異変に真っ先に対応することが出来たのは、彼方と一夏の二人だけだった。それは自らのISが警告を発していたからだ。
斑鳩と白式が警告を出した直後、轟音と共にアリーナのシールドを突き破って何かが落ちてきた。凄まじい衝撃に地面が揺れ、アリーナを土煙が覆う。
「シールドが……」
アリーナのシールドは特別強固に設計されている。それはISの攻撃が客席に届かないようにするためだ。観客はISを装備している操縦者とは違い、絶対防御がない。シールドが消えた場合、観客を守るものは何一つ無くなってしまう。それゆえにISの攻撃を絶対に遮断するためのシールドが必要となるのだ。
だが、そのシールドが破られた。それは落ちてきた物体が強固なシールドを破るほどのエネルギーを持っていたということだ。そして斑鳩は警告で、それを“敵性存在”と呼んだ。つまりそれは物ではなく、何らかの意思を持った存在であることを意味している。
「――っ、一夏!」
彼方が一夏に声をかけた時には既に、一夏は土煙の収まりつつあるアリーナの中央、落ちてきたそれへと視線を向けていた。
「……彼方、白式が警告をしてたのって、あいつか?」
「多分、そうだと思う」
「い、一夏? 一体何が起こったんだ?」
「お、おがみん、どうしたの~?」
箒と本音は混乱しており、何が起こったのかと二人に問いかける。しかし彼方たちが厳しい表情を浮かべていることで、何かよろしくない出来事なのだということを察した。
「二人とも落ち着いて聞いて。これは緊急事態だ。多分すぐに……」
彼方の言葉の途中で、アリーナにサイレンが鳴り響いた。アリーナにいた教師がそれに反応し避難誘導を始めた。未だに事態を把握しきれていない生徒たちは、先ほどの本音たちのように困惑したような表情を浮かべながらアリーナから出て行く。
「今は避難誘導に従って。落ち着いてここから出るんだ」
「……おがみん?」
彼方の表情はこれまでに無く真剣だった。斑鳩からの警告、そして、頑強なシールドを破る破壊力を持った存在。破られたシールドは既に張り直されているだろうが、それが客席に向けられたらという最悪の事態を想定し、万一に備え待機状態の斑鳩を握り締める。
「……鈴! セシリア!」
「一夏!?」
教師の誘導している方向とは逆、ピット側の通路へと一夏が走っていく。呼び止めようと声をあげるが、一夏が止まることはなかった。
「二人は誘導に従って避難して! オレは一夏を追いかけるっ」
「あっ、待っておがみん!」
彼方も誘導の列から外れ、一夏を追いかけた。おそらく、一夏は鈴音とセシリアの二人を心配してピットに向かったのだろうと彼方は思う。あれだけの惨状を見れば、誰でも心配になるだろう。
「待って一夏っ」
「っ、彼方か! 離してくれ、鈴とセシリアがまだ中にいるんだ!」
ようやく追いつき、一夏の腕を捕まえる。一夏を説得するため、彼方はどうにかして言葉を発する。
「もしかしたら二人とももう避難が済んでいるかもしれない。それに、もう先生たちが動いているはずだ。オレたちが行ってどうにかなる問題じゃない」
「けどっ」
「二人は代表候補生だ。オレや一夏なんかよりもよっぽど強い。彼女たちなら先生たちが駆けつけるまで時間を稼ぐことも出来る」
口ではこう言いつつも、彼方は内心それを疑っていた。シールドを破った手段が何度も使えるのならば、鈴音たちが攻撃を耐え切ることは不可能に近い。アリーナの騒ぎがそこまで大きくなっていないことを考えれば、その攻撃はまだ使われていないのだろう。だが、それがいつまでも続くとは限らない。鈴音たちが耐え切るか、教師たちが到着するか。そのどちらかだ。
「だから、ここは先生たちに任せよう。早くオレたちも避難しないと」
「……ごめん、彼方。やっぱり俺は行く。二人が心配だから」
「一夏っ」
彼方の説得は失敗に終わり、一夏はピットへと駆け出した。
「……ああもうっ!」
仕方なく彼方も一夏の後を追う。今の一夏はかなり感情的になっている。危険なことも平気でやらかしてしまうかもしれない。そうなった時に止められる人が必要だ。どうしてこの場に織斑先生がいないんだと彼方は叫びたくなる気持ちを抑えて走った。
ようやくピットへとたどり着いたが、そこに鈴音とセシリアの姿は無かった。もう一方のピットに避難しているのかとそちら側に一夏が走り出そうとした時、斑鳩に通信が入った。
《織斑、尾上。そこで何をしている。さっさと避難しろ》
通信の相手は千冬だった。一夏の名前を挙げているところから、白式にも同時に通信をかけているようだ。
「千冬姉! まだ鈴たちは中にいるのか!?」
《落ち着け織斑。それと……凰たちはまだ中にいる》
「まだ中に? 二人は避難していないんですか?」
《そうだ。ゲートがハッキングされて開けなくなっている。現在教員がゲートを開放するための作業を行っている最中だ》
「そんな……」
つまり、まだ鈴音たちは戦闘を続行している状態だということだ。鈴音とセシリアはほんの少し前まで試合をしていた。よって二人は全力ではなく、消耗した状態で敵と戦っていることとなる。
《まだ無事だ。耐えている》
その後に続く言葉は無かったが、状況から考えて二人があまり長く耐えられはしないだろうと思われる。とはいえ、現状ではどうにかする手段はない。ゲートが開かなければ救出にアリーナ内に入ることは出来ないし、シールドを解いてしまえば敵の外部への攻撃を許してしまう。
「織斑先生。あれは一体なんなんです? ミサイルか何かかとも思いましたが、その後も行動を続けている。どこかの国のISか何かですか?」
《一切が不明だ》
「……アンノウン(国籍不明機)ってとこですか」
落ちてきた存在、アンノウンの詳細は一切が不明であるという。しかし仮にアンノウンがISだとすれば、いくつかの推測が立てられる。篠ノ之博士が発表したISコアの数は四六七機だ。その殆どを国連所属の国家あるいは企業が管理しており、国際条約によって厳しく取り決めがなされている。アンノウンの正体が分からないということは、これらの国と企業の所有するISではないということ、数少ないイレギュラーの内の一機なのだろうと考えられる。
「先生。アンノウン以外に学園に異常などは起こっていませんか? 武装した集団が侵入してきていたり、犯行声明のようなものは……」
《そういったこともない。現状起こっていることは、アンノウンがアリーナで戦闘行動を取っているということだけだ》
彼方は何が起こっているのかを考える。テロリストの襲撃かとも思ったが、大規模な侵入行動や犯行声明がない。行っていることと言えば、ISが単騎で乗り込んできてアリーナで暴れているということだけだ。学園に対して攻撃を仕掛けているわけではない。鈴音とセシリアという代表候補生を襲っているという風に考えるとその所属国家である中国とイギリスに対しての攻撃であるとも考えることが出来るが、あまりにもメリットが少なすぎる。つまりは、現時点で犯人の考えが一切分からないというのが彼方の出した結論だった。
「一体何が目的で……?」
彼方はそう呟く。しかし、そう考えている間にもアリーナ内では戦闘が続いている。
「くそっ、どうやったらゲートを開けられるんだ……!」
一夏は叫ぶように言葉を漏らし、壁に拳を叩きつける。ゲートの開閉をするためのコンソールは一切の操作を受け付けず、ゲートを開くことが出来ない。どうしようもないのか、そう彼方が思った時である。
「……?」
突然、斑鳩が起動し視界にウィンドウを表示した。視界が急にクリアになったことに彼方は一瞬驚き、眼鏡を外す。
「これは……」
それは斑鳩がコンソールへのハッキングを実行するか否かを問う文面だった。なぜ斑鳩がこのようなウィンドウを表示したのか、彼方には理解出来なかった。仮にそれが実行可能だとして、どうしてそのようなことが出来るのか。
「これって……」
一夏もまた、同じような表情を浮かべている。おそらく、白式も似たようなウィンドウを表示したのだろう。
「……ええいっ、物は試しだ!」
少しの間呆然としていた一夏が虚空へと指を伸ばす。一夏の視界にのみ映るウィンドウの肯定を示す箇所に触れた。
次の瞬間、コンソールの画面が変わりプログラムが書き換えられていく。超高速で行われる作業肯定は、およそ人間の目で追えるものではなかった。数秒の後に画面が正常な状態に変わり、ゲートが開き始めた。
《おいっ、織斑、尾上! ゲートが開き始めたぞ、何をやった!》
千冬の声に、珍しく驚いたような色が混じる。しかし一夏はそれに応ずることなく、今まででもっとも早い速度で白式を展開するとゲートから飛び出していった。
「一夏っ!?」
《織斑っ!》
一夏が白式を展開しアリーナに出て行った後、コンソールの画面が再び切り替わる。白式のハッキングは即座に対応されたようで、ゲートはその操作によって動き出した。
「ゲートが閉まり始めたっ!? このままじゃ……」
斑鳩に再度ハッキングが出来ないかを瞬時に問いかけると、その回答は否定だった。白式のハッキングによって、その方法が対処されたのだろうと彼方は推測する。つまり、これが最後のチャンスである。普通であればここで教師を待つことが最適解であるが、彼方の取った行動はそれに反していた。
「~っ! 織斑先生、オレは一夏の援護に向かいます!」
返事を待たずに、彼方は斑鳩を展開する。今まさに閉じようとしていたゲートをくぐり抜け、アリーナへと入り込んだ。
彼方がアリーナへと出た時、初めに目に入ったのはアンノウンの姿だった。
「あれが……」
人型ではあるものの、それは一言で言えば異形であった。体型に対して巨大すぎる腕部が歪さを醸し出しており、自身の乗っているISと同様の存在であるのかを疑問視させる。頭部に存在する五つの目が怪しい光を放ち、彼方を見据える。感情の伴わない空虚な瞳は、彼方に恐怖を与えた。
「白式、甲龍、ブルーティアーズを友軍指定。通信を繋いで」
【IFF(敵味方識別装置)、作動】
音声操作により、斑鳩へと指令を出す。この場にいる三機を友軍指定すると同時に、通信を繋いだ。
「大丈夫、二人とも?」
《尾上さんですのっ?》
《俺もいるぜ》
《一夏もいるのね……》
三人が斑鳩からの友軍指定に肯定することで、相互の機体情報がリンクされた。彼方の視界端に斑鳩を含めた四機の情報が示される。
――甲龍とブルーティアーズの消耗が激しい。
今までずっと戦闘を続けてきたせいで甲龍とブルーティアーズの消耗が激しく、これ以上の戦闘行動は難しい。
《お二人はどうしてここに……》
「細かいことは後で話すよ。とりあえず、二人は下がって」
《……そうね。とりあえず下がらせてもらうわ。エネルギーも殆ど無いしね》
二人が後退する。しかしアンノウンはそれを追撃することもなく、ただじっと乱入者を見つめていた。
《気味が悪いな……》
《ほんとにね。あいつなんにも喋らないし……それに、なんだか変なのよね》
「変?」
《なんというか……不自然って言ったらいいのかしら。動き方が機械じみてるっていうか、ちぐはぐっていうか》
《ええ……。それに時折ですが、妙なタイミングで攻撃を止めて、こちらを観察するような動作をとります》
二人の言うように、アンノウンには妙な動きが見受けられた。それはまるで、“機械のような”印象を受ける。
「織斑先生に相談することも出来ない。……どうしたものかな」
通信妨害を受けているのか、アリーナの内部からは千冬に対して通信を繋ぐことが出来ない。千冬からの指示を受けることも出来ず、状況ははっきり言ってしまうとかなりまずい。
そして、
「っ、来るよ、三人とも!」
アンノウンが動き出した。
アンノウンの動作は、早いものではない。むしろかなり遅い部類に入るだろう。しかし、アンノウンのやっかいな部分は、圧倒的な火力にあった。シールドを破った時のようなそれではないが、地にあって全身の砲口から放たれるレーザーはまるで対空砲である。
彼方はそれを避けながら、展開した「雲雀(機関銃)」を放つ。だが、それも大きなダメージにはならない。
――なんて硬さだっ。
彼方は内心で舌打ちをすると回避行動に専念し、どういった戦術を駆使するかを模索する。
まず、こちらに持久戦は出来ない。いくら消耗している二人を下げさせたとはいえ、それは“限られたアリーナ内”の話である。シールドに包まれ限定されたフィールドでは、どう逃げようともアンノウンの攻撃範囲内に入ってしまっている。あまり時間をかければ、二人が撃墜されてしまう。
――だとしたら、取る手段は一つだけ、か。
アンノウンを撃破する。それが唯一取れる手段だった。
――まさか、とは思うけど……。
彼方は斑鳩へ口頭で質問をした。内容は、アンノウンへの“生体反応の探知”だ。
「斑鳩。アンノウンに生体反応はある?」
【否定】
「……そうなるか」
斑鳩の端的な回答に、彼方は確信を得る。
「三人とも、聞いて。あれは無人機だ」
《はぁっ? それ本当なの?》
「うん。斑鳩に生体反応を探ってもらった。結果は、あれに人が乗ってはいなかった」
《まさかそんなことがありえるなんて……信じられませんわ》
ISは本来、人が装備しなければ動くことはない。外部からの信号によって動くことは、文字通り“ありえない”のだ。
しかし、相手はイレギュラーの塊だ。「有り得ない」が「有り得る」可能性がある。
「オレたちに、先生が来るまで持久戦をするなんてことは出来ない。そんなことをしていたら凰さんとオルコットさんが先に堕ちちゃうからね。だから、対象を撃破する」
《出来るのか、彼方》
「幸いにも、あれが無人機だってことが判明した。一夏に頑張ってもらえば、出来るよ」
《俺が、か?》
「そう。一夏じゃないといけない。一夏の乗っている、白式じゃないと」
今はレーザーを避け続けているが、それも限界が訪れる。その前に速攻で勝負をつける。それが彼方の考えだった。
「奴が無人機であれば、白式の零落白夜で一撃必殺を狙える」
《零落白夜で?》
「あれには人が乗っていない。だったら、多分絶対防御はないと思うんだ」
《……なるほど、そういうことですわね》
《確かに、そうするほかないかもしれないわね》
《えっ、二人は分かったのか?》
そこまでを聞いてセシリアと鈴音は作戦内容を読み取ったようで、なるほどと深く頷いていた。逆に、作戦の要である一夏は自分だけが分かっていないことに戸惑っていた。
「一夏、零落白夜の特性はエネルギーの無効化だ。そして、それはエネルギーシールドを持つ相手に対して絶対的な力を持つ。ISが相手であれば、絶対防御を発動させることで大量のエネルギーを削ることが出来る」
《ああ、そこまで大丈夫だ》
「それで、ここからが本題。零落白夜を使った時、相手がエネルギーシールドだけで、絶対防御を持っていなかったらどうなると思う?」
《そりゃ、シールドを貫通するだろうから……。まさか》
「あれは無人機だ。なら、わざわざ絶対防御を設定する必要もない。であれば、零落白夜でシールドを無効化すれば直接攻撃が可能になる」
《無効化した隙に、そのまま叩き斬れってことか》
白式の零落白夜は強力だ。斬る対象がエネルギーシールドを纏っていれば、確実に突破することが出来る。しかしそれは、対人を想定した時に非常に危険なものとなり得る。そのため、零落白夜には出力制限が課せられている。ISのシールドエネルギーを突き破るほどではあるが、絶対防御は抜けない程度の出力である。
しかし今回の相手は無人機。つまり人ではなく、加減する必要もない。彼方の仮説通りに絶対防御が存在しなければ、そのまま相手を撃破することが可能であるし、絶対防御が仮に存在したとしても、全力の零落白夜による一撃を受ければエネルギーを殆ど削りきれるだろう。
「一夏はこれから攻撃を受けないこと、それからエネルギーを過度に消費しないことを意識して。出来るだけ多くのエネルギーを残して、それを零落白夜の分に当てたい」
《分かった。出来るだけ温存するようにする》
《あたしたちはどうしたらいい?》
「凰さんたちは一夏の援護をお願い」
《分かりましたわ》
「オレは一夏の攻撃まで囮役になる。この中でも機動力が高いし、何より残っているエネルギーが一番多い。……隙を作るための策もある」
彼方は装備が表示されているウィンドウに視線を向ける。そこには、新しく加わった一つの装備が示されていた。
作戦内容を全員に伝え終わった直後、アンノウンの動きが不自然に停止した。セシリアの言っていた、こちらを観察するような動作だ。
「……作戦開始!」
彼方がアンノウンへと距離を詰める。今まで分散していた火力が彼方に集中し、斑鳩の発するロックオンアラートが鳴り止まない。だが、砲口を狙い撃ちすることで幾分か攻撃の威力を減衰させることが可能だった。
――こういう時にISが優秀だと助かるね……!
斑鳩のパワーアシストによって射撃の反動が抑えられ、その分射撃の精度が上がる。生身であれば肩が外れるほどの反動も、ISを装備している状態ならばそれがない。
――あとは少しずつ距離を詰めて行けばっ。
スラスターを小刻みに作動させることで、レーザーの弾幕を抜ける。斑鳩のスラスターの性能は高い。自由に加減速を可能とすることで細やかな動きを取ることが出来る。
アンノウンまでの距離が少なくなった時、彼方は両腕に展開されていた「雲雀」を収納した。訓練を通じても未だに展開したことがない新武装を展開するために意識を集中する。しかし、その一瞬が隙を作った。
アンノウンの両腕が真正面に突きつけられる。先端に据えられた砲口には眩い光があり、チャージが終了していることが分かった。
――しまっ……!
このままでは間違いなく直撃する。武装展開に意識を向けていたため、スラスターによる回避が出来ない。せめて身体を捻ることで直撃を躱そうとするが、それも間に合わない。
「くぅっ……!」
ここまでか。彼方の脳裏に諦めが過ぎった瞬間、アンノウンの両腕が弾かれたように逸れた。
《わたくしたちを……》
《忘れてんじゃないわよ!》
右腕にセシリアの狙撃が、左腕に鈴音の衝撃砲が当たり、攻撃が中断される。その直後、斑鳩が展開を終了した。具現した武器は、両刃の剣。名称を「鶫(ツグミ)」という。雪片のそれよりも短く細いそれは、クロスレンジでの戦いに秀でているとは言えない。
本来、斑鳩は近距離での戦闘を考慮されていない。斑鳩の基本戦術はその機動力を活かした一撃離脱を柱としている。そうした戦術を抱えている上で、距離を詰められた時には既に斑鳩は不利な状況に陥っていると言える。そういった場合に「鶫」を使用するのだが、この装備はクロスレンジでの斬り合いが目的ではなく、むしろ距離を空けるための装備である。
彼方が「鶫」のグリップを握り締める。そのグリップの先端、丁度人差し指に当たる部
分にトリガーが設置されている。
アンノウンにギリギリまで接近する。その空虚な瞳が向けられると同時に、彼方はトリガーを引き絞った。「鶫」の鍔が二つに割れ、その中から細長い棒のような物が飛び出す。
「行けっ!」
斑鳩は急速反転し、その場を離脱する。直後、飛び出した物体がその効果を現した。
バチリという静電気のような音と共に、局地的に電磁パルスを発生させる。対象がISであれば、ほんの少しの間ハイパーセンサーを狂わせることが出来る。
そして、
「一夏っ!」
《任されたっ!》
アンノウンが動作を停止する。その致命的な隙を狙って一夏が切り込んだ。煌々と光を放つ雪片が、アンノウンのシールドを突破する。
「――」
状態が回復したアンノウンが、一夏に対し腕を振るう。
《無駄だ!》
しかし一夏はそれを切り落とし、
《これで、終わりだ!》
返す刀でアンノウンを切り裂いた。
アンノウンの上体がずれ、地面へと落ちる。
《終わったの……?》
鈴音の呟きが聞こえる。それが合図となったように、今まで一切の動きを止めていたゲートが開きだした。ピットからISを纏った教師たちが出てくる。それを見た彼方は、なんとかこの場を乗り切ったことを悟った。
* * *
アンノウンによる襲撃が終わり、鈴音とセシリアは保健室へと連れて行かれ、彼方と一夏は千冬によって生徒指導室へ連れて行かれた。
二人は千冬によって事情の説明と叱責の両方を受けた。如何に結果が丸く収まったとはいえ、無謀な行動を取ったことは事実だ。ミイラ取りがミイラになる可能性も少なからずあったことも考えると、二人の取った行動はベストとは言えなかった。
だが、それによって被害が広まる前に対象を鎮圧出来たことも、また事実である。そのことも踏まえて、二人には大量の反省文の提出が命じられた。
「……疲れた」
「……俺もだ」
生徒指導室前、ようやく開放された二人は疲労を顔に滲ませていた。千冬による説教は厳しい物だった。反論は許されず、そのため一夏は千冬に三度は叩かれていた。言葉を喋ることが出来たのは千冬が許可した時のみであり、その様子はまさしく軍隊式であった。
「でも、よくこれだけで済まされたね。もっときつい罰が待ってると思ったんだけど」
「……おい、そんなこと言うなよ。考えちまうじゃねぇか」
「ははは……」
それにしても、と彼方は思う。
今回の事件は不可解なことが多すぎた。アンノウンの正体から始まり、白式がハッキングを解くことが出来た理由もそうだ。
アンノウンの残骸は早々に回収されていた。原因究明のための調査が行われるのだろうが、その結果を彼方が知る術は無かった。
――織斑先生は、かなり語調を強くして他言無用を言いつけた。もしかすると、何か思い当たる節があったのかもしれない。
そこまで考えて、小さくかぶりを振る。判断材料が少なすぎて、何もかもを疑うことが出来るからだ。とにかく、今分かることから処理していこうと彼方は判断した。
「それにしても、対抗戦は中止かぁ」
「まあ、しょうがないよ。アリーナもボロボロだしね」
一夏の言うように、クラス対抗戦は中止となった。アリーナの破損箇所が大きく、試合を行うことが困難になったことと、この事件の調査のためにアリーナを使用することが出来なくなったということが主な理由である。
「対抗戦が中止になったってことで、景品もなしだからな」
クラス対抗戦の中止によって、優勝クラスに与えられる景品も無くなった。恐らく、明日の朝のホームルームには全クラスに通知されるだろう。
廊下の分かれ道に差し掛かった時、一夏が彼方に声をかけた。
「……っと、彼方、俺は保健室に行くけど、お前はどうする?」
一夏は鈴音とセシリアのお見舞いに行くつもりなのだろう。そうなると、自分が行ってしまえば邪魔になると彼方は判断した。
「オレはちょっと用事があるから、後で行くよ」
「そうか? それじゃあ、先に行ってるぜ」
一人、保健室に向かう一夏を見送る。どれほど時間を空けたらいいものかと考え始めた時、本音が歩いてくるのが見えた。
「おがみ~ん、大丈夫だった~?」
「布仏さん? どうしたの、こんなところで」
「おがみんとおりむーを探しに来たんだ~。しののんが保健室に行って、わたしが生徒指導室まで探しにきたんだよ~」
「一夏なら先に保健室に行ったよ。オレは邪魔にならないように、少ししてから行くつもりだけど」
彼方はふとクラス対抗戦が中止になるという話を思い出し、それを口に出した。
「結局、クラス対抗戦は中止になるみたいだよ」
「そうなの~? 残念だね~……。あれ?」
「どうしたの?」
「それじゃあ、もしかして景品も……」
「なし……だね」
「ええ~! そんなぁ~!」
それほど楽しみにしていたのか、本音はあからさまに落ち込み始める。目元にじんわりと涙を浮かべるほどだ。えぐえぐと小さく嗚咽を漏らす姿は、見ていて悲痛な気持ちを抱かせる。
それを見て慌てたのは彼方だ。まさかここまで本音がデザートフリーパスを楽しみにしていたとは思っておらず、なんとかフォローをしようとするも、うまく言葉にならない。
「……その、元気出して、ね」
挙句に出てきた言葉がこれだけである。勿論それだけでは悲しむ本音を慰めることなど出来ず、どうしたものかと先ほどの対アンノウン戦以上に思考を巡らせる。とはいっても彼方に悲しむ異性を慰める経験などは一切無く、さらにはいつもにこやかな笑顔を浮かべている本音の泣き顔などをみて焦りが募っていた。
「ええと……だったら、オレが作ろうか?」
「え……?」
彼方が最後に出した苦肉の策が、デザートを作ってあげるということだった。
彼方の母親は菓子作りが趣味だった。甘い物嫌いの長男とは違い彼方は甘い物は好きな部類だったため、母親と共に菓子作りを幼い頃からしてきた経験があった。いつか子供と一緒にお菓子を作るのが夢だったと話していた母親の顔が思い出された。
「その、学食の物と比べたら全然だろうけど、それなりの物は作れるんだ。だから……」
またも言葉に詰まる。流石にこれはなかっただろうかと内心でびくびくとしていると、本音は涙を拭い彼方の顔を見た。
「ほんと~……?」
「う、うん。勿論だよ」
「……そっかぁ」
泣き顔が笑顔へ変わる。普段通りののほほんとした笑顔だ。彼方はほっと安堵のため息を吐いた。
「おがみんのお菓子、楽しみ~」
「ははは……、あんまり期待しないで待っていて欲しいかな」
思えば、初めて家族以外の人に作ることとなる。上機嫌に鼻歌を奏でる本音の後ろ姿を見て、彼女の期待に沿うような物を作ろうと思う。彼方はいくつかのレシピを頭に思い浮かべ、必要な材料を計算し始めた。
* * *
IS学園の地下、厳重なセキュリティに守られた最奥領域に、撃破されたアンノウンの姿はあった。そして、それを見つめる影があった。
「まさかこのようなことになろうとは……」
「予想外、でしたか?」
「ああ、正直に言えばな」
千冬と楯無である。二人は真剣な眼差しでアンノウンを見つめる。例えそれが完全に機能停止しているとしても、警戒を怠る理由にはならなかった。
手元のコンソールに映る調査結果を見る。
「初めにこいつを見た時は、束を疑ったよ。随分と悪趣味な物を作る、とな」
「悪趣味……そうですね。彼らからしてみればトラウマでしょうから」
「しかし、それも違ったわけだ」
「天然物、ってところですかね。……私は、未だに信じられない気持ちですよ。今さらになって出てくるなんて」
楯無の言葉に、千冬は小さく頷く。彼女たちにとって、アンノウンの襲撃はまさしく青天の霹靂だったのだ。
「これが偶然だったのか、それともこれから起こり得ることの前兆なのか、それを調べなければならない。……十蔵さんに連絡を入れてくれ。あまり考えたくはないが、奴がここを嗅ぎつけている可能性もある」
「分かりました」
千冬の指示に楯無がその場を去った。その場に一人残る千冬は、物言わぬ塊を見つめる。
「……貴様は、まだ私たちを追い詰め続けるのか」
千冬の言葉に答えるモノはなかった。ただその視線の先、壊れたアンノウンだけがそれを聞いていた。
難産でした。作者にシリアスは書けません。のほほんさんとイチャイチャしてるだけのシーンをひたすら書きたいと思う今日このごろでございます。
誰か私に長くてカッコイイバトルシーンの書き方を教えてください。
※03/07 場面展開の部分の空白に「*」を追加
※03/18 セシリアの一人称を「私」から「わたくし」へ変更
※05/25 数箇所を訂正