IS ~across the sky~   作:シャオレイ

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 また一ヶ月かかってしまった……。誰か私に速筆技能をください。

 タイトルに特に意味はありません(棒)


第十八話 副官の野望

 彼方は大浴場から出るとき、慎重に慎重を重ねた。これ以上何か事件を起こすわけにはいかないと固く決心し、結果として誰にも見られることなく大浴場近辺から脱出することに成功した。

 事件現場から離れた彼方は大きく安堵の溜息を吐いた。疲労を取るために風呂に行ったというのに、なぜこんなにも疲れているのか。そう思いつつ、彼方は飲み物でも買おうと寮備え付けの自動販売機置き場へ向かった。

 とにかく一旦心を落ち着かせてから布仏さんと話そう。

 しかし、その彼方の思惑は直ぐさま打ち壊されることとなる。

 

「あ……」

「あぅ……」

 

 ばったりと、本音と出くわしてしまった。気まずさと恥ずかしさが二人の間に満ちる。

 

『あの……』

 

 次いで、声が重なる。同じタイミングで、同じ切り出し方をしようとして、双方共に失敗した。沈黙が場を支配する。

 

「ええと……」

 

 先に口を開いたのは本音だった。

 

「とりあえず、隣どうぞ……?」

 

 

 彼方は缶コーヒーを一つ自動販売機から購入すると、本音の隣に腰を下ろした。いつもより距離があるのは緊張から来る間隔だ。

 しばらく喋ることを考えてから、まずは謝罪からだと彼方は結論付けた。

 

「……ごめん、布仏さん」

 

 中身の残る缶を隣に置き、本音に向かって頭を下げる。すると、頭上から本音の慌てたような声が聞こえてきた。

 

「あわわ、もういいのに~。あれは事故だったんでしょ~?」

「けど、事故だからって布仏さんに嫌な思いをさせたのは事実だ」

「おがみん……」

「オレにできることなら、何だってする」

「……」

「都合のいいことを言うようかもしれないけど……オレは布仏さんと友達のままでいたいから。だから、償いをさせて欲しい」

 

 謝罪の意味も込めているが、頭を下げたままで良かったと彼方は思う。顔は真っ赤になっているだろうし、なにより面と向かって拒絶でもされれば立ち直れない。

 時間が経つのに比例して、彼方の中の不安が増幅する。しばらくして、本音がぽつりと呟いた。

 

「あのね……今度、買い物に行くつもりなんだ~」

 

 その言葉にどんな意味が含まれているのか、その時点では彼方には分からなかった。ただ、本音が怒ってはいないことだけは理解できた。

 

「そのときに、荷物持ちをしてくれたらいいよ~。それと、これまで通りにお菓子を作ってくれることっ」

 

 少し顔上げて本音の表情を窺い見る。頬に朱が差して恥ずかしそうにしていた。

 これまで通りに。それはつまり、今までと変わらぬ関係のままで――友達同士のままでいたいという意思表示だった。

 彼方はそのことに安堵すると、本音に謝罪ではなく感謝の言葉を返した。

 

「……ありがとう、布仏さん」

 

 * * *

 

 ドイツ某所。時刻は昼過ぎであり、昼食を終えて午後の勤務の最中である。

 ドイツ軍基地の一角にある建物の中で、クラリッサ・ハルフォーフは書類の整理に勤しんでいた。IS部隊の隊長であるラウラがいないため、副隊長である彼女が代理として書類を片付けていたのだ。

 また一枚書類のチェックを終わらせて紙束の上に重ねたとき、クラリッサの専用ISである「シュヴァルツェア・ツヴァイク」にプライベート・チャネルで通信が入った。即座に通信を繋ぐと、クラリッサは口を開く。

 

「受諾。クラリッサ・ハルフォーフ大尉です」

『ラウラ・ボーデヴィッヒ少佐だ』

 

 クラリッサは持っていたペンを机に置くと、席を立った。それに反応して室内にいたシュヴァルツェ・ハーゼの隊員が一斉に視線をクラリッサに向ける。

 

「隊長。何か御用でしょうか」

『ああ、その……。大したことではないのだが……』

 

 通信相手がラウラだと分かったからか、より隊員がクラリッサに意識を集めた。

 クラリッサとしても気持ちは分かる。しかし、ラウラの代わりに隊を預かる身として、その所業を許すわけにはいかない。クラリッサは視線で隊員の動きを押し止めると、仕事を続けるようにハンドサインで指示を下した。

 隊員が仕事に戻ったのを確認すると、クラリッサは再び通信に集中した。通信相手のラウラはしばらく言葉にならない声を漏らした後に、口ごもりながらも話し出した。

 

『少し、相談したいことがあってだな……』

「相談、ですか」

 

 クラリッサは眉根を寄せた。“あの”ラウラから相談を持ちかけられるとは思いもよらなかったからだ。

 IS学園に向かう前から孤高を貫いていたラウラだが、IS学園でトラブルがあったと聞かされたその日、ラウラから一本の通信が入った。部隊司令であり、ラウラの身元引き受け人であるアルベルト・ハイゼンベルグに向けたものだった。

 その時秘書代わりに働いていたクラリッサは、偶然聞いてしまったその会話内容に落雷が直撃したかのような衝撃を受けた。

 あの、孤高の隊長が。副隊長である自分とすら接触を避ける(クラリッサは日本の書物を読んで、こういった性格の女性はツンドラと呼ぶのだと学んでいる)、あの小柄な隊長が。

 司令官と仕事の会話ではなく、私的な会話をしていたのだ。まるで、父と娘の語らいのように。

 それに気づいたクラリッサは咄嗟に二人の通話を録音し、思わず部隊の全員に配ってしまった。このクラリッサの行動により隊員のラウラに対する評価が反転することとなるが、それもマイナスの方向ではなくプラスに転がったとクラリッサは判断している。

 こうしてラウラとの通話を盗み聞きしようと必死に耳を傾けている隊員たちを見れば一目瞭然だった。

 それ以降にもクラリッサ自身がラウラと話す機会が幾度かあり、報告と称して学園での日常を聞き出していた。ちなみにそれらの通話も全て録音していて、隊内に配布も完了している。

 

「何かありましたでしょうか。まさか、御身体かISに異常でも……?」

『いや、そうじゃないんだ。相談、というよりもクラリッサに聞きたいことがあってだな……』

「聞きたいことと申しますと」

『……男は何をすれば喜ぶ?』

「…………なんですと?」

 

 その瞬間、隊員たちが立ち上がった。クラリッサの表情から何かを感じ取ったのか、その瞳には不安と期待と緊張が浮かんでいる。

 一方クラリッサもゆっくりと近寄ってくる隊員たちに注意を促すことはない。それをするだけの余裕が無かったからだ。

 まさか、ラウラの口から「男を喜ばせるにはどうしたらいいか」などという言葉を聞くことになろうとは思わなかった。クラリッサの背筋に冷や汗が流れる。

 一体何が起こったのかと、クラリッサは優秀な軍人としての脳を全力稼動させた。様々な想像が頭の中を駆け回り、ピンク色の妄想へと変わる。

 

『そのだな……尾上彼方に礼をしたいのだ』

 

 尾上彼方。その名前にクラリッサは覚えがあった。確か二人いる男性IS操縦者の片割れだったはずだ。それ以外にも、ラウラから彼の話は聞いている。曰く、学園で世話になっている人物であると。

 

「礼、といいますと」

『私は尾上彼方に色々と借りを作ってしまった。その借りを返さねばならん。だが……私は何をしていいのか分からない。恥ずかしいことにな』

「隊長……」

『そこで、クラリッサに相談しようと考えたんだ。以前、クラリッサが日本の文化に詳しいと話していただろう。それを頼ってみようと……』

 

 後半は少し声が小さくなっていたが、それも羞恥から来ているのだとクラリッサは感じ取った。ISを前に頬を染めてもじもじとしているラウラを“想像”し、クラリッサは思わず鼻を押さえる。

 

『どういったことが喜ばれるのか……。もう、頼れるのはクラリッサだけなんだ』

 

 その言葉に、クラリッサは瞳を輝かせた。今こそ自らが学んだ知識を駆使する時であると考えたからだ。クラリッサは手元のメモ用紙にガリガリと思い付いた『作戦』を書きなぐる。

 

「万事私にお任せください。必ずや尾上彼方を満足させる策を出しましょう」

『……ありがとう。クラリッサが頼りになる副官でよかった』

「有り難き幸せ……!」

 

 こうして、クラリッサは“敬愛”する隊長に策を授けるのだった。

 

 その後、司令室へ仕事の報告に訪れたクラリッサの満足げな笑みに、アルベルトは薄気味悪さを覚えたという。

 

 * * *

 

 翌日、IS学園で一つの事件が起こった。

 年内に起こったいくつかの事件と比べると物騒な物ではなかったが、人々の記憶に残るに十分な話題性を持ち、しばらくの間学内で語り継がれるのだった。

 その中心にいたのは、男性IS操縦者である尾上彼方と、銀髪の転校生ラウラ・ボーデヴィッヒである。

 両名共にIS学園での知名度は高かった。彼方は言うまでもなく、男性IS操縦者として。そしてラウラは、学期末トーナメントで起こった事件の当事者としてまだ記憶が新しかった。

 事件の始まりは、代休明けの通常登校日、朝のホームルーム前の時間のことだ。各々が来週に控えた臨海学校の話をしており、それは彼方や一夏も例外ではなかった。

 昨夜に起こった『事故』が影響して、男子二人は女子たちと顔を合わせることがなんとなく気まずかった。それぞれが遭遇した相手との和解は済んでいたが、恥ずかしさや申し訳なさから上手く話すことはできないだろうと判断した結果だった。

 

「来週には臨海学校か。早いな」

「先週に学期末トーナメントをやったばかりだしね。二年や三年になったら違うのかもしれないけど」

「確か海でISの操縦実習をするんだろ?」

「そうそう。広い空間での動かし方を習うんだよ。アリーナと比べて高度も範囲も違うから……楽しみだなぁ。広い空間で飛ぶの」

 

 彼方の脳裏には高い空を飛んでいる自分の姿があった。眼下に果てしなく広がる海を臨みながら、晴天の下を飛ぶ。夢にまで見た光景だ。

 

「まあ、そこまで自由に飛べるかどうかは分からないけどな」

「そうなんだよね……」

 

 臨海学校で行うのはあくまでも実習。つまりは訓練だ。自由に空を飛ぶことなど出来ない。例えそうでなくとも、ISで空を自由に飛ぶ機会など非常に少ないが。

 

「でも俺も少し楽しみだぜ。今まではアリーナとその上空しか飛んだことなかったからな」

「どんなことするんだろう。二学期にはキャノンボール・ファストもあるし、それに向けての訓練かな」

 

 キャノンボール・ファスト。国際大会規模で行われることもあるISのレースだ。IS特有の機動と速度が見所であり、人気の高い競技種目である。

 IS学園で行われるそれは、国際大会のそれをスケールダウンさせたものだ。洋上で行われ、その様子は近くの会場で上映される。一般の客も見物することが可能であり、会場近くの町村では一種の町おこしイベントとして扱われている。

 

「キャノンボール・ファストか……。そんなこと全然考えてなかった」

「はは、やるのは数ヶ月も先だから無理もないと思うけど。あ、そういえば」

 

 彼方はふと思い出したように続けた。

 

「芳野重工の担当さんから連絡があってさ。向こうで斑鳩の新装備のテストがしたいんだって」

「向こうって、臨海学校でってことか?」

「そうみたい。なんでも広い空間じゃないと出来ないテストらしくて」

 

 連絡があったのは学期末トーナメントの最中だった。装備の詳細は教えてもらえなかったが、斑鳩の特性をより特化させる仕様の物らしい。

 

「新装備か。羨ましいぜ。白式には雪片しかないってのに」

「雪片はそれだけ強いじゃないか。オレにはどう頑張ったってそれだけの威力を持った攻撃は出せないし」

「そうかもしれないけどよぉ……。斬れる距離まで近づくのって怖いんだぜ? 箒は刀だけしか使わないからまだしも、鈴やセシリアは容赦なく撃ってくるし、シャルロットも訓練の時は怖いしさぁ……」

 

 訓練中の一夏は、それはもう壮絶極まりなかった。本気でやるからこそ訓練になる、が持論の代表候補生たちに全力で相手をされ、情け容赦なく射撃される一夏の姿は涙を誘った。勿論意味があってこそのものであり、近接武器しか持たない一夏が弾幕を掻い潜って相手の懐に潜り込むための訓練である。

 はあ、と溜息を吐いて机に倒れこむ一夏を、彼方は苦笑しながら見ていた。

 

「ん……?」

 

 彼方がだれている一夏を眺めていると、廊下が若干騒がしいことに気がついた。何事だろうかと教室の扉に視線を向ける。そのタイミングで扉が開かれ、見知った顔と目が合った。

 

「おはよう、ボーデヴィッヒさん。布仏さんも」

「ああ……」

「おはよう、おがみん~。おりむーもおはよ~」

「おう、おはよう、のほほんさん。……とボーデヴィッヒ」

 

 僅かに顔をしかめたラウラと、その後ろに手を振る本音の姿があった。ラウラは足早に一夏と彼方に近寄ると、じっと二人を見つめ始めた。

 

「な、なんだよ……」

 

 初日に向けられた極寒の視線を思い出したのか、一夏も及び腰で対応する。

 

「織斑一夏」

「お、おう」

「次こそは貴様に勝つ。その首を洗って待っていろ」

「お、おう?」

 

 拍子抜けした様子で一夏は首を傾げた。予想外の言葉だったからだ。

 混乱している一夏に追い討ちをかける形でラウラは続けた。

 

「貴様のことはこれから、“強敵(とも)”と呼ぶ」

「……は?」

 

 状況を一切理解出来ていない一夏を放っておいて、ラウラは彼方に向き直った。

 

「尾上彼方」

「……えーと、なにかな」

 

 彼女が今しがた一夏相手に行った理解不能な会話に似た“何か”を言われるのだろうかと彼方は身構え、その予想の通りに、いやある種その予想を上回った言葉が紡がれた。

 

「貴様のことはこれから“兄上”と呼ばせてもらおう」

 

 瞬間、教室の空気が変わった。混乱から、凍結へ。その中で一番始めに反応できたのは、彼方だった。

 

「ええと……」

「なんだ」

「一体なにがどうしたのかな……?」

 

 “反応”はできたが、それに“対応”はできなかった。的外れな言葉を口に出し、しかしラウラはその意図を理解してくれたようで説明を始めた。

 

「部隊の者から教わった。いつか倒すべき相手を“強敵”と書いて“とも”と呼び、信頼している男を“兄”と呼ぶのだと」

 

 ラウラに信頼していると言われたことに対する嬉しさも、今は沸かなかった。他の部分の衝撃が強すぎる。

 

「それで、一夏が強敵(とも)で、オレが兄だと……?」

「ああ。兄上の場合いくつか候補を出されたのだが、しっくり来るのが“兄上”という呼称だったのだ。なにより、こういった呼び方をされると日本人男性は喜ぶと聞いた」

 

 それは誤解だと彼方は大声で叫びたかった。しかし、彼方を見つめるラウラの瞳の純粋さに声を呑み込んでしまう。

 

「……ダメ、だっただろうか」

 

 教室にいた数人の生徒が生唾を呑み込んだ。目の前にいるのは、軍人でも代表候補生でもない。ただ不安に瞳を震わせるか弱い少女の姿がそこにはあった。クラスの幾人かが、ドイツ本国にいるシュヴァルツェ・ハーゼの隊員と同等の気持ちを胸に抱いた。

 想定外の事態に混乱しつつある彼方は、とりあえず彼女の勘違いは解こうと行動しようとしたが、ある人物に阻まれる。

 

「わたしも~!」

 

 ラウラの背中から二本の腕が回される。同時にラウラの顔の隣に本音の顔が現れた。

 頬擦りをするように密着してきた本音に、ラウラは目を丸くした。羞恥からかラウラの表情に朱が混じる。

 

「わたしもお姉ちゃんって呼ばれたい~!」

「やめっ、本音、離しっ……」

「お姉ちゃんしかいなかったから、ずっと妹が欲しかったの~」

「話を……聞け……っ」

 

 本音がラウラにじゃれついている内に、静まっていた教室も騒がしくなっていった。話題は彼方とラウラだ。

 兄から一度聞いたことがある。女子の噂の伝染力は、男子のそれの数十倍であると。何かを起こせば翌日にはその噂が広がっていると。

 今後起こり得る惨劇に身を震わせた彼方は、被害を最小限に止めようとして口を開こうとして――、

 

「騒がしいぞ。ホームルームの時間だ、席に着け」

 

 それが不可能であることを悟った。

 

「その、なんだ……ドンマイ?」

 

 一夏が彼方の肩を叩く。とりあえず、このことを吹き込んだ相手には今度絶対に文句を言う。それを固く決意した彼方は、引きつった表情のまま自分の席へと戻った。

 教卓に立つ千冬だけが、怪訝そうな眼差しで教室を見回していた。

 

 * * *

 

 一学期末は、一年を担当している教員には多忙な時期となる。ただでさえ忙しいIS学園の教師であるという以上に、学期末トーナメントと臨海学校の二つの行事が千冬のため息を増やす。

 トラブルの発生や特殊ケースである一夏や彼方の存在に頭を悩ませながら、千冬は缶ビールのプルタブを引いた。

 開けた瞬間の炭酸の小気味よい音が疲労の溜まった体を癒す。一口、二口と飲むにつれて段々とペースが上がり、直ぐに一本目を空けてしまった。

 もう少しゆっくり飲めばよかったと後悔しつつ、千冬は携帯電話を手に取る。見た目こそ市販の携帯電話ではあるが、その内部は様々な改造が施された一品だった。盗聴などの心配を一切しなくていい辺りは助かる機能だと千冬は考えている。

 二本目の缶ビールを一口だけ飲んでから、携帯電話の着信履歴から目的の人物の番号を選択した。コール音が鳴り始めたことを確認し、椅子に腰を下ろした。千冬しか居ない室内で、コール音がやたらと大きく聞こえる。

 三度目が鳴り、四度目に入る瞬間に電子音が止まった。聞き慣れた声がスピーカーから流れ出る。

 

『もすもすひねもす? 束さんだよー? なにかな、ちーちゃん』

 

 この電話の先にいるのは、ISを作り出し、現在は失踪中であるはずの篠ノ之束本人だ。いつものように無駄に陽気な声で対応する束に、千冬は一つ息を吐くと言葉を切り出した。

 

「直球に聞く。お前は来週の臨海学校に来るつもりだな?」

『ぎくっ。そ、そんなことないよー』

 

 あまりにもわざとらしい言い方だが、迅速に話を進めるためにもそれを受け流す。

 

「目的は箒にISを渡すことか」

『スルーは寂しいよー……。まあ、気を取り直して、目的はそれと、いっくんともう一人のヤツのデータを取ることかなー』

「もう一人……尾上か」

『名前は覚えてないけどさ。多分そいつ』

 

 相変わらずだな。千冬は口だけを動かして声を出さずにそう呟くと、今の束の状況を考えて少しの心配と頭痛に襲われた。

 

「……束、少しは人の名前を覚えるように努力しろ。まさかとは思うが、“そっち”でもそうなんじゃないだろうな」

『……だってー。覚えられないものは覚えられないもん。こっちにいるヤツらだって……』

「束」

 

 泣き言を言い始めた束に、千冬は少し語調を強めて名前を呼ぶ。仮にも“保護を受けている身”だというのに、その態度はいただけない。

 

『……うー、ごめんなさーい』

「謝るくらいだったら覚えるように努力しろ」

『はーい……』

 

 束のテンションがあからさまに下がっていた。本当に相変わらずだ。千冬は缶ビールを口元に運んだ。

 

「……まあ、説教をするために電話をかけたわけではないからな。来るときに連絡を入れろ」

『……え? ちーちゃん、来るなって言わないの?』

「別に構わん。妹の顔くらい見たいだろう」

『うん、うん! えへへへ、こうなったら早く“紅椿”の調整をしてくるねばいばーいっ!』

 

 プツリと、電話が切れた。千冬は携帯電話をベッドに放り投げると、ビールを煽る。一息で中身を飲み干し、目蓋を閉じた。

 

「こうして“本当の用件”を隠さなければ、束も来ないかもしれないからな……」

 

 千冬の目蓋の裏には、数日前の『会議』のことが浮かんでいた。

 芳野重工側からもたらされた情報。それらの対処に追われていたことも、疲労の一端でもあった。

 とはいえ、この会議が非常に重大かつ意義のあるものだったことは疑いようが無い。アンノウンの襲撃、シュヴァルツェア・レーゲンの暴走。続いて起きた事件は全て一連の事象の一部に過ぎず、そして始まりなのだということを思い知らされた。

 気分は重い。だが、いつまでも落ち込んではいられない。彼女には生徒を守るという使命があるのだから。

 無意識の内に手に力が入り、空き缶を握り潰した。ぐしゃりという音が、やけに大きく響いた。




 キャノンボール・ファストの設定を少し変更しています。詳しい説明は後々描写いたします。

 ラウラの彼方に対する呼称はとても迷いました。
 お兄ちゃん、お兄様、にぃや、兄貴、兄者、兄様(あにさま)等々……。一番違和感の無いのが兄上かな? と思ったので、それに決定しました。ちなみに最終候補は兄上と兄者でした。
 一夏のそれは割りと直ぐに決まりました。

 次回には少し短めになると思いますがデート編を入れて、それから臨海学校編へと移りたいと思います。
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