IS ~across the sky~   作:シャオレイ

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デート回です。布仏さんのキャラ崩壊が多いかもしれません。
また作者に服のセンスは皆無ですので、作中のキャラの服装を尋ねられても答えられませんのであしからずご了承ください。


第十九話 幕間 休日の一コマ

「はあ……」

 

 五回。彼方が待ち合わせ場所で時計を確認した回数と、その後に吐いたため息の回数である。

 どうにも落ち着かない気持ちを抑え、少しだけ頭を動かして周囲の状況を確認した。彼方のように誰かを待っているような人たちや、目的の相手と会えたカップルなど。種類は多様ではあったが、その中に彼女たちの姿は無かった。

 六度目のため息を吐いた彼方が待っている人物は、本音とラウラだった。

 先日の“事故”の詫びとして買い物に付き合う約束をし、そして今日がその約束の日だった。

 約束をしたのは本音とだったが、彼女がラウラを連れて行くことを提案し、彼方はそれを了承した。本音がラウラを買い物に誘った理由は、ラウラが殆ど荷物という荷物を持っておらず、最低限度の日用品だけしか所持していなかったためだ。今回の買い物はその他の物品を買いに行くことが目的の一つでもあった。

 本来なら三人でIS学園から来る予定だったのだが、出発の少し前にある事実が判明した。

 ラウラが学園の制服以外の服を所持していなかったのである。

 

『ごめん~! らうらんの服をなんとかしてくるから、先に行って時間を潰してて~!』

 

 当然のような顔をして制服で出てきたラウラを、本音は抵抗を無視して力ずくで部屋に押し込んでいった。一人残された形になる彼方だったが、協力を仰がれたところで出来ることは殆ど無かっただろう。仕方なく一人で行き先であるショッピングモールへと赴き、時間を潰した。

 本屋やゲームセンターを覗いている内に、本音から一通のメールが届いた。ラウラの服の準備が終わったのでこれからそちらに向かう、という内容の物だった。彼方はそれに了解を示す返信をして、待ち合わせ場所に移動するために歩き出した。

 女子からメールが来るというのは、少し不思議な感覚を彼方に与えた。今朝来る前に本音から教わった電話番号とメールアドレスは、しっかりと彼方の電話帳に登録されている。母親以外の女性のアドレスを登録したというのは、彼方にとって初めての経験だった。

 少し早く待ち合わせ場所に着いてしまった彼方は、学園島から出るモノレールと、乗り換え電車の時刻表を携帯電話で確認した。メールの来たタイミングと時間から逆算して、二人が来るだろう時間を割り出した彼方は近くのベンチに腰を下ろす。

 その時。丁度視線の先で、待ち合わせをしていたのだと思わせるカップルが目に入った。その場で少し言葉を交わした後、腕を組んでその場から立ち去った。

 そうした光景を見ていて、彼方が感じたことがある。

 

 ――駅前で、女の子と待ち合わせ、って……。まるで、デートみたいじゃ……。

 

 そこまで考えて、彼方は慌てて下を向いた。両膝に肘を突いて、両の掌をがっちりと噛み合わせる。

 

 ――い、いや。それ以前に、なんで布仏さんと出かけるって時点で気づかなかったんだオレは!

 

 “事故”の直後で気が動転していたからか。それとも、学園に来てから長い時間一緒にいて、二人で行動することを自然に感じてしまったからか。

 そのどちらであったとしても、彼方が今混乱している現状は変わらない。

 

 ――どうしよう。そんなこと考えもしなかった。というよりも女の子と出かけることなんて初めてだ。

 

 改めて事態の大きさ(彼方視線)を確認し、夏の日差しからではない熱が体を巡っていくのが分かった。時計を確認する。本音たちが乗っているであろう電車が来る時刻まで、後十分以上はあった。

 

 

 計七回時計を確認し、ため息を吐いた頃、視界に目立つ銀の色を見つけた。にわかに周囲の雰囲気が変わるのが分かる。日本ではまず見ないような珍しい髪色だということが一番の要因だろうと彼方は推測した。

 

「うわっ……見ろよ、あれ」

「え? ってうお。すげぇ、銀髪だ。初めて見た。しかもかわいい……」

「外国の人よね……? すごい綺麗な銀髪……」

「ちっちゃくてかわいい~。隣の子に隠れるみたいにしてるところとか、小動物みたい」

「隣の子もレベルたけぇな」

「ああ、かわいいよな。ほんわかした雰囲気してて」

 

 通行人や待ち合わせに立っていた人たちの囁き声が聞こえてきた。どれもが、訪れた珍客への好奇に満ちている。

 彼方は意を決して立ち上がると、二人組みの珍客――本音と、彼女に手を引かれるラウラに向かって近づいていった。場所が学園ではないというだけで妙な緊張感が押し寄せてくる。周囲が本音たちに集める視線もその原因の一つだろう。

 本音が彼方に気づいたようで、笑顔で手を振ってきた。彼方も小さく手を振り返す。ラウラは彼方から身を隠すように、本音の後ろに隠れていた。

 

「おまたせ~! ごめんね、待たせちゃって~。らうらんの服を決めるのに少し時間かかっちゃって~……」

「いや、大丈夫だよ」

 

 彼方の目は本音の私服に向けられた。学園で会うときは基本制服だったため、私服というのは新鮮だ。

 本音の着ている服は全体的に淡い色合いで整えられており、纏っている本人の性格を現すかのように柔らかい印象を与える。しかし制服のときとは違い、目の前の少女が不思議と大人びて見えた。

 彼方が服を気にしていることに気づいたのか、本音はさっと頬を染めて、照れ隠しに後ろにいるラウラを引っ張り出す。

 

「ほ、ほら~、らうらんの服も見てあげて~。大きさが合う服が無くて少し困ったんだけど、なんとか合わせてきたんだよ~」

「み、見るなっ。見ないでくれ、兄上……っ」

 

 両肩を本音に掴まれたラウラは体を隠すこともできずに、その姿を彼方の前に晒した。必死に顔を逸らし、スカートの裾をぎゅっと握り締めている。

 ラウラの服は、ラウラのイメージとは違った、しかしある種では彼女にとても似合っている服装だった。本音の持っていた服なのか、“軍人らしさ”の全く無い可愛らしいものだ。

 普段のラウラからすれば考えられないような服装ではあったが、長い銀髪と華奢な体躯を持つラウラはまるで人形のようで良く似合っていた。

 

「ね、ね、どうかな~。凄くかわいいと思うんたけど~」

「やめっ。本音……!」

 

 感想を求めているのか、本音が期待をするような眼差しで見つめてきている。

 彼方は兄が以前に、女性の服装は褒めるものだと言っていたことを思い出した。それに倣ったほうがいいのだろうかと思ったものの、どんなことを言えばいいのか分からない。

 とはいえ何も言わないのもいけないと考えた彼方は、緊張から来る鼓動の早さを隠すためにできるだけゆっくりと口にした。

 

「ええと……凄い似合ってると思うよ」

「んなぁ……っ」

 

 奇妙な声を出してラウラが視線を泳がせる。短い、ありふれたような文句ではあったが、それでも良かったらしく、本音は満足そうに頷いた。

 そんな本音の様子を見ていて、ふと、思いついてしまったことがあった。

 

「布仏さんも……」

「え?」

「布仏さんも、その服、似合ってるよ」

「……ふわ」

 

 本音もラウラと同じように奇妙な声を漏らした。少しの間事態が把握できずに放心し、その後に顔を赤くして目を伏せた。

 

「……ありがと~」

 

 呟かれた言葉に嫌悪感が無かったことに一旦は安心した彼方は、自分の言動に激しい羞恥心を覚えた。

 まるで軟派のような台詞を吐いてしまったと後悔しつつ、彼方は二人に移動を呼び掛ける。そろそろ周囲の視線が痛くなってきたからだ。

 

「ほ、ほら。二人とも、そろそろ行こうか」

「あ、うん……」

「むむむ……」

 

 未だ放心気味の本音と唸り続けているラウラが彼方の後に付いてくる。見ていて少し不安になる有り様だが、まずはここから離れることが先決だと彼方は判断した。

 背中に刺さる視線から逃れ、彼方たちはショッピングモールの中へと入っていった。

 

 * * *

 

 休日ということもあってモールの内部には人が溢れていた。入って正面の広場には老若男女が行き交い、活気に満ちている。

 

「すごい人だな……」

 

 立ち直ったラウラが周りを見回しながら呟く。これほど人がいるのは基地でも見たことがない、と続けた。

 

「まあ、今日は休日だしね。ここも大きなところだし、テレビなんかでもよく取り上げられてるから」

「そうだね~。けど、大きいから色んな服が見れるよ~」

 

 本音もいつもの調子を取り戻したが、まだ頬が少しだけ赤い。彼方も少し前のことを思い出してしまうが、直ぐにその記憶を追い払った。今は買い物に集中しようと、声に出さずに呟く。

 

「布仏さん。まずはどこに行くの?」

「ええとね……」

 

 本音はスマートフォンを取り出すと、ショッピングモールのサイトを開いた。何度かタップを繰り返し、開いたページを彼方とラウラに見せる。

 

「ここのお店がね~、かわいい洋服が一杯なんだって~」

「へぇ……」

「むぅ……」

 

 彼方は感心するように、ラウラは苦虫を噛み潰したような声を上げる。

 本音の見せたページは、全体的に可愛らしいデザインをしていた。女性向け、というよりも少女向けと言った方が正しいかもしれないような店だ。

 確かに、こんな店ならラウラに似合う服もあるだろう。肝心のラウラが良い顔をしていないのは完全にスルーされていた。

 

「とにかく、行ってみれば分かるよ~」

「しかし、私には似合わないと……」

「ほらほら~」

「あ、兄上っ。助けてくれっ」

 

 ずりずりと引きずられていくラウラの後について、彼方も歩き出す。微笑ましい気分に、これから起こるであろう苦労への予感を隠して。

 

 

 辿り着いた店は、非常に少女趣味な外観だった。ピンクを基調とした華やかな色合いの店内には、本音たちと同じかそれよりも少し下くらいの歳の少女たちが楽しげに服を見ていた。

 

「ほら見て~。らうらんにどんな服が似合うかな~と思ってお店を探してたら、ここを見つけたんだ~。早速入ってみよ~」

「うわぁ……」

 

 彼方の声には二重の意味が込められていた。一つが、単純に店の雰囲気が本音やラウラに似合っていたという素直な感心から、そしてもう一つが、明らかに男子が行かないであろう場所であったから、ということだった。

 店の外で待っていたい。いや、それよりも少し離れた所で待っていたい。

 そう考えて一歩下がろうとした瞬間、凄まじい力で腕を掴まれた。

 

「……私を一人にするな、兄上」

 

 地の底から響くような声と共に、ラウラの右手が彼方を掴んで離さない。顔を引き吊らせる彼方に、本音が声をかける。

 

「ほらほら~、早く行こ~?」

 

 ラウラの瞳が潤み始めたのを見て、彼方はついに諦めたのだった。

 

 店の中では、IS学園とはまた違った居心地の悪さを感じた。学園であれば、学園に居る明確な理由があり、周囲もそれを理解していたが、この店はその限りではない。男性IS操縦者という肩書きに意味は無く、ただただ少女向けの衣服売り場にいる男という客観的事実だけが残る。

 他の客に見られていることを自覚しつつ、大人しく本音の後を追う。それはラウラも同様だった。

 不用意に視線を周りに移すわけにもいかず、彼方は本音が楽しそうに服を選んでいる姿を見るしかなかった。彼方のすぐ隣にいるラウラも緊張しているようで動きがぎこちない。

 

「う~ん、これもいいけど~……。おがみんとらうらんはどっちがいいと思う~?」

 

 本音が二着の服を二人の前に広げた。片方が、ところどころにフリルのあしらわれた白のワンピース。もう片方が、飾りつけのシンプルな黒のワンピースだった。

 どちらも年頃の少女が着るには丁度いいだろう服だが、堅物の軍人少女にとってはあまり気に入る服ではなかったようだ。

 

「本音。私はもっと普通な服がいいんだが」

「普通~?」

「ああ、そうだ。そもそも、制服だけあれば普段の生活には困らん。仮に外出する際に別の服が必要だったとしても、そんな……なんだ、もっとシンプルなものでいいんだ」

 

 本音の見せた服に抵抗があるのか、ラウラは懸命に諭そうとする。一見理性的に断ろうとしているが、その奥に秘められた羞恥心やその他諸々の感情がちらちらと見え隠れしてしまっていた。

 その結果、

 

「う、うう……」

「うわぁ~、やっぱり似合う~!」

「ええ、ええ! よくお似合いでいらっしゃいます!」

 

 試着室の中で、白いワンピースを身に纏ったラウラが恥ずかしげに身を捩っていた。その姿を見て本音と、いつの間にか現れ試着用の服を追加していった店員が非常に高揚した様子でラウラの姿を見ている。ちなみに、試着している服の数は二桁に上っていた。

 さらにそこから少し離れた場所には一般客たちの壁ができあがっており、ラウラの即席ファッションショーを観覧していた。黄色い声が店内に響く。

 

「あ、兄上ぇ……」

 

 例え縋るような声を出されたところで、彼方にラウラを助ける術はない。

 本音たちと一般客製の壁の間に挟まれた彼方は、ひたすら黙ったまま、居心地の悪さに胃を痛めるしかなかった。

 

 * * *

 

「全く、酷い目にあった!」

 

 憤懣やる方なしといった様子で、ラウラは片手に持っているたい焼きの頭を食いちぎった。えらの部分まで無くなったたい焼きの中から、湯気を立てる餡子の姿が現れる。

 ラウラの即席ファッションショーから十数分後、三人はショッピングモールのフードコートで休みを取っていた。本音はまだ元気があったが、ラウラと彼方が精神的な疲労感に満ち満ちていたからだ。

 苦笑する彼方の正面にラウラ、その隣に本音が座っている。彼方の隣には買い込まれたラウラの私服を詰めた袋が二つ置いてあった。

 

「ごめんね、らうらん~。まさかあんなに盛り上がるとは思わなくて~……」

「本音も本音だが、兄上も兄上だ。何故助けてくれなかったんだ」

「いや、あの中でどうにかするのはオレには無理だよ……」

 

 一夏なら何とかなったかもしれないけど、と胸の内で思いながら、彼方はコーヒーカップを口元へ運んだ。

 本音はたい焼きを尻尾の部分から食べ始めていき、既に腹部まで達していた。本音は満足げに何度か頷く。

 

「でも、色んな服が買えてよかった~。これでしばらくは大丈夫だと思うよ~」

「……“しばらく”? しばらくだと?」

 

 ラウラが呆然とした表情を浮かべて本音を見た。手に力が入ってしまい、齧りかけの箇所から餡子が少しだけはみ出る。

 

「あ、あれだけあれば十分だろう?」

 

 震える声と指先で、彼方の隣に置かれた紙袋を指差す。しかし無情にも、本音は笑顔のままで“これから”の話をした。

 

「だって、買ったのは夏服でしょ~? 季節が変わったら、またそれに合わせて服を買わないと~」

 

 さぁっと、ラウラの顔から血の気が引いた。

 楽しみだなぁと呟き上機嫌にたい焼きを食べる本音と、その隣でつい先ほど起こった惨劇を思い出して体を震わせるラウラという対照的な構図を目にしながら、彼方はコーヒーを口にした。口の中に広がる苦味が、まるでラウラの未来を意味しているかのように思える彼方だった。

 

「ん……?」

 

 そんな中、彼方はラウラと本音のさらに向こうに見知った人影を発見する。

 

「あれは……」

「どうしたの~?」

 

 彼方の視線が自身の後ろに向けられていることに気づいた本音は、振り返り、彼方の気が付いたものを目にする。

 

「しののんたち~……?」

 

 彼方と本音の視線の先にあったもの、それは箒たちの姿だった。

 箒、鈴音、セシリアという見慣れた面々は、物陰に隠れるようにして何かの様子を伺っているようだ。その視線の先を追いかけるように眼を動かすと、またしても見知った人影を見つけてしまった。

 

「それに、おりむーとでゅっちーだねぇ」

 

 一夏とシャルロットが二人並んで歩いている。学年末トーナメントの組み合わせだ。

 

「二人きりで出かけてる……んだよね。珍しい」

 

 彼方が少し口よどんだのは、一夏たちを後ろから追いかけている箒たちを同行者として考えるべきなのかどうか、ということだった。

 

「というか……」

 

 何をしているんだろう。彼方のその言葉は飲み込まれた。向こうにいる箒たちと視線が合ってしまったからだ。

 まるで野生の肉食動物が獲物を見張るかのような目付きを向けられ、彼方は草食動物のように怯えるしかなかった。

 

 * * *

 

 どうしてこうなったのか、と彼方は内心頭を抱えるほか無かった。それはラウラも同じだった。

 一夏とシャルロットを尾行する箒たちに何故か合流した彼方一行のうち、本音は楽しげに覗き見へ勤しんでいる。一夏とシャルロットのデートに心惹かれたからだろうか。

 四人に増えたピーピング組から少し離れた場所を彼方とラウラは歩いていた。

 

「兄上、あれはなんだ?」

「ああ、あれはクレープを売ってるお店だね」

「クレープとはどういうものなのだ?」

「クレープっていうのは生クリームや果物、アイスなんかを薄い生地で巻いたものだよ」

「ほう、美味そうだな」

「じゃあ後で食べてみようか」

 

 箒たちの発する不穏な空気(本音を除く)から逃れるため、二人はこうして穏やかな会話をしていた。普段とは違い、ラウラも口数が多くなっている。黙っていると前の空気に飲み込まれることに気づいたからだろう。

 二人はまるで本当の兄妹のように会話をしながら、箒たちの後をついていく。少しでも早く終わってくれないかと願いながら。

 七名に増えた一行がその歩みを止めたのは、女性水着売り場の前だった。

 

「ぐぐぐ……一夏め、水着売り場に入っていくとは」

「シャルロットもシャルロットね。あんな風に強引に一夏を連れ込むなんて……」

「なんてうらやま……もとい、破廉恥な。一夏さんもシャルロットさんも、男女であんなところに入っていくなんて……」

「水着か~。そういえば買わないといけないな~って思ってたんだったよ~」

 

 ラウラが体を震わせる。本音の言葉とくるりと向けられた瞳に、確信じみた予感を抱いたからだ。

 

「よし……行くぞ。私たちは“偶然にも共にショッピングに出かけてきていてこの店に入った”。なに、先ほど本音たちとも偶然に出会ったのだ。偶然が重なっても不思議ではない」

 

 箒の言葉に他の三人が首を縦に振る。ラウラだけは首を横に振っていたが、本音に引きずられていった。流石の彼方も女性水着売り場に入る勇気は無かった。荷物は持つからこれで勘弁して欲しいと心の中で呟き、近場のベンチに腰を下ろした。

 しばらくすると、一夏がほうほうの体で店内から出てきた。大分精神的な疲労を溜め込んでいるようだ。心なしかやつれているようにも見える。

 

「……よう、彼方」

「お疲れ、一夏」

「お前もここに来てたんだな」

「うん、布仏さんとボーデヴィッヒさんの付き添いでね」

 

 彼方の隣に座った一夏は大きく息を吐いた。

 

「なんで女子っていうのは、買い物になるとこんなに元気になるんだ」

「はは……。オレも少し驚いてるよ。布仏さんが凄いやる気になってたから。ホーデヴィッヒさんはその限りではないみたいだけどさ」

「そういや、ボーデヴィッヒはのほほんさんに着せ替え人形にされかけてたな。必死に抵抗してたけど」

「多分徒労に終わるだろうね。さっきもそうだったし」

 

 彼方は大きな紙袋に指差しながら答える。会話からその中身を悟ったのか、一夏はなるほどと呟いた。

 

「しっかし……。まさか箒たちも買い物にきてたなんてなぁ。驚いたぜ」

「そうだね」

 

 一夏が素直に驚きの感情を表しているのに対して、彼方は目を逸らすことしかできなかった。一夏は察しのいいところもあるが、それと同じかそれ以上に鈍感な部分もある。今回は後者だ。

 流石に、箒たちが二人の後を尾行していたとは言えず、彼方は薄っすらと愛想笑いを浮かべるしかなかった。

 話題を変えようと考えた彼方は口を開く。箒たちや本音が知りたがっていたことだ。

 

「一夏はどうしてここに? しかも、デュノアさんと一緒に」

「ん? ああ、シャルからトーナメントの優勝のお祝いで、どこかに行こうって言われてな。来週には臨海学校があるし、それの買い物に誘われたんだ」

「へぇ……」

 

 学期末のタッグトーナメントは、結局一夏とシャルロットが優勝した。彼方たちのペアが棄権した後も順調に勝ちを重ね、一位の座についた。

 障害となったのが、箒とセシリア、鈴音と本音のペアだったが、目に見えて上達を始めた一夏と、それを上手くフォローし続けたシャルロットが勝った。

 大会後に箒たちがやたらと落ち込んでいた理由は彼方には分からなかったが、本音は誤魔化すだけで理由は答えなかった。男子には秘密の話らしい。

 

「俺も色々用意した方がいいだろうと思ってたからな。丁度いいってことで付き合うことにしたんだ」

「なるほどね」

 

 そこまで喋ったところで、店からラウラが飛び出してきた。それを追って本音も出てくる。

 

「助けてくれ兄上!」

「も~! 逃げちゃダメだよ~!」

 

 ラウラが叫び、本音が捕まえる。一夏が彼方へ視線を向けた。

 

「やっぱり、まだ“兄上”って呼ばれてるんだな」

「……もう諦めたよ」

 

 彼方はがっくりと肩を降ろす。何度も訂正させようとしたが、それの悉くが何者かに邪魔され失敗した。まるで何者かの意思が介入しているかのような出来事の連続は、彼方を諦めさせた。

 助けるべきか、見なかったことにするか。どうするべきかと悩んでいると、鈴音がこちらに走ってきた。

 

「一夏、あんたどこ行ってんのよ! こっち来なさい!」

「はっ? ちょ、おい! 引っ張るなよ!」

 

 小柄な体のどこにそんな力があるのか、まるで本音がラウラを引きずっていった光景の再現のように一夏が店に連れて行かれていた。

 その光景を苦笑しながら見ていると、背後から声をかけられた。

 

「やたらと騒がしいと思えば、お前たちか」

 

 彼方は思わず背筋を伸ばした。そうさせる何かを声の持ち主は持っていた。

 ゆっくりと振り向くと、そこには私服の千冬と真耶が立っていた。

 

「お、織斑先生と山田先生……」

 

 何故こんなところに。そう思ったことが顔に出たのか、千冬はそれを話した。

 

「買い物だ。臨海学校のためのな。尾上たちもそうか」

「は、はい」

「そう畏まるな。別に説教をしようというわけではない。……向こうで騒いでいる奴らには一言言ってやる必要があるかもしれんが」

 

 千冬の視線は、店先で騒がしくしている面子へと向けられた。まだ千冬の姿に気づいていないのか全くの無警戒だ。警告するには既に遅く、彼方にできるのは無事祈ることだけだ。

 だが。

 その千冬の視線に、少しだけ柔らかな感情が混じっていることに、彼方は気づいた。

 

「……山田先生。先に行っていてください。私は尾上と話がありますので」

「あ、はい。分かりました。尾上くん、それじゃあまた後で」

 

 真耶が立ち去り、その場に彼方と千冬だけが残った。千冬が彼方の隣に座る。その仕草がどこか一夏と似ていたことに、彼方は二人が姉弟なのだと感じた。

 

「尾上。ボーデヴィッヒを連れてきたのはお前か?」

「いえ、連れて来たのは布仏さんです。オレもボーデヴィッヒさんと一緒に来ましたけど……まさか、まだどこか体に悪いところでも?」

 

 彼方の思い浮かんだ可能性は、ラウラの体調のことだった。ただ見ただけでは問題ないように見えるが、もしかしたら不調が残っているのかもしれない。元気に見えるが、実は無理をさせているのではないかという心配を彼方が抱くと、千冬がそれを否定するように首を横に振った。

 

「いや、違う。ボーデヴィッヒの体には何の問題もない」

「そう、ですか……。では、一体?」

 

 不安が払拭されたことに一端は胸を撫で下ろすが、千冬の意図がはっきりとしていない内は完全に安心することはできない。

 彼方は千冬にその真意を尋ねる。それに対し千冬は、ゆっくりと語り始めた。

 

「ラウラの出生の話は聞いているか?」

 

 千冬が苗字ではなく、ラウラ、と名前で呼んだ。教師としての立場ではなく、千冬個人の言葉であると理解した彼方は、その質問に答えた。

 

「はい。本人から直接聞きました。布仏さんも一緒に」

「そうか……。よほど信頼されているようだな。あれは、人に対して中々心を開かないというのに」

「そう、でしょうか。だとしたら、それは布仏さんのおかげだと思います。オレに心を開く理由が全然分からなくて」

 

 戸惑いを含んだ彼方に、千冬は微笑んだ。大人が子供に見せるような、保護者としての笑みだ。

 

「もしかしたら、誰でも良かったのかもしれないな。何かしらのきっかけがあって尾上たちを選んだのかもしれない。だが、私としては良かったと思っている」

「きっかけ……」

 

 ラウラの上司であるアルベルトが、知り合いである尾上三郎の息子である自分(彼方)を頼れと言っていたということがそのきっかけだろう。

 

「ラウラの周りには、同年代の人間は居なかった。分かるな?」

 

 彼方はラウラのことを思い出して頷く。彼女の人生は、軍人としての人生だった。勿論、軍隊には子供などいない。ラウラの周辺にいたのは、上司か部下だったはずだ。

 

「そして、親となる人物も居なかった。ラウラを引き取ったハイゼンベルグ少将は保護者として振舞おうとしていたが、ラウラは上司として認識した。……本心を言うことのできる相手が存在しなかったんだ。そして、それをする方法も知らなかった」

 

 千冬の顔が悔しげに歪む。それは、ラウラをそう育てた研究所の職員、普通の少女にすることのできなかった当時の状況、彼女に甘えさせることができなかった自分、それらに対する苛立ちの発露だった。

 

「始めてできた、同年代の友人。……始めての対等に接することのできる人間が、お前たちだったわけだ」

「……」

「だから、ラウラが普通に尾上たちと会話しているところを見て、今もこうして外に連れ出してくれていて、私は安心したよ。もう大丈夫だろうとな」

 

 千冬の表情がふっと軽くなる。本心からラウラのことを思っているからこそできる表情だった。

 

「私は日本に置いてきた一夏のこともあって、ラウラの面倒を看きることができなかった。だからこそ心配だったんだ」

「なら、この学校にボーデヴィッヒさんが着たときに声をかけてあげれば……」

「それはできなかった。そうすればラウラは、私の言葉を“命令”として受け取りかねない。あくまでも、ラウラが解決すべき問題だった。……結果としてそれが良好に働いたようだが」

 

 千冬は一呼吸置いて、彼方へ向き直る。視線は真っ直ぐに彼方へと向けられていた。

 

「尾上。教師としてではなく、一個人として頼みたいことがある」

「……なんでしょう」

「ラウラのことを、よろしく頼む。不器用で世間知らずではあるが、根は素直だ。身体や出生の特殊性が引き起こす問題もあるかもしれない。そのときに、頼れる友人がいると心強いだろう」

 

 いつにもまして真剣な千冬の様子に、彼方は己の心根が引き締まっていくのを感じた。彼方の答えは決まっていた。例え、千冬に言われずともそうしていたに違いない。ラウラは大切な友達なのだから。

 

「勿論です」

 

 たった一言ではあったが、決意の込められた言葉に千冬は笑みを浮かべた。彼方が始めてみる、千冬の心からの笑顔だった。

 




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