人生のターニングポイントとでも言おうか転機というものは、後に人生を見返すと感じとれるものであり、その時々には気づかないものであろう。
自信を持って言えることは小学校での修学旅行のあの日は暴風雨の中の灯台であり、彼女と神社で神様に誓った思い出は大海の航海における羅針盤であったことである。
それまで勉強など馬鹿にしていた俺である。勉強ばかりの生活には苦しみ、心が折れかけの時であっても支えとなっていたのは彼女と交わした約束であり、思い出すのは、星空の下、繋がれた手のぬくもりと星を映した彼女の瞳の輝きであった。
女々しいという言葉は甘んじて受けよう。当時は好きという感情を否定し、感謝と憧れと唱えることで取り繕っていた。そこに嘘はない。自らの努力で環境を変えようと志す彼女は尊く、当時のガキだった自分からすれば憧れを覚えたことを否定しないし、誰にも否定させない。
然るに、好きという言葉を口にし、あの思い出に踏み込んでしまうことが無粋に思え、いささかのためらいを覚えずにはいられなかったこともあった。小学生の淡い感情と異なる、生の情熱を託するに足る真実なものが恋というのならば。といってもらいはには彼女、つまり写真の子が初恋の人と言われても訂正する気は起きなかったのだが。
まさに高校2年生のあの日、人生の分水嶺の出会いとなった彼女と再会し、彼女の家庭教師を勤めることとなったことは、2回目のターニングポイントであることは疑えない。
当時の俺が彼女に気付かなかったのに対し、彼女があれほど風貌の変わった俺にすぐ気付いたというのは、情けなく感じるところではあるが、話を聞く限りでは彼女としては悲喜のどちらでもあったのであろう。落第し、転校となり、京都で会ったと言い出せなかったというのも宜なることである。
彼女は、四葉は姉妹の中で1人だけ転校してきたのだから。
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私は私の名前を気に入ってる。
彼の幸福は私の幸福。
今となっては自信を持って言えるけど、落第し、転校する前の私は道を見失い、ただただ私の中で大きくなっている承認と優越感への渇望に張り裂けそうだった。
姉妹達や周りの人たちは私のことをお願いを断れないお人好しと思ったかもしれないけど、それは違う。私はただ特別になりたかっただけなのだから。
何が始まりなのか。こうなったのも、京都駅で私が彼を見つけたとき、京都を一緒に回るにつれて五つ子という鋳型に私という存在が吹き込まれたときだろう。時計の針が動き出すようにゆっくりと、少しずつ違和感と居心地の悪さを認識し始めた。
そして、一花が彼とトランプをしているのを見たとき特別になりたい。いえ、特別にならなければならないと思わせたのだった。
確かにあのときの私達はまだ親鳥に庇護される巣の中の雛で、性格に違いはあれど、お互い考えることは分かるし、言いたいことも分かりあえた。見た目も一緒、間違えられるばかりだったけど、深く気にしたこともなかった。けれども、あの瞬間、彼にだけは間違えられたくなかった。
渇望は広がっていく。姉妹のお手本と自分に言い聞かせるように姉や妹達の一歩先へ出ようとした。彼にまた会ったとき目立つよう、分かってもらえるようリボンをつけた。
「大切なのはどこにいるかではなく、5人でいることです」
この言葉は祝福であり、私を縛り付ける呪いでもあった。
お母さんの体調は崩れたまま、良くなることはなかった。私たち五姉妹を女手1つで育てるなどどれほどの負担と苦労だったのか。
お母さんがいなくなったことは辛い巣立ちのときだった。6人で住んでた狭い部屋は火が消えたように暗かった。おじいちゃんの家のことも考えるとバラバラに引き取られることも覚悟した。でも、お父さんが私たちを一緒に引き取ってくれてとても感謝している。
私達姉妹は少しずつ変わっていった。一花もニ乃も三玖も五月もみんな、氷が融けるように。外見も内面も。みな胸の中にある何かを我慢し、誤魔化すように。
お母さんがいなくなっても、勉強は姉妹の中でお手本になれるよう頑張った。彼との約束は確かに私の中で生き続けていた。部活への勧誘も断り、ゲームも辞めた。テストの点数は相変わらず悪かったが姉妹の中ではそれでも一番だった。だけれども、いつからだろう、勉強をする理由が
高校生になると、私は勉強ではなく、部活の助っ人に力を入れ始めた。そっちの方が優越感に浸るのには手っ取り早かったからだ。壇上で表彰されるときに、姉妹達を見下ろすことはえもいわれぬ快感が体中を走った。私が姉妹の中で一番なんだ!特別なんだ!と叫びたいぐらいであった。
その報いなのだろう、私が追試に落ち、落第したのは。
部活だけで満足していたと言われると、言い返せる言葉がない。結局楽なほうへ逃げていったのは私なのだから。私と転校しようとした姉妹達を仮面を被り、押しとどめたのは意地であった。家では一緒だからとか言葉を弄しながら。あれだけ内心見下していた姉妹達にどの面で純粋についてきてもらえ感謝できようか。二乃なんかは全く納得できてなかったみたいだけど、なんとか堪えてもらった。
私がいる意味を頭の中でぐるぐる探すけど見つからず、どこに向かえばいいのか心は引き裂かれたようだったけど、心の片隅には少し安心した気持ちがあったのも事実だった。
家では仮面を被り、仮面を外せるのはお気に入りの公園のブランコに乗ってるときだけ。夏休みは地獄だった。姉妹たちは私のことを腫物を扱うように接し、気遣っていることが丸わかりだった。
放っておいてほしかった。一人にさせてほしかった。
五人一緒という言葉はここでも私の心を縛り、姉妹たちをも縛っていた。
転校した先で、彼に出会えたのは奇跡なのだろう。それも家庭教師となったのが彼なのだから。
自分でも現金な女だと思う。千切れた心はものすごい勢いで修復していき、私は確かに運命の巡りあわせを感じた。
けれどもあの約束を果たすため努力している彼は眩しく、それに比べて落第して転校してきた私の惨めさと言ったら京都であった子は私だと打ち明ける勇気は出なかった。
見つけられたい私と見つけられたくない私が同居し、どろどろに混じりあい、飲み込んだ言葉を溶かしていく。このまま勉強を頑張れたら彼に私のことを言ってもいいのかなと、募る思いは熟んでいく。
上杉さん。
風太郎くん。
知ってますか。クローバーの花言葉を。
三つ葉は「私を思い出して」、四つ葉は「私のものになって」だそうですよ。