IS ~across the sky~   作:シャオレイ

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かなり原作展開と異なっています。


第二十二話 大鷲

「準備はいいかい、彼方くん」

「……はい、大丈夫です」

「はは、声が固いよ」

 

 緊張もします、とは返せなかった。忠久の隣に並んで立っている人物の視線が背中に突き刺さっていたからだ。

 

「で、あれがあんたの作った装備?」

「ええ、そうですよ。中々いい出来だと思っています」

「ふぅん……」

 

 刺々しい態度で忠久に問いかけたのは、篠ノ之束である。つい先刻は忠久に対して全く興味がなかったのに対し、今では何かと突っかかっていた。何があったんだと周囲が見守る中、そのことに触れられたのは箒だけだった。しかし疑問を晴らすだけの満足のいく回答は得られず、謎は謎のままだ。

 束は答えをはぐらかし、また忠久も多くを語らなかった。ただ一言、作ったものに興味をもたれた、とだけ彼方に漏らしただけだった。

 そして今、束は斑鳩の装備テストを見物するために忠久の隣に並んでいる。

 

 ――どうしてこんなことに……。

 

 彼方の背中に向けられている視線は、束だけではない。より多くの目が、彼方を見つめている。

 ただでさえ専用機の新装備というだけでも注目を集めるというのに、さらに“あの篠ノ之束”が見学するということで非常に大きな集客効果を生んでいた。

 とはいえ、これも一時的なものであることを彼方は理解していた。テストが始まればすぐに海上へ出ることになるからだ。

 

「さて、改めて説明するよ」

 

 忠久が話し始める。それは彼方へではなく、むしろ観客である束や生徒たちに向けて話しているようだった。

 

「今回持ってきた装備は、斑鳩の長所である機動力をより高めることを主目的としている。両肩にあったアンロックユニットをそのまま換装したもので、名称は“大鷲”だ。これまでのアンロックユニットと比べると、肩の横から少し後ろに位置が下がっていて、これまで以上に大型化しているのが分かると思う」

 

 肩甲骨の後ろに浮いているアンロックユニット、大鷲はISを装備した彼方並みの大きさだった。二メートルはある鉄の翼は、彼方が思うように動かすことができた。

 

「大鷲は第三世代装備として開発したからね。操縦者の脳波を読み取って適切に動くようにしてある。これまでの彼方くんのデータを入力してあるから、それなりにではあるだろうけど君の思うように動くはずさ」

「……はい。確かに分かります。思った通りに動く」

「そうか、それは良かった! ああ、そうだ。腰部の副翼に関しては大鷲の動きと会わせて動くようにモーションデータを差し替えておいた。細かな調整は彼方くんが実際に動かしてからするよ」

「分かりました」

 

 忠久の説明と実際の感覚から、より自由に空を飛べるようになったということを理解した彼方は、静かにその場に浮かび上がった。

 始動がスムーズになっている。繊細な調整ができている。それだけでも十分な改良ではあったが、何より、感覚的に操作が簡単になっていることが分かった。試しにその場をゆっくりと動き回ってみるが、繊細な挙動が以前より取りやすい。

 

「どうかな?」

「ええ……、凄く動きやすいです。思った通りに動くというか」

「それは良かった。こっちでデータは取っているから、しばらく自由に動いてみてくれるかい」

「はい」

 

 忠久の指示に短く返事をすると、海の上へと飛び出した。

 

 ――加速がよくなってる。でも、それでいて操作は難しくなっていない。

 

 向上した加速性能に気分を良くした彼方は、忠久の、自由に動いてもいいという言葉を聞いて、より速くより複雑に飛び始めた。

 鋭角に曲がり、回転し、急上昇と急降下を繰り返す。そのいずれもが彼方に不快感を与えはしなかった。

 

『気に入ったかい』

 

 通信で入る忠久の質問に対して、彼方は即答する。

 

「最高です!」

『うん。君ならそう言うと思ったよ。ちなみに、この大鷲は航空機開発の班と共同で作ったんだ。斑鳩ぶりに他の開発班と設計してねぇ。君のお父さんの意見がとても参考になったんだよ』

「父さんが?」

『うんうん。流石は元教導官なだけあって、知識と経験に裏付けされた意見はいい刺激になったよ。ちなみに、この装備の名前も彼の意見で決まったんだ。息子の一番好きな航空機の名前から、ってね』

「そんなことが……」

 

 彼方は首を後ろに傾けると、大鷲――“イーグル”の名を冠した装備に目を向けた。大鷲は、その名に恥じない働きを見せている。

 そのことに気分が高揚した彼方は、多くの観客の視線すら忘れて“大鷲”の性能に酔いしれていた。

 

 

 一時間のテストフライトを終えて、彼方は浜辺に戻ってきた。その場に膝を突き、荒く息を繰り返す。

 

「おがみん大丈夫~?」

「大丈夫か兄上。水だ、ゆっくりと飲め」

「大、丈夫。ありがとう……」

 

 駆け寄ってきた本音とラウラからペットボトルを受け取り、中身を喉に流し込む。一気に半分を飲み干すと、大きく息を吐いた。

 

「そんなに疲れるなんて、操作が大変だったの~?」

「いや……そうじゃないんだ。むしろ操作はすごくしやすかった。だから飛ぶのが楽しくて、夢中になってたらいつの間にか……」

「なるほど~……」

 

 彼方の息が落ち着いた頃を見計らって、忠久が満面の笑みを浮かべて歩み寄ってきた。両手には機材を抱えたままだ。

 

「お疲れさま。色々とデータが取れたよ。早速だけど調整とフィードバックをしたいから、装着を解除してもらえるかな?」

「はい……」

 

 彼方は斑鳩を一端収納すると、隣に出現させた。小さく纏まった斑鳩と大鷲に対して忠久は機材を繋げると、画面に目を奔らせながら言った。

 

「彼方くんは少し休んでいてくれ。また後で、調整が終わったら声をかけるから」

 

 そう言い終えると猛烈な勢いで機材を操作し始める。忠久の後ろについて来ていた束も、その画面を黙って覗き込んでいた。

 彼方たちは二人から離れると、木陰で腰を下ろした。

 

「それにしても、驚いたな」

 

 ラウラが呟く。見つめる先は忠久と束だ。その他、フライト前は彼方に向けられていた多くの視線も、今では束たちに向けられている。

 

「何が~?」

「篠ノ之博士のことだ。ああまで態度を急変させるとは思わなかった」

「確かにね~。何があったんだろ~」

「博士の興味は彼と斑鳩に注がれている。……天才があれほど注意を払う何かがあるというのか」

 

 彼方は忠久が常人ではないということは理解していた。若いながらも開発主任に選ばれるだけの実力があり、彼の設計開発したものも非常に優れたものばかりだ。しかしそれが、あの篠ノ之束に目をつけられるほどのものだとは考えてもみなかったのだ。

 忠久に対する印象が大幅に改められつつある中、当の本人は束に背後から手元を覗き込まれているというのに一切の変調が見受けられない。

 それどころ束となんらかの会話をしながら、大鷲の調整を進めている。

 

「あの人は一体何者なんだか……」

 

 彼方の呟きに数多くの人が賛同の声を上げることは想像に難くなかった。

 結局、大鷲のテストフライトは数回に及び、これ以上の調整は実際の戦闘データがなければできないと忠久が判断したところで臨海学校における大鷲のテストは終了した。

 

 

 帰りの船の中は行きよりも遥かに静かだった。多くの生徒が眠っているからだ。訓練の疲れに思わず目を閉じた者が大勢いる。

 彼方もそのうちの一人で、船の振動に眠気を誘われつつあった。

 自身の体力は半年前と比べて格段に上がったと自負しているが、それでも疲れるものは疲れる。専用機持ちとしての飛行訓練の手伝いに加えて、通常の訓練と大鷲のテストフライト。テストフライトに関してはついはしゃいでしまったため余計に体力を消耗したということも大きい。

 代表候補生の面々は他の生徒と比べると幾分も余裕そうではあったが、それでも少しばかり生気を失っているようにも見えた。

 これから宿に戻り、少しばかりの自由時間の後に夕食、そして夜の講義の時間がやってくる。夜の講義の時間に居眠りした者の末路は容易に想像できるため、彼方は少しでも疲れを癒そうと波の動きに身を任せた。

 

 彼方の意識が覚醒したのは、船が違った揺れ方を始めたからだった。船が港に接舷するため、横移動を始めている。薄く開いた目蓋の隙間から辺りを窺うと、生徒が起きる姿や寝ている生徒を起こしている姿が見受けられた。

 彼方の目の前に銀の髪が垂れる。少し視線を上に向けると、ラウラの顔が映った。

 

「兄上、もう着くぞ」

「……ああ、うん」

 

 ラウラの言葉に返事をしてから、少し深く息を吸い込む。意識をはっきりとさせてから、目を開いた。

 

「ふう……うん、目が覚めた」

「そうか。……隣でまだ本音が寝ている」

 

 彼方が隣の席を見ると、本音が幸せそうに寝息を立てていた。寝かせてあげていたい気持ちもあるが、寝るにしても一先ずは宿へ移動しなければならない。

 彼方は本音の肩に手を置いて、優しく揺すった。

 

「布仏さん、起きて。もう着くよ」

「……うぅ~?」

 

 うめき声のようなものを上げて本音は身を捩る。起きる気配はなく、もう一度、今度は少し強めに体を揺する。

 

「布仏さん」

「ん、んん……」

 

 本音がゆっくりと目蓋を開く。数度瞬きを繰り返してから首を傾げ、彼方の顔を見つめた。

 

「なぁに~……?」

 

 まだ眠気が取れないようで、いつも以上に喋り方が間延びしている。袖の余った手で顔をこすり、小さく欠伸をした。

 

「おはよう。もう港に着くよ」

「はぁい……」

 

 どうやらちゃんと目覚めるまで少し時間がかかりそうだ。そう判断した彼方は苦笑いを浮かべるのだった。

 船に橋がかけられ、港と連結する。本音が目の覚めるまで待ってから船から降りた彼方は、教師陣が一箇所に集まっていることに気が付いた。何やら話し合っているようで、その顔色は真剣そのものだ。

 下船後は速やかに列を形成し、教師からいくつか話をされてから解散という流れとなっている。だが、教師が話し合いをしているため、生徒たちが列を形成した後の行動が取れなくなっていた。

 

「……どうしたんだろうな」

 

 列の隣に並んでいた一夏が彼方に囁いた。疑問の対象は、勿論のこと、教師たちだ。

 

「……分からない。けど、何かトラブル、かな」

「……もしかして束さんのことか?」

 

 一夏が予想としてあげたのは束のことだった。確かに、篠ノ之束が見つかったという事態はあれだけ真剣な顔つきで話すことではあるがしかし、それであれば既に島で行われているはずだ。今この場でする話題としては多少時間がずれている。

 そのことを一夏に告げると、一夏は考え込むように腕を組んだ。

 

「うーん……。あと他に考えられる可能性はなんだ?」

「……大事じゃなければいいけど」

 

 彼方の心配は、直感的な部分から出ていた。クラス対抗戦でのアンノウンの襲撃、学期末トーナメントでのシュヴァルツェア・レーゲンの暴走。そのときと似た“何か”を、彼方は感じ取っていた。

 しばらくし、千冬が生徒たちの前に立った。事情の説明はなく、ただ一つ、夜に行われる講義が中止となり、自習となる旨を告げた。

 そして、最後に。

 

「……これから呼ぶ生徒は、解散後即座に私の部屋に来い。ラウラ・ボーデヴィッヒ、セシリア・オルコット、シャルロット・デュノア、凰鈴音、織斑一夏、尾上彼方、篠ノ之箒。以上」

 

 解散の言葉と共に千冬はその場を歩き去った。残された生徒たちは呆然とその姿を見送り、直後、辺りは声で埋め尽くされた。あまりにも少ない説明、そして呼び出された専用機持ち。一体どんな関係性があるのか、生徒たちが声を潜めてする話はそれ一色となる。

 

「……一夏、行こう」

「あ、ああ。とにかく千冬姉から話を聞かないとな」

 

 隣にいた一夏を連れて集団から離れる。千冬に名前を挙げられた七人はほぼ全員が同じタイミングで列から出た。それぞれの顔を見合わせて、一路宿への道を進む。

 この先で何が待ち受けているのか。それを一切知らずに。

 

 

 彼方たちが千冬の部屋に入ったとき、重々しい空気を感じ取ったのは千冬が険しい顔つきをしていたからだった。千冬は呼び出した七人をテーブル越しに座らせると、早々に話を切り出した。

 

「早速だがここに呼んだ理由を説明する。また、これから話す内容には守秘義務が課せられるため、聞いた内容を口外してはならない」

 

 守秘義務。物々しい単語に、彼方は冷水を浴びせられたような感覚を受けた。

 

「いいな?」

 

 念を押すように問いかける千冬に否定の意を示すものはいなかった。それを確認すると、千冬は続きを口にした。

 

「……今から一時間前、太平洋上で機動実験を行っていたアメリカ軍のIS『シルバリオ・ゴスペル』が、突如として制御を失い暴走を始めた。機能停止させようとした部隊を振り切り、現在は日本に向かって飛行を続けている」

 

 あまりにも唐突過ぎる内容に、一瞬思考が止まる。軍用のISが、それも暴走中とは一体どういうことなのか。イレギュラー過ぎる事態に動揺を見せたのは、話を聞いていた全員だった。

 部屋の中にいた真耶がタブレットを千冬に手渡す。千冬はそれを彼方たちに見えるように机の上に置いた。画面には地図が映し出されており、太平洋上に表示された矢印が日本へと向けられている。

 

「シルバリオ・ゴスペルは現在、太平洋上を西に向かって移動中。あと数時間で日本の領空内に侵入するルートを取っている。現在、日米両国が急ぎ対応をしている状態だ」

 

 暴走するISが万一日本に危害を及ぼした場合、深刻な外交問題となる。そのことを理解し、集められた面子は顔をしかめた。

 セシリアが千冬に訊ねる。

 

「わたくしたちがこの場に呼ばれた理由というのは……」

「日米の対応部隊と共同で任務に当たってもらうためだ。織斑、尾上、篠ノ之は日本政府からの出撃要請が出ている。オルコット、凰、デュノア、ボーデヴィッヒは、日米からIS委員会を通じて本国に対し応援要請を送り、つい先ほど要請が受理された。

 お前たち学生に頼むのは、あくまでも日米部隊の補助……主戦力ではなく予備戦力だ。

 今回の任務には報奨も存在する。だが同時に、危険も伴う。場合によってはシルバリオ・ゴスペルとの戦闘もあるだろう」

 

 唐突に降って湧いた事態に、彼方は拳を握り締めた。同じように一夏、箒も顔を強張らせている。

 代表候補生として敵性ISとの戦闘を念頭に置いた訓練を積んでいるはずの五人ですら、緊張した面持ちをしていた。敵性ISとの、試合ではない“本当の戦闘”をしたことがあるものは、いないのだ。

 

「ドイツ軍からの命令が出されているボーデヴィッヒを除き、他の六名は今回の要請を断ることを権利として有している。もし身を引きたいとしたら今申し出ろ。……特に篠ノ之」

 

 名前を呼ばれた箒が、小さく震える。千冬は教師として、そして昔なじみとして警告をした。

 

「お前は今日専用機を持たされたばかりだ。篠ノ之が専用機を受け取る少し前に束がなんらかの方法で手続きを済ませていたため、お前とそのIS、“紅椿”は日本の所属となっていた。

 そのために今回の要請が来たわけだが、それもお前が専用機を所持しているからというだけの理由で名前が出ただけだ。織斑、尾上以上にIS搭乗時間の短い篠ノ之が戦力として扱われているのも、紅椿という専用機が第四世代機だからこそだ。

 正直に言えば、お前を出撃させることに諸手をあげて賛成することはできない」

 

 状況が逼迫しているため、考える時間は与えられない。今直ぐに決めてもらう。

 そう言った千冬の言葉は本心ではないだろう。本来ならもっと考える時間を与えたいはずだ。だが、状況がそれを許さない。

 箒は顔を伏せ、少しして顔を上げた。

 

「――受けます。受けさせてください」

「……いいのか? もう引き戻れんぞ」

「構いません」

 

 箒の表情は覚悟の色を湛えていた。決心が硬いことを理解した千冬は小さく、そうか、と呟いた。

 

「……他の者たちはどうする。辞退するものは」

 

 声は無かった。沈黙は静かに、意志を示していた。すなわち、肯定を。

 

「……分かった。作戦部隊との合流は海上だ。そこまではISで移動し、作戦概要は移動中に説明する」

 

 こうして、シルバリオ・ゴスペル迎撃作戦が始まった。

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