彼方とラウラ、そして一夏とシャルロットはそれぞれのパートナーとの連携訓練を始めていた。
今まで共に訓練を続けてきた面子とは違ってほぼ初見の相手であるため、相手の力量、機体、性格による機動の癖などを知り、その上で作戦を立てる必要があった。
「貴様の斑鳩にはその機動力を生かして敵の撹乱を担当してもらいたい。私のシュヴァルツェア・レーゲンは機動性能に劣るが、その分火力は高い。貴様と私で敵機を誘導し、私が撃破する」
「囮役か……。いけるかな? アリーナは狭いからそこまで動き回れるとは思えないんだけど」
アリーナはISによる試合を行うために、それなりの広さを持っている。だが、高機動型の機体が自由に動けるほどの広さはない。彼方の懸念は、自身が囮役となってもこのフィールドでは十分なパフォーマンスを発揮出来ないというところだった。
さらに、それとは別の問題もあった。
「ただでさえ専用機は機体性能に制限をかけられるんだから、結構難しいんじゃないかな」
彼方の言うように、タッグトーナメントでは専用機所有者の機体に制限が設けられる。武装や機動性などの複数の項目などに制限をかけることで、機体の性能差を対等にするためのものだ。専用機所有者と一般生徒の技量差がはっきりしている一年が一番多くの制限を付けられ、学年が上がっていくに連れて段々とその制限は少なくなっていく。
専用機が制限を受ける組み合わせは、専用機二機に対して専用機がいない、もしくは一機だけの場合と、専用機一機に対して専用機がいない場合だ。
ただし専用機の数が互いのチームで同等である場合には制限は解除される。
「相手は一年だ。専用機所有者ならまだしも、ISに触れて数ヶ月の新米に負ける気か?」
「でも、油断は負けに繋がるよ」
「これは油断ではない。至極当然の結論だ。彼我の実力差、練度からして負けることはありえない。そう言っているのだ。……それとも」
自信が無いか?
ラウラはにやりと口角を上げると、彼方に挑戦的な視線を向ける。
「……出来ないことはないよ。オレが気にしてたのは、ボーデヴィッヒさんの護衛はいらないのかなと思っていたんだ。機体制限をかけられちゃ、機動性能の高くないシュヴァルツェア・レーゲンはあんまり動けないでしょ?」
ラウラの挑発に対して、彼方は挑発で返す。しかしそれに対して、ラウラはその笑みをより深めた。
「いい目だな。消極的かと思えば、存外に好戦的ではないか」
「そうでもないさ。一番は戦い自体を避けることだけど、やるからには負けるわけにはいかない」
「くくっ……、それも自衛隊式か?」
「どこの国の軍隊でも同じだと思うけどね」
「違いない。……そら、次だ」
連携訓練の際、彼方とラウラはそれぞれに驚嘆の感情を覚えていた。
彼方は、ラウラの軍人としての経験を生かした訓練や的確なアドバイスに。ラウラは、自身の訓練に弱音を吐かずについてくる彼方に対してだ。さらに言えば彼方の場合、驚嘆の他に別の感情もじわじわと大きくなっていくことを実感していた。
「水羊羹を作ってあるから、終わったら食べようか」
「――本当か!?」
ガラリとラウラの雰囲気が変わる。小柄な体躯からは想像も付かないような毅然とした態度からは一変、おやつを心待ちにする幼い少女の姿がそこにはあった。
「緑茶も用意してあるから、それも一緒にね」
「ああ、ああ! 分かった!」
きらきらと目を輝かせて水羊羹へと想いを馳せるラウラの姿には、既に軍人としての威厳は存在していなかった。
――こんな風におやつを期待している姿は、普通の女の子なんだけどな。
軍人としてのラウラと、幼い少女のようなラウラ。あまりにもアンバランスで対極的なそれを、まるで二重人格のようだと彼方は感じていた。彼女の言動などから、幼い頃から軍人であることが伺える。彼方は、それが関係しているのだろうと推測していた。
彼方の中では、ラウラに対する関心が大きくなってきている。しかし、無理にラウラの事情を聞きだそうとは思わなかった。それはパートナーとしての領分を逸脱していると考えていたからだ。
――布仏さんだったら……多分、普通に仲良くなって、普通に聞いちゃうんだろうけど。
彼方がラウラと組むようにした日以来、本音とラウラの距離は近くなっていた。それは本音が距離を詰めていったことが主な原因だった。ラウラが和菓子を好きで、かつ甘党であるという情報を本音はいつの間にか本人から聞き出しており、二人で彼方製の和菓子や本音の持っている菓子類を食べるという光景が時折発生する。
ちなみに、ラウラは彼方と本音の前ではいつもの憮然とした表情を崩すことがある。両者が甘くて美味しい菓子をくれる存在であると認識しているようで、直接的には口に出さないが菓子をねだるような仕草を取るのだ。
―― 一種の餌付けかな。これも。
「……? どうした」
「いや、なんでもないよ」
ラウラも本音には懐いているようで、この学校では唯一フルネームではなく名前で呼んでいる相手だ。本音が強引にそう仕向けた点もあったが、今では自然と名前で呼んでいた。
「さ、訓練を再開しようか。それと、水羊羹は夕食後にね」
「む……そうか」
すぐに食べられるわけではないと知って、ラウラが若干落ち込んだような表情になる。その様がなんともおかしく感じられて、彼方は顔を綻ばせた。
「……戦闘機動の訓練を行う。課題は機動状態から精確に射撃をすることだ」
「了解しました、少佐」
ラウラに対し、彼方は冗談混じりにそう答えるのだった。
その頃、一夏とシャルロットは別のアリーナで訓練をしていた。
シャルロットの放つ弾丸を、一夏が避ける。精密な射撃は、一夏の移動先を狙って放たれていた。
「こ、んのぉ……!」
《動きが雑になってきてるよっ! 銃口じゃなくて僕の視線や全身の動き、引き金を引くタイミングを見るんだ!》
「そんな、こと、言われて、もぉっ!?」
一発の弾丸が白式のシールドに当たり、火花を散らして弾かれた。一夏の視界に映るエネルギーが表記されるウィンドウの数値が少し減っている。情報を共有しているシャルロットがそれを確認すると銃を下ろした。
《やっぱり織斑くんは機体性能に甘えすぎかな。推進器系の出力を絞って、イグニッション・ブーストを禁止した途端に動きが鈍くなってる》
「くっそ~……。なんだか訓練機を使ってた時みたいだ」
《その時と比べて今はどう?》
「……なんだか、動きが悪くなってる気がする」
一夏の脳裏に記憶が再生される。学園に入学する前の訓練時期、彼方と共に千冬から地獄の扱きを受けていた頃のことだ。あの頃の動きと、機能を制限された今の白式での動きとを比べてみると、訓練機を使っていたあの頃の方がよく動けていた。
《織斑くんは多分、白式に慣れすぎちゃったんだろうね》
「慣れすぎた?」
《そう。白式は第三世代機、ようするに最新鋭機なんだ。それに対して訓練機は第二世代機。一つ世代が違うだけでも、結構な性能差が出るんだ》
白式は最新鋭機だ。武装面でこそ長刀一本だけではあるが、相手に近づき白兵戦を行うための加速性能、燃費の悪さを補ってなおあまりある“零落百夜”による攻撃力、そしてピーキーなまでのレスポンス速度によって細やかで繊細な機動を可能としていた。
《強い機体を使うことが悪いことだとは言わない。けど、白式は優秀だからこそ、逆に織斑くんがその優秀さに慣れちゃってる。それが足かせになってるんだ》
格闘ゲームだろうとレースゲームだろうと、強いキャラクターあるいは車種を使っているとそれだけで勝ててしまう。ゆえに、勝つために必要な要素としての小さな技術一つ一つを習得しにくくなってしまっているのだ。
「塵も積もれば山となる……か。確かに、オレの場合は塵が積もる前に白式っていう大きな山が出来上がってたから、その辺りを軽視してたのかもな」
《だから今の織斑くんに必要なことは、自分の本来の技術を見直すこと。基礎を改めて習得しなおすことかな》
シャルロットの提案に、一夏は大きく頷いた。自分のするべきことがはっきりとしたところで、それにしても、と一夏が口に出す。
「ほんと、デュノアには助けられてばっかだな。どうやって恩を返したらいいのやら」
《もう、気にしなくていいのに》
「う~ん……。なら、この恩は貸しにしておくよ。いつか返すから、その時は遠慮なく頼ってくれよ」
あ、それと、と一夏が付け加える。
「俺のことは名前で呼んでくれよ。そっちの方がパートナーっぽいしな」
《分かった。じゃあ、僕のこともシャルロットでいいよ。……せっかくのパートナーだしね》
二人は和やかに笑い合う。
そして、シャルロットが一夏に銃口を向け、一夏はそれに対し構えを取った。
《それじゃあ続き、やろうか》
「おう。ガンガンやってやるぜ!」
シャルロットの放った一発目を、一夏は紙一重で回避した。
* * *
学期末トーナメント開催日。学園中は興奮の熱に包まれていた。
「……ようやくこの日が来たのか」
食堂の一角のテーブルに腕を組んで座っていた箒が、目を瞑りながらそう呟いた。その言葉の裏に秘められた感情は、色々と複雑なものだった。
「……長かったわねー、ほんと」
その向かいに座る鈴音がテーブルに突っ伏しながら同調して答える。
「……辛かったですわね」
箒の隣に座るセシリアがティーカップの水面に写る自分を見ながら、憂鬱そうに応じた。
「むぐむぐ……今日のお菓子もおいし~」
鈴音の隣に座る本音が、彼方の作ったクッキーを頬張りながら顔を綻ばせる。他の三人と比べ、実に対照的な態度だった。
「まさか一夏があれほどデュノアと仲良くなるとは」
「てっきり尾上と組むんだと思ってたら、とんだ伏兵よ。まったく」
「こんなことなら早々に一夏さんにパートナー申請をしておけば良かったですわ」
三人が落ち込んでいる理由は、一夏がデュノアとパートナーになったことが関係していた。想い人(いちか)が他の女子と仲良くなっている現状を素直に受け取ることは、恋する乙女として到底出来ないことだった。
デュノアの性格が悪いなどということはなく、それどころかとても可愛らしく女性らしい女性であることも歯噛みをしている理由の一つである。
次第に仲が良くなっていく二人が和気あいあいと訓練をしている場面を、恨みがましく見ていることしか出来なかった箒たちのストレスは上限を知らなかった。
「一夏には悪いが、今までの鬱憤を晴らさせてもらおう」
「そうね。試合なら合法的に色々出来るんだから」
「そうですわ。箒さん、頼みますわよ」
「ああ、分かっている」
「本音も、よろしくね?」
「は~い」
「……本当に分かってるのかしら」
箒はセシリアと、鈴音は本音とペアを組んでいた。箒と本音は訓練機使用ではあるが、専用機組と共に自主練習をしていたこともあって一般の生徒と比べるとその力量差は明らかだった。
「それにしても驚いたのがボーデヴィッヒって転校生よ。尾上もよくあんなのと付き合える……というか懐かせたわね。本音もだけど」
「ん~?」
変わらずクッキーを食べながら、本音は首を傾げた。
「……知ってる? あの転校生とまともに話が出来るの、あんたと尾上だけなのよ?」
「そうなの~?」
「そうなの、って……」
「大丈夫だよ~。らうらんはいい子だから、直ぐにみんなと仲良くなれるよ~」
鈴音は本音のいつもの笑顔の中に、絶対的な確信が秘められていることを感じ取った。
「……そういうものかしらねぇ」
「そうだよ~」
この場にいる三人は、本音の人間性を好ましく思っている。それは、彼女の善性や優しさを知っているからだ。その善性を持つ少女が“いい子”であると断言したのだ。ならば、実際にラウラは“いい子”なのだろう。
しかし、
「本音さんからしてみると、あの方は子供扱いなんですのね」
姉として本音と、妹としてのラウラ。片方はニコニコとしたいつも通りの笑みを浮かべ、もう片方はむっすりとしたいつも通りの憮然とした表情を浮かべて。しかし二人で仲良く菓子を摘まんでいる光景が三人の脳裏に再生された。
「……?」
本音は相変わらず首を傾げたまま、真剣な表情で自身を見つめる三人に視線を向けていた。
* * *
彼方は更衣室に設置されたモニターに表示される、トーナメントの組み合わせ表を見つめていた。一日目の組み合わせ、と上部に書かれており、一年から三年までの組み合わせとそれが実施されるアリーナの番号が振られていた。
学年末トーナメントは複数日をかけて行われる。客足は一日目が一番少なく、最終日が一番多いと言われている。試合時間中は、学内モニターでランダムに選出された試合が映し出される。だが個人用のモニターであったり、談話室などのチャンネルを動かせるモニターであれば自由に様々な試合を見ることが出来る。
そして一年生の組み合わせ表の内、彼方と一夏の名前は一番端に隣り合って存在していた。
初日一回目の試合である。さらに言えば、お互いに専用機所有者二人のペアだ。抽選によるトーナメント表の発表の瞬間、強力なライバルが早々に一組脱落することを喜ぶ声もあったが、それ以上に学年末トーナメント初戦が専用機四機による試合という豪華過ぎる内容であったことに対する驚愕の声の方が大きかった。
――あれは驚いたなぁ。まさか真っ先に当たることになるなんてね。
既にISスーツに着替え終えていた彼方は、機材を伴わずに出来る斑鳩の簡単な調整をして試合までの時間を過ごしていた。
一試合目は専用機同士の対決だ。つまり、訓練機に対するような制限はなく、最初から全力で勝負をすることになる。相手は一夏とシャルロット。彼方は、一夏の戦術や癖、性格などをこの数ヶ月で随分と理解してきていたが、シャルロットはその限りではなかった。
転校してきてから一月も経っておらず、ラウラとは違って頻繁に話をするような間柄ではない。彼女から訓練を受けた経験もあり、シャルロットが一体どういった性格なのかの一端は垣間見ているが、それは適切な戦術を組み立てるための情報量には到底足りないものだった。
――どう対処するかな。
シャルロットの使うISが、余計に彼方の推測を邪魔していると言っていい。シャルロットの専用機、“ラファール・リヴァイブ・カスタムⅡ”。デュノア社製第二世代量産機、ラファール・リヴァイブのカスタム機である。
ラファール自体は学園の訓練機にもなっており、その長所は高い汎用性を持っていることだ。様々な装備を使い分け、幅広い戦術を取ることが可能としている。
すなわちラファールは、装備によっては如何様にもその姿を変えるのだ。
――デュノアさんがどんな武器を使うのか、そこが問題だろうな。
シャルロットの使う装備が分かれば、そこから戦い方を予測することも可能ではある。しかし、シャルロットの装備は未知数だ。
――恐らくではあるけど、オレと似たタイプだ。
ラファールは高い汎用性を誇っているが、長所もあれば勿論短所も存在する。
防御力の問題だ。
ラファールはその汎用性の代わりに、防御力を犠牲としている。そのため、白兵戦を苦手とする節があるのだ。
一夏の白兵戦の仕方に対する指摘も、相手側からの指摘が多かったことからもそれが窺える。
――要注意、かな。
ただでさえ相手は代表候補生なのだから、油断は禁物だと自分に言い聞かせる。
斑鳩の調整が終わると同時に、モニターに写し出されていた画面が切り替わる。トーナメントの開会式だ。
『……』
アリーナの中央の即席ステージに立つ一人の女生徒が、大会の開始を宣言している。
生徒会長である更識楯無だ。
ISスーツに身を包み、自信の溢れる表情を浮かべている。よく通るその声は、マイクが無くともアリーナ中に届くだろう。
モニターの向こうに映る楯無と、記憶の中の楯無の姿が重なる。初めて出会った時にからかわれた思い出が蘇り、彼方は苦笑いを浮かべた。だが、それ以降に彼女と会ったことはない。
生徒会長という、ある意味雲の上の存在と接することになったのは、あれが偶然だったからだと彼方は考えていた。学年も違う彼女と接する機会はもうないだろうと。
だというのに、モニターに映る楯無と、何故か目があったような感覚を彼方は受けていた。
* * *
試合開始数分前、彼方とラウラはピットで最終調整を行っていた。
「IFF起動。斑鳩を指定、通信繋げ」
「……うん、大丈夫だ。ちゃんと表示されてるよ」
彼方は自分の視界にシュヴァルツェア・レーゲンの機体状況が表示されたことを確認して、ラウラに応答する。
「こちらも確認した。装備類の点検は済んでいるな?」
「もちろん」
「よし。後は試合開始まで待機だ」
ラウラはそう言って静かに目を閉じた。
外の喧騒が厚い隔壁ごしに伝わってくる。アリーナには既に多くの人が集まっているのだろうと、彼方に思わせるような音だ。
くぐもったようなぼやけた音声に、ピットの中と外の空間が切り離されたような錯覚を感じた彼方は、自分を除いて唯一その場にいるラウラへと視線を向けた。
幼い顔つきにはピンと張った糸のような緊張感がある。左目を覆う黒い眼帯が目についた。
「ボーデヴィッヒさん。一つ、いいかな」
「なんだ」
「試合が終わってからでいいんだ。……改めて、一夏と勝負をしようとしていた理由を聞かせてくれないかな」
彼方の質問にラウラは少しの間考えるような仕草を見せ、
「……考えておこう」
と小さく呟いた。
再びの静寂が訪れ、そして、アリーナへの隔壁が開いた。
* * *
布仏本音は、ラウラ・ボーデヴィッヒのことを気に入っていた。姉しかいない身ではあったが、もしも妹がいたらこう接していたのかもしれないとも考えていた。
一緒に彼方の作った菓子を食べる時間は好きだし、無愛想ながらも美味しそうに食べる姿は見ていてとても可愛らしい。
しかし同時に、彼女はあまりにも異質だった。
周囲を拒絶し、一人になろうとすることにどういった意味を持つのかは、本音には分からなかった。だが、それを本音は良しとしなかった。なんとかして彼女を周囲と仲良くさせようと思っていたのだ。
これからもっとラウラと仲良くなろうと考えていた。
だからこそ本音は、人一倍彼女のことを気にかけていた。
だからこそ本音が最も早く、彼女の異変に気づけていた。
!警告!
『メインユニット』による干渉を検知。
当機への干渉を阻害しました。
僚機への干渉が行われました。
『シュヴァルツェア・レーゲン』との通信が遮断。
IFFを解除。敵性存在と断定します。
戦闘を開始してください。
まず、更新が遅れましたことをお詫びします。
若干のスランプに陥っていることが原因で、中々に筆の進まない日々が続きました。
次回はようやくトーナメント戦闘シーンです。