた舌根に触れる。
はじめはザラザラが舌裏を撫でた。
それは下顎をぐりゅりと抉った後、歯裏を伝い、頬の内側を削る。
咥内の粘膜は初めからそちらのものであったかのように剥がれ、微かな圧痛に似た感覚が火照りを生んだ。
ザラザラは歯茎の外側を掠めた後、口蓋の方へと伝っていく。
異物感に湧き始めた唾液。気にせず、硬い天井を撫でまわす肉。
そろそろ溜まった唾液が喉に侵入を始める──前に、大きく息を吸った。
僕が、ではない。
僕の咥内はむしろ、その吸引に耐えかねてか頬肉も舌肉も出口へと押し寄せて、舌に至っては飛び出してしまっている。
じゅるじゅるじゅる、と下品な音を立てて吸われた咥内からは、喉へ向かおうとしていた唾液も、呼吸のための酸素もなくなっていた。
目の前で
引っ張り出された舌が、にゃぐにゃぐと噛みしだかれ、その感触を楽しむかのように甘く挟まれる。
今度は別の理由で分泌される唾液。舌を完全に引っ張られていると、鼻呼吸は出来ないもので。
「ぇほっ」
「……」
あっ、咽てもやめてくれない。
「ぁ……ぇ──れぉ」
どころか、たらーりと。
透明で、粘性のあるソレが、僕の方へツツと降りてくるのが見えた。
何の障害もなく、口蓋垂へまで到達したソレ。
異物感にまたも咽る。悲しみではない涙が出た。
それを見てか、ようやく舌が解放される。
「いず」
終わってしまったかぁ、なんて惜別を感じながら──開いた瞳の先に、ピンク色があった。
言葉を発そうとした口に、彼女の髪が入る。
つるつるとした、細く、それでいて──硬い。
ピアノ線か、エナメル線か。違う。そのどれよりも硬質。滑らかで、しなやかで。
肉根が、目筋を舐めた。
まだ目端。反射で閉じた薄い瞼を、外に出ている
少しばかりの涙に濡れたそこを、熱心に、丹念に、執拗に舐め縋る。
「……ぁ──は」
それは喜悦か、愉悦か。
独占欲。支配欲。征服欲。わからない。とにかく、貪欲に。
肉根は、その先は、瞼へとその端をかけた。
爛と輝く
熱に熟れ、火照り、絢爛に。
ソレが、ようやく触れ──。
「──抵抗しいや、自分」
なかった。
ゆっくりと彼女の顔が離れていく。
そこには今まで宿っていた獣性など欠片もなく、いつもの厳格な色があるばかり。
僕の口から抜けていく髪が今までの行為を物語っていたけれど、それがなければいつもとなんら変わらない、挑発に乗ってこない出雲ちゃんであると錯覚してしまいそうになるほど、切り替えが早かった。
「正座してたからね。足がしびれて動けなかったんだ」
「そうけ。で、痺れは取れたんか?」
「ばっちり」
足が痺れていたのは本当。
なんなら彼女の膝が僕の僕に触れるか触れないかみたいな場所にあって、余計に痺れが痛く感じていたくらいだ。
治ったけど。
「抵抗する男の方が好き?」
「……お前……あそこまでされて、まだからかうんか?」
「あそこまで、って……まぁ、目を舐められそうになったのはびっくりしたけど、それくらいじゃない?」
「次やったら最後までヤるぞ。わかったらとっとと行け、莫迦者」
「出雲ちゃんの好きなタイプはツンデレ。隼、覚えた!」
「はよ行け!」
はぁい、なんて気の抜けた返事をして。
指先で、僕の口の中に入っていた髪をチロチロ弄っている出雲ちゃんにほくそ笑みながら、通信指令室を退出するのだった。
「っとに……困ったヤツじゃな」
深く湿った毛先。
男の匂いだ。先ほど、十二分に吸い漁ったソレ。
しかし飽きることなく、本能に近い部分が刺激されるその香り。
まるで指先がそれを欲しがっているかのように、湿った毛先を何度も己に絡みつかせては解くことを繰り返す。
「……不明点、か」
ため息とともに見るのは資料。
稲穂隼隊員についての報告。
彼が仲間である事は、自身も、他の隊員も、一点の曇りなく信じている。
疑いようもない。既に10年近くを共にした仲間なのだ。
だからこそ、三週間前に頭部を強打した時は焦った。心配した。
意識を取り戻した彼は、特に変わりなく──どこかおかしかった。
「主に性的倫理感が、のぅ」
元からそんなに賢い男ではなかったし。
元から超絶弱かったし。
元から、かるーい男であったのは事実だ。
だが、貞操観念についてはしっかりした奴だった。
「そういうのはみんなが落ち着いてからね?」とか「ダメだよ。みんなにバレちゃうから」とか。
先ほどのように迫ったことだって、今回が初めてではない。
それでも彼は、「ストップだよ出雲ちゃん。まだダーメ」なんて笑って、避けていた。
それが頭部の強打によって吹っ飛んでいる。
「最近化生共の襲撃も多くなっとる。同様に、皆の士気も上がっている。
この……どこか浮足立った、興奮状態のような感覚は……気のせいではないと思うんじゃがの」
偶然か。
はたまた。
「……五百を超える
自分や、他の隊員で考えるならとても簡単だ。
区画を防衛するとなると話は別だが、殲滅する、ましてや生き残るだけであれば、何日間でも可能である。
だが、男が。
多少の訓練を積んでいるとはいえ、男が、単騎で、一時間以上生き残る。
「逃げ回った……のならば、わからなくはないんじゃがの。アイツ、逃げ足はあるほうじゃて」
身軽な分、槍を用いた三次元的な移動が可能だ。
パワーこそないものの、技術力は十二分と言えるかもしれない。
鎖を使い、槍の投擲や引き寄せ、足場に使って跳躍、楔に使って体術。
あれほどの扱いを女がやれば、かなりの戦力になることは間違いない。
「……じゃが」
哨戒部隊の二人が
そして一糸纏わぬ姿の隼が、幼体の糸に絡めとられて眠っていたと。
なぜ、幼体は隼を食わなかったのか。
なぜ、隼は無傷だったのか。
なぜ、幼体は動けなくなっていたのか。
「……隼自身は、答えを知っとるようじゃったが」
アレは話したくない、ではなく話せない、という目に見えた。
信頼も、信用もしている。
しかしすべてを知っているわけではない。
10年前──部隊に来る前に、何をしていたのか。
なぜ軍に入ろうと思ったのか。なぜ槍を使っているのか。
「何故彼が、
「……
「失礼します、出雲さん」
「遅いわ」
顔を上げたそこには、右目を長い前髪で隠した女がいた。
海形。観測部隊04小隊副隊長。
「まぁまぁそうおっしゃらずに。資料、まとめてきたんですから」
「……まぁ、今回に関しては無理を通してもらったわけじゃし、良しとするが……」
「はい。それではこちらが、先日区画を襲った
「あぁ、礼を言うわ」
渡されたそれ。
言葉の通りのもの。通信手として知っておかなければならない知識として、千疋狼。既に知っている知識だが、予想外の行動をした故に調べなおすための大絡新。
そして。
「……幼体の腹の中にあった謎の組織……か」
「はい。人間のものとも、
「ふむ……」
大絡新の幼体。
それらはどれも、ある共通点があった。
腹が裂けていたのだ。
正確に言うならば裂けかけていた、が正しいか。
おそらくは、哨戒部隊の二人の斬撃、あるいは射撃によって衝撃を受け、それが最後の一押しとなって裂けた、ということ。
腹が裂けるほど何かを詰め込まれたか──自らの腹すら気にならぬ程何かを食ったか。
だというのに、研究部と観測部が現場に向かった時には幼体の腹は空になっていた。
腹の中には何も詰まっておらず、ただただ絶命した幼体がそこにあるだけ。
それでも何かあるはずだと躍起になって探してみれば、先に挙げた"謎の組織"が出てきたという次第である。
検出された場所は地中。地表から地中にかけて、染み渡るようにして検出できたそれは、なんらかの細胞であること以外その場では何もわからなかった。
研究部が喜び勇んで急いで研究室に持ち帰り、調査をすること五時間。
報告通り、靄となって消えてしまったという話。
「……」
妥当に考えるならば。
「稲穂隼隊員の細胞。そう考えるのが妥当ですね?」
「じゃから、念入りに健康診断を行ったじゃろ」
「ええ。結果は白。普通の人間……というか、弱小極まりない男のそれでした」
だからこうして悩んでいる。
本人にも聞いた。何があったのか、と。
「海ちゃん思うんです。こうなったら実際に彼を化生に食わせてみ──すみません、失言です。怖い怖い怖い!」
馬鹿なことをいう観測馬鹿の首に添えたナイフを離す。
そんなこと、己が死んででもさせない。
「ひぇぇ……相変わらずの奪還部隊04小隊ですねぇ。他の部隊から何て呼ばれてるか知ってます?」
「闇の小隊じゃろ」
「ええ、病みの小隊」
ちょっとニュアンスが違った気もするが、なんともまぁセンスのない通り名である。
というか、青臭い。なんだ闇のって。
「あー、それじゃあ海ちゃんはこの辺で失礼しますね。
あ、そうそう。なぜ彼が
「……なんじゃ」
海形は、笑顔で言う。
「彼が、この星に属するものではないから──おっと危ない!」
勢いよく閉められたドアにナイフが突き刺さる。
言い逃げだ。
「……ロマンチストが」
吐き捨てる。
何が、この星に属するものではない、だ。
隼は宇宙人か何かか。
あのノーテンキ男が、そんなけったいな存在であるはずがないだろう。
「……まぁ宇宙人みたいな倫理観になっとるんは認めるがの……」
早いところ、慎ましさを取り戻してほしい。
そうでないと──いつの日か、己の方がアブダクションしてしまいそうだから。
女性名鑑
海形
一人称海ちゃん。観測部隊04小隊副隊長。右目メカクレ。
身長178cm。体重55kg。立ち幅跳び15m。