IS ~across the sky~   作:シャオレイ

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第六話 歓迎会

「え~、一組のクラス代表はオルコットさんに決まりました」

 

 クラス代表を決める模擬戦を行った翌日、朝のホームルームで真耶はにこやかにそう告げる。当初の決め事の通り、勝者となったセシリアがクラス代表となった。これでクラス代表戦は安心だろう。

 

「それでは、この後の時間はISを使った実習になりますので移動に遅れないように注意してくださいね」

 

 そう言って真耶は教室を去っていく。休憩時間に入り、彼方が一夏の元へと向かうのと同じタイミングで動く者がいた。

 

「お二方、今はよろしくて?」

 

 セシリアだ。初めて会った時のように上品に、しかしその時とは違って今はどことなく柔らかい雰囲気を纏っている。

 

「ん? ああいいぞ。あ、それとクラス代表おめでとう」

「あら、ありがとうございますわ。わたくしとしても、得るものの多い試合となりました。それにしても……」

 

 セシリアは二人を見つめる。いや、正確には待機状態になっている二人の専用機を見つめていた。

 

「確か、つい昨日に専用機が届いたんですわよね」

「そうだな」

「そう、ですか……」

「ええと、オルコットさんは何か聞きたいことでも?」

「はい。お二人の動き方は素人ではあっても、初心者の動き方ではありませんでした。まるで、何度かISに乗っていたかのような」

「それか。俺たちはIS学園に入学する前からこの学園にいたんだよ」

「どういうことですの?」

「まず、オレたちにIS適正があるって分かったのは今年の冬なんだ」

「ええ、それは存じ上げておりますわ」

「んで、俺たちはISの知識なんてなーんにも持ってなかったから、急遽勉強する必要があったわけだ。後は検査だな。初男性操縦者になんてなっちまったから」

「あ~、もしかして、去年度の三学期にあったっていう噂のことかな~」

「それって……どういうこと? 布仏さん」

 

 本音がひょこりと顔を出し、続きを話す。

 

「お姉ちゃんに聞いたんだけど~、去年度の三学期に学園に男の子がいるって噂が立ったんだって~。新聞部がそれの記事を書こうとしたらしいんだけど、先生から圧力を受けたとかなんとか~」

「そ、そうだったんだ」

「まさかそんなことになってたとはなぁ……」

「ま、まあ、そう言うことがあってISに乗るのは初めてじゃなかったんだ」

「そうだったんですのね」

 

 セシリアはそう言うと、納得した様子で数回頷いた。

 

「ね~ね~、そろそろ移動した方がいいんじゃないの~」

 

 本音の言葉に、三人が一斉に時計を見る。着替えや移動の時間を考えると、そろそろ危険な時間かもしれない。ISのエネルギーシールドすら貫通させる出席簿による一撃を思い出した彼方と一夏はさっと顔を青くし、あらかじめ準備をしておいた荷物を引っ掴むと教室から慌てて出ていった。

 

 * * *

 

 アリーナに集合した一組全員の前に、千冬と真耶が立っている。実技は千冬の担当であるため、彼女が指示を出した。

 

「それでは、今日はISの基本的な空中機動に付いて説明をする。まず専用機を持っている三人に実演してもらう。織斑、尾上、オルコット。ISを展開しろ」

 

 三人が同時に愛機へと意識を移す。しかし、展開のスピードはそれぞれ異なっていた。最初にセシリアが展開を完了させた。その次に一夏、そして最後に彼方がその身にISを纏う。

 

「ふむ、流石にオルコットは早いな。織斑、尾上はもっと早く展開出来るようにしろ」

 

 ――やっぱりまだまだ遅いか……。

 

 昨日あれだけの大立ち回りが出来たと言っても、やはり自分はまだまだ素人なのだと自らに言い聞かせる。

 

「よし、飛べ」

 

 千冬の号令で、三機が一斉に空へと飛び立つ。今回は先ほどの順番とは逆だった。彼方が一番に、続いて一夏、そしてセシリアが宙へと向かう。

 これには何より、機体の性能が関係している。斑鳩と白式はブルーティアーズと違い、高速機動型であり加速性能は通常のISよりも高い。さらに言えば、他の二機とは違い斑鳩にはスラスターが四つある。大型、高出力の肩部スラスター一対と、小型、低出力の腰部スラスター一対だ。

 

 斑鳩の持つ加速、最高速度、機動力の性能は三機の中で最も優れている。この機体は飛ぶという行為関してはずば抜けて適正が高いのだ。彼方が望んだ、空を飛ぶ翼。斑鳩は正しくそれであった。

 彼方は、飛びながら思う。

 

 ――やっぱり、飛ぶのは楽しいな。

 

 例え限られた範囲とはいえ、例え限られた時間とはいえ、こうして飛べることは彼方にとって幸せだった。

 現状、ISが自由に空を飛ぶことは出来ない。それは使用自体が厳しく制限されているためだ。迂闊に展開でもしてしまえば即座に所持権利を奪われ、厳しい監視下に置かれる。

 

 ――でも、いつかは自由に空を飛んでみたい。

 

 それでも、いつかはこの空を飛び回ってみたい。かつて見た、空を舞う鷲(イーグル)のように。空を横切って。

 

 * * *

 

 その後授業は特に問題もなく終わり、夕食後の自由時間、一組の面々は食堂へと集まっていた。

 

『オルコットさん、クラス代表おめでと~!』

 

 揃えられた声と共に、複数のクラッカーが放たれる。その中心にいるのは、優雅にティーカップを持つセシリア、笑顔で缶ジュースを持つ一夏、そしてなぜこうなったのかと心中で呟き続ける缶コーヒーを持った彼方だった。

 

「でも、こんなことをして頂いてよろしいんですの?」

「大丈夫、大丈夫! クラス代表を祝うってのと、クラスの親睦会みたいなものだから!」

「ああ、そういうことだったのかこれ」

「……でも、なんでオレたちまで中心にいるのかな」

 

 周りを女子に囲まれて、言葉弱く彼方がそう言った。

 

「ん? だって二人とも当事者だし。それに、話もいっぱいしたいしねー」

 

 女子の一人が元気にそう返す。どうしたものかと彼方は小さくため息を吐いた。隣では一夏とセシリアがクラスメートと談笑している。

 

「あれ? どうしたの、尾上くん?」

「え……、ええと、なにが、かな」

「いや、だってお菓子も全然食べてないし。あ、もしかしてお菓子とか苦手だった?」

「う、ううん。そういうわけじゃないんだ。ないんだ……けど……」

 

 ――苦手なのは、この状況なんです。

 

 そう心中で呟こうにも、置かれた状況が改善するわけもなかった。仕方がなく、女生徒に一言断ってからその場から一旦離脱した。

 

 ――どうしようかな。早くこういうのに慣れないと、いけないのに。

 

 女子とどう接したらいいか分からない。それが今の彼方の悩みだった。例外といえば、本音と箒くらいである。本音の場合は、彼女の持っているマイペースな空気が接しやすい状況を作っている。箒の場合は、一夏の友達であり男性的と言っていい性格なために距離感が掴みやすい。しかし一般的な女子に対しては、どう接していいかが分からないのだ。

 

 ――オルコットさんは大丈夫になってきた気はする、かな。喧嘩で友情が芽生える、みたいな感じで。喧嘩じゃなくて試合だったけど。

 

 試合の前と後のことを考えると、随分とセシリアの態度が軟化している気がしている彼方だった。時計で時間を確認し、自分が食堂を出てから十分は経っていることを確認すると足どり重く踵を返す。

 

「あれ? おがみん、どうしたの~?」

 

 その途中、様々な種類の菓子の袋を抱えている本音と鉢合わせた。おそらく、菓子の補充だろうと彼方は考える。出る直前にはまだまだ残量があったはずだと思っていたが、あれをもう消費しきったのだろうか。

 

「いや、ちょっと、ね。……手伝うよ」

「ほんと~? ありがとねぇ」

 

 本音から半分ほど菓子袋を受け取り、共に食堂へと向かう。二人で並んで歩いていると、本音が口を開いた。

 

「おがみんは、このクラスのことどう思う~?」

「そう、だね。いいクラスだと思うよ」

 

 彼方の言葉に嘘偽りはなかった。このクラスの人達は皆いい人ばかりだと彼方は思っている。苦手であることは別にして、ではあるが。

 

「ならよかった~」

「でも、なんで急にそんなことを?」

「ん~、と。勘なんだけど、パーティが始まってからおがみんの顔色が悪いように見えて」

「え……」

 

 彼方は言葉を失った。まさか、そんなにわかりやすかったのか。いや、彼女たちを苦手としていたことを気づかれていたのだろうか。

 

「さっき食堂から出て行く時に、すっごく困ったような表情を浮かべてたんだよ~。こ~んな風に」

 

 本音が眉根を寄せて、精一杯困っているような表情をして彼方に向ける。実際にはここまでじゃなかったけどね、と本音は言ってから話を続けた。

 

「それで、もし何かあるんだったら相談に乗って上げたいな~って思ったんだ~」

「……なんで、そうまでしてくれるの?」

「ん~? だって、友達だからだよ~」

 

 そう言って、本音は笑う。

 彼方は赤面した。こうも真正面から異性に好意をぶつけられたことは、十数年間生きていて初めてだった。さらに言うなら、相手は美少女だ。見目麗しいとまではいかないものの、それでも十分に可愛らしいと断言できるほどの少女である。

 

「……ありがとう」

 

 羞恥から小さい声で、しかし精一杯の感謝を込めてそう応えた。対する本音は、いつもと変わらぬ笑みでこう応えた。

 

「どういたしまして~」

 

 * * *

 

 二人が食堂に着くまでの間、彼方は本音に事情を説明した。自身が女性を苦手としていること、クラスの人たちはいい人だけれど囲まれることに戸惑うこと等を話した。なぜ本音が相手だとこうもすらすらと言葉が出るのだろうか。彼方は本音の纏う不思議な雰囲気に感謝しつつ、本音の返答を待った。

 

「う~ん、そこはやっぱり慣れだと思うよ~。苦手なものだって、慣れればなんとかなるかもしれないし~」

「そうかな」

「そうだよ~。……あっ、そうだ~!」

 

 まるで名案が思い浮かんだというような態度で、本音は彼方に告げる。

 

「わたしが手伝ってあげるよ~」

「布仏さんが? でも、手伝うってどうやって……」

「えっとねぇ。おがみんは女の子と話すのが苦手なんでしょ~?」

「まあ、そうなる、かな……」

「だから、わたしと話して慣れていけばいいんだよ~」

 

 けれど、そこまで喋ってからあれ? と首を傾げる。

 

「でも、おがみんはわたしとは普通に喋れてるよね~?」

「あ、それは……」

 

 言うべきか、言わざるべきか。彼方は多少迷ったものの、本音の急かすような視線に促されて口に出した。

 

「その、布仏さんとは、話しやすいんだ。纏っている雰囲気っていうのかな。それが優しくて、いつも笑みを浮かべてるところとかが一緒にいて落ち着くって、言うか……」

 

 彼方が途中で言葉を切ったのは、本音の顔色が原因だった。傍目から見て分かるほど顔が赤くなっている。

 

「え、えへへ。ちょっと照れるね~……」

 

 照れ隠しからか純粋に誉められたことに対する喜びからか、笑みを浮かべる本音に、彼方は自身の言ったことを振り返った。自然とあのような言葉が出てきた自分に対して驚き、まるで目の前の少女を口説いていたかのような物言いに猛烈な羞恥心を抱いた。

 

「……その、ごめん」

「も~、謝らなくていいのに~」

 

 そう言いつつも、本音の顔は赤いままだ。双方が共に沈黙し、その沈黙からか二人は笑いだした。

 

 ――やっぱり、布仏さんと一緒にいると落ち着く。

 

 先ほど自分の言った言葉に嘘偽りはないのだと、改めて自身で思う。けれど、それを本音に言うつもりはなかった。これ以上は羞恥のあまり逃げ出してしまいたくなるからだ。

 気恥ずかしい気分を残したまま、二人は食堂の扉を潜った。

 

 * * *

 

 食堂に戻った二人を、もとい彼方を待ち受けていたのは一人の女生徒だった。彼方には見覚えのないその生徒は彼方たちとは別の学年章をつけている。違う学年の人物、ということは必然的に先輩ということになる。手にはメモ帳を持ち、首からはカメラを下げていた。

 

「こんにちは!」

「あ、こ、こんにちは……」

 

 ずいっと距離を詰められ、全身をジロジロと眺め回される。かなりの居心地が悪い。思わず彼方が一歩下がると、女生徒は一歩踏み込んだ。

 

「ふむふむ……。なるほどね」

「ええと、なにがでしょうか……?」

「おおっと、そうだったそうだった」

 

 何やら彼方の顔を見て納得している彼女に要件を聞く。芝居がかったような態度で、ぽんと両手を打ち合わせる。実際には手にメモ帳を持っていたため、ぽすんという気の抜けた音が鳴っていた。

 

「自己紹介するね。私は黛薫子。二年で整備科所属、それでもって新聞部の副部長やってまーす。いやぁ、やっと噂の張本人に会えたよ」

 

 新聞部、そして噂。今朝の本音の話を思い出し、何か嫌な予感が脳内を駆け巡る。

 

「君の方が目撃情報にあった子だねー。うんうん、メガネと長い前髪。それでもって、ちょっと地味なところとか。目撃情報のまんまだよ」

 

 面と向かって地味と言われたことに若干のショックを受けながら、薫子の言葉の意味を聞き出す。

 

「あの、目撃情報って」

「ん? ああ、それね。君……というか織斑くんも含めた二人だけど、新学期が始まる前から学校にいたでしょ」

「……まあ、一応は」

「それで、ちょうどその頃に噂が立っていてね~。このIS学園に、男がいるっ! てやつがね。新聞部としてはこんな面白いネタを放っておけるわけないでしょ? だから色々と調べてみたのよ」

 

 これがその時のメモ帳よ、そう言って薫子は手に持っていたメモ帳の一ページを彼方に見せる。そこには誰がどのようなことを言っていたかを詳細に記した文章が羅列していた。

 

「それで聞いてたら、設備棟のところに男の子がいたって話があってねー。どんな子だったか聞いてみたら、君の特徴が出てきたってわけ。その後でそれを記事にしようとしたんだけどさぁ、な~んか先生に止められちゃったのよ。あの時は困ったと同時に、これは間違いないなぁと確信したわけなのよ。ほら、こっち来て頂戴」

「え? って、うわっ」

 

 そこまで語ってから、薫子は突然彼方の手を引いて一夏の元へと歩き出した。

 

「おっ、彼方帰ってきてたのか」

 

 そう言ってこちらを見る一夏の左右にはセシリアと箒が、そして周りにはクラスの女子が集まっていた。

 

 ――両手に花、ってとこかな。両手どころじゃないかもしれないけど。

 

 彼方はそれを見て羨ましいと思うと同時に、それ以上にあの立ち位置には行きたくないなと感じていた。

 

「それで……あー、先輩に捕まったのか」

「一夏はどんなことを聞かれたの?」

「簡単なインタビューなんかだな。世界で二人だけの男性IS操縦者ってことで記事を書きたいだってさ」

「……なるほど」

 

 確かにそれは話題性抜群の記事だろう。彼方からしてみると、自分を取材しても面白い記事なんて書けないだろうから一夏の方に行って欲しいという切実なる願いがあったりするのだが、それは叶いそうになかった。

 

「だ、か、ら。君にも色々質問していきたいんだけど、いいよね」

「……拒否権は」

「先輩命令だからっ」

 

 語尾に音符がつきそうなほどの上機嫌さでそう言い切る薫子に、答えないとかなりしつこそうだと彼方は直感した。

 

「じゃあインタビューしていくわよ~。ああ、安心して。簡単ものしかしないから」

 

 獲物を目の前にした猛獣のような表情からは、何一つとして安心出来る要素が見つからない。引きつったような表情の彼方を、本音は心配そうに見つめていた。

 

 * * *

 

「――ってところかしら。最後にオルコットさん、織斑くん、尾上くんの三人で写真撮りたいんだけどいい?」

「……もう好きにしてください」

 

 ご機嫌な薫子と対照的に、彼方の方は精も根も尽き果てたような様子であった。

 

「大丈夫~?」

「ほんの数分だけだったはずなのにすごく疲れたよ……」

 

 心配そうに声をかける本音から渡された水をゆっくりと飲み干す。彼方が休んでいる間にも、薫子はテキパキと動いて撮影準備を整えていた。

 

「尾上くん、こっち来てもらえるかしら?」

 

 手招きをする薫子の元へと近づいていくと、両肩を掴まれ一夏の隣へと並ばされる。ふっと目を合わせると、一夏が口を開いた。

 

「……大変だな」

「……だったら変わって欲しいよ」

「……俺もさっきそうなったんだから、我慢してくれ」

『……はぁ』

 

 会話の最後に二人してため息を吐くと、一夏の隣に並んでいたセシリアが不思議そうな表情を浮かべた。

 

「そんなに疲れるようなことでしたか?」

「いや、セシリアはまだマシだったじゃないか。俺たちは根掘り葉掘り聞かれたんだぜ? なあ、彼方」

「うん、そうだね……?」

 

 彼方は今の会話に違和感を覚え、語尾が疑問形になってしまった。どこがおかしいと思ったのか会話を振り返ってみると、一夏がセシリアのことを名前で呼んでいることに気がついた。

 

「一夏はオルコットさんのことを名前で呼ぶようになったんだね」

「ん? ああ、さっき二人で話してたときにな。名前で呼んでくれって言われたんだ」

「そうなんだ……」

 

 彼方がセシリアを見ると、どことなく頬が赤らんでいるように感じる。セシリアから一夏へと視線を移し、なんとなく納得したような気分になった。

 

 ――まあ、一夏は男から見てもかっこいいしなぁ。それに少し天然入ってるから、歯が浮くような台詞を普通に言ったりしたんだろうな。

 

 さらにその向こう側で箒が一夏を睨むように見つめている辺り、自分の考えもあながち間違っていないのだろうと彼方は推測する。そして、一夏がそれにまったく気づいていないのだろうということも。

 

「頑張ってね、一夏」

「……? ああ、よく分からないけどありがとな」

 

 そう笑顔で言う一夏に彼方が女難の相を見たのは、間違いではなかったのだろう。

 

「よし、セット完了。三人とも、こっち向いてー!」

 

 準備の終えた薫子がカメラを構えて声をかけてきた。カメラを向けられていることに、彼方はなんとなくむず痒さを覚える。細かい立ち位置の指示が薫子から出され、それに合わせて動く。その時、視界の端で本音とクラスメートの人たちが何やらひそひそと話しているのを見た。

 

「撮るわよ~! 35×51÷24は~?」

「え? ええと、二?」

「残念、74.375でした」

 

 普通に一足す一じゃだめなのかと彼方が思ったと同時に、さっと自分の前に何かが出てきた。カシャリとシャッター音が響く。

 

「……なんでみんな入ってきてるんだ?」

 

 そう一夏が言ったように、一組の全員がカメラに映るように押しかけてきたのだ。写真を撮る瞬間に彼方の前に出てきたのは本音だったようで、彼女はカメラに目を向けていた。

 

「えへへ~。折角だからクラスみんなで写真撮りたいな~って思って~」

「うんうん、私たちも織斑くん達と一緒に写りたかったもんね」

 

 きゃあきゃあと騒ぎ出すクラスメートと、写真に余分な物が写ってしまったことを嘆く薫子を交互に彼方は眺めた。そうして意識を別のところに移さなければならなかったからだ。

 今のこの状態。本音が彼方の前におり、そして周りはクラスメートが押しかけている。さらに言えば、カメラに映り込むために全員が身を寄せ合っている状態だ。無論、それは彼方とその前にいる本音にも当てはまる。つまりは前後から人に押されたことによって、二人は密着している状態となっている。そしてそれに本音や周りは気づいておらず、彼方は一人、柔らかな感触と甘い匂いに耐え続けるのだった。

 

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