開始は真耶の一撃だった。トリガーが引き絞られ、十三ミリの弾丸が発射される。
「くうっ……!」
ISからの警告音と弾道予測により、ぎりぎりのタイミングで避けることができた。実際に銃弾を撃たれるというのは、思った以上の恐怖があった。彼方の背を冷たい汗が流れる。
《いい反応ですね。次、いきます!》
弾道予測を頼りにスラスターを噴射させて回避する。PICがあるからこそ出来る強引な機動、言ってしまえば通常の物体に起こる動きとは違った異様な動き方に、彼方は慣れていなかった。通常存在する慣性が消されてしまっているため、脳内での予測と現実での行動に差が出来てしまうからだ。
真耶の銃撃に翻弄されながらも、両手でしっかりとライフルを抱え込み、銃口を向け放つ。
パワーアシストとPICによる反動の軽減とFCS(火器管制装置)による照準補正のおかげで、発砲経験の殆どない彼方でも一定方向に弾が飛んでいく。だが、真耶はそれを軽々と避ける。自分の放った弾丸が当たらなかったことに少しの安堵を覚えながらも、当たりそうにない射撃に苦笑が込み上げる。
模擬戦、それも自分が戦闘機動に慣れるための訓練とはいえ、少しでもダメージを与えるくらいはしたい。そう考えた彼方は、加速して真耶の側面に回り込んだ。弾倉の内部に残っている弾丸を撃ちつくす。
真耶は上空へと飛んで彼方の弾丸を避けながら、カウンター気味に彼方へと射撃した。
彼方の何倍もの精度で放たれたそれを避けられず、被弾する。見えないシールドに当たり、目の前で火花が散った。痛みはなく、衝撃だけが体に伝わる。被弾する瞬間に体が固まったのが見て取れたのか、真耶からの通信が入った。
《大丈夫ですかっ? もしも無理そうなら、ここで中断しても……》
「いえ、大丈夫です。驚いただけなので……それにしても、なんだか変な感覚ですね。何もないところで弾が弾かれるのって」
《そうですね。シールドは目に見えませんから、初めのうちは不思議な感覚になります。ですけど、攻撃は全て防いでくれますから安心してください。慣れれば自分のシールドの範囲が分かるようになりますから、それにかすらないように避ける、なんてことも出来るようになりますよ》
シューティングゲームの当たり判定のような物か、と彼方は思った。体勢を直し、真耶に向き直る。
「大丈夫です、お待たせしました」
《それでは再開しましょう。どうぞ、来てください》
「……いきます!」
彼方は側方に加速し、発砲する。真耶はそれを彼方の行く反対側に加速することで回避し、彼方の機動を先読みして撃つ。
二人はくるくると円を描くような機動を始める。円状制御飛翔(サークル・ロンド)と呼ばれるその状態は、どこか戦闘機のドッグファイトに似ていると彼方は感じた。
やがて、彼方がその円から外れる。それを追うように真耶も直進機動に移った。地面と水平になるような姿勢をとり、真耶から見える面積を減らすことで的を絞らせる。ハイパーセンサーによって背後に居ながらも見ることが出来る真耶機に対して、彼方はふと思いついたことを試した。
急激な加速によって真耶を引き離し、速度を維持しながら上体を起こし、足で蹴り上げるように空中で宙返りをする。反転した彼方は今までの進行方向にスライドするように移動しながら、迫ってくる真耶に対して残りの弾を撃ちつくした。
当たる! そう思った瞬間、真耶が凄まじい加速を見せた。
――瞬時加速(イグニッション・ブースト)か!
角度を下方に修正し、銃弾の下を潜るように回避する。上から下を見る彼方と、下から上を見る真耶の視線が交わった。構えられた銃口が火を噴く。弾丸を撃ち込まれ、彼方のシールドエネルギーが削りきられた。試合終了のブザーが鳴る。
「……すごいですね」
彼方の口からはそれだけが漏れでた。多少は当たるかと思ったが、素人の小細工はまったく通用しなかった。肉声が届く程度まで近づくと、真耶は彼方の動きを褒めた。
「尾上くんもすごいですよ。始めての試合であれだけ動けるなんて。それに最後のアレには驚きました」
「あれですか……。ちょっと思いついたことを試してみたんです」
彼方が試合中に思い浮かべたのは、とある航空機のマニューバ(空中機動)の一つだった。クルビットと呼ばれるそれは、進行方向と速度を変えずに機首を持ち上げ、空中を滑るようにしつつ一回転して水平に戻る機動である。本来はアクロバット飛行に使われるマニューバであり、実用性は無いに等しい。しかし、彼方はそれがISでは戦闘に使えるのではないかと考えたのだ。
「あれも煮詰めていけば十分に実用性のある機動だと思いますよ。わたしも、少しびっくりしちゃいました」
「そ、そうですか?」
予想外に自分の機動が褒められ、彼方は照れ隠しに俯いて指先で顔を隠すように前髪を引っ張った。
「それでは織斑くんと交代しましょうか」
「分かりました」
彼方はピットに戻ると、今までの戦闘を見ながら待機していた一夏の隣に降り立つ。一夏は打鉄を装着した状態で彼方に話しかけた。
「最後のヤツ凄かったぜ、彼方」
「うん、ありがとう一夏。ほら次は一夏の番だから、いってらっしゃい」
「おう、行ってくる」
一夏はふわりと浮き上がると、アリーナの中央まで飛んでいった。迷いもなく、真っ直ぐに飛んでいく姿はどこか堂に入っている。世界最強の弟はやはり、潜在的に能力を秘めているのかもしれない、そう彼方は思った。
すでに、真耶はラファール・リヴァイブから打鉄に装備を変えている。以前、得意なのは中距離からの射撃だと話していたが、白兵戦もこなせるのだろうか。
双方の通信が入ってくる。
《いいですか、織斑くん。織斑くんの場合は、シールドエネルギーが全損する他に万が一長刀が折れてしまった場合もその時点で終了となります》
《分かりました》
一夏と真耶が装備を展開する。真耶と比べると一夏の方が遅いが、彼方の展開よりは早かった。
二人は定位置につき、長刀を構える。両者ともに正眼の構えで開始のブザーを待つ姿は、まるで剣道の試合のようだった。だが、剣道と違いこれはISでの戦闘であり、お互いの距離は二〇メートルもある。しかし、その距離もISにとっては一瞬で無くすことのできる距離だった。
緊張感が最大になった瞬間、ブザーが鳴り響き、
《はぁっ!》
《――行きます!》
剣戟が始まった。
二メートルほどもある長刀をISのパワーアシストによって軽々と振り回す。通常の刀剣よりも遥かに長大で頑強なそれは、打ち合わせた程度では欠けることすらない。
一夏の上段からの斬撃を一夏の側面へと回り込むことで真耶は避け、真耶の横薙ぎを後ろに飛ぶことで一夏は回避する。
一見互角に見えるが、その実一夏が劣勢だ。一夏の攻撃は全て防がれるか避けられているが、逆に一夏は真耶のそれを避けきれずに何度か食らってしまっている。
ゆっくりと、しかし着実に一夏のシールドエネルギーは削られていく。本人もそれを危惧しているのか、苦々しそうな表情を浮かべていた。
やがて、ジリ貧になると考えたのか、一夏が一旦距離を取る。そして、
――イグニッション・ブーストっ!?
つい先ほどの試合で彼方が真耶にやられたことだ。それを見よう見まねで再現したというのか。彼方は一夏の適応力に舌を巻いた。
凄まじい勢いで真耶に迫り、渾身の一撃を放つ。しかし、いかにイグニッション・ブーストと言えど、それはあくまでも直線のみの移動。加速の瞬間と方向さえ分かれば、対応するのはさほど難しいことではない。
真耶は一夏のスピードを逆に利用し、避ける瞬間に長刀を当てた。
長刀に突っ込むような形で攻撃を受けたことで打鉄の絶対防御が発動し、シールドエネルギーを規定値まで減らした。模擬戦終了のブザーが鳴り響く。
少し落ち込んだような雰囲気を漂わせながら、一夏がピットに戻ってきた。
「おかえり、一夏」
「ああ、負けちまった」
「当たり前だよ。オレたちはISに触れてほんの少しの素人で、向こうは歴戦のパイロットなんだから。それにしても、一夏がイグニッション・ブーストを使えるなんて思わなかったよ」
「え? ……あー、あれか。なんかこう、行くぞ! って思ったらすごい勢いで加速したんだ。まあ、それも軽々と避けられた上に、逆にカウンターを受けちまったけど」
二人で模擬戦の感想を言い合っていると、ピットに真耶が降り立った。今度は通信ではなく、肉声で声をかける。
「尾上くんも織斑くんもお疲れ様です。お二人共初心者なのにあれだけ動けるなんてすごいですっ」
「ありがとうございます。でも……」
「俺たちなにもできなかったですし」
「そんなことありませんよ。初めてであれだけ動けたんです。上出来なんてレベルじゃなく、素晴らしいですよ」
その後、反省点や改善点などを真耶から教えてもらい、今日の“授業”は終わりになった。
「それでは、今日の授業と検査はここまでです。明日の予定もきちんと確認しておいてくださいね」
真耶はそう告げると、一人、女子更衣室へと向かっていった。普段からの職務に加えて、今では世界で二人しかいない男性IS操縦者の検査担当をしているのだ。それだけ多くの仕事があるのだろう。彼方たちはその背中を見送りながら、心の内で真耶に感謝するのだった。
急造された男子更衣室――表向きには男子更衣室とはされておらず、倉庫であるとされている――を使用して、着替えを終える。後は自室に戻って復習と予習をするだけだ。
こうして彼方たちの日々は過ぎていくが、その中でも彼らの精神を削るものがあった。
「……生徒の人たちからできるだけ見つからないように動かないと行けないんだよね」
「だな……まったく、面倒だよなぁ」
彼らはイレギュラーな存在であり、それが今周囲に大々的にバレてしまうのはまずい。そのため、二人は人目を忍んで移動しなければならなかった。実験や検査の開始時間と終了時間は丁度授業時間と重なるように設定してあるが、どこからか情報が漏れてしまうのは仕方がないことだった。
「仕方ないけど、息苦しさを感じちゃうよね」
「俺もだよ……」
二人は愚痴を語り合いながら寮へと戻るのだった。
そして、時期は四月始めまで移る。
* * *
動物園に初めて来たパンダというのは、自分と同じ気持ちなのだろうか。彼方は前方からのプレッシャーに辟易としながらそう考えた。クラスメイトがこちらを気にしているのは分かっていた。チラチラと、あるいはじっと見ている人もいる。
「――です。よろしくお願いします」
どうやら前の人が自己紹介を終えたようだった。次は彼方の順番だ。緊張しながら立ち上がる。恐らく浮かべた笑みは引きつっていただろう。
「えーっと……、尾上彼方です。趣味は、ええと、釣りです。よろしくお願いします」
なんとか自己紹介を終えて、席に座る。ふと視線を横に向けると、隣の女子が和やかな笑みを浮かべて、長い袖に包まれた手を小さく振っていた。驚きつつ、彼方も小さく手を降り返す。彼女が前を向いたのに合わせて、彼方も前を見た。
最前列に座っている一夏は、彼方と同じく居心地悪そうにしている。そんな一夏の視線が一人の女子生徒に向けられ、視線を逸らされていた。
後ろからでも分かるくらいに大きく肩を落としていると、一夏が真耶に声をかけられていた。
しかし、一夏は気づかない。二、三度声をかけられてようやく気づいたようだが、その頃には真耶の瞳にはうっすらと涙が浮かんでいるように見える。模擬戦のときとはうってかわって情けない態度だ。
急いで立ち上がった一夏が振り返り、クラス中の視線を集めた。圧倒的な量の女子からの熱視線を浴びて、たじろいでしまっている。彼方の時とは量も熱度も違うのは、一夏の容姿が彼方よりも優れているからだろう。地味系文学少年風の彼方と、姉似の凛としていて、それでいて中性的な容姿を持つ一夏とでは勝負にならない。地味であった自分の容姿にこのときばかりは感謝しつつ、戸惑う一夏を見た。
「あー……、織斑一夏です」
注目が集まる中、助けを求めるように一夏が彼方に視線を向ける。彼方からしてみれば、助けを求められたところでどうしようもない。軽く首を左右に振ると、一夏は少し迷った後に行動に移した。
「――以上です」
直後、一夏の後頭部が出席簿で叩かれた。叩いたのはこのクラスの担任である織斑千冬だった。一夏の実の姉であり、世界最強の人物でもある。一夏が驚きとともに軽口を言って再び叩かれる。超有名人の登場に教室中が沸きたち。黄色い悲鳴が教室中に蔓延した。
流石は世界最強だ、彼方は女子たちの勢いに若干の恐怖を覚えながらそう思う。
千冬の話が一段階し、自己紹介の続きが始まった。終わるまでのその間、一夏はしきりに一人の女子生徒に視線を送っていた。
* * *
結局、というべきか、彼方と一夏はIS学園へと入学していた。もちろん実験や検査などをするためでもあるが、その身柄の保護、というのも目的の一つである。希少な男性IS操縦者を、特定の国家に所属しない組織であるIS学園が保護する。そういった意味では彼方たちがいてしかるべき場所だった。
しかし、その弊害とも言える現象が彼方の身に降りかかっていた。
女子に囲まれ、注目されるというのがここまで疲れるものだとは知らなかった。唯一の同性である一夏は既に教室にいない。一人の女子生徒に連れていかれたからだ。
周囲の視線が彼方一人に集まる。
そもそも、彼方は女子が苦手だ。あまり接点がなく、仲のいい女子などは生まれてこの方いなかった。よって耐性などもなく、この状況はまさしく未知の出来事だったのだ。
どうしたものか。精神的な疲労がピークに達したとき、彼方に声がかけられた。
「こんにちは~」
穏やかな声色の持ち主は、自己紹介の時に彼方に手を降ってきたクラスメイトだった。
「あ、こんにちは……。確か、布仏さん、だっけ?」
「そうだよ~、大正解」
にこにことした笑みを浮かべながら、布仏本音は彼方の近くに席を寄せる。本音は長いダボダボの袖に隠された手を彼方の机の上に載せた。
初めて出会った女性にここまで近づかれることはなかった彼方は、本音の積極性に少し戸惑った。だがそんな彼方の戸惑いを知ってか知らずか、本音の言葉は続いた。
「おがみんはISが動かせるんだよね~?」
「い、一応動かせるけど……。おがみんって、なに?」
「おがみんっていうのは、あだ名だよ~。苗字の尾上からとって、おがみんっ」
ゆったりとした独特のペースを持っている娘だ。彼方は短い会話の中で本音の性格を感じ取っていた。
「どうやってISを動かしたの~?」
彼方としても答えるに答えられないような質問だった。なにせ、自分自身が分かっておらず、周りの研究者も同じだ。
「それはちょっと、わからない」
「わからない、って~?」
「たまたまISに触ったら、動いてしまっただけなんだ。だから、僕自身にもなんで動かせたのかはわからない。……わかるとしたら、篠ノ之博士くらいじゃないかな」
「そっか~。でも、おがみんがISを動かせたから、おがみんと友達になれたんだよね~」
にこにこと笑いながらそう答える本音に、彼方は安心感を抱いていた。
「……ちょっと、安心した」
「なにが~?」
「こんな特殊な状況に適応できるのかなと思ってたんだ」
周囲は女子だらけで、男子は彼方を含めて二人だけ。さらにその二人は特殊であり、否が応にも注目が集まる。
「でも、布仏さんみたいな人がいるなら頑張れるかなって」
「ホントに? だったらよかった~」
そう言ってまたにこにこと微笑む本音を見て、彼方は確信した。
二人の話しが終わった段階で、教室に一夏たちが帰ってきた。学園で二人しかいない男子の内の一人が、クラスの女子に連れられてどこかに行っていた、というだけで話題性は抜群だ。女子たちが話しかけようとしたタイミングでチャイムが鳴り、千冬が教室へと入ってくる。
しかし一夏がそれに気づくことはなく、いつまでも喋っていた一夏の脳天に出席簿が叩き込まれた。
「さっさと席に着け。もうチャイムは鳴っているぞ」
その一言でクラス中の生徒が一斉に席へと座る。あまりにも統率された動きに、彼方はまるで軍隊のようだと感じた。
彼方は先ほど本音に言った言葉を撤回したくなった。本当にコレに適応できるのだろうか、と。