IS ~across the sky~   作:シャオレイ

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第二十三話 合流

 即席の編隊を組んだ彼方たちは、先導する千冬を追って飛んでいた。何の改造も受けていない学園の打鉄を使って、専用機に遅れることなく飛ぶ姿は彼方たちが知る常識の外にある。世界最強という称号が伊達ではないことを理解させられる光景であった。

 サウンドオンリーと書かれたウィンドウが視界端に出現する。中央の線の動きに合わせて、千冬の声が流れてきた。

 

《付いて来ているな。編隊を崩すな、速度と高度を維持しろ。……よし、それでは作戦概要を説明する》

 

 新たに開かれたマップ・ウィンドウに、現在位置と合流予定地点の表示がされている。現在の巡航速度は時速七百キロメートルを超えていた。

 さらに他のウィンドウには作戦概要や味方部隊の情報、シルバリオ・ゴスペルのスペック表などが写し出されている。

 

《我々が作戦部隊と合流する場所は、太平洋上を航海する護衛艦“あまぎ”だ》

 

 “あまぎ”は海上自衛隊が所有するミサイル護衛艦だ。イージスシステムを搭載していない旧式の艦艇ではあるが、歴戦の護衛艦であり、最も大きな功績として「白騎士事件」でのミサイル迎撃が挙げられる。国内でも人気の高い護衛艦の一隻だ。

 

《あまぎを含め、米海軍のミサイル巡洋艦も含めた数隻で艦隊を構築している。彼らの任務は私たちIS部隊の補助だ。万が一の場合の対空戦闘を担当する》

 

 彼方は以前、あまぎの姿を見たことがある。横須賀基地で行われた自衛隊のイベントに参加した際に、港に停留していたあまぎの外観を遠目から眺めていた。幼いながらにカッコいいと思ったことは覚えている。

 

《今回作戦に参加するのは、航空自衛隊から二名、佐々木一等空尉と柏原三等空尉。そしてアメリカ海軍から一名、キャンベル大尉だ》

 

 ウィンドウが追加され、三人のパイロットと使用ISの情報が表示される。

 

《それでは作戦の流れを説明する》

 

 新たに表れたウィンドウには、地図の上に各員、各艦の配置が示されていた。味方は青色の、シルバリオ・ゴスペルは赤色のマーカーが使われている。

 青色マーカーの内の四つ、日米両国の三名と千冬のマーカーが前方に、その少し後ろに彼方たちのマーカーが設置されている。艦艇が配置されているのは、対空ミサイルの射程距離内の離れた場所だ。

 

《接近してきたシルバリオ・ゴスペルを、佐々木一尉、柏原三尉、キャンベル大尉、そして私の四人が迎撃する。お前たち……他国の代表候補生を使わないのは政治的な問題からだ。当事国だけで解決したいと考えている、特に米国はな》

 

 つまり、他国にはできるだけ借りを作りたくないということだ。今回の事件は、原因不明とはいえ中心にいるのは米国のISと軍人である。他国の介入は望ましくない。

 

《そして、織斑、尾上、篠ノ之が参加する意義だが……これもまた政治的な問題だ》

 

 千冬曰く、日本人の学園生徒を混ぜて編成することで“他国の援助”ではなく、“IS学園の善意の協力”という体裁にしたいらしい。

 言葉の端々から苦々しさが感じ取れるのは、学生を政治に巻き込むことに抵抗を覚えているからなのだろう。

 ISに関わっている限り、その身は政治から離すことはできない。そのことを理解した上での、複雑な千冬の感情が伝わってきた。

 

《よって特殊な事態が起こらない限り、お前たちが戦闘を行うことはない》

 

 直接的な戦闘は行わない。前提的な条件が彼方たちにはあったが、それは安全を約束するものではなかった。

 確率は低いが、彼方はここ半年間の経験から「絶対」はあり得ないことを知っている。

 アンノウンの襲撃、シュヴァルツェア・レーゲンの暴走。一切考えもしなかった出来事が続け様に起こっている。今回もそうならない保証はない。

 それらに巻き込まれていたことから、彼らに油断はなかった。視線は東の空、シルバリオ・ゴスペルが向かってきているであろう方向に向いている。

 太平洋上を航海するあまぎまで、残り十数分のフライトだった。

 

 一番に艦隊の姿を見つけたのはラウラだった。眼下に走る幾条もの引き波を目印に、編隊は速度と高度を徐々に下げる。

 千冬とあまぎの間で通信が交わされ、着艦許可が降りる。ライトを持った隊員が甲板に現れ、誘導を始めた。

 航行速度を合わせ、緩やかに後部甲板に降り立つ。全員があまぎに着艦したことを確認すると、誘導をしていた隊員が敬礼をした。答礼の後、ISを解除するように千冬から指示が出された。

 彼方たちの専用機はそれぞれの待機状態になる。千冬の装着していた打鉄は操縦者登録をしていないため、小さく纏まった状態で甲板に鎮座していた。

 視力矯正を除きISの制御下から離れたため、艦の振動と風が直接伝わってくる。強い海風に目を細めながら、艦内へと案内する隊員の後を追った。

 

 案内された先には、既に何人かが集まっていた。その内の一人、壮齢の男性が敬礼の後に口を開いた。

 

「あまぎ艦長、大橋典孝一等海佐です。」

「IS学園から出向してきました、織斑千冬です。こちらの七名が生徒協力者です」

「君たちが……」

 

 順番に自己紹介を済ませると、次に移る。すなわち、作戦に参加する他の三人だ。

 

「佐々木永子一等空尉です。使用ISは“山颪”。主に中、遠距離での戦闘を担当しています」

 

 一人目は鋭利な切れ長の瞳が特徴的な人物だった。千冬に似ている、といえば分かりやすいが、千冬以上に冷淡な色の目をしている。

 二人目、永子の後ろから出てきたのは対照的な人物だった。活発そうな童顔を引き締め、教本に書かれているお手本のような綺麗な敬礼をした。

 

「柏原晴三等空尉です! 使用するISは“打鉄改・凱風”! 白兵戦が得意です!」

 

 そして三人目、長身に長い赤毛が特徴的な女性はフランクに挨拶を済ませる。

 

「アメリカ合衆国海軍第七艦隊所属、アリッサ・キャンベル大尉よ。ISは“ネイビー・ブルー”。離れた場所からの射撃を得意としているわ。よろしく」

 

 こうして作戦に参加する計十一名のISパイロットが一堂に会したことになる。これだけ国際色に富んだIS操縦者が同時に一つの場にいるのは、国際大会やIS学園でもない限りはそうそうないだろうことだった。

 

「それでは……改めて作戦説明をします」

 

 話を主導したのは、艦長である典孝だ。中央卓にはめ込まれたモニターに地図が表示される。現在の艦隊がいる位置と、シルバリオ・ゴスペルを示す赤いマーカーは随分と距離が近くなっていた。一時間もしないうちに接敵するだろう。

 

「今回の作戦はIS部隊によるシルバリオ・ゴスペルの迎撃が目的です。佐々木一尉、柏原三尉、キャンベル大尉、織斑教諭の四名を第一ライン、学生七名を第二ライン、艦隊を第三ラインとして配置。

 第一ラインがシルバリオ・ゴスペルと会敵次第戦闘を開始、速やかにシルバリオ・ゴスペルを撃破します」

 

 地図上に表示されたのは、艦隊を示した凸型のマーカー、その前方数十キロに彼方たち学生を表す緑色三角形のマーカー七つが短めの等間隔で並び、そのさらに前に千冬たち主戦闘部隊の青マーカーが長めの等間隔で並んでいる。

 第一ラインに赤マーカーが近づくと、青マーカーが対応し、それを撃破した。

 

「もし仮に第一ラインが突破された場合、第二ラインの学生部隊がこれを即座に食い止めます。第二ラインは一人一人の間隔が狭くなっているため、即座に集合することが可能でしょう。

 第二ラインで敵を受け止めている隙に主戦闘部隊が学生部隊に合流、学生部隊は可能であれば離脱し、主戦闘部隊による撃破を狙います。

 さらに学生部隊が突破された場合、第三ラインに配置された艦隊が全力の対空戦闘で時間を稼ぎます。その間に全ISに合流してもらい、敵目標を撃破します」

 

 モニターに映る映像が変化し、二つのパターンを表示する。第二ライン、第三ラインでの迎撃パターンを確認し、その場にいた全員が顔を上げた。

 

「現場指揮はキャンベル大尉に一任されているため、戦闘に入った場合、彼女の指示で動いていただきたい。よろしいですか?」

 

 今回作戦に参加する中で最も階級が高いのはドイツ空軍少佐であるラウラではあるが、今回は「学生としての参加」であるため、指揮系統からは外されている。

 典孝の問いは千冬を通して彼方たちにも向けられていた。異論はないため、全員がそれに頷く。

 

「では、そのように。出撃は十五分後。到着したばかりで申し訳ないが、直ぐに出てもらうことになります。それまではこちらで待機していてください」

 

 典孝が退出したあと、アリッサが千冬に握手を求めた。にこやかな笑顔を浮かべ、手を差し出す。

 

「まさかあなたと一緒に戦えるなんてね、ミス・織斑」

「久しぶりですね。数年ぶりですか」

「ええ、モンド・グロッソ以来かしら」

 

 アリッサ・キャンベル。元アメリカ国家代表としてモンド・グロッソに出場した経歴を持つパイロットだ。近接戦闘のみの千冬と遠距離射撃を得意とするアリッサとの勝負は、現在でも人気のある試合であり、動画投稿サイトの中でも特に再生数が多い。こうして親しげに会話をしている分、仲は悪くないのだろうと思わせる。

 続いて、晴が千冬へ近づく。目はきらきらと輝いて、入学式のときに千冬を見て騒いでいたクラスメートを彷彿とさせる姿だった。

 

「柏原晴です! ずっと憧れてました! 近接での戦闘を得意としているのも織斑さんの影響です!」

 

 現在が作戦行動中でなければサインをねだりそうな勢いだった。流石に生徒と違って袖にすることもできず、苦笑いで対応している。珍しいものを見たと思ったのはこの場にいた生徒全員だったが、それを口にしたのは一人だけだった。

 

「……珍しい」

 

 素直は美徳ではあるが、同時に欠点でもある。一夏がぼそりと呟いた言葉は恐らく千冬の耳に届いているだろう。これまでの経験からそれを理解していた彼方は、このあとに一夏がどんな目に会うかおおよその想像ができていた。

 千冬へ詰め寄るように言葉をまくし立てる晴を止めたのは上司である永子だった。

 

「柏原三尉。そこまでにしておきなさい」

「佐々木一尉! こ、これは失礼しました! 思わず気持ちが昂ってしまい!」

 

 千冬に対し一言謝罪してから晴が一歩引き、直立不動の姿勢を取る。その晴を横目に永子は千冬の前に立った。

 二人の視線が交わる。

 

「――お久しぶりです、織斑さん」

「――ええ、佐々木一尉。以前にお会いしたときは二尉でしたか。随分と早い出世ですね」

 

 部屋の温度が下がったと、そう錯覚するほどに眼光は冷たく、声音は突き刺すほど鋭利に尖っている。妙な緊張感の生まれた中でその光景を見ていた彼方は、後ろから近づく影に気づかなかった。

 

「やれやれ、相変わらずね」

「わっ」

 

 背後から聞こえた声に慌てて振り返ると、そこにはアリッサが立っていた。

 

「ハロー。尾上彼方くん、それと織斑一夏くん」

「お、俺も?」

「うん、そう。ずっと気になっていたのよ。男の子のIS操縦者」

 

 アリッサの目的は彼方と一夏だったようで、二人の間に収まるように体をすべり込ませた。一夏へ体が触れるほどの位置にアリッサが立つと、一部からじっとりとした目を向けられる。

 

「なるほど……」

 

 アリッサは二人を上から下まで、じっくりと交互に観察し始めた。品定めするような視線に晒され、彼方たちは居心地の悪さを味わう。

 

「うん、将来有望だわ。色んな意味で」

「うおっ!」

「わっ!」

『あああっ!』

 

 がばりと肩を抱き寄せられる。初対面の異性相手には過剰とも言えるスキンシップに、一部から声が上がった。なおその一部の近くにいたラウラは上がった声の訳を理解できずに首を傾げた。

 アリッサは二人の耳元で囁くように問いかける。

 

「……あの子たちはどっち狙いなのかしら?」

「は、はい?」

「ああ……」

 

 片方は理解できず、片方は溜息を漏らした。その反応から全てを悟ったのか、アリッサはなるほどと頷いた。二人の肩に回していた腕を解き、後ろに下がる。

 

「結構苦労するのね」

「え、ええ」

「まあ、男二人だけですし……」

 

 彼方と一夏の返答は似ているようで、込められている意味は異なっている。違いを理解したアリッサは笑みを深くし、彼方の肩を優しく叩いた。

 

「大丈夫、きっと君も……織斑くんほどではないだろうけど、女の子との縁はあるわ」

「あ、あはは……」

 

 的が外れたようなアドバイスに、彼方は乾いた笑い声を出すほかなかった。

 

「あのっ。織斑先生と佐々木さんの仲が悪い、というのはどういうことなんでしょうか」

 

 箒たちが近寄り、アリッサへと話しかける。四人がさりげなく一夏とアリッサの間に納まるように立ち位置を調整していた。アリッサはそれに気づいていたようだったが、面白がるような顔で面々を見守っている。

 まだ剣呑な雰囲気を漂わせている千冬たちを横目にちらりと見てから、質問に答えた。

 

「仲が悪い、っていうのはちょっと違うかしら。うーん確か……日本のことわざでとても当てはまるものがあったはずだけれど……」

 

 アリッサは眉根にしわを寄せ、そこを人差し指でつつきながら記憶を探る。少しの間そうして、ようやく納得の行くものを見つけ出したのか、指をぴんと立てて天井を指差した。

 

「思い出した。同属嫌悪、だったかしらね。似ている人に対して苦手意識を持つとか、そんなものよ」

「その例えには意義を申し立てたいですね、キャンベル大尉」

 

 冷ややかな声を発したのは永子だった。何時の間にかアリッサの後ろに立ち、集団に目を走らせている。千冬に似た威圧感を感じ、反射的に身がすくみそうになるほどだった。

 

「あら、とても適切に表せる言葉だと思ったのだけれど」

「甚だ不本意ですね」

 

 続いて千冬が言う。二人の物言いとは逆に、似通った反応だった。

 やはり似ているのではと思うが、それは言わない。隣でぼそりと呟いた一夏が頭を抑える姿を目にしているからだ。彼方には千冬の振り抜いた手が見えなかった。

 アリッサから視線を移した永子は、彼方へと向き直る。距離にして一メートルと少しの場所に立つ永子に対し、彼方は思わず背筋を伸ばした。

 佐々木永子。現日本代表選手であり、過去には千冬と代表の座を争った経緯が存在する。千冬の人気が高すぎるゆえに陰に隠れてしまいがちではあるが、彼女と張り合える日本でもトップクラスのパイロットだ。

 

「尾上彼方くんですね」

「は……はいっ」

 

 厳格な上官を前にした部下はこうした気分なのだろうと彼方は予想し、姿勢を正した。永子の肩を見越した先で直立不動を続ける晴と似た体勢だった。

 未だに痛みに耐え反応のできない一夏のうめき声をバックサウンドにしながら、永子は右手を差し出す。彼方は恐る恐るその手を握り返した。

 

「よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします。まだISに触れて半年の素人ですが……」

「試合の映像は見させていただきました。たったの半年とは思えないほどの良い動きでした」

「え、い、いや。全然そんなことありませんよ。オレなんてまだまだで……」

「増長は自身の成長を奪いますが、過ぎた謙遜は自身の可能性を潰します。適切な評価を自分に下すことが、より高みに昇るための手法です」

「あ……ありがとう、ございます」

「いえ、こちらこそ口うるさくなってしまいました。申し訳ありません」

 

 永子はじっと彼方の目を見ながら話す。人の目を見て話すことが癖なのか、自然とそれを行っていた。じっと見つめられることの居心地の悪さと、不思議な迫力から目を逸らすことができない緊張が同居する。

 永子は握手を解くと、晴を呼び寄せた。

 

「柏原三尉」

「はいっ」

「こちらへ」

「はいっ!」

 

 小走りで駆け寄った晴は永子の隣、肩幅に距離を空けた場所で立ち止まり、気をつけの姿勢を取る。

 

「改めて紹介を。彼女は私の直属の部下で、柏原三尉です」

「柏原三尉です! お話はかねがね伺っていました!」

「尾上彼方です。……話というのは」

 

 彼方はその話というのは男性IS操縦者に対するものだと考えたが、それは違っていた。

 

「はいっ。基地司令が、尾上三郎二等空佐の息子さんがISパイロットになった、と話をしていたことがありました。司令は以前、パイロットだった頃は尾上二佐と共に教導隊に所属していたと聞いています」

「父さんのことを?」

「ええ。尾上二佐は空自のパイロットだったら間違いなく知っていますよ。それだけ有名な人です」

 

 予想外な答えに彼方は驚きを隠せなかった。三郎が退職してから、既に十年が経過している。当時のパイロットは既に半数以上が戦闘機を降りているだろう。

 白騎士事件や教導隊隊長といった経歴は劇的なものだったのかもしれないが、それでもそこまでの影響力を有しているとは考えもしなかった。

 

「ですから、尾上さんはそのことも含めて有名なんですよ」

「そ、そうですか……」

 

 思わぬ方向で噂されていたことを知り、彼方は小さく頬をひきつらせた。彼方の反応に気づいているのかいないのか、それに、と置いて晴は続ける。

 

「お兄さんの方もそれが理由で扱かれているようですから」

「え?」

「けれどその扱きを糧にめきめきと実力を伸ばしているとの噂です」

「兄さんが……」

「もしかして、ご存知ありませんでしたか?」

「は、はい。兄はあまりそういったことは話さないので」

 

 時折送られてくるメールに書かれているのは、日常生活か誇張したような自慢話ばかりだった。苦労や努力は書かない。それが兄の性格だった。

 彼方の兄、徹は現在航空自衛隊に所属し、親の後を継いだようにイーグルドライバーとなった。

 八つ年上の兄である徹は彼方とは正反対の性格だった。底抜けに明るく社交的であり、同時に調子に乗りやすく自信家である部分も存在した。しかし共通の夢を抱いていた二人は仲が良く、父親の乗るイーグルの写真が幼い頃の二人の部屋には飾られていた。

 だが彼方一人が夢を諦めざるを得なくなってから、彼方がそれを吹っ切るまでの間、徹と彼方は互いに距離を置いていた時期があった。徹は仲が良く、夢を共有していた弟に負い目があり、彼方は一人だけ夢を叶えられる可能性を残した兄に対し嫉妬の感情を向けたくはなかったからだ。二人の仲が改善されてからも、互いの心には小さなしこりが残っていた。

 だからこそ、彼方がISに乗れるように――空を飛べるように――なったということは、徹にとっても喜ばしいことだった。

 兄弟の仲が良好である証拠に、時折メールのやり取りをしている。最近ではもっぱら、女子校に通うことになった弟をからかう内容だったりするのだが。

 

「でも、親子で有名なんてすごいですね!」

「は、はは……」

 

 晴に悪気がないのはわかっているが、それでも複雑な何かを感じずにはいられない彼方だった。

 そのあと二言、三言言葉を交わし、二人は、ようやく痛みから復帰した一夏と会話を始めた。実姉とどこか似た雰囲気を持つ永子と、憧れの人の弟であるということでテンションを上げる晴に戸惑いの表情を隠せない一夏ではあったが、二人は気にせずに話を続けている。

 この場は随分と喧しくなった。

 アリッサは千冬の追及を飄々とかわしているし、箒らは一夏たちのやり取りを注意深く観察している。

 手持ち無沙汰になった彼方にラウラが近づいた。

 

「ここは姦しいな、兄上」

 

 ラウラの言葉は作戦室の雰囲気を指していた。作戦開始前にしては朗らかすぎる空気だと言いたいのだと彼方は推測する。

 兄上という呼び名に未だむず痒さを覚えつつ、彼方は言葉を返した。

 

「まあ、過度に緊張してがちがちになっているよりはいいんじゃないかな」

「それはそうだが、限度もあるだろう」

「うん、けど……多分意図してのことだと思うんだ」

「意図、とは?」

「オレたちがリラックスできるように、かな。織斑先生や佐々木一尉、柏原三尉はどうか分からないけど、キャンベル大尉はそういう風に考えてるんじゃないか、ってそう思うんだ」

 

 おどけた態度や喋りは本人の気性も関係しているだろうが、同時に彼女がそうした意図を持ってやっているのだと彼方は考えている。事実、アリッサが一夏と彼方に話しかけるまで、学生の殆どは緊張から険しい顔をしていた。

 緊張は本人が感じている以上に体力を失わせる。長時間緊張状態でいればなおさらだ。失われた体力が後々の作戦に影響する可能性は高く、そのままであれば作戦開始時には集中力が切れていただろう。

 自力で緊張を解すことは難しい。だからこそアリッサの行動は、彼方たちにとってプラスに働いたと感じている。話がどう転がったにせよ、一時的に作戦のことを忘れてリラックスできていることは事実なのだから。

 

「オレも結構緊張してたから。こうしてリラックスできる状況ができたのは良かったよ」

「そうか……そういった面から士気に関わってくるのだな。覚えておこう」

 

 鷹揚に頷き、ジョークか、と頷くラウラを眺めながら、ボーデヴィッヒさんには難しいんじゃないかな、という言葉を飲み込んだ。

 数分後、騒がしい空気を切り裂くようにアリッサの元に通信が入った。出撃命令だ。

 アリッサは一瞬で表情を引き締め、全体に指示を発する。

 

「出撃命令が出たわ。これから私たちはあまぎから飛び、指定位置まで移動する。先ほどの説明の通り、現場での指揮は私が執る。じゃあ、行くわよ」

 

 アリッサが先頭となって作戦室を出る。

 いよいよだ。彼方は手のひらを握りしめ、その後に続いた。

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