なんか思てたんと違う 作:似非地球人
非情に残酷な表現アリです。
僕の目の前には、小憎たらしい笑顔を浮かべた青年が立っていた。
華奢な手足。低い身長に、さほど良くない肉付きの躰。
手には鎖。その先にあるのは槍ではなく、鈍重そうな足枷。反対に足の鎖は手枷へと繋がっている。
囚われの身であることは明白だった。
この真っ暗闇の空間に、彼は閉じ込められているのだ。
……否。
閉じ込められている、ではなく。
閉じ込めている、が正解だろうか。
「最悪な気分──にしては、随分と口角が上がっているようだけれど?」
「お互い様じゃないかな、それは」
確かにそうだね、と笑って返す。
あぁ、だって。
「ようやく"目的"を果たせるかもしれないんだ。笑いだってするさ」
「それもお互い様だね。僕だって、やるべきことが残っている」
今度は互いに表情を落として。
彼には申し訳ないけれど、諦めるわけにはいかないのだから。
「そうだ、聞きたかったんだけどさ」
「なんだい」
「キミの目的。宇宙人である君の目的に、あの
「まさか。そもそも僕は宇宙人ではないと何度も言っているだろう? その上で言うよ。アレは僕に関係のないものだ。僕としては、そっちこそ親玉とか親戚なんじゃないかと思っているけれどね」
「それこそとんでもない話だよ」
一緒にしないでほしい。
あんな中身ぐちゃぐちゃの奴らと同一視されるなんて耐えられないね。
「さて、それじゃあそろそろ決めようか?」
「そうだね。あんまり心配かけても悪いし」
ジャラジャラと鎖の音が重なる。
彼の鎖の音。
だけではない。
僕の首に繋がっている鎖の音でもある。
「どちらが皆にまた会えるか」
「どっちが向こうに戻れるか」
その"差"は歴然だった。
それでも。
「改めて言うよ、稲穂隼」
「僕は君が、大嫌いだ」
月明り──。
その光が途切れ途切れに差し込む森の中。
そこで、死闘が繰り広げられていた。
片や、体長3mはある巨熊。
こなた、所々が破けた忍装束に身を包む一人の女性。
打ち合い、克ち合い。
振るわれる打撃の威力も、斬撃の鋭さも、体重も、リーチも……全て巨熊が勝っている。
対する女性は肩で息をするほどには呼吸を荒げ、体の至る所から流血している。
勝敗は火を見るよりも明らかだった。
だというのに。
「ハァ!」
ギシャア! と。
今。現時点で──悲鳴を上げているのは、巨熊。
否、負けているわけではない。
だから、拮抗だ。
拮抗している。
少なくとも
それはあり得ない話だ。
あり得ない。
あり得ない事は──女性が一番よくわかっているはずだった。
収集部隊の隊長であっても、こうはならない。
だが、奮っていた。
彼女の中。
こんなにも、手応えがある。
こんなにも、充足感がある。
こんなにも、殺意が滾る。
冷静な自分の否定を悉く潰し、その怒りを刃に乗せる。
自分が。自分が。自分が。
「そこを、退け──」
巨腕が振るわれる。そこに攻撃が来ることはわかっていた。だが、体の反応が限りなく遅い。
鋭爪が身を切り裂く。その軌道はすべて見えていた。だが、足が思うように動かない。
既に戦闘開始から数時間が過ぎようとしている。
どんなに士気が上がっていても、どんなに殺意を滾らせていても──限界が近いのだ。
それでも逃げようと思わないのは。
なぜ?
「!」
霞む視界。ぼやける思考。
自身の戦闘理由に疑問を持ってしまった。
直後、眼前に爪があった。
避けられない。どころか、眼球を貫かれる軌道だ。
無理だと悟るのに、時間はかからなかった。
「、」
言葉は発されることなく。
ぞぶ、という不快な感触とともに、彼女は輝きを失った──。
「OK、予想の300倍は緊急事態みたいだね。それじゃあ、スマートに行こう」
半分が暗闇に堕ちた視界。
残った半分さえぼやけるそこに、ひとり。
男が立っているのが見えた。
でも、それまでだった。
意識は、ほどなくして。
深い深い、海の底へ沈んでいく──。
「さて」
大きく息を吸う。
いやぁ。
「空気美味しいなぁ! いや文字通り息が詰まってたからね。すぅはぁすぅはぁ! っとぉ! 人が深呼吸しているところに攻撃してくるヤツがあるかい!?」
空気を読まない
そういうとこだよそういうとこ。
「……なんて、まぁ馬鹿をやっているヒマはないか。お姉さん瀕死だし。治療しないとマズそう」
知らない人とはいえ、目の前で失われる命なんか見たくはない。
早めに済まそう。
とはいえ相手は
これが
「……気絶しているとはいえ、人前で……しかも外で肌を晒したくはないんだけどなぁ」
僕は露出狂か、っての。
でも、仕方ない。
僕の二十余年に及ぶフィールドワークと研究の成果から、
強い個体程、強く雄を求める、と。
女性のことを個体、というのは聊か抵抗があるけれど、でもそういうことなのだ。
個体としての強さをさほど持たない女性は、半ば遊び感覚で男漁りをする。気軽にナンパするし、気軽に捨てる。
逆に強い力を持つ女性は一途で、少々病み気味。独占欲が強く、拘束力も高い。
そしてそれは
弱い
でも強い
人間でいうお金持ちや権力者に値する強い化生は、常に美味しいモノ……つまり男のみに固執するわけである。
ちなみに食料としての女性も、強い個体の方が好きみたいだね。
「フフ……そら、邪魔な
既に破けかけていた軍服を放り棄て、インナースーツも半分以上
切り傷から流れている血を肩や胸へと延ばしていけば、
ごくり、と。
そのまま、インナースーツの下に手をかける。
一つは、獲物自らが食べやすい恰好になるという事態に様子を窺っているため。
もう一つは、一つ目の理由に通ずることではあるけれど。
「その爪じゃ、剥きにくいんだよね?」
言葉や意思が通じるとは思っていない。
けれど、そういうことなのだと知っている。
だが、その他のものは食べないのだ。
石。土。木。繊維。金属──人間の造り上げた建造物がそのまま残っているのはこのためだし*1、わざわざ攻撃を行うのもこのため。
要は、あの狂暴な手で、なんとか邪魔な皮を剥ごうとしていたワケである。
軍服やインナースーツという皮をね。
まぁ、力が強すぎて結果的に僕の体を切り裂いていたワケだけれど。
「……ふぅ」
股間。
胸を晒すだけでも大分抵抗があった──けれど、ここは殊更に抵抗がある。
背後、気絶している知らない女性。
目前、息を荒げている
ず、と。
覚悟を決めて、下部パーツをずり卸した。
ギシャァ! と。
森の中で全裸になる。
……本当に恥ずかしい。こんなところを部隊のみんなに見られたら、一週間は顔を会わせられない。
「う、ぐぅ」
弾力はあるのだろうが、人肌には硬いとしか感じられない肉球が全身を圧迫する。それでもさっきよりはかなり弱い──壊れやすい獲物であると学んだのだろう、かなり丁寧な持ち方に思える。
そして生者と死者では、前者を好む。
鮮度が良い方がいいのか、それとも心臓が動いている方が美味しいのか。
そこは
邪魔な皮を剥ぐことに成功したのなら、あとは
この
ゆっくりと持ち上げられ、掲げられる。
巨腕によって大部分が隠れているとはいえ、全裸の身を抱えあげられるのはめちゃくちゃ恥ずかしい。
眼下、ぐばぁ、と大きな口が開いた。
ギザギザの牙。並々と広がる口蓋。深淵の喉奥。
そこに、僕の右足が入っていく。
「……本当、慣れないなぁ。うぅ、気持ち悪い」
ざらざらの舌が
生暖かい空気が右足を包む。不快感。湿った、粘性のある空気。
舌は舐るように味わうように足を包み、ぐねぐね、うねうねとのたうち回る。
アキレス腱や膝窩などの窪みに舌が這うたび、言い知れぬ感覚がゾクゾクと全身を駆け巡る。
生暖かい空気の層は足の付け根辺りで止まり──その口が閉じられた。
「う、ひぃ」
しかしまだ、噛み千切られることはない。
高位の
獲物の反応を楽しんでいるのか、それとも美味しいものを長い間食べて居たいがための焦らしか。
鋭い牙が太腿に当たってこそいるものの、それ以上進む様子はまだなく、尚も足をベロベロ、グチュグチュと舐めしゃぶる。
不快感とくすぐったさが互いを相乗する。
そして一頻り味わった後──来た。
「ぎ……ぐ、ぅ」
肌に異物が入ってくる。冷たくとも熱くとも感じられない異物。
その感覚を覆って余りある、灼熱のコテを押し当てられたかのような──痛み。
痛い。痛い。痛い。
反射的にボロボロと涙をこぼす。喉からは嗚咽が漏れ、そして多大なる喪失感が全身を襲う。
我慢しろ。我慢するんだ。
これは永遠に続く痛みじゃない。苦痛は一瞬だ。大丈夫だ。大丈夫だ。
逃げ出したくなる。意識を失いたくなる心を必死で抑え込む。
「うるさい……うるさい! 僕は一人でやれるんだ……!」
痛い。痛い。痛い。
ぶち、と。
軟骨のちぎれる音がした。
「ガ、ァ──!」
翳る。
意識に
大丈夫だ。我慢できる。大丈夫だ。大丈夫だ!
「……」
咀嚼。
散々味わった僕の右足を──飲み込むのがわかった。
さて、では次に左足を、と……行こうとしたのだろう、僕を再度持ち上げようとした
脂汗の伝う顔で、静かに息を吐いた。
次の瞬間、ボゴォッ! と。
たまらず僕を手放し、自身の喉や腹を押さえる
その間も膨張は止まらない。ゴリゴリ、ギチュギチュという不可思議な音とともに、
そして、ピシッと。音がした。
ぐりんと上を向く瞳。
大きな口からはあの不快な舌が投げ出され──そのまま、動かなくなった。
動かなくなった。
「……いいから、早く戻して」
ぐじゅるるッ、と。
これはこれで慣れない感覚だけど……まるで傷をつけられた植物が再生する様子を早回しで見るかのように、右足が
同時、
……ふぅ。
「……やっぱり自分で脱いで正解だったね」
一息。
精神の安定を取り戻してから、先ほど脱いだインナースーツを着ていく。
自分で脱がないと──
絶対ヤだ。
「っと、さっきの人!」
インナースーツとボロボロの軍服を着なおした後、さっきの女性……収集部隊の人を探す。
捜索にさほど時間はかからなかった。
近くの木に凭れ掛かるようにして──目を閉じていたから。
胸と口に手を当てる。
……よかった、死んでないね。
「でも……」
創傷は、酷い。
左目が完全に潰れているし、顔の半分が無残にも削がれている。
全身に切り傷。打ち身、骨折……いくつか潰れている臓器もあるな。
意識の有無を確認する。
……ないね。
よし。
「──ふぅ」
コレを使うのは、久しぶりだ。
三週間ぶりか。
もっと早くに使えていたら、と思わないことはない。
その分厄介な奴も増えていただろうけれど、それでも。
でも、今更後悔したって仕方のないことだ。
今は、救える命を救おう。
「……ごめんね。これで貴女は、僕を好きになってしまう。本当にごめんなさい。人の好意を操るみたいな真似……個人的には、絶対ヤなんだけど……でも、目の前で死なれることの方がもっとヤだから」
爪先で手首に傷をつける。
どくどくと盛り上がるようにして溢れてくる血液。
それを、女性の口元へ近づけ──飲ませた。
「……」
早かった。
何がって──再生の速度が。
テープの早回しを見るかのように、失われた部位が治癒されていく。
削がれた顔も、潰れた眼球も、刻まれた肉体も、見えないけれど失われた臓器や折られた骨も。
全て、治っていく。
三週間前、あの遺跡で願ったのは、僕が欲したのは、こんなモノではないけれど。
結果的に、想像とは違ったけれど、僕の役には立っている。
全部が良かったとは思わない。いらないものも沢山ついてきたけれど──人命を救うことが出来るようにはなった。
それだけは、喜ばしいことだと思う。
女性の再生が終わった。
再生……回帰と、アイツは言っていたかな? まぁ、どうでもいい話だ。
すぅすぅと寝息を立てる女性にもう一度安堵の息を吐いて。
「あ、救難信号」
救助を頼む色である桃色の煙玉を打ち上げたのだった。
暗く、ロウソクの灯りのみが揺らめく部屋──。
「収集部隊04小隊員が単独で
「また04区画ですか。あそこは話題に事欠きませんねぇ」
そこで老人と女性が、静かに語り合っていた。
「いやぁ、前線に男が出ておるのだ。匂いも撒き散らされよう、つられた高位種が寄ってくるのも不思議ではない」
「匂いを封じるためのインナースーツでは?」
「低位の化生では確かに辿れないだろうが、高位は鼻も良い。強き者、甘美な男を探し当てる力が高いのだ」
「ふむ。ではやはり、件の男性隊員が前線に出る事を咎めた方がよいのでは?」
「ふん、稲穂の倅がそんなことを知らないはずがないだろう。アレは知った上で前線にいるのだ。仲間を危険に晒すこともわかっていて、な」
「……理由は」
「その上で行わなければいけない目的があるのだろうよ。この老骨にさえ見通せぬ深淵。だが……」
髭を撫でて、老人は笑う。
面白い、と。
「良い未来だな。苦悩もある。苦難もあるが……あるいは、我々を救う希望となるやもしれん」
「……それは、"運命の涙"としての言葉ですか?」
「さぁて。フフ、まぁ悪いようにはならんさ。それよりも俺ァ、下手に手を出して04の女どもに目を付けられる方が怖いねぇ」
「病みの04、ですか」
「俺にとっちゃお前も十二分に病み……いやなんでもねぇ」
「賢明な判断です、老師」
静かに夜が更けていく。
「頑張れよ、若造」
老人は、静かに同性へのエールを送ったのだった。
ぐろうすと図鑑
カリストラ / 鬼熊
体高3mを超える
体毛は硬く、刃が通り難い。肉はワリと美味い。
イディ / 霊山熊
体高3mを超える
体毛は硬く、知性を持ち、気配を断つことまで可能。タツジン!
女性名鑑
身月 / ミツキ
収集部隊04小隊の英雄。単独で鬼熊を討伐し、無傷で奪還部隊の男性隊員を取り返した一騎当千の将。本人は自分はそんなのではないと謙遜しているが、その強さは火を見るよりも明らかである。近々昇進が決まっている。
最近恋をしているとかなんとか。
指星 / シセイ
収集部隊04小隊隊長。最近欲求不満らしい。
病室で看護師のカラダをジロジロ見て居たとかなんとか。でもあの子の方がエロかったな、とかなんとか。知らんがな。