IS ~across the sky~   作:シャオレイ

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二ヶ月も更新出来ず、すいませんでした。
臨海学校二日目です。


第二十一話 兎

 臨海学校二日目。早朝にのみ許された大浴場に入って心地よい覚醒を終えた彼方は、朝食に舌鼓を打っていた。高級そうな旅館の外観に見合った豪華な料理は、日本食らしい献立で味も素晴らしい。

 新鮮な魚介類は日本人だけでなく外国人の生徒に人気のようで、物珍しげにそれらを見ながら食べている。

 

「ふむ……。こうして料理として生魚を食べるのは初めてだ」

 

 彼方の斜め前に座ったラウラは刺身を食べながらそう話した。刺身の中でも特にマグロの赤身が気に入ったようで、他の刺身と違って比較的ゆっくりと味わって食している。

 

「料理として……ってどういうこと~?」

 

 料理としてではない、という言葉の意味が理解できなかった本音が首を傾げる。ラウラは表情を変えることなく、それについて説明した。

 

「なに、昔やったサバイバル訓練のときに川にいた魚を取って食べたことがあってだな。あのときはこのように綺麗に解体する暇など無かったから、そのまま齧ったのだ。泥臭くて美味くはなかったが、餓えを凌ぐことはでき……」

「……らうらん、私のお刺身あげるよ~」

「……うん、オレのも食べていいよ。それと、川魚は寄生虫が怖いから生では食べないようにね」

 

 彼方と本音はラウラの言葉を遮って刺身の乗った皿を差し出す。こともなげにサバイバルの経験を話すラウラに涙がこぼれそうになったからだ。

 昔という言葉から、今以上に体の小さな幼いラウラが必死になって魚を齧っている光景を思い浮かべてしまった二人は、表情を少し和らげるラウラを眺めながら心に誓った。

 

 ――もっと美味しいものをたくさん食べさせてあげよう。

 

 固く決意を心に刻んだ彼方と本音、そして二人から渡された刺身を食べるラウラの三人は、食事中のIS学園生の中で特に浮いていた。

 

 * * *

 

 初の校外でのIS操縦実習を行う場所は、フェリーに乗って一時間の孤島だ。流石に旅館近くの海岸で実習を行うわけにもいかず、無人島を借り、そこに簡素な施設を作って操縦実習を行っている生徒以外はそこで別の訓練や座学をすることになっている。

 訓練機は既に他のフェリーでいち早く島に着いており、教師たちと共に待機している。

 船が島に着くと、そこには一人の男がいた。仕立ての良いスーツを身に纏った男性は、彼方の見知った顔だった。

 男は彼方と目が合うと笑みを浮かべ、長い脚を動かして彼方の傍へと近寄った。

 

「こんにちは、彼方くん。会うのは一ヶ月ぶりくらいかな?」

「そうですね。以前の斑鳩の全体点検の際に会ったとき以来ですね。お久しぶりです、忠久さん」

 

 男子の平均身長はある彼方よりも十センチ以上高い位置にある顔を見上げて、彼方は握手を交わした。

 芳野忠久。芳野重工顧問、芳野秋吉の孫であり、芳野重工代表取締役、芳野幹彦の息子という人物だ。年齢は千冬と同程度かそれよりも少し上という程度で、首筋を隠すくらいの長さのある茶髪と、高い身長が特徴的な人物だった。

 忠久は斑鳩の開発チームのリーダーをしている。まだ若いながらも溢れんばかりの才覚を発揮し斑鳩を作り上げた実績があり、社内でも有数の開発者だ。開発チームの中でも彼方とは歳が近いこともあって、時折メールをする仲でもある。

 

「お疲れさまです。いつ頃島に着いたんですか?」

「いや、そんなに早くに着いたわけじゃないんだ。一時間くらい前について、さっきまで色々と装備の調整をね。というわけで早速装備テストと行きたいんだけど、いいかな」

「い、いや、流石にまだ色々とやることがありますから……」

 

 目の色を変えて彼方の両肩を掴む忠久に及び腰で対応する彼方を、少し離れた場所から眺める目があった。

 一夏や本音たちだ。

 

「あれが彼方のとこの担当さんか」

「なんだか変わった人みたいだね~」

「というよりも、そろそろ行かなくてはまずいのではなくって?」

「そうだな、織斑先生が召集をかけている」

 

 箒が視線を向けた方向では、千冬の指示に従い着々と整列が始まっていた。早く行かなければ出席簿が空を裂くだろうことは想像に難くない。

 

「私が声をかけてくるよ~」

「なら私も……」

「大丈夫、大丈夫~。わたし一人でも平気だから、らうらんたちは早く並んだ方がいいよ~」

 

 着いてこようとするラウラを押し留め、本音は彼方たちの元へと向かった。未だに彼方の肩を掴んだまま瞳にマッドな光を湛えた忠久に近寄るのは勇気が必要だったが、意を決して声をかけることにした。なにより、このままだと千冬の出席簿が彼方と本音の脳天に突き刺さる。

 

「あの~……そろそろ集合なので、いいでしょうか~」

「ん? ……ああ、話に夢中になっちゃうとつい、ね。彼方くんもごめん」

「いえ、大丈夫です」

 

 忠久から解放された彼方は安心したように肩を下ろした。

 彼方の肩から手を離した忠久は本音に向き直り、自己紹介を始める。

 

「こんにちは。芳野忠久です。彼方くんの専用機である斑鳩と、その装備品の研究開発主任をしています」

「あ、これはご丁寧に~。布仏本音です~。お若いのに凄いですね~」

「いやぁ、それほどでもありませんよ」

 

 二人は笑顔を浮かべて言葉を交わした。会話時の背景にデフォルメされた花やら動物やらが映っていそうなほど和やかな雰囲気をかもし出している。

 忠久は普段、本音と波長が合うレベルの穏やかな気性の持ち主ではあるのだが、研究中や開発中は性格が豹変するため、その間は非常に面倒な相手になる。

 研究や開発が絡まなければいい人なのだ。研究や開発が絡まなければ。

 忠久が正気に戻ったのであれば直ぐにでも列に戻りたかったが、その前に千冬がやってきた。千冬は呆れたように溜息を吐くと、未だに本音と談笑している忠久へと声をかける。

 

「……芳野開発主任。うちの生徒をあまり拘束させないでいただきたい」

「おっと、これはご迷惑を。彼方くん、布仏さん。また後で」

 

 穏やかな気性ながらも飄々とした態度を取る忠久には流石の千冬も対応に困るらしく、もう一度溜息を吐くと彼方と本音に列に並ぶよう指示を出した。

 

 * * *

 

 学園外での実機訓練とはいえ、学園でやる訓練とさほど変わらない。何人かで班を作り、専用機持ちと教師が監督役となって範囲内を飛行機動する。

 何日間かに渡って行われるこの実機訓練には、いくつかの訓練目的が定められている。

 一つが、高空に慣れるということ。ISを装備していれば落ちることはないと頭では分かっていても、眼下に広がる大地が霞むほどの高さにいて恐怖を感じないわけがなく、殆どの生徒が最初は怯えるそうだ。

 なにせ、学園の頃ではいくら高くても数十メートルほどの飛行しか体験していない。それですら恐怖心を抱く生徒はいるのだから、上空で恐怖心から錯乱状態にならないようやり方は少し慎重にならざるを得ない。

 この訓練は最終的に雲の上、高度数千メートルへの到達を目標としている。

 斑鳩のテストを行う際に、彼方は以前に何度かその領域にまで飛んだことがある。

 徐々に徐々に慣らし運転をしてから、高度三千メートルまで飛んだとき、彼方の心は恐怖心ではなく、“空”にいるという実感で埋め尽くされていた。そのまま遠くへ飛んでいくことができなかったことが心残りだったことをよく覚えていた。

 慣れるまで早かったと言われた彼方にしてみてもそれなりの時間がかかった。これからの訓練にも時間がかかるだろうことは想像に難くない。

 そして次に、広い空間を利用した高速機動の訓練である。

 二学期に行われるキャノンボール・ファストに向けてのそれは、通常の戦闘機動の数倍はあるスピードで動くことを想定したものだ。

 F1よりも遥かに速いスピードで動くことも多いキャノンボール・ファストでは、まずなによりその速度に慣れる必要性がある。そのために陸地を離れて障害物のない洋上で高速機動訓練をするのだ。

 今回の臨海学校では、この二つの訓練を重点的に行う。というより、それ以上のことを訓練する余裕が無いという方が正しいが。

 

 経験者である専用機持ちたちは訓練に引っ張りだこだ。主にその役目は、「高さ」と「速さ」に怯える生徒たちをなだめることである。

 人にとって、速い、そして高いというのは、分かりやすい恐怖の対象だ。

 まず、高さ。高度数千メートルというのは、高い山に登れば辿り着けるほど近い場所だ。富士山の標高が三七七六メートルであることを考えれば、その距離は考えやすい。

 しかしそれは“地面が近い”という前提で成り立っている。富士山の山頂で高さに対する恐怖心を抱く人と、十数メートルのビルの屋上から地面を見下ろすのは怖いという人の割合では、後者の方が圧倒的に多いだろう。

 人間は自分の身長ほどの高さから飛び降りるだけでも怪我をする危険性がある。その何十倍、何百倍もの高さへと上がっていくことに対する恐怖心は並大抵のものではない。

 事実、殆どの生徒が数十メートルから数百メートルまでの間で恐怖感や眩暈などを訴えて高度を上げることを断念している。

 そして次に速度であるが、これもまた「絶叫マシン」という速度と急旋回によるスリルを売りとした存在が娯楽の一つとして確率していることからも分かるように、恐怖感を与えるものだ。いかにISに搭載されたPICによって慣性が軽減されたとしても、時速数百キロにも及ぶ速度は視覚的な恐怖を与える。

 斑鳩などの高機動型に比べると訓練機の最大速など幾分も遅いものだが、それでも十分な速力はある。尻込みして速度を出し切れない生徒が大勢いた。

 もし仮に千冬が直接指導をしていたら有無を言わせずにやらせていたことだろうが、千冬が担当しているのは島での訓練だ。無理にやらせてトラウマを植えつけるわけにもいかないという学園の方針ではあるが、ラウラはそれに対して不満を隠さずにいた。

 

「甘いにも程がある」

 

 腕を組み、午前最後のIS実習を終えた班の面々が砂浜に崩れ落ちる様を眺めながら、ラウラは憮然とした表情で呟く。軍での訓練と違い、過酷さが足りないとでも言いたいのだろう。

 

「まあまあ、そう言わずに」

「しかしだな、もし私が監督していたら間違いなくやらせた。全く、軟弱すぎないか?」

「そうは言っても殆どの人は素人だし~……」

 

 ぶつぶつと文句を漏らすラウラを彼方と本音で宥めながら海岸を歩く。

 

「しかし本音はできていたぞ」

「あれは~……、みんなの練習に混ざって色々教えてもらってたりしたから~」

 

 ラウラの言う通り、本音は他の生徒たちの中でも人一倍落ち着いて訓練を受けていた。高さと速さに対し特に怯えることなく、専用機持ちたちに混じって練習していた成果を出している。

 

「でも布仏さんは凄いよ。いくらオレたちと一緒に特訓してたって言っても、あれだけ高く速く飛んだのは初めてなんだから」

「そ、そうかな~」

 

 本音は照れるように笑いながら頬を掻いた。

 謙遜しているが、本音の操縦技術は高い。特に彼女の優れている点は、ペース配分の上手さにある。穏やかな性格から来る「癖」とも言えるそれは、ある種の才能でもあった。

 自らの技量を直感的に把握し、自分に合ったペースを設定してそれを崩さない。代表候補生たちが集まる訓練でも、本音が付いていける理由がそれだった。

 今もこうして、バテることなく彼方とラウラに着いてきている。同じく今フライトをした班員がまだ砂浜で休んでいるというのに。

 

「もう止めてってば~っ。ほ、ほら、あれ見て~? なんだかみんな集まってるみたいだよ~?」

 

 二人から賞賛の言葉をかけられて恥ずかしさに頬を染めた本音は、話を逸らすために人差し指でとある方向を指した。彼方とラウラがその指の先に視線を向けると、なにやら生徒と教師から成る人垣があった。生徒だけでなく教師も集まっているあの場所には何があるのだろうと目を凝らす。

 

「気になるかい?」

「うわっ! ……忠久さん?」

 

 突然背後から声をかけられ、彼方は驚いて振り返る。頭一つ高い位置にあった忠久の顔を見つけ、警戒を解いた。

 

「忠久さんはあそこで何をやっているのか知ってるんですか?」

「何をやっているか、というか、何がいるか、だね」

 

 忠久は笑顔で彼方の言葉に修正を加える。

 何を、ではなく、何が。つまりは現象ではなく物体なのだろう。物かあるいは、人。

 

「僕は行ってくるつもりだけど、彼方くんはどうする?」

「ええと……それじゃあ」

 

 どうせ今は昼休みで、昼食を取ること以外に特にやることもない。本音とラウラに振り返ると、二人とも行くつもりのようで小さく頷いた。

 三人を先導するように忠久が前に出る。その後ろについて、人垣へと近づいていった。彼我の距離が狭まるにつれて、段々と喧騒の中身が判明してきた。

 

「ねえ、あれって……」

「うん、本物……?」

「篠ノ之さんが認めてるし……そうなのかな」

 

 生徒たちが声を潜めて話している内容は、人垣の中央にいると思しき人物に対するもののようだった。彼方は何層かに連なった頭部の向こうに、妙な頭飾りをつけた女性の姿を見つける。

 会ったことはない、しかし見覚えのあるその女性は、IS学園生とっては非常に馴染みのある人物だった。

 

「篠ノ之束、博士……?」

「え?」

「なに?」

 

 本音とラウラが聞き返す。決して聞こえなかったというわけではなく、その言葉が信じ難かったからだ。

 篠ノ之束。篠ノ之箒の姉であり、ISの開発者にして、『白騎士事件』以降姿をくらまし現在行方不明中の人物だ。ネット界隈では陰謀論を始めとする様々な説が飛び交っており、現代における有名どころの謎の一つとも言われている。

 だからこそ、この場に束がいることが本音とラウラには信じられなかった。目を白黒とさせた後、どうにかして真偽を確かめようとジャンプを繰り返す。

 

「そっくり~……」

「あの珍妙な服装も、資料のそれとまるっきり同じだ」

 

 呆然と呟く様は、彼方と同じだ。そんな中、忠久だけはにこやかに笑みを浮かべている。表情に驚きの欠片も見受けられない。ただ、悠然と立っている。

 

「忠久さんは……」

「ん?」

「知っていたんですか?」

 

 肩をすくめる忠久の微笑は変わらない。動かない表情の裏を読み取ることは、彼方にはできなかった。

 

「いいや。あれだけ人が集まっているんだ。何か面白いことがあったに違いないと思ってね。そう間違ってもいなかったみたいだ」

「そうですか……」

 

 彼方の抱いた疑念は、歓声にかき消された。機械音とともに、何かが飛び立つ。紅の装甲を身に纏った、箒の姿だった。

 

「あれは……!」

「へえ……」

 

 それは間違いなくISだった。それも、学園が所有している打鉄やラファールとは違うもの、つまりは、

 

「専用機か……!?」

「ふわ~。すごいねぇ~……」

 

 本音とラウラは空を見上げて、揃って声を漏らした。

 驚きを露にする声がそこかしこから聞こえる。そしてその反応は、ISを深く知るものほど大きい。

 宙を舞う挙動のスムーズさは箒本人の鍛錬の賜物でもあったが、それ以上に身に纏っているISの性能が割合を占めていた。

 

「あのISは……すごいですね」

 

 呆然としたように彼方が呟く。箒の身につけているISの価値が理解できるがゆえにだ。

 

「あれは素晴らしいね。僕もあれだけのISを作り上げたいものだよ。流石は天才科学者篠ノ之束って感じかな」

 

 彼方の呟きを忠久が拾い上げた。声音は弾んでいて、楽しくてしょうがないといった様子だ。同じ開発者として感じ入るものがあるようで、独り言のように箒のISに対する考えを述べていた。ISに対する勉強をしているとはいえ、専門の科学者の知識に及ぶはずも無く、彼方は忠久の語っている内容の二、三割を理解するのが精一杯だった。

 ひとしきり忠久が語り終えた頃、箒が戻ってきた。ゆったりとした動きで砂浜に降り立つ。興奮から頬を紅潮させて、箒は束へと話しかけた。

 そこで、彼方の視線が動く。今までは束と箒に気を取られていたために気づかなかったが、すぐ傍には一夏たちの姿もあった。戸惑いと驚きが入り混じった表情を浮かべた一夏がこちらを向き、その場から逃げるように彼方へ近寄ってきた。

 

「……よう、彼方」

 

 潜めるような声で一夏が話す。どこか疲れているような印象を受ける。

 

 ――そういえば一夏と篠ノ之さんは幼馴染だったっけ……。となると篠ノ之博士とも面識があるのか。

 

 だから疲れているのだろうかと彼方は推測した。声量を下げる理由は無いのだが、思わず一夏にあわせて小声で返事をする。

 

「……一体どうしたのさ、この騒ぎは」

「……あー、そのだな」

 

 一夏は少し口元をまごつかせてから話し出した。

 

「束さんがいるのはもう見ただろ?」

「うん。正直信じられないけど、やっぱりあの人は篠ノ之博士なんだね」

「おう……。それでだな。束さんは突然ここにやってきて……あー、箒の専用機を持ってきたんだ。束さん曰く、箒が自衛できるようにって」

「専用機……」

 

 世のIS操縦者たちが喉から手が出るほど欲しているそれを、ぽんと出してしまっている事実に頭が痛くなりそうだ。しかしこの件で一番の問題はその後の言葉で紡がれた。

 

「しかも、その専用機が第四世代機だって言うんだ……」

「……はい?」

 

 彼方は言葉を失った。

 そもそも、である。第四世代機など机上の空論に過ぎない“はず”だ。世に知れ渡っている中でも最新のISが第三世代機。それも、殆どが実験機であったり、部分的に技術を取り込んでいるだけである。

 一夏の疲労に滲んだ表情の理由を完全に悟った彼方は、気の毒そうな表情を浮かべて一夏の肩を叩く。苦労を共有することができない彼方はこうして励ますことしかできない。

 

「おや、君は織斑一夏くんだね」

「うおっ」

 

 忠久が首を伸ばし、二人の間に割って入った。忠久の介入に驚いた一夏はその場から飛び退き、少し上にある頭を見上げる。

 

「こんにちは、僕は芳野忠久。彼方くんのISである斑鳩の開発者です」

「は、はぁ……。織斑一夏です」

 

 一夏は差し伸べられた手をおずおずと取った。対して忠久はその手をがっしりと握り、話し始める。

 

「いやぁ、織斑くんも彼方くんと同じ男性IS操縦者だから色々と興味があったんだよ。それに話を聞いてると、白式は随分特殊な機体らしいじゃないか。彼方くんとも違った戦闘スタイルだそうだし、是非とも色々とデータを取らせて欲しいね」

 

 気分が高揚しているためか、忠久の口調は早い。まくし立てられるように言葉をぶつけられた一夏は目を白黒とさせていた。彼方は忠久を止めるために声をかけようとするが、自分たちが見られていることに気づく。

 気配を感じて振り返った。彼方と束の目が合う。

 無言、そして無表情だ。突然動きを止めた彼女の行動をいぶかしんだのか、周囲が束の視線の先を追った。

 多数の目が向けられたのは、この場にいる三人だけの男たちの姿だ。辺りが静かになったことに気づいたのか、一夏と忠久が周囲を見回す。

 束は彼方たちの方へ向き直ると、長いスカートを翻しながら近寄ってきた。壁となっていた生徒たちが道を開ける。

 彼方の目の前で束が足を止めた。

 

「……君、だれ?」

「え、あ、ええと……尾上、彼方と言います」

 

 声をかけられたことに驚いていたのは、彼方だけではなかった。束をよく知る者、一夏と箒も目を丸くしている。

 

「おがみ、かなた…………ああ、いっくんとは別の男の操縦者か」

 

 その瞬間、一夏が思わず声を漏らした。

 

「束さんが、人の名前を覚えている……!?」

 

 一夏の言葉を聞いて一体どんな人柄なんだと混乱しながら、彼方を見る束の観察するような瞳に少々の恐ろしさを覚えた。

 束はしばらく彼方を眺め回すと、そう、と一言呟いて視線を外す。次に視線を向けたのは忠久だ。

 

「それで、おまえは?」

「僕は芳野忠久。尾上彼方くんの専用機である斑鳩の製作者です。今回の臨海学校は彼方くんの新装備テストをやらせてもらうために来ました。よろしくお願いします」

「ふーん……」

 

 束は差し出された手に見向きもせず、興味を失ったように踵を返す。

 

「嫌われちゃったみたいだね」

「いや、あの、すみません。束さんはその、人嫌いなところがあって。俺や千冬姉、箒に対してはそうでもないんですけど……」

「ははは、大丈夫さ。気にしてはいないよ」

 

 握手を求めた手を引っ込めて、忠久は肩をすくめた。慌てて一夏がフォローするが、忠久は特に気にした様子はなく気楽に笑っている。

 

「ねえねえ、いっくん。いっくんのIS見せて? 色々とデータ取ってみたいなー」

「え、ちょっ、待ってくださいって!」

 

 束は一夏の手を引っ張り、少し開けた場所まで連れて行った。

 一夏に白式を展開させると、束は手早く機材を繋いで解析を始める。彼方たちはそれを邪魔にならない程度の距離から眺めていた。鼻歌交じりで操作をしているが、その動きは素早く精確だ。

 

「ふむふむ……。なるほど、男性IS操縦者ってことで色々と特殊なことがおきてるねー。興味深いデータだよ」

「はあ……」

 

 楽しげにタッチパネルを操作する束に対して、一夏の反応は生返事だ。どう反応をすればいいのか迷っているようだった。そんな様子をしばらく眺めていると、束の指の動きが止まった。

 

「う~ん。やっぱりデータが少なすぎてどうとも言えないなぁ~。……そうだ」

 

 少し顔を伏せて悩む仕草を見せたかと思えば、振り返って彼方に声をかけた。

 

「ねえ、そこの……おがみ、かなた? こっちにきて」

「え? あ、ええと……」

 

 いいのだろうか、と忠久を見る。束の目的は、彼方のデータ収集だろう。となれば当然、斑鳩の持つデータが見られることになる。会社外の人間に見せてもいいものなのかと考えての行動だったが、忠久はそれを快く了承した。

 

「いいよいいよ。僕もあの篠ノ之束にISを見てもらえるんだったら構わないさ」

 

 それこそ、積極的にそうしてもらいたいといわんばかりの態度に戸惑いつつも、彼方は束に近寄った。

 

「じゃあISを展開して」

 

 一夏とは違った刺々しい対応に少々萎縮しつつも、斑鳩を展開する。装着するのではなく目の前に置くような形で彼方が展開を完了させると、束は斑鳩へ機材を繋げた。

 束の持つデバイスの画面が高速で文字に埋め尽くされていく。凄まじい勢いで文字列が画面上方へと消えていく中、束はそれをじっと見つめていた。小さく頷きつつ、次第にその表情は厳しさを増していった。

 彼方に聞こえないくらいの声量で何かを呟き、立ち上がる。

 

「おまえ」

 

 束の瞳の先にいたのは忠久だった。一切の興味を持たなかった先刻とは違い、警戒心と少量の興味を含んだ感情を浮かべている。

 束は睨みつけるように忠久を見つめながら問いかけた。

 

「このIS、作ったのあんただっけ?」

「ええ、その通りです。気に入ってもらえましたか?」

「……そう」

 

 それだけ言うと、また斑鳩の調査へと戻った。この問いかけにどのような意味があったのかを彼方が理解することはできなかった。振り返ってみると、忠久はただ笑顔でそこに佇んでいる。

 

「ん、もういいよ」

 

 二人のやり取りに混乱していると、束が機材を斑鳩から取り外した。目つきはより険しくなり、立ち上がると苛立ちを抑えることもなく地面を踏みにじるようにして忠久へと向かっていった。

 束が忠久の目の前に止まる。言い知れぬ緊張感が辺りを包んだ。

 

「話があるんだけど」

「かの篠ノ之博士からお誘いいただけるなんて光栄ですね。それで、どちらでお話を?」

「着いてきて」

 

 歩き出した束の後に続いて忠久が歩き出す。彼方は斑鳩を収納することも忘れ、二人の姿を目で追っていた。

 嵐が過ぎ去ったような感覚をその場にいる全員が抱いた。それと同時に、

 

「……なんだったんだろ〜」

 

 という本音の呟きこそが一連の事態に対する人々の感想を最もよく表していた。

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