なんか思てたんと違う 作:似非地球人
稲穂隼が軍に入るまでどこで何をしていたのか。
それを知るのは、上層部にいる彼の親戚と彼自身だけ。
なぜそんなにも知る者が少ないのか。
それは、ひどく簡単に言えば、"隠しているから"である。
なぜ隠すのか。
疚しいことがあるから──あるいは、己ですら思い出したくもない過去がそこにあるからだろうか。
とにかく、彼は口を割らなかった。
10年を共にした仲間にも、妙に仲のいい民間人にも。
それでもなお、奪還部隊は彼を仲間だという。それが繋がりだと。
「でもね、海ちゃん思うんです。彼は
一心不乱に
全部自分のためであって──軍のためではない様に見えるのだ。
何か、人類が掲げる
もっと利己的で……ともすれば、周囲を破滅に導いてしまいかねないような、そんな目的に。
「海ちゃんは何度も言いますよ。あの男は、宇宙人なんじゃないか、って。そして──」
いいえ、と。
言葉を、彼女は飲み込んだ。
「これ以上は"対象"になってしまいかねませんし、口を噤んだ方がいいでしょうね」
見上げるのは空。
満天に無数の星々。
その中の一つ、大きくも小さくもない──他の星となんら見分けのつかないそれに、心の中で親指を下げる。
そして彼女は、そのまま暗がりの方へと消えていった。
稲穂隼は研究者である。
無論所属しているのは奪還部隊だし、研究部隊に属したことは一度もないのだが、彼は研究者だ。
研究対象は
滅多に出現しない之をどう研究するのかと問われる事も多いようであるが、彼曰く
実際世間一般に知られていない改造化生……以前現れた
これら情報を大々的に公表しない理由は二つ。
一つは、男の発言権が弱く、あまり信じてもらえない事。
そしてもう一つは、彼が困るから、である。
稲穂隼──彼の方が、人類に背いていると言えるだろう。
それでも彼は研究をやめない。
目的があるのだ。
大切な、大切な、大切な目的が。
それを果たすまでは──。
「07区画が全滅!?」
妙に夢見の悪い、目覚めの悪い悪夢から起き上がってみれば、難しい顔をした鳴と響が司令室で云々と唸っていた。
何事かと聞いてみれば、これだ。
07区画。
04の区画からはるか北東にある区画で、山が多く、
「今朝、全部隊に
「生き残った人はいないの?」
「現状、確認されとらん。どころか、建物一つ見つかっておらん」
ざわ、と。
背筋に冷たいものが走る。
「まるで上空に現れた大きな口が全てを飲み込んでしまったかのように、消えてしまったそうだ。建物も人も、山すらも。そこにあったのは大きなクレーターだけだという話だぞ」
「今朝、観測部、研究部共に06と08から正式派遣がされたようじゃが……」
今のところ、良い報告はあがってきておらんの、と鳴がため息をついた。
「ねぇ、響。07区画って確か、カジノとかがあったよね」
「ん? あぁ、まぁそうだな。07の区画は、歓楽街として有名だ」
「娼館はあった?」
ブホッと二人がお茶を吐く。
変なところに入ったのか、けほけほと咽ている二人にグイと迫って、もう一度聞く。
「娼館……男の人が性的奉」
「待て待て待て! 娼館の意味はわかる! というか、少しは恥じらえ。お前は男なんだぞ!」
「十分恥ずかしいよ。恥ずかしがるべき言葉ではないのはわかっていても、恥ずかしいものは恥ずかしい。でも、今は聞きたいことが勝る」
「……そうじゃな、07の歓楽街には、数多くの娼館があったわい。身売りの男が幾人もいた。これでよいか?」
「……うん」
別に水商売を馬鹿にしているわけではない。
ただ事実として、僕が口にするのは恥ずかしいというだけ。
そんなことはどうでもよくて、事実だ。
娼館。性的シンボルとしても、恐らく質としても良好な男が複数いた区画。
それが一夜にして消えたとなれば──理由は一つしかない。
「
「……最近
「間違いないと思う。これは、僕の研究者としての言葉だよ」
──だって手口が、そのまんまだ。
変わってない。
「……仮に本当に
その時、通信が入る音を聞いた。
ノイズ──その後ろで響く、ゴゴゴゴ、という振動音。
それが聞こえているだろう鳴と響が、すっと息を潜め、眉を顰めて耳をそばだてる。
僕も咄嗟に自らの通信機を耳に当て──聞いた。
『全隊へ警告! 警告! 三つ編み──、──、之は我が全命を以て伝え──、』
必死な声だ。
まだ若い女性の声。
『間違いなく、
一つ、コンテで描かれた絵が想起される。
何故か青空を泳ぐ魚たち。ニコニコと笑うそれは、僕らの上空を楽しそうに泳いでいた。
『観測部隊06小隊副隊長サイ、』
ガン、と硬質な音。
直後にザザッと強いノイズが入り、それ以上はなかった。
無かった。
「……少し、上と話す必要がある。席を外してくれ」
「わかった」
「うん」
響が難しい顔をして言う。
僕も返事を返す──けれど、口がしっかりと言葉を結べているかわからない。
必死なのだ。
上がってしまう口角を押さえるのに、必死なのである。
「え……待機、だって?」
「ああ……01、02、06、08。加えて本部の精鋭を集めて事に当たるとのことだ。他区画は待機。ただし、それぞれ近隣の区画を手助けするようにな。特に手薄になる06、08のフォローをしなければならん。01と02は自分たちでどうにかできるそうだ」
「そんな……」
そんなの……困る。
「対象は
それと、と。
響が僕を見た。
「隼、あの人がお呼びだ」
「あ……うん」
僕に心当たりがあるのなら。
当然、彼女にもあるのだろう。
素直にそれに応じる。
「それでは各自、持ち場に戻れ。隼は通信室へ行ってくれ。他の者は入らないようにとのことだ」
どこか──少しだけピリついた空気が雲散せずに、保たれたまま広がっていく。
横のつながりがない軍だけど、それは軍としての話。
07や、06、08の軍人に知り合いがいた子も多いはずだ。
少しだけ、胸が痛む。
それを無視した。
その権利は、ないのだから。
「
『そうね。久しぶり。でも、今は感傷に浸っている暇はないのよね』
その向こうに映るのは、温和な笑みを浮かべる女性。
僕の従姉。
僕と名字が違うのは、僕の母親が父親の姓を選んだからだ。
「
『ええ、そう』
「
『……当たり前でしょう。例えどれほどの被害を齎したとしても……その認識は変わらないわ。だから、私と貴方は死ぬまで共犯者よ』
「それは良い言葉だね」
共犯者。
同じ目線に立ったような気分になれる。
『本題を言うわ。本部の招集を受けなさい。……止めないから』
「ありがとう。どうか泣かないでほしいな。気負わないでほしいし──もし、僕が死んでも、責任を感じないでほしい」
『それは無理ね。後を追うか、三日三晩泣きじゃくるか。貴方を失って、貴方を想わないなんてことはあり得ないわ』
「……うん。ありがとうね」
あとは追わないでほしいけれど。
でも、これで。
「僕はどこに配属されるの?」
『01の補助よ。貴方の知識は、最高の戦力と最高の戦術家の横で役に立てるべきだわ』
「了解。生きて帰ってきたら、04に戻ってもいいんだよね?」
『ええ、好きになさい。軍規違反をするたび、また本部へ召集をかけるけれど。私にも体裁があるのよ』
「改めてありがとう。本当、助かってる」
本当に。
『それじゃ、そろそろ切るわ。最後に──』
「?」
『愛しているわ。心から』
「僕もだよ、
トゥン、と通信が切れた。
……よし。
急いで資料をまとめて……支度、しないと。
……鳴が怒りそうだなぁ。
//対価は届けられました。