加藤さんがもこっちと服を買いに行くほのぼのストーリー

タイトルにある通り、なおいまい著:『ゆりでなる♥えすぽわーる』の展開が凄まじかったので、今回二次創作的に使用させていただきました。

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喪159+i 選んで、黒木さん。『ゆりでなる♡えすぽわーる』第1話後編より

 ガタゴトと揺られながら車窓の向こうに流れる家々を眺める。色とりどりの屋根が次々と流れていき、その上を電線がどこまでも走っている。

 日曜の電車は私たちのような休日の学生や遠出するだろう家族連れなど、通学時間にも増して賑やかだった。皆が遊びに行くからだろうか、朝のどんよりした雰囲気は感じられない。それでもまばらに座るスーツ姿の大人たちは、平日と同じようにしばしの休息を貪るように目を閉じていた。

「座れてよかったね」

 ゆるくシュシュで束ねた髪を肩に回しながら、ガウチョパンツが皺にならないように座り直して、隣の彼女に声を掛ける。

「じゃあ、最初はどこに行こっか? 黒木さん」

 

 

「え? 服を?」

 黒木さんに話しかけられたのは、一日の授業が終わってホームルームが始まるまでの短い時間でのことだった。硬い椅子に座って強張った背筋を伸ばしていた所だったものだから変な声で返事をしてしまった。

「もちろん構わないけど、いきなりどうしたの?」

 彼女が言うには友達と遊びに行く機会が増えたので服を買いたいのだけれど、自分ではよくわからないので選ぶのを手伝って欲しいということらしい。

「じゃあ今度の週末に一緒にお買い物に行きましょうか」

 集合時間や場所、どんなところに行ってみたいかを軽く相談して「じゃあ後はLINEで決めようね」と約束を取り付けた。

「ふふ…黒木さんが謹慎中は一週間も会えなかったから、一緒にデートなんて今から楽しみ」

 彼女の戸惑う顔に、こちらも顔がほころぶ。

 

 

「黒木さんはどんな服が着てみたいとかあるの?」

 ひんやりと冷房の効いたショッピングモールに入り、エスカレーターに並びながら問いかける。

 今日の彼女の服装は七分丈のパンツスタイルにリボンタイの付いたブラウスとカーディガン。今日みたいに歩き回るにはちょうどよさそうだ。私もヒールのないパンプスを履いてきたので、同じことを考えていたようで嬉しかった。

 私の質問に対する彼女の答えは歯切れの悪いものだった。

 今の服は自分で選んだものだけど、どんな服が自分に合うのかが基本的によくわからないらしい。ファッション誌も読まないし友達の私服を見る機会も少ないので参考にもできなくて…と小さくなってしまった。

「大丈夫、これからいろんなお店を回って二人で考えようね」

 そう伝えながら、彼女にどんな服が似合うのかを自分なりに考える。黒木さんって白くて綺麗な首筋してるし、オープンキャンパスの時みたいな首元がスッキリした服にアップスタイルは結構似合ってたな。スカート姿も可愛かったんだけど、もう少し足を閉じたほうがいいって教えてあげなくちゃだめかな。

 まずは全体的なイメージを掴むために、アイテム数の多い量販店に入ってみた。

 店舗から溢れそうに並ぶハンガーラックから見繕った服を両手に持ちながら、黒木さんの体に当てて遠目に眺める。

 長いスカートも似合うから、サロペットなんかもいいかも。どんなトップスにも合わせられるしね。

 根元さんにジャージを着てみたいって話してたし、ラインジャージのロングスカートなんてどうかな? ゆったりしてるけどスポーティーにも見えるよ。

 パンツスタイルなら黒木さんは脚が細いしタイトめなジーンズに、チュニックワンピースでラフな感じなんて似合いそう。

 目についた商品を手当たりしだいに合わせ、どんなコーディネートが似合いそうかを矢継ぎ早に伝えようとしてしまう。途中から黒木さんの勉強のためだと思い出して、ゆっくりと一緒に選ぶように見て回った。

 私が選んだものは黒木さんも気に入ってくれたけど、さすがに全部は買えないと不安そうに値札を眺めている。そんな彼女の仕草が必死にお小遣いをやりくりする子供みたいにおかしくて、声を出して笑いそうになるのを手で抑えた。

「全部決めなくてもいいよ。今日は黒木さんがどんな服が似合うかを調べに来たと思って。自分でも着てみたいのがあったら教えてね?」

 しばらくTシャツやカットソーの列を眺めながら、大学生になってからのことも考えて普段使いできて着回しも簡単なシンプルなものが欲しいと告げられた。

「そうだね、これから毎日私服だもん。色々おしゃれしたいけど、考えるのが大変っていうのもあるものね」

 私の言葉が意外だったのか、黒木さんは目を丸くしてへぇと唸った。

「確かにおしゃれするのもにコーディネートを考えるのも好きだけど、お金も限られるし上手く着回していったほうが自分も飽きないと思うよ。あっ、これも似合うんじゃない?」

 何度も着替えさせられる黒木さんは私にも試着するよう勧めてくれたけど、今日は黒木さんのことをだけを考えたいから断っちゃった。でもお互いに服を選び合うっていうのも楽しかったかな?

 涼しくなったらアウターも見たいし、今度は私が黒木さんに選んでもらおう。

「大体こんなものでいいかしら」

 試着室のハンガーラックに何着も並べる。

「じゃあこの中から買うものを決めましょうか。選んで、黒木さん」

 

 

 好みに合ったものを何着か買って店を出る。気に入った商品は他にもあったが、予算オーバーだったりサイズがなかったりしたのでまたの機会にすることにした。

「おしゃれってお金がかかるイメージがあるかもしれないけど、ちゃんと選べば安いものもあるでしょ?」

 ガサゴソと先ほど買った服を覗き込んでいた黒木さんは、肯定の言葉とともに頷いた。

「私がプチプラ集めが好きなのも宝探しみたいで面白いからなの。私のお小遣いじゃブランド物はほとんど買えないけど、安くても可愛いものはたくさんあるし」

 そうやってやりくりするのも趣味なのかも、とはにかみながらエスカレーターを下っていく。目線の高さにはセールを知らせる垂れ幕が何枚も並んでいて、否が応でも眺めることになる。こういう場所のエスカレーターって下りの方が遅くないかな。

 二人で入ってきたエントランスまで戻ると、ガラス製の両開き扉を背にくるりと黒木さんに向き直る。

「悪いけどもう1軒付き合ってくれるかな?」

 不思議そうにしながらも了承してくれた黒木さんの腕を引いて来たのはコスメショップ。

 どうして、という顔で私を見上げる黒木さんに含み笑いを向ける。

「黒木さんさ、私がメイクをさせてもらった時にやり方がわからないって言ってたじゃない? コスメショップってメイクレッスンができる場所もあるの。どんな風にメイクをすればいいか、どんなコスメが自分に合うのか、プロに聞くといいかなって」

 店員さんに要望を伝えてコスメカウンターに黒木さんを座らせる。

「メイクって誰が教えてくれるわけでもないのに、これからマナーとして必須になるでしょ? 今は興味なくても習っておくと楽だよ」

 中学生の頃、母親の鏡台から持ち出したメイク道具でこっそりお化粧してみた日を思い出す。

 キツい色のリップやアイシャドウ。顔面が真っ白になったファンデーション。ダマになったマスカラ…

 すっごく怒られたあの日から、お小遣いで買った道具で少しずつ練習したっけ。

 ファッション誌を見ながらだと限界もあったし、私ももっと早くこんなお店に行きたかったかな。

 鏡を見つめる黒木さんの後ろで昔の自分を思い出していると、ふと向かいのショップの陳列棚が目に入った。

 木造調の内装にダウンライトの落ち着いた雰囲気。部活帰りだろうか、大きなバッグを背負った女子高生たちが陳列棚に並んだ商品をあれこれ手にとっては互いに見せあっている。

「ごめんね黒木さん。メイクが終わってから見てみたいからちょっと前のお店に行ってるね」

 黒木さんにそう告げると、ふらりとカーペットの敷かれた広い廊下を横切った。

 

 

「すごい! 可愛くなったね」

 コスメショップに戻ると、メイクを終えた黒木さんに出迎えられた。

 コンシーラーでクマを目立たなくして、何もしなくても大きな目をアイライナーでくっきりさせている。色白な頬に少しチークで赤みをもたせて、薄い唇にはほんの少し色の入ったリップ。ナチュラルめだけど、いつもより明るい印象を受ける。

 当の黒木さんはいつもとの違いに感心しながらもしかし、手間と比べるとあんまり変わらないかなと苦笑いした。

「普段するようなメイクならこんなものだよ。今日みたいに遊びに行く時やデートの日ならバッチリメイクにするかもしれないけど、毎日するようになる方法を教えてもらったほうがいいでしょ?」

 これを毎日か、とうなだれる黒木さんに笑いかけながら、使ってもらった商品の中で私が気に入ったものをいくつか買って店を後にした。

 

 

「前みたいにメイクすることがあったら、今日買ったのを使ってみようね」

 エントランス付近に店を構える全国チェーンのカフェで向かい合う。

 人の往来を窓から眺めていると、モールに入ってくる人よりも出ていく人のほうが多くなってきた。お昼過ぎに来たこの場所も、気づけば結構な時間歩き回ったものだ。黒木さんも疲れたのか、アイスコーヒーを半分ほど飲んでからため息をつきながら籐を編み上げた椅子にもたれている。

「ここで一息ついたらそろそろ帰ろうか。私夕飯までには帰るって言っちゃったし」

 他に行きたいところがあるなら付き合うけどと問いかけたが、黒木さんも帰るのに賛成のようだ。せっかく付き合ってくれたのに慣れない場所に行ったから疲れた、と彼女は力なく笑った。

「ううん、私も楽しかったから。それで…これデートに連れてきてくれたお礼」

 ガラス張りのテーブルにバッグから取り出した小袋を置く。

「さっき黒木さんがメイクしている間に向かいのお店で買ったの。デザインが可愛いしちょうど二つ残ってたから」

 はにかみ顔の横に、彼女へ渡したものと同じ小袋を掲げた。

 中身はシンプルなシルバーカラーのチェーンネックレス。自分のものを袋から取り出し、首にかける。

「ほら、今日のコーデにも合うでしょ? これならちょっとシンプルなコーデの時に簡単にアクセント付けられると思うよ」

 付き合ってもらった上にプレゼントまでもらうなんて悪い。彼女はそう申し訳無さ気な表情をしたが、私は黒木さんがおしゃれに興味を持ってくれただけで十分だった。自分と同じものを好きになってくれる。それがすごく嬉しい。

「青学に通うことになって、二人でこれを付けてきたら面白いわね」

 私たちと接点が無い人が同じアクセサリーを付けた二人を見てどう思うだろうか。

 そんな想像だけで来年のキャンパスライフが待ち遠しくなってくる。

「受験頑張って一緒に青学行こうね」

 彼女が謹慎する前に伝えた言葉を、再確認するかのように伝えた。

 

 

「あーあ、捕まっちゃったか。ここ一度閉まると長いんだよね」

 踏切を渡ろうとした途端、遮断器が降りて立ち往生をくらってしまう。

 小さめな駅がすぐそこにあるからだろうか。電車が来る気配もないというのに警報機は明滅しながらけたたましい音を上げている。

 うちの近くにもこういう所あるよ、と黒木さんは肩を落とす私に笑いかけた。つられて私も笑う。

「今度来る時は靴やバッグも見てみようか。今のスニーカーやショルダーバッグじゃ合わないコーデも出てくると思うしね」

 さり気なく次の約束を取り付けていた。

 私、すごく浮かれてるな。踏切の向こう岸で自分たちと同じく所在なさげに立ち尽くす人たちを眺めながら、胸の中で自嘲した。

 本当に黒木さんに頼ってもらえたのが嬉しかったんだ。他人事のように改めてそう思う。

 いつもどこか遠慮気味な彼女が、私を頼ってお願いをしてくれた。何となく感じていた隔たりを、私がどうにか埋めたくて仕方がなかったそれを、黒木さんから歩み寄ってくれた。

「ねぇ黒木さん。もしよければ、来週末も…」

 

 今日買った服で、お出かけしない?

 

 そう言おうとした矢先に、彼女の電話が鳴った。

 スマホの画面と私の顔を交互に見た黒木さんに、笑顔で頷き電話を促す。

 彼女はごめんね、と苦笑いしながらスマホを耳に当てる。

 

「もしもし、ゆうちゃん?」

 

 その名前に意識を刈り取られた私の頭に、警報機の音が鳴り響く。

 警報音が感覚を研ぎ澄ましていったのか、電話口の黒木さんの言葉が鮮明に流れ込んでくる。

 

「うん、高校の友達に服選んでもらってさ」

 ゆうちゃんって成瀬さんのことだよね。

「そう? 今度着ていくよ」

 謹慎中に、電話してた子だよね。

「うん、うん、じゃあ来週の土曜日ね。こみさんは予定があるって言ってたから二人で、うん」

 私にはしてくれなかった、電話を。

 

 スマホを耳に当てる彼女の横顔は、今日一番自然に輝いているように感じた。

 そっか、そうだったんだね。

 私が選んだ服を着て―

 私が勧めたメイクをして―

 私がプレゼントしたアクセサリーを付けて―

 

 私じゃない女に会うんだ。

 

 駅から発車のベルが聞こえてくる。

 視界の端から、ゆっくりと電車が近づいてくる。

 傍に立つ黒木さんの顔を見ていると、笑い声を聞いていると、いつの間にか胸の奥底にもやもやとした感覚が育っていくことに気が付いた。

 いつもは適当に処理しているこの黒く、淀んだ感覚。でも今日はそんなことをする隙もなく大きく、深く、醜く濃く肥大化していく。

 胸の前で拳を握って、下唇を噛みしめる。

 この感情はもう、飲み込むことなんて出来ない。

 

 轟、という衝撃を伴って目の前を横切る電車の音に紛れて―

 自分にしか聞こえない声で、この感情を吐き出した。

 

「ご…ごめんね、何だっけ?」

 スマホを後ろのポケットにしまいながら、黒木さんは語りかける。

「ううん、いいのよ」

 いつもの笑顔で応える。

「ちょっと母にお使いを頼まれちゃったの。申し訳ないけどここでお別れね」

「えっ…いや、私も今日付き合ってもらったんだし、最後まで付き合うよ」

「ううん、そうすると黒木さんも帰る時間が遅くなっちゃうから」

「で…でも」

「いいの。ね?」

 有無を言わせぬ笑顔で抑え込んでしまった。

 黒木さんは一瞬たじろいだような表情をしたが、「わかった」と頷いて遮断器の上がった踏切を渡っていく。

「じゃ、じゃあ加藤さん。今日はありがとう。気をつけて」

「うん、明日も学校でね」

 軽い別れの挨拶を交わし、踏切の向こうで手を振る黒木さんに私も返す。

 今こそ電車が来てくれればよかったのに。

 遠ざかる彼女の背中を遮るものは最後まで現れなかった。

 踵を返し、黒木さんが乗る電車とは違う路線の駅へ向かう。

 ヒールのないパンプスも、ゆるくシュシュで束ねた髪も、ゆったりとしたガウチョパンツも、一つとして駅までの道を妨げることはなかった。一人で歩くために選んだわけじゃないんだけどな。

 道中あの店で選ばれなかった服たちのことを思う。

 今日黒木さんが買わなかったあの服は別の機会に買ってもらえるのだろうか。それとも別の誰かが着ることになるのだろうか。

 信号が赤になる。

 横断歩道で立ち止まり、雑居ビルの切れ目に広がる空を見上げた。

 胸の淀みはまだ残っているようだ。

 日中アスファルトに熱された夕暮れの空気を鼻から吸い込んで、ゆっくり吐き出す。

「また遊びに行こうね…今度は、私のを」

 

 選んで、黒木さん。

 

 絞り出した呟きは誰に届くこともなく、日の傾き始めた夕暮れ空に消えた。



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