なんか思てたんと違う 作:似非地球人
変な話なのだが、すでに軍にとって
人類の脅威であることに変わりはなく、倒すべき敵であることにはまったく変わりないのだが、如何せん。
如何せん、軍の施設やら防壁やら武器やら廊下やらなにやらかんやら……大体の物資・施設の素材が
少し考えてみればまぁ、普通の話というべきか。
僕たち奪還部隊が支配・占拠された区画を奪還した後、どのようにして民間人が住まい得る空間に仕上げるのか、という話。
それは勿論、現地にいた
それが一番耐久力あるし。
それが一番手軽だし。
無論木材や石材も使用するには使用する。
けれど、圧倒的に
それに、木材や石材は有限だけど……
だから例えば、僕の槍とか。
軍人各位に支給されているインナースーツだとか。
前者は
無論僕が非力オブ非力だから
反対に、鉄を始めとする鉱石は非常に貴重だ。
世界各国の鉱山の9割を
僕が知っている鉱山をみんなが知らない、という事もあった。そもそも見つかっていない、という事だろう。まぁ、僕とてそんな沢山の鉱山を知っているワケじゃあ、ないんだけどね。
取り返しに行けばいいじゃん、なんて簡単な話ではない。
単純に
そして残念なことに──
本当に残念なことだと思う。
こんな状況になっても、人類は争いをやめないのだ。
領地拡大。生存競争。手を取り合って、ではなく。他者を蹴落としあって。
01から09の小隊間でも、それは同じ。
日々互いが牽制しあっているし、監視しあっている。
だからこそ桜隊長みたいなフットワークの軽い人は珍しい。というか、隊長クラスが他の隊の区画にフラフラ現れるもんじゃあない。
誰もそれに対して文句を言わないどころか、話題にすら上げないのは、それもまた単純な話。
強いからだ。
桜隊長が。
01から09の数字が単純な強さ順、というワケじゃあない。
だけど、01の隊長が最強なのは周知の事実。
ただし美人の甲乙は……正直つけがたい。全員可愛いし、全員美しい。本当にどうなっているんだこの世界は。
話を戻そう。
まぁ、そういう事情があって、金属は貴重なワケだ。文字通り貴金属で重金属だね。意味は違うけど。
ちなみに、為政者は男女半々だったりする。
男が内に籠った分、女性が力に秀でた分、双方がぶつかりあって相殺した感じかな。
さらに話を戻して。
そんな感じで、今や人類の生活に欠かせなくなった
いやまぁ、欠いてくれるに越したことはないんだけどね。出来れば全世界一斉に。いっぺんに。
奪還部隊はあくまで区画の奪還をする部隊だ。
奪われた区画を奪い返す。それが仕事。
先に言った哨戒部隊や防衛部隊でもない──収集部隊というのが存在する。
それこそが、生活に必要な
この部隊に必要なのは、三つ。
刺激しない。悟らせない。死なない。
まるで忍者のような、ではなく。
元忍び──他の部隊が国防軍の成れの果てなら、彼女らはジャパニーズニンジャの成れの果て。
闇夜に紛れて音も立てないプロフェッショナル集団である。
「というワケで、お届け物です」
「ん」
見た目、完全にコスプレ忍者であるその人に小包を渡す。
収集部隊04小隊。その詰め所。
初めて来たけど……すんごい静か。
胸元は紫と黒の中間色みたいな色の布でしっかりと覆っている。
にも拘らず、お臍やら鼠径部やらは網目状のモノに覆われてはいるものの、がっつり露出。
腰にはスリケンやらクナイやらでも入っているのだろう、
眼福。
「……まだ、なにか」
「あ、いえ。用はないんですけど……ちょっと気になって」
「?」
だって忍者と言えば、房中術。
つまるところ、エルォイ術である。
気にならないわけ、ないじゃん?
まぁ本当の所、道教における交わりを通じて健康になりましょう、みたいな術らしいんだけどサ。
「……ん?」
「?」
僕がそのおヘソをガン見していたからだろうか。
顔の角度的に俯いていると思われたか、収集部隊の女性がこちらを覗き込んできた。
……かわゆい。
無口系だ……!
貞操観念逆転世界だから、所謂陰の者みたいな扱いを受けるんだろうけど、いやそういうと女性の陰の者がいないみたいで語弊があるけれど、まぁ、うん。
そんなの僕には関係ぬぇ!
しかし、なんだろう。
ちょっとこの部屋暑くない? 体火照ってきちゃったよ。
え、いやワザとらしくないって。いやいやそういう意図があるわけじゃあないって。
いやほんとに、体アツくて──くらくらするような。
「効きが浅い……悪い?」
「わぁ、目の前によさそうなクッションが」
ここになら、倒れても怪我はしないだろう。
顔面から地面に行くのは嫌だからね。鼻血出してみんなに笑われたくない……というか、心配されたくないし。あと痛いし。
そんな感じで──ぽふ。
「……無防備」
「据え膳」
「これは良い届け物」
何か耳元でボソボソと聞こえる──いや、眠いし、いいかぁ。
そうして僕の意識は──暗闇の中へ落ちて、行かなかった。そりゃあそうである。僕に毒物薬物の類が効くわけもなく、僕の意識は常に覚醒状態にあった。目は閉じている。筋肉が弛緩している。弛緩させている。しかし感覚は鋭敏だ。彼女らの話も聞こえているし、自身の状況も理解している。問題の有無。危害を与える様子はない。ならば、静観でいいか。
「──ハッ!」
あたりを見渡す。
目の前──天井。
僕、半裸。手足がベッドに縛られている。
真横に衣擦れの音。
これは食われる流れ!!
ギシャイ。
「──じゃ、なさそうですね!」
真横を見て、わかった。
そこにいたのは一匹の熊。
持ち上げられた手に──腹を掴まれている、さっきの女性。
血の臭い。
「これは緊急事態だと判断しよう」
四方八方から呻き声。どれも、先ほど部屋にいた女性のもの。
比例して強くなる血臭。
これはマズイ。
緊急事態だと、判断した。
「おりゃ」
ぐりん、ごりん。
肩の関節を外す。幸い拘束はそこまで強いものではなく、体を起こすことには成功した。
焼けるような痛みが両肩を襲う。
まぁそれは置いておいて、見渡す限り死屍累々。うわぁ、と。
なーぜか半裸の女性たちが悉く傷を負って倒れているのだ。なーぜか。
壁には大きくあいた穴。鬼熊が入ってきた穴だろう。
武器をロクに持っていなかったのか、不意討ちが過ぎたのか、ほとんど無抵抗に引き裂かれたように見える。
「クマさんクマさん、僕の方が美味しいぜ?」
言いながら吐きつけるは、僕の唾。
見事命中したソレは、ギロりとその瞳を向けさせるに十分だったらしい。
「ゃ……め……!」
まだ意識があったらしい女性。
しかし、極上の獲物を前に煩わしく思ったのだろう鬼熊が、荒々しく女性を投げ捨てた事でその意識も途切れた。
途切れて、くれた。
「ほら、この腕。関節が外れていてね、動かないんだ」
見せる。
見せびらかす。
ほれほれ、美味しそうだろう?
次の瞬間には、腕がなくなっていた。
わ、速い。
「ありがとう!」
拘束の外れた腕でもう片方の腕と両足の拘束を解く。
くるんと体を翻し、僕の槍と服が置かれているロッカーの上へ退避。一応、目覚めた人がいないかだけチェック。
「ほらほら、コッチコッチ!」
服を着ている暇はない。
ないので、槍だけ持って詰め所の外へ出た。
ちなみに男が上半身裸で外に出ると、物凄い剣幕でみんなから怒られる。
数拍。
のそりと、鬼熊が詰め所の外へ出てくる。
よし、釣れたね。
残念ながら救援要請の煙玉は服の方の備え付けなので、怪我人の彼女たちを今すぐに助けてあげる、ということはできないのだけど……まぁ、そこは僕の仕事じゃあないかなぁ。
半分以上、彼女らの自業自得……いや誘ったのは僕だから僕のせいっちゃ僕のせいか。
「ヘイト稼ぎ役としてみれば僕は優秀なんだよね。それと──」
怒りと、興味と、好奇心と──もっと食わせろという食欲。
それらが綯交ぜになった赤い瞳の鬼熊が、その鋭い爪を振りかぶる──ッ!
ガン、と硬質な音が響いた。
「僕は君には勝てない。
けど、負けもしないよ。残念だったね」
急速落下する
見えている。
見えているのなら、止められない道理もない。
「あ、そうだ」
ガコッと肩を嵌める。片方外れたままだったからね。
でも一対一なら話は別である。
鍼燕だって、勝つのは無理だ。でも負けない。僕一人じゃ倒せないけれど、負けないことは出来る。
だって僕。
「こんなところで、死ねないからさ」
久しぶりに、笑って。
「……これは」
収集部隊が一人、
自身らの仕事たる"収集"から帰還して──すぐに異変に気付いた。
気付かない方がおかしい。
詰め所に大穴が空いているのだから。
そして、中へ足を踏み入れてみれば。
「……! しっかりしろ!」
滅多なことでは大声を出さない自身が、久しぶりに声を荒げた。
壊滅。
血の臭い。誰も死んではいないが、死にかけている。
すぐに医務道具を取り出し、治療を始める。
「身月……」
「意識があったか」
治療を行いつつ、声をかける。
消え入りそうな声だ。傷口から見て、下手人は鬼熊か。なぜこんなところにいる。
「救援……呼んで、身月は、……彼、を」
それだけ言って。
自らの隊長である
彼。
初めに思い浮かぶのは、02の御方。運命の涙と称される類い稀なる知啓の軍師。
だが彼はもう高齢で、何より前線に出る軍人ではない。
ならば。
理解した瞬間、防衛部隊と研究部隊、医療部隊への救援要請を告げる煙玉を打ち出していた。
倒れ伏す仲間に一瞬顔を顰めつつ──詰め所の外に出る。
足跡。激しい戦闘の痕跡。
「何時間たっているか──急がないと」
実際に見たことがあるわけではないけれど。
噂は、聞いている。
奪還部隊のマスコット。戦場をうろちょろする邪魔者。売男。
良い噂と悪い噂の混在した青年。
悪い噂ばかりなのは仕方がない。自身ですら──男が戦場にいたら、邪魔だと思うだろうから。
「! 金属音」
駆ける。
自分たちは奪還部隊や防衛部隊程戦闘には長けないけれど、走力には自信があるから。
すぐに、辿り着いた。
そこで目を奪われた。
ほぼ無傷の鬼熊。
対するは──全身から血を流し、裂傷だらけの。
上半身、裸の青年。
槍を扱い──汗と血が舞う。ハダカの上で。
「これは……刺激が、っ、ょぃ」
自分は初心である。
否、収集部隊全員、初心である。そしてむっつりである。
いきなり男性の半裸とか、刺激が強い。
「やぁ! 来たなら手伝ってくれると嬉しいな──!」
「……はっ」
声を張り上げる元気はあるらしい。
それに、さりげなくやっているけど……あの極限状態で、こちらを見つける余裕もあるのか。
収集部隊として鬼熊に気付かれない程度には隠れているというのに。
「撃破する」
「ヒュウ、頼もしい!」
鬼熊が爪を振り下ろす。
それをしっかりと槍で受け止める様を見届けつつ──鬼熊の首に薄刀を刺し込んだ。
ギャシャアという声。
疑問。鬼熊はそんな声では鳴かない。
疑惑をそのままに戦うのは危険。薄刀を抜き、バックステップで後退する。
「質問する。コイツは本当に鬼熊か?」
「え、違うの?」
「了解。答えは持ち合わせていない様子」
薄刀を見る。
月の出てくる時間。月の輝きに照らされた刀身についた血液は──赤だ。
赤だと?
赤は──
「気をつけろ!」
それは本日二度目の怒声。
普段声を張らない自分が、ここまで大きな声を出せるのかというくらいの。
「気をつけろって、そんなのずっと前から──、」
彼の頭部が。
地面に叩きつけられるのを、見た。
ぐしゃあ、と。
赤が広がるのも。
「──」
逃げるべきだと理性が言う。
逃げて、応援を呼ぶべきだと。
そもそもおかしかったのだ。
区画内にある詰め所に、何の障害もなく侵入したと思われる痕跡。あれが鬼熊の知性であるはずもない。
あれは
「──」
逃げるべきだと、逃げるべきだと。
言う。私が。冷静な私が言う。彼はもう助からないのだから、と。
だというのに、なぜ。
なぜ、私は薄刀を構えている?
「その腕を──退けろ」
それは、全能感だった。
理性を覆い、上回り、吹き飛ばす程の全能感。
今なら何でもできる、と。
今なら──誰だって助けられる、と。
囁く。
本能が。
「それは、己のモノだ」
抑えきれない。
抑えるタガさえも、本能に準じているのだ。
「退け、イディ!!」
本日三度目の怒声。
それは、今生において始めて放った激昂となって、森に響きわたった──。
「やぁ! 久しぶりだね、稲穂隼。調子はどうかな」
「最悪だよ、久しぶりにね」