IS学園では始業式の日から早速授業が行われる。授業を行っているのは副担任である真耶だった。黒板替わりのモニターにはいくつかの資料などが映し出されている。指し棒を使いながら、その内容について説明をしていた。
「皆さんが入学したこのIS学園ですが、この学園は国連と日本政府が共同で運営と管理を行っています。国連が作ろうとした超国家的なISの研究機関が、IS学園の前身となります。なぜ日本政府が国連と共同で運営を行っているかですが、第一回モンド・グロッソが行われた日本の会場を施設として提供することにしたからです」
モニターに、IS学園となる前の学園の写真が映し出された。
「また、皆さんもご存知の通り、開発者である篠ノ之博士が日本人であり日本語以外を使わなかったため、ISに関する共通言語は日本語です。宇宙での公用語が、始めに宇宙開発を行ったアメリカの英語とロシアのロシア語であるように、ですね」
ISの学習をする上で彼方たちがもっとも助かったと思ったことは、ISの共通言語が日本語であるということだった。一般の中学生が英語やロシア語で学習するというのは流石に無理がある。そのことを踏まえてもIS専門知識は難解ではあったのだが。
もしもISが純粋に宇宙開発に用いられていたとしたら、ISでの言語が英語とロシア語になるのか、もしくは宇宙言語に日本語が追加されるのか……。彼方は思考の隅でそんなことを思っていた。
「では、ここまでで分からないところはありますか?」
挙手をする生徒はいない。彼方たちに至っては、現在の授業で行っている箇所は以前に真耶から直接講義してもらったところだ。復習はきちんと行っているため、問題はない。とはいえ、未だに少し頭を捻りながら受ける点も存在する。
続きの講義では、IS関連の法律や条約などに関する説明をしている。ISがどのようなものなのか、という説明だ。
一夏は初め、こういった法律関連の勉強を敬遠していた。彼にとって、そういった知識と自分との関係性をまだ充分に自覚していなかったからだ。だが彼方と真耶の説得によって自分の置かれている立場を理解し、これらの勉強を真面目にすることになった。
一夏一人ではこうならなかったかもしれないが、これには彼方の存在が大きく関わっていた。自分と境遇を共にする友人がいたからこそ、一夏は努力をする気力を起こしたのだった。
最前列に座っている一夏からは少々苦戦する様子が見受けられたが、努力の成果あってか授業内容を全く理解できないということはなかったようだ。
授業が終わり、休み時間に入る。一夏が彼方の元にやってきたのは、精神的な疲労を解消するためだった。
「なあ、彼方……」
彼方の机に両手を乗せている一夏の声は、明瞭に疲れを感じさせる。彼方よりも多くの視線を集めていたことから、精神的な負担が大きかったのだろうと考えられた。
「その、お疲れ様。一夏」
「本当にな。高校生活がこんなにも辛いとは思わなかったぜ」
「あはは……。IS学園だから、だろうけどね」
二人が苦労を分かち合っていると、背後から声をかけられた。
「もし、そこのお二方。少々お時間よろしくて?」
話しかけてきたのは、長いブロンドの髪を綺麗にカールした女生徒だった。彼方は自己紹介の時のことを思いだし、彼女の名前を口に出した。
「確か……オルコットさんでしたっけ。イギリスの代表候補生の」
彼女、セシリア・オルコットはイギリスの代表候補生であった。代表候補生とは読んで字のごとく、国家代表の候補だ。昨今、国家のIS操縦者の強さはそのまま国家の威信に繋がる。そしてその代表候補というのは詰まるところ、
「代表候補生か。確か、エリートなんだよな」
彼女はISにおけるエリートなのである。彼女もその自負があるのか、その称号に対する誇りの様なものも感じさせる。
「ええ、自慢ではありませんがそうなりますわ。いずれは国家代表にまでなってみせますけれど。あなた方は最近になってからISのことを学び始めたようですが、勉強自体に問題は無さそうですわね」
「そ、そうですか。えっと、オルコットさんは何の用が……?」
彼女の瞳には、こちらを図るような色が浮かんでいる。
「いえ。ただ、世界初の男性IS操縦者が気になっただけですわ」
少なくとも、とセシリアは続ける。
「あなた方はしっかりとその自覚があるようですわね。安心いたしました。英国貴族の務めとして、何かあれば遠慮なく頼ってくださいませ。それではご機嫌よう」
上品な笑みを浮かべ、ロングスカートの裾を翻し自分の席へと戻っていく。その姿は気品を感じさせるものだった。
「……なんかすごい奴だったな」
「……うん。オレもああいう人とは初めて会ったよ」
「貴族とか言ってたよな」
「上品そうだったね」
「そうだな。……珍しいものを見た気がする」
「向こうからしてみたらこっちの方がよっぽど珍しいと思うけどね……」
一夏の言葉に苦笑で返した彼方は、千冬が教室に入ってきたのを確認してそれを一夏に告げた。
早く席に戻らないとまた叩かれるよ、と。
* * *
三時限目は真耶ではなく千冬が教壇に立っていた。次の講義は千冬が行うのかと思えば、そういうわけでもないようだ。
「クラス代表を決める。自薦他薦は問わん」
クラス代表は、言わば普通の学校における委員長のようなものなのだろうか。そう彼方は考える。どうしてこうも早く決めるのかは、今度実施する“クラス代表戦”のために早急に決めなければならないかららしい。
クラス代表はその性質上強いものが選ばれるものだろうと、常識的に考えればそうなる。しかしながら、今このクラスには常識ではあり得ない存在が二人もいる。よって、
「はい、織斑くんがいいと思います!」
「は~い、尾上くんがいいと思いま~す」
こうした事態もありえるのだ。
『え?』
二人は同時に声を上げた。
「あっ、だったら私も織斑くんを推薦します!」
「私もー!」
「だったら私は尾上くんかなぁ」
きゃいきゃいと騒がしくなる教室。しかし、それは千冬の一言で静まった。
「騒がしいぞ貴様ら! ……推薦されたのは織斑と尾上か。他にはいるか?」
「ま、待ってくれよ千冬姉――」
「織斑先生だ」
反論しようとした一夏の脳天に出席簿が叩き込まれる。一夏が痛みに耐えているときに、彼女が立ち上がった。
「織斑先生。よろしいでしょうか」
「なんだ、オルコット」
立ち上がったのはセシリアだった。
「彼らはまだ素人です。努力はなさっているようですが、ISの知識に関してはここにいる皆さんよりも劣っています。ただ物珍しいからという理由でクラス代表にするには相応しくないと思いますわ」
「ほう……。それで、オルコットは自薦でもするつもりか?」
「そうですわね……。形的にはそうなるかと」
「なるほど。……これで候補者は織斑、尾上、オルコットになったわけだが、他にいるか?」
答えるものはいない。千冬はクラス中を見回し、誰もいないことを確かめると、三人に向かって告げる。
「それでは候補者三人には、模擬戦で代表を決めてもらおう」
「――お待ちください!」
その言葉に真っ先に反応したのは、セシリアだった。
「どうした、オルコット」
「お二人は素人ですわ! 驕っているわけではありませんが、純粋な事実として彼らに勝ち目があるとは思えません!」
セシリアの言葉は尤もだった。何せ、彼女は代表候補生であり、ISへの搭乗時間は膨大な時間である。対して彼方たち二人は、数ヵ月前に初めてISに乗ったばかりであり、搭乗時間は数十時間に届くかどうかという程度だ。
さらに言えば、彼方たちがしていたのは基本的な動き方と少々の戦闘機動だけであり、セシリアのように本格的なIS戦闘を学んだわけではない。
セシリアは二人がISに乗っていると知らないため全くの素人を相手にすると考えているが、さほど差はない。結果は変わらないだろう。
「結果の分かりきった勝負のために、素人二人から勝ちを拾うような真似は……」
「おい」
誰もが同じ結果を予想する中、一人だけはそれに反論した。
「ちょっと待ってくれよ」
話題の片割れである一夏だ。普段は柔和そうにしている表情が、今は姉のような鋭い眼光を放っている。
「なんで勝ち目がない、なんて決めつけるんだ?」
「……あなたはよく分かっていないようですわね」
セシリアは諭すように、あくまでも客観的な事実として言う。
「いいですか? わたくしは代表候補生です。ISに関する技能では、この学園でも上位に入ると自負しています。ですが、あなたは素人です。言ってみれば、テニスを初めたばかりの素人と、国内大会で上位に入賞するプレイヤーが勝負をするようなものですわ」
「だけど、可能性はゼロじゃないだろ」
「ゼロではない、というだけです。実際の可能性は非常に低いものとなりますわ」
その会話を聞いていて、そういえばと彼方は一夏の性格のことを思い出した。
彼は温厚そうな性格をしており、争い事を好まなそうな風体をしている。だがその実負けず嫌いであり、彼方との模擬戦ではお互いにヒートアップしたものとなった。
そのことをかんがみると、こうしてプライドを刺激されるようなことを言われれば、食いつくのも仕方がないのかもしれない。一人蚊帳の外であった彼方は考える。
だが、彼方はその話題の中心に尤も近い人間なのだ。巻き込まれないわけがない。
「だったら、二人で戦えばいいんじゃないかな~」
恐らく、何気なく言った一言だったのだろう。彼方の隣に座る本音の言葉を、セシリアが拾い上げる。
「……それなら、まだましでしょうか。織斑先生、それでどうでしょう?」
「それでいいのか、オルコット」
「ええ、丁度いいハンデになると思いますわ」
「ちょっと待て! 千冬姉、そんなハンデいらな――」
「織斑先生だとなんど言えばわかる、この馬鹿者が」
それに一夏が逆らって声を上げる。だが、それをまたしても千冬の出席簿が妨げた。
「それでは、来週にクラス代表を決める模擬戦を行う。織斑、尾上のペアが勝った場合、さらにその二人の試合で代表を決める。三人は準備をしておけ」
それだけ言うと、千冬は教室から去っていった。
いつの間にかことが決まっていた彼方は、呆然とした表情を見上げて去っていくクラス担任を見送った。
放課後、一夏と彼方は共に頭を抱えていた。一夏は自分が脊髄反射的に反抗してしまったことを、彼方は自分がいつの間にか巻き込まれていたことに対してだった。
「……どうしてくれるのさ、一夏」
「その、すまん。なんか、カチンとなって思わず……」
「一夏は少し反省したほうがいいと思うよ」
彼方の言葉に、一夏は机に突っ伏した。なぜか巻き込まれた彼方は、これからどうするのかを一夏に問いかけた。
「それで、一夏はどうするつもり?」
彼方のその言葉に、一夏は顔を上げ真剣な表情で答える。
「勿論、勝つ」
「勝つ、ね。でも、オレたちじゃオルコットさんに勝つのはかなり難しいよ」
「それでも、可能性はゼロじゃない。それに、あそこまで言われて退いたら男じゃないだろ」
迷いが無い口調に、一夏は本気なのだと彼方は悟った。
「はあ……。しょうがない、オレも手伝うよ。その、友達のことだしね」
「本当かっ? ありがとうな。彼方が付いてくれれば百人力だぜ」
調子の良い一夏の態度に、しかし彼方は不快感を覚えなかった。こうしたところも女の子に好かれる一因なんだろうなと、今日を通して一夏に向けられた視線を思い返して彼方はそう考えた。
「織斑くん、尾上くん。ちょっといいですか?」
二人で盛り上がっているところに話しかけてきたのは、副担任である真耶だった。その手には二つの鍵が握られている。
「お二人の部屋の鍵を渡しに来ました。今までいた設備棟から、生徒用の寮に移ってもらいます。場所は、寮監室の隣、つまりは――」
「私の部屋の隣になる。すみません山田先生、少し遅れました」
言葉を引き継いだのは、真耶の後からやってきた千冬だった。
「二人を寮に入れるのは少し不安だったが、少なくとも監視を強化できる分こちらの方がましだと考えた」
千冬の言葉に疑問を抱いたのは彼方だった。
「それはどういうことですか?」
「貴様らは世界でたった二人だけの男性IS操縦者だ。各国がその情報を欲している。この学園が国連の元で作られた機関であり、特定の国からの干渉を受けないと言ってもそれは万全ではない。やろうと思えばこの学園の生徒を使ってスパイ活動をすることが可能な訳だ」
一旦言葉を切り、そして続ける。
「そして、貴様らは男であり、この学園にいるのは大勢の女子だ」
「要するにどういうことなんだよ千冬姉……じゃなくて、どういうことですか織斑先生」
今度は叩かれる前に訂正した一夏を横目で眺めつつ、千冬はその可能性を示した。
「ハニートラップを防止するための手段だ。貴様らが健全な男子高校生である以上、可能性は低くない」
彼方は絶句すると同時に、その可能性を考えた。確かに、あり得ない話ではない。自分達のデータは、各国が喉から手が出るほど欲しいはずだ。誘拐等の直接的な手段が使えないとしても、間接的な手段は取れる。
「それを防止するために寮監である私の部屋を隣とする。いくつか注意してもらうことがあるが、それさえ守ればある程度は自由だ」
一夏はいまいちピンと来ないようであったが、何となく危険であるということだけは理解したようである。
ルールとしては、まず消灯時間後に女子を部屋に入れないこと。女子と話をする場合は、出来るだけ廊下か談話室、食堂を利用するようにすること。そして、女子の部屋に入らないこと。
この三つが寮における、男子のルールだった。
あとは、男女共に通ずる寮の規則を話すと、鍵を渡して千冬と真耶は職員室へと戻っていった。
彼方たちは寮へと向かいながら、先程告げられた内容について話していた。
「それにしても、ハニートラップねぇ。想像ができないな」
「オレもだよ。でも、そんな露骨にしてくるような人はいないだろうし、そういった人たちは先生たちがきちんとガードしてくれると思うよ」
「だな。……今のところの問題はそれじゃないしな」
今のところの問題、つまりは来週に控えたセシリアとの模擬戦のことだ。
「今のオレたちにできるのは、ISについて勉強して備えることだけだよ。実機を使った訓練も、今は出来ないと思うからね」
「ん? どうしてだ?」
「ISを使うには申請が必要だからだよ。ISは共用の物だし、それを使うのに申請が必要だし、それとアリーナの使用許可も取らないといけない。今からだと間に合わないだろうね」
彼方の言葉に一夏はがっくりと肩を落とした。なんにせよ、自分達に出来ることことをするしかない。そう結論付けた二人は、新たに用意された寮に向かっていった。
* * *
翌朝、早朝から二人は走り込みをしていた。春とはいえ、まだ朝は肌寒い。そんな中を学園の歩道に沿って並んで走っていた。体力作りのためのトレーニングだ
一夏は過去に運動をしていた経験があり、彼方も日々最低限の筋トレはしていた。しかし、ISを自由に操縦するには体力が足りなかった。
そのため、二人はこうして体力を付けるためのトレーニングを始めたのだ。検査中に学園にいた頃は、生徒が使っていない時間帯にトレーニングルームを使わせてもらっていた。だが今の二人はこの学園の生徒であるため、そのような特例を使うことはできなくなっている。そのため、今はこうして学園の歩道を利用してジョギングをしていた。
歩道では、彼方たちと同じようにランニングをしている生徒や教師がいた。すれ違う際は軽い会釈をして通りすぎる。二人を二月前から知っている教師はそのまま走り続けるが、生徒は違った。通りすぎていった男子の背中を凝視していたのだ。
生徒たちにとって彼らはとてつもなく珍しい存在であり、同時に目を引く存在でもあった。そのため今朝のランニングの間、二人は背中に突き刺さる視線に居心地の悪さを感じながら走っていた。
三十分弱のランニングとストレッチを終えて二人は軽くシャワーを浴びると、食堂へと向かう。もう既に食堂には生徒が大勢集まっており、各々が食事を楽しんでいた。
彼方たちは朝食を頼むと、適当に空いている席へと座った。その姿をちらちらと見て、話しかけるかどうするかを迷っている生徒たちがいたのだが、その内の一人が話しかけてきた。
「同席、いいだろうか」
それは、昨日一夏を連れてどこかに行っていた少女だった。一つに纏めた長い黒髪と、鋭い切れ長な瞳が印象的であると彼方は感じた。
「おお、箒か! いいぜ、座れよ。彼方もそれでいいか?」
「う、うん。別にオレは構わないよ」
「そうか。なら、失礼する」
しゃんとした立ち居振舞いは、どこか武人のような武骨さを思わせるが、同時に女性らしい柔らかさも併せ持っていた。
「確か……尾上だったか。改めて、私は篠ノ之箒という。よろしく頼む」
「こ、これはご丁寧に……。オレは尾上彼方っていいます、よろしく。そういえば、自己紹介の時も思ったんだけど、篠ノ之って……」
彼方の反応に、箒は顔をしかめる。箒にとって、その反応はあまり快いものではなかったからだ。
「すまないが、姉のことは私には分からない。IS関連の技術も、そうだ」
箒の語調に何かまずいことを言ってしまったのではと感じた彼方は、即座に頭を下げた。
「ご、ごめん。怒らせるつもりはなかったんだ」
「……いや、私の方こそすまない。つい、過剰に反応してしまった」
微妙な空気がテーブルに満ちる。元より、彼方と箒は口が達者な部類ではない。むしろ、苦手と言っていい。彼方は自分が何かまずいことを言ってしまったことを自覚しながらもそれを補う言葉が出てこず、箒は自分が過剰に反応してしまったことを自覚しつつも上手くフォローをすることができない。
この場に二人きりでいたら間違いなく沈黙が続いていただろうが、幸いにもこの空気を破る者がいた。
「二人とも硬すぎだって、もう少し柔らかくいけばいいじゃねぇか」
「あ、おがみんにおりむーだ~。しののんもいるんだねぇ」
一夏と本音だ。一夏は二人の間の空気を取り払うために、本音は彼方と一夏を見つけて話しかけたというところだろうか。
「ねえねえ、そこのテーブルいいかな~?」
本音が三人のいるテーブルへと向かってきた。長い袖で隠された両手で朝食の乗ったお盆を抱えている。彼方はそれを見て、彼女はそんな風に持っていて危なくないのだろうかという心配を胸に抱いた。
「う、うん。いいよ、布仏さん」
「えへへ、ありがと~」
四人席の内、彼方の向かい、箒の隣にちょこんと座る。机の上に置かれた盆には、三人と比べて少なめの朝食が乗っていた。
「へぇ、のほほんさんは随分と少ないんだな。それで足りるのか?」
「足りるよ~、女の子だし、それに、お菓子もいっぱい食べるし! わたしからしてみると、男の子ってたくさん食べるんだなぁって思うくらいだよ~」
「そうか? 別に普通だと思うけど。彼方はどう思う?」
「まあオレたちは男子だしね。その、多少量は多いかもしれないけど、これくらいじゃないと昼までもたないから」
「へぇ~そうなんだ~」
「ま、女子でも箒くらい沢山食べる娘も――」
「ふんっ」
「いだぁっ!?」
机の下から重い打撃音が聞こえてきた。恐らく、一夏の足を箒が踏み抜いたか蹴ったかしたのだろう。涙を目に浮かべた一夏が、恨みがましい視線を箒に向ける。
「なにすんだよっ!?」
「デリカシーのないことを言うからだ」
「はぁっ?」
「うん、今のはおりむーが悪いと思うなぁ」
「確かに今の一夏はちょっとデリカシーに欠けてたかな」
「ええっ? 二人まで!?」
そうこうしていると、千冬が食堂に現れ朝食の終了時刻が迫っていることを告げた。さらには遅刻をするとIS学園の外周(約五キロメートル)を十周させるということも同時に語っていった。
その言葉が嘘ではないとわかっている生徒たちはそれぞれ、食べている途中の者は食べるスピードを上げ、食べ終わり駄弁っている者は足早に食器を片付けるのだった。
四人も食事を終えるとそれぞれの部屋に戻り、荷物を取ってから共に登校することになった。
寮から学園へ続く道を歩いている最中、そういえば、と彼方が声を上げた。
「一夏と篠ノ之さんは、知り合いだったりするのかな。随分と仲が良いみたいだし」
そう、昨日の自己紹介の時からだ。一夏はずっと彼女を見ていたし、その後の休み時間では箒が一夏を連れて教室を出ていった。
彼方の言葉に、そういえばそうだねぇ、と本音が思い出すように呟いた。
「ああ、それか。俺と箒は幼馴染みなんだよ。と言っても俺が小四の時に転校しちまったから、数年ぶりの再会だけどな」
「そっか~。だからおりむーとしののんは昨日二人で教室から出ていってたんだね~」
「そういうことになるなぁ」
確かに、幼馴染みであれば納得がいく。彼方に幼馴染みという存在はいなかったが、それでもこういった場所で昔の知り合いに会えたというのは嬉しいことだろう。彼方がそれを一夏に告げると、
「そうだな、俺も箒にまた会えてすげぇ嬉しかった」
「そ、そうか。……私に会えて嬉しい、か」
素直な好意をぶつけられた箒は照れて顔を俯かせ、ぼそぼそと聞こえないような音量で呟いていた。
「二人は仲良しなんだねぇ」
本音はその様子を見ながらにこにこと笑っていた。
* * *
その日の大きな出来事として、千冬から一夏と彼方の専用機が模擬戦の時までには届くという報せが告げられた。
二人に専用機が造られるというのは、大分前から決まっていた。それこそ、二人がISを動かした二月頃からの話だ。それぞれ、一夏の専用機は倉持技研が、彼方の専用機は芳野重工が制作を引き受けている。
芳野重工は近年になってから台頭してきた、航空系を得意とする企業だ。ISの登場に対しいち早く対応したことで、世界から見てもIS関連として上位に食い込む企業でもある。
しかし、専用機があると言っても、それはしばらくは届かない。つまりはそれを使った訓練も出来ないのだ。
二人は専用機のスペックに関する書類を渡され、放課後を迎えた。
「……これで決まったね。オレたちはISを使ったトレーニングが出来ないってことが」
「みたいだな。……はぁ、どうしたらいいんだよ」
二人して肩を落とす。そうしていると、箒が声をかけてきた。彼女の手には袋に収められた竹刀が握られていた。
「一夏、ちょっといいか」
「ん? 箒か、どうしたんだ?」
「いや、少し付き合ってくれないか」
「ああ、分かった。けど、どこに行くんだ?」
「剣道場だ」
一夏と彼方が首をかしげるのは、同時だった。