「二組に転校生が来たんだって~」
一夏、彼方、箒の三人は本音から告げられた話題に驚きの声を上げる。
「転校生? こんな時期に?」
「まだ新学期が始まったばかりだと言うのにか?」
「珍しいもんだな。いや、もしかしてIS学園だと普通なのか?」
「そんなことないよ~。珍しいからこそこうして噂になってるわけだし~」
朝、クラスは一つの話題で持ちきりだった。話題の正体は隣のクラスに突然やってきた転校生だ。季節外れなこともあり、非常に珍しいものだと言える。さらにそれ以外にもその話題性を高めている要素があった。
「中国の代表候補生、ということがより噂を盛り上げているのでしょうね」
近づいてきたセシリアが言うように、二組の転校生は中国の代表候補生だった。
「セシリアか。おはよう」
「おはよう、オルコットさん」
「おはよ~、せっしー」
「おはよう、オルコット」
「おはようございます。……それと布仏さん、そのセッシーというのは?」
「せっしーっていうのは、あだ名だよ~」
「そ、そうですか……」
本音のペースに飲み込まれかけつつも、セシリアは話を続ける。
「こほん。この時期に転校してくるということは、恐らく一夏さんたちが目的なのではないでしょうか」
「俺たちが?」
「ええ。お二人は男性IS操縦者でしょう? ですからその情報収集のために送り込んできた、とも考えられます」
「なるほど……」
確かにそれは納得の出来る理由だ。他国の者に自国のISのデータが取られる以上に重要なことかもしれない。今はまだ知らない二組の代表候補生を想像しながら、彼方はそれを考える。しかし、話題は既に別の物へと切り替わっていた。
「そういえば、そろそろクラス対抗戦だね~」
IS学園ではクラス対抗戦が間近に迫っており、学園ではそれに向けての準備が行われていた。学期末のタッグトーナメントと比べれば規模は小さいが、一年生からすると初めてのイベントであることから賑わいを見せている。
「せっしーには頑張ってもらわないと~」
本音の言葉は、同時にクラス全員の総意でもあった。だがしかし、そこには純粋にセシリアを応援したいという感情以外の物が含まれている。
「フリーパスのためにもっ!」
「……やっぱりそれが目的なんだね」
クラス対抗戦は本格的なIS実習が始まる前の実力指標を作ることが主な目的であるが、それ以外にもクラス内での団結、クラス間での交流なども目的の一つであった。そして対抗戦には一つの景品が存在しており、それが本音の言っていた“フリーパス”の正体である。
「学食のデザートが半年間も食べ放題になるんだろ? すごいよな」
一夏の言うように、優勝したクラスには半年間学食のデザートが食べ放題になるフリーパスが与えられる。
IS学園の学食はとても豪華だ。世界各国から生徒が集まるためそれに対応出来るように世界各国の料理が揃っており、デザートもそれと同じく多数の種類がある。生徒からも教職員からも人気の施設だ。
「わたしいっぱい食べたいデザートあるんだ~」
未だ食したことのない甘味への想像を膨らませる本音を見て、セシリアは小さくため息を吐いた。
「……まあ、いいですわ。いずれにせよ、わたくしは勝利を掴みに行くだけです」
「心強いな。よろしく頼むぜ」
「専用機持ちがクラス代表なのは一組と四組だけだし、多分なんとかなると思うよ~」
専用機持ちは一組と四組にしかいない。この事実がより皆が景品へと思いを馳せる要因となっている。それだけ優勝する確率が高いということで、それゆえに勝利の先にある物へと目が行く。
だが、それも“少し前”までならの話である。
「――その話、ちょっと古いよ?」
不意に声をかけられる。声のした方向を見ると、そこには腕を組みドアに寄りかかる少女の姿があった。
「あなたは……?」
「あたしは凰鈴音。二組の代表候補生兼クラス代表よ。今日はあんたに宣戦布告に来たってわけ」
自らが二組の代表候補生であると語った少女、鈴音はセシリアに向けて不敵な笑みを浮かべて告げる。しかし、
「お前……もしかして鈴か? なんでそんな似合ってないポーズとってんだ?」
「んなぁっ!? あ、あんた何言ってんのよっ!」
その小柄な体躯故か、迫力が全くなかった。
* * *
「あっ、遅いわよ一夏!」
昼休み、彼方たちが食堂へ向かうとそこには鈴音が待ち受けていた。彼女が待っていたのは一夏らしく、互いに言葉を交わしている。朝はあのあと直ぐに千冬が来たため鈴音はクラスに戻っていったため、一夏との関係性がなんであるのか分からずに一部の生徒はやきもきとしながら午前を過ごしていたようだった。
「……あいつは一体誰なんだ」
「……誰なんですの、あの方は」
会話をしている二人から少し離れたところで、箒とセシリアがじっと観察するように見つめていた。その更に後ろから、彼方と本音がその様子を眺めている。
「あの子が中国の代表候補生なんだね~」
「そうみたいだね。しかも、二組のクラス代表って言ってたけど……」
「変わったのかな~?」
鈴音は二組のクラス代表だと言っていた。それが事実だとすれば、一年のクラス代表で専用機を持っているのは三クラスになる。それはつまり強敵が増えることを意味するのだが、今一夏と鈴音の関係性を探っている二人にとってはそれが二重の意味になったらしい。
「それにしてもりんりんとおりむー、仲良さそうだねぇ」
「もしかして知り合いだったのかな。……まあ、どちらにせよすぐに判明するだろうけど」
全員が席につけば、すぐにでも一夏に質問が飛ぶだろう。さりげなく一夏の隣に座ったその女子は何者だ、と。
「それで一夏。その女とはどういう関係だ」
話を切り出したのは箒だった。いつもよりも声色が剣呑に聞こえるのは、鈴音が一夏の隣に座っていることも影響しているのだろう。
「そういえば言ってなかったか。こいつは俺の幼馴染だよ。……いや、箒の方もそうなんだけどさ。箒が転校した後に入れ違いでやってきたのが鈴なんだ。言ってみれば、セカンド幼馴染ってところか?」
セカンド幼馴染という言葉が気に入ったのか、うんうんと頷く一夏。そんな一夏を横目に、箒とセシリアは鈴音へと目を転じる。視線を向けられた鈴音は、一旦食べるのを止めてから二人の視線を真正面から受け止める。
「どーも、凰鈴音よ。好きに呼んで構わないわ。中国の代表候補生で、二組のクラス代表よ。よろしく」
そのよろしくにはどういった意味が込められているのか、二人は即座に悟った。楽しげに一夏と会話をしていた時の様子から彼女が一夏に向ける感情には気づいていたのだ。そして同時に、自分に向ける視線から箒たちの感情も鈴音に理解されていた。
「私は篠ノ之箒、一夏の幼馴染だ。よろしく頼む」
「わたくしはセシリア・オルコットと申します。一組のクラス代表として、どうぞよろしくお願いいたしますわ」
「オレは尾上彼方。一応、一夏と同じく男性IS操縦者です。よろしく」
「わたしは布仏本音って言うんだ~。よろしくね、りんりん~」
「そ、よろしくね」
その場にいる全員の表情は和やかではあるが、その中の三人の間で激しい牽制が行われていた。それに気づいていない一夏は楽しげに鈴音のことを皆に紹介するのだった。
「――ってな感じでな。俺もまさかここで鈴に会えるとは思ってなかったぞ?」
「あたしだって同じよ。世界で初めてISを動かした男が二人も出たって担当官から言われたからどんな奴かと思ってたら、まさかその内の一人が一夏だったなんて驚いたわ」
「でも、お前とまた会えて嬉しいよ」
「そ、そう、なんだ……。そうだ。今度弾に会いに行きましょうよ。そのついでにあの辺りを回ってみましょ。あたしがいないうちに変わったところも増えたでしょ?」
「ああいいぜ。今度弾の都合のつく時に行ってみるか」
――あ、さりげなくデートの約束を取り付けてる。
彼方がそう思ったのと同時に、箒とセシリアが声を上げた。
『そんなことよりっ!』
「うわっ、びっくりした。なんだよ、二人共」
「凰が二組のクラス代表というのはどういうことだ? もう既に代表は決定していたはずだが」
「そうですわ。一体どういうことなんですの?」
「あー、それね。代表の子に変わってーって言われたのよ。フリーパスがどうこう言ってたけど、どういうことなのあれ?」
どうやら景品を狙っているのは一組だけではなかったようだ。対抗戦の景品の内容を本音が鈴音に説明すると、ニヤリと好戦的な笑みを浮かべる。
「そんなのがあったわけね。いいこと聞いたわ。じゃあ、ちょちょいと貰っていきましょうかね」
「ええ~! せっしーっ、このままだとりんりんに取られちゃうよ~!」
「ちょ、ちょっと落ち着いてくださいっ。わたくしもみすみす取られる気はありませんわ。ご安心ください」
本音が焦った様子でセシリアに詰め寄るが、それをセシリアがなだめた。そして、その言葉に鈴音が反応する。
「……へぇ? その様子だと、もしかしてあたしに勝てるって思ってるわけ?」
「少なくとも、負けるつもりはございませんわ」
言葉少なく、けれども明確な挑発。だが、それは相手を激高させるためでなく、これまでに自分が積み上げてきた自信の発露である。
「ふーん、なるほどね。そういうことならあたしも全力で行かせてもらうわ」
「ええ、こちらこそ」
鈴音は猫のような、可憐でありながらも獰猛な笑みを。セシリアは貴族として、気品を纏いながらも気迫に満ちた笑顔を。それぞれが浮かべ、それを合図に前哨戦が終わった。鈴音はセシリアから再び一夏へ視線を戻す。
「ねぇ一夏。あんた、訓練とかはしてるの? 手伝ってあげよっか?」
「お、いいのか? いつもはセシリアに教えてもらってるんだけど、教師役が増えるんなら助かるぜ」
「ええ、勿論よ。あんたがどれだけ強いのか気になるし。そっちの、もう一人の方もね」
そう言って鈴音が目を向けたのは彼方だった。もう一人、とは男性IS操縦者のことを言っているのだろう。
「はは……。でも、クラス対抗戦が終わってからの方がいいと思うんだけど」
「? なんでよ」
「いや、だって相手側に機体の情報なんかが渡っちゃうわけで……」
「別に構わないわ。それだけで負けるほど、あたしは弱いつもりじゃないし」
「……そ、そうなんだ」
彼方はなんとなくではあるが、鈴音の人柄が分かってきていた。鈴音は自分の思っていることをそのまま表に出す性格のようだ。そして、その言葉使いが若干乱暴だということも。性根が悪くないことは分かるが、委縮してしまいそうになる気持ちも多少はある。
ともあれ、鈴音の提案は素直に有難かった。恐らくではあるが、セシリアとは違った戦い方をするのだろうと予想が出来る。そしてそれは、彼方にとって貴重な経験になるだろう。
「で、どうなの?」
「ああ、頼むぜ。鈴」
「お願いしてもいいかな、凰さん」
「ん、それじゃあいつにするの? あたしはいつでもいいけど」
「それなら、ちょうど今日の放課後にアリーナの予約を取っている」
鈴音の質問に答えたのは箒だった。こうしてアリーナの予約をして訓練をするのは初めてではなかった。彼方たちはセシリアとの試合以降、何度か共に訓練を行っていた。最初は本音と共にギャラリーとして見ていた箒であったが、途中からISを借りて三人の訓練に参加していた。
「そうなの? ならあたしも参加させてもらうわ」
「分かった。なら放課後はアリーナに来てくれ」
「……そういえばあんた、一夏の幼馴染だって言ってたわね」
「……ああ、そうだが」
「……ふーん。後で色々お話しましょうか」
「……望むところだ」
こうして今度は幼馴染たちが火花を散らしている中、一夏は一人、もう仲良くなったのかと喜んでいた。
* * *
鈴音が転校してきた翌日、彼方が訪れたのはIS学園の整備室だった。中では整備科の生徒たちが慌ただしく動いている。
この整備室では、整備科の生徒の他に専用機持ちが自身のISを整備することも可能だ。彼方は放課後の時間を使って斑鳩の整備を行っていた。とはいえ、彼方にはIS工学の知識はあまりない。だがそれでも自分の乗るISは自分で整備をしたかった。
空いているスペースを選んで、斑鳩を展開する。もう何度かここを訪れているとはいえ、周囲からの視線が非常に気になってしまう。必死で頭から周囲の視線を振り払い、逃げたくなる気持ちを抑える。なにせ、この場以外ではISを展開して整備することは出来ないのだ。どれだけ周りが気になろうとも、選択肢がない以上仕方がない。彼方は小さく深呼吸を一つすると、企業の担当者から渡されたマニュアルを開いた。
彼方がするのは、基本的にソフト面での調整だ。機体や装備のメンテナンスもするが、大規模な分解整備などは出来ない。そのためハイパーセンサー等の調整や、シミュレーターを使った射角調整が主となる。
IS自体の自己管理機能があるおかげで、大規模な整備は三ヶ月に一度で十分なのだと聞かされている。後は起動毎にISが自動作成したレポートの提出と、試合もしくは実戦毎に彼方自身が作成したレポートの提出が義務付けられていた。
――暫くは試合なんてやることないだろうけどね。
次に正式な試合をするのは、一学期末に行われるタッグトーナメントだろうか。これには多くの著名人が訪れるらしい。少なくとも、彼方の愛機である斑鳩を作った芳野重工の責任者は来るのだと彼方は担当者から聞いていた。
このトーナメントは学年によっては将来に関わるような大事なものだ。将来性を認められた生徒が企業からのスカウトを受けたり、代表候補生に抜擢されることもある。一年のそれは他学年と比べるとあまり重要視されてはいないが、訪れる人も少なくはない。
――まあ、とりあえずはクラス対抗戦だ。
彼方の所属する一組のクラス代表セシリア・オルコットと、二組のクラス代表であり一夏の幼馴染みである凰鈴音の両名を脳内に思い浮かべる。双方共に国家代表候補生であることから、その実力は非常に高い。
――どんな勝負になるんだろうなぁ。
少なくとも、一年生レベルではない勝負になるだろう。訓練時に見た鈴音の機体は近接特化のように感じられた。しかしそれは、繋げば双頭、離せば双剣となる青龍刀を使うという理由だけだ。それ以外の武器を使っているところは見たことがない。情報は少なく、推測を立てることが難しい。
――オレならどう戦うだろう。
彼方は脳裏で相対した鈴音のIS、甲龍(シェンロン)への対策を考える。見た目から判断するなら、完全な近接特化。彼方の斑鳩との相性は悪くない。だが、
――ほぼ間違いなく、何かを隠し持ってる。
代表候補生のISがそれだけのはずがない。何かしらの隠し玉を持っているに違いないと彼方は考える。それは例えば、白式の零落白夜やブルーティアーズのビットのように。そして、それこそがあの機体を攻略する手がかりとなるだろう。
そう脳裏で対鈴音戦を想定している内に、整備が終わった。時計を確認すると、いつもの整備にかかる時間よりも早く終わっていた。整備に慣れてきたのが原因かな、彼方は心の中でそう呟くと立ち上がり、斑鳩を待機状態に戻した。鳥の紋様が刻まれたドッグタグが首へとかかる。
ふぅと息を吐くと、周囲の視線を思い出してしまう。彼方は身を小さくして整備室から出て行った。
思った以上に時間が余ってしまったと、彼方は思う。今ここにはいない一夏は、箒と共に剣道場で稽古の真っ最中だ。部屋に帰ってもやることがない彼方は、用務員室へと向かった。
彼方は、少し前に用務員の男性と知り合っていた。名を轡木十蔵といった。
「十蔵さん。こんにちは」
「おや、彼方くんか。いらっしゃい」
十蔵はこの学園で用務員として働いている。さらに言えば、彼方たちが学園内に住み始めてから色々と相談に乗ってくれた人物でもあった。
IS学園では、男性がいることも少なくない。それは研究者や整備士が来るからだ。しかしそれは外部から一時的に訪れるだけであって、常にこの学園にいるわけではない。よって、この学園に常在するのは、一夏、彼方、そして用務員である十蔵だけだ。
IS学園で住むにあたって、男性だからこその注意点等は当時教育係であった真耶からは教えることが出来なかった。彼女は教師である前に女性であるからだ。そこで、学園が建てられてからこの学園で働いている十蔵が彼らにそういった物を教えていた。
言わば、彼方たちが変わってしまった生活の場に順応するように手伝ってくれた恩人でもあった。
「今日は一夏くんと一緒じゃないみたいだね」
「ええ、一夏は今頃剣道場で稽古の真っ最中ですよ。……それで、ですね」
「なるほど、それで君は暇になってしまった、ということか」
「……お恥ずかしながら。ISの整備も思ったより早く終わってしまって」
「ふむ。なら、君がお探しのものはこれだろうね?」
十蔵は用務員室の中から布に包まれた棒状の物と箱を取り出した。
「今日は波も穏やかだからね」
「いつもありがとうございます」
「なあに。こんな女の子ばかりの場所で同じ趣味を持っている人なんだ。気にしなくてもいい」
渡された物の正体は、釣竿と道具だ。十蔵は彼方の趣味が釣りだということを聞いて、持っている竿を貸してくれている。十蔵曰く、何本も持っているから一本くらい持って行ってもいい、ということなのだが、さすがにそれは遠慮していた。
もう一度お礼を言ってから、彼方は海岸へと向かう。IS学園は人工島であり、周りは海に囲まれている。そのために釣りをするような場所には困らないのだが、彼方には気に入っている場所があった。学園島から見て、陸地側ではなく海の方面。海と空に満ちた蒼い景色が、彼方のお気に入りだった。
準備を済ませると、釣り針に餌をつけて竿を投げる。浮きが着水すると、その場に座った。
「……」
この場には彼方しかいない。そしてその彼方も音を立てていないために、かなり静かだ。人の声がせず、人の音がせず、ただただ、自然の音だけに包まれている。寄せては返す波の音、風に揺れる木々のざわめき、平穏を示す鳥たちの鳴き声。視界に映る物も少ない。陽光を反射し煌く海、ゆったりと流れていく雲、そしてどこまでも突き抜けるような果てのない蒼穹。
この瞬間が、空を飛んでいる時と並ぶ彼方の好きな瞬間だった。釣りが好きだという理由の大半はここにあった。ただひたすらに、自然の音に耳を傾けながら空を見上げる。釣りというのは、この瞬間を味わうためのある意味理由付けだったりもする。
よって、こうして空を眺めていると、
「……あ」
いつの間にか魚に餌を取られていたりするのだった。
しばらくそうして釣りを楽しんでいると、不意に背後から物音が聞こえた。振り返ってみると、そこにはよく見知った人物が立っている。
「あれ? おがみんだ~」
「布仏さん?」
立っていたのは本音だった。いつものような笑みで、だぼだぼの袖を振っている。
「おがみんはこんなところで何してるの~?」
「釣りだよ。ちょっと暇があったからね」
「あ~っ、そういえば自己紹介の時に趣味が釣りだって言ってたね~」
「そういうこと。布仏さんはどうしてここに?」
「わたしはねぇ、見回りだよ~」
「見回り? ……ああ、もしかして生徒会の?」
「うん、そう~。どこかおかしなところがないかなって見て回るんだ~」
本音は彼方の隣に腰を下ろすと、竿と海を交互に見る。
「釣れてる~?」
「ん……。いや、全然。さっきから餌を取られてばっかだよ」
彼方が竿を上げると、海の中から餌の取られた針が出てきた。再度餌を付けると、竿を振るう。少し遠めに落ちた針から波紋が広がった。
「……ここ、気持ちいいね~。ぽかぽかしてて暖か~い」
「風も穏やかだからすごい眠くなってきちゃうんだけどね」
「分かるよ~。わたしも寝ちゃいそう~」
本音は小さく欠伸をすると、目を閉じた。しばらくすると頭がゆらゆらと揺れ始め、ぽてんと彼方に寄りかかる。彼方は突然の出来事に動揺して手が震え、今しがた反応していた浮きが止まった。彼方が本音に顔を向けると、静かな寝息を立てているのが分かる。
――疲れていたのかな。
クラス対抗戦が近づいていることもあって、関係部署は忙しくなってきていると聞いた。恐らく、生徒会もそうなのだろう。
――大変、なんだろうな。
しばらく休ませてあげよう。彼方はそう思うと、正面に向き直る。歓迎パーティ以来となる感触と匂いに、出来るだけ意識を向けないように。
本音が彼方に身を預けて眠り出してからおよそ三〇分以上の時が過ぎた。先ほどは見回りの途中だと言っていたし、そろそろ起こした方がいいのでは。そう考えるものの気持ちよさそうに眠る本音の顔を見て、それを挫折することを数回繰り返した頃である。
「あら~? あらあらまあまあ」
「――っ!」
急に声がした。本音を起こさないように首だけで振り向くと、にやにやとした笑みを浮かべた女生徒が立っていた。手には扇子を持っていて、それを口元に当てている。
「なっかなか本音ちゃんが帰って来ないからおかしいなぁと探しに来てみれば、こんなところで男の子とイチャイチャしてたなんて!」
「いちゃ……っ!? ご、誤解です!」
「見せつけておいてよくもそんなことが言えるわねぇ~?」
「本当に違いますって! 布仏さん、起きて!」
「んぅ……?」
このままだと大変なことになると判断した彼方は本音を強引にでも起こすことにした。竿が落ちないように固定すると、両手でもって揺さぶる。
「そんなに激しく女の子を揺さぶって、恐ろしい子……!?」
「誤解が起きるような言い方をしないでくださいっ。ああもうっ、布仏さんっ、お願いだから起きて!」
彼方の悲痛な叫びが穏やかな空に吸い込まれ、まるでその様子を笑うかのように海面の浮きが反応していた。