『前略 あなたへ
いきなり私がいなくなって困惑しておられるかと思います。
実は私は、ルイズに召喚され、あの子の使い魔となりました……』
カリーヌは、ルイズの机に座り、さらさらとペンを走らせる。
この手紙を受け取ったヴァリエール公爵はさぞかし困惑するに違いない。
「母さま、手紙には何をお書きしたのですか?」
「私があなたに召喚されたこと、あなたの属性が虚無である可能性が高いこと、
それに加えて、あの子達を探しに行く許可をいただきたい、ということです」
その言葉に、ルイズはしばし考え込む。
先程は母親を召喚し、自分が虚無の担い手である可能性が出て、
それによって、姉達の行方を知るきっかけが出来た。けれど。
「母さま……、本当に、姉さまたちは見つかるのでしょうか」
不安そうな声を出したルイズに、カリーヌは向き直る。
「……姉さまたちも虚無の担い手に召喚された、という可能性は確かに生まれました。
けど、証拠はありませんし……それに、どこを探せばいいのか、検討も……」
ルイズは肩を落としながら告げ、ため息をついた。
先程は興奮していたから、『虚無の担い手により、姉たちが召喚された』
という可能性を口にし、それを論議もした。
しかし落ち着いて考えて見れば、そんな証拠はどこにもない。
ましてや、虚無の担い手の話など今まで聞いたこともない。
本当に、自分以外にも存在しているのかすら定かではないのだ。
「それでも……私は、探します。ルイズ、あなたも付いてくるでしょう?」
「……勿論です、母さま。ただ……不安なのです」
そう言って目を伏せたルイズは、あっ、と小さな声を上げた。
母の手も、目をこらせば分からぬほどほんのわずかにだが、震えている。
「不安なのは、私も同じこと。ただ……あの娘たちは、きっと、もっと不安に思っていることでしょう。
……特にカトレアは、水魔法がなければ、命を保つことすら難しいのですから……」
カリーヌは、膝の上で拳を強く握り締める。
カトレア。カトレア・イヴェット・ラ・ボーム・ル・ブラン・ド・ラ・フォンティーヌ。
24になるルイズの姉であり、カリーヌの次女である。
彼女は非常に病弱であり、領地から一歩も出たことがなかったほど。
そんな彼女がある日突然消えてしまったのだから、
そりゃあもう屋敷中が蜂の巣を突いたような大騒ぎになった。
さらに悪いことに、アカデミーから長女が行方不明になったという連絡まで来たのだ。
エレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエール。
ルイズにとっては厳しい姉ではあったが、それでも大切な姉であった。
娘二人の失踪に、ヴァリエール公爵家はあらゆる手を尽くし、探し回る。
だが、今までに何の手がかりも得られることはなかった。
「探します。絶対に生きているはずです。探しましょう、絶対に!」
握り締めた拳を突き上げ、机から立ち上がりながらカリーヌは叫んだ。
その次の瞬間、こんこん、とノックの音が部屋に響いた。
「だ、誰です!」
カリーヌがほんのちょっと顔を赤らめつつ、ノックに答えた。
「学院長の秘書です。お知らせしたいことがありまして……」
「……入りなさい」
「失礼いたします」
がちゃり、と扉を開け、ロングビルと名乗る女性が中に入ってきた。
その腕には何か布のようなものが鎮座している。
「こちらは、お召し物です。さすがにその格好ではお辛いのでは?」
「まあ、気のつくことですね。感謝いたしますわ」
カリーヌはその服を受け取ると、早速着替え始めた。
その光景にロングビルとルイズは思わず膠着した。
「かかか、母さま! 何をなさっているのですか!」
「別に女性の前ですし、あなたとそちらの方しかいないのですから」
「もう少し空気とか読んでください! 風のメイジなんですから!」
ルイズがちょっと上手いこと言ったが華麗にスルーした。
「さて、で、話というのは服のことだけではないのでしょう?」
着替え終わったカリーヌは、ルイズと並んでベッドに座っている。
ロングビルは、椅子に座らされている。
張り詰めた空気に、ロングビルは背筋をシャンと立てた。
「……はい、実は」
「その前に一つ、聞きたいことがあります」
いきなり質問を止められて、ロングビルはびくりとした。
「な、何でしょうか」
「この服は、あなたのものですか?」
何だ、そんなことか、とほっと息を吐いた。
「ええ。出来るだけ質のよいものを選びましたが……何か?」
「いえ、少し気になっただけですから。続けなさい」
カリーヌが胸の辺りの布を持ち上げながら、話の続きを促した。
「(布が余ってるのですね、母さま)」
その動きを見ながらうんうん、とルイズは頷く。
ついで、つつましい自分の胸を見て小さくため息をこぼした。
ここも親に似るものかしら、いえ、ちいねえさまはと考えた。
「人間を召喚した事例についてですが」
その言葉に、二人はハッとしてロングビルを見た。
「私の知人に……人間を召喚したものが、おります」
ロングビルは震えを必死に抑えながら、言葉を紡いだ。
「その、召喚されたものの、名は?」
カリーヌが射るようなまなざしをロングビルに向けた。
「……『カトレア』と、名乗っておられました。
苗字は……気を遣ったのか、教えてはいただけませんでした。
ですから、知らなかったのです。……ヴァリエール公爵家のお嬢様とは夢にも思わず。
けれど、先程の話を聞いて、はっとしました。
ミス・ヴァリエールに、良く似た鳶色の瞳と桃色のブロンドをしておられます!」
「それで、その娘は、カトレアは今どこに!」
掴みかからんばかりの声で、カリーヌが叫んだ。
「……その前に、一つ、お約束くださいませ!」
ロングビルは椅子から降りると、床に頭をこすりつけんばかりに下げた。
「どうか、どうか、私の知人に、責め苦を与えないことを!
知らなかったの、です! あの子は、何も!
あの人がヴァリエール公爵家の娘だとも、自身が虚無の担い手だとも!
あの子は、外の人間と交流を持つことができなくて、何も知らなかったのです!
どうか……! どうか、お許しください!!」
ロングビルの鬼気迫った様子に、ルイズは唖然とした。
一体、どんな人のためだったら、ここまで必死になれるのだろう、と。
カリーヌはそんなロングビルの姿をじっと見つめていた。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「顔をお上げなさい、ミス・ロングビル」
顔を上げたロングビルに向けて、カリーヌは告げた。
「……あの娘のところまで、案内してください。報酬はいくらでも払いましょう」
その言葉に、ロングビルは逡巡した後、しっかりと向き直った。
「報酬など、いただける立場ではありませんわ。……もう一つ、お約束ください。
私の知人について……けして、他言なさらぬ、と」
「何故です、ミス・ロングビル? その方に一体何が……」
ロングビルは少し戸惑ったようだが、ルイズに告げた。
「実は彼女は……、さる高貴な血筋を継いでいるのですが、
もう一つの血のせいで……他人に姿を見せることができないのでございます」
「どなたかのご落胤ということなのですね……分かりました」
彼女の言葉に、きっと、平民との貴族との間に生まれた娘なのだろう、と
推測し、ルイズは納得した。
「分かりました。……そこで、彼女はどこに」
「白の国、アルビオンに。そこまで、案内を務めさせていただきます」
「では、数日後。ラ・ロシェールの宿で待ち合わせるといたしましょう。
あなたは、できるだけ早急にそちらへ向かってください。
私達は、一旦屋敷に帰ってからに、向かいます」
着替えた衣装の中から、エキュー金貨をじゃらじゃらと取り出すと、
カリーヌはそれをロングビルに手渡した。
「これは……?」
ロングビルはぽかんとして、その金を見た。
「その金で、一番高い宿の一番高い部屋を予約してください」
「は、はい! ……では、『女神の杵亭』という宿をとりますわ。
出発は……体調を整えたいので、明日の朝に」
「では、もう行ってよろしいです」
「で、では、失礼いたします」
最上の礼をすると、ロングビルは部屋を出て行った。
数メイル歩いたところで、彼女は大きく息を吐く。
「ふう……さすがは『烈風』。視線だけで殺されるかと思ったよ。
けどまあ、あたしもアレ相手によくやったさね……」
それから、彼女の目にわずかに涙が浮かんでいたことを思い出す。
あれは、娘が無事な可能性を知った喜びによるものだろう。
「本物の母親には叶わないけど……、あたしだって母親みたいなもんだからね。
あの人の気持ちは、よおく分かるさ……」
けれど、とロングビルは眉をしかめた。
「さすがに言えないよねえ……。契約が終わって、ルーンも刻まれてるなんて……」
天然でどこか俗世間から離れている二人の女性の姿を思い浮かべながら、
ロングビルは盛大にため息をついた。
「……さて、ルイズ。荷物をまとめなさい。明日には屋敷に帰りますよ」
「あ、はい。母さ……」
立ち上がろうとしたルイズのお腹から、くぅ、と小さな音が響いた。
「……その前に、夕食にしませんか? 昔から、空腹では戦えないといいます」
照れたような顔で、ルイズは笑った。
「何です、レディが情けない!」
そう叫んだカリーヌのお腹からも、くぅ、という音が鳴った。
「……そうしましょうか。今日は慌しかったですからね。
ゆっくり休養をとることも大事でしょう。急いてはことを仕損じる、といいます」
カリーヌはそそくさと扉から出て行った。
「あ、待ってください、母さま」
その後を追いながら、ルイズは何だかおかしくなって笑ってしまった。
そんな暇では全然ないのだけれど、この人は自分によく似ている。
血の繋がりを強く感じて、ついついおかしくなってしまったのだ。
「アルヴィーズの食堂ですか……久しぶりですね」
広い食堂を見て、カリーヌが懐かしげに呟く。
「場所は、私の隣で……、あ、そこのあなた!」
ルイズは一人のメイドに声をかけた。
この辺りでは見ない珍しい黒髪をしていたので、目についたのだ。
「は、はい、何でございましょうか!」
呼びかけられたメイドは、背筋をしゃんと伸ばした。
「もう一人分、貴族の食事を準備してちょうだい」
「そちらの方の分ですね。わ、分かりました!」
メイドは慌てて厨房へと駆けていく。
『マルトーさん、もう一人前追加です! 急なお客様みたいで……』
『了解! もう一人前追加ー!』
厨房からは騒がしい声が響いたが、それを気にせず二人は食堂に入った。
「……ルイズ? あなた、いつも一人で食べているのですか?」
ルイズの周りに誰も寄ってこないことに気づいて、カリーヌが尋ねた。
「え……」
一瞬、ルイズはつい泣きそうな顔をしたが、慌てて顔をそらした。
「きょ、今日はたまたまですわ! それにほら、母さまも来てらっしゃいますから、
きっと緊張して来られないんですわ!」
娘が取り繕っているのに気づきながらも、カリーヌはそれを責めなかった。
この子は素直になるのが苦手な子だから、仕方ないだろう、と思ったのだ。
食事が運ばれてきて、二人は並んでそれを食べる。
「ほら、ルイズ。サラダが残っていますよ」
「で……でもコレ、ハシバミ草ですよ……?」
「好き嫌いなど、レディのすることではありませんよ」
「そういう母さまだって、さっきワインで流し込んでましたよね」
「…………」
ルイズは、はた、と自分たちが随分親密に話しているのに気がついた。
これが実家であれば、もう少しピリピリした食事風景のはずだ。
「(ルーンには、相手との新密度をあげる効果でもあるのかしら……)」
そんなことを、ちょっぴり考えてしまうルイズなのだった。
ふと、カリーヌが怪訝な顔をした。
それから、近くにいた黒髪のメイドを呼びつける。
「今、足に何か当たったようです。拾いなさい」
「は、はい、ただいま!」
メイドは、足元に落ちていたそれを拾い上げた。
「どなたかの落し物のようですね……」
紫色の液体が入った小瓶を、彼女は興味深げに見つめた。
「あ! き、君!」
彼女がそれを手にしているのを見た、貴族の少年がつかつかと歩み寄ってきた。
それから、彼女の手から乱暴にそれをもぎ取った。
「きゃっ!」
メイドは思わず小さな悲鳴を上げた。
「無くしたと思ったら、君が盗んでいたのかね!」
その言い方に、メイドは驚きのあまり目を見開いた。
「ち、違います! これは……」
「では何故持っていたのかね! これを無くしたせいで、
僕はモンモランシーに責められたのだよ!」
尋問するように貴族は彼女を睨む。メイドは今にも泣き出しそうだ。
「……みっともないわね、ギーシュ・ド・グラモン」
「な……! 何だって!」
ギーシュと呼ばれた少年は、声の出所を探して、辺りを見回した。
「みっともない、って言ってんのよ。あのねえ、それは転がってきたのを、
彼女が拾ってくれたものなの。わたしがちゃんと見てたわよ」
ルイズは呆れたようにギーシュに言った。
「ふ、ふん! この平民をかばうつもりかい?
さすがは『ゼロ』のルイズ。魔法の使えないもの同士仲良しこよしってわけだ!」
その言葉に、ルイズはびくり、と身を震わせた。
「『ゼロ』のルイズ? 学院では、そう呼ばれているのですか」
「ああ、そうさ! 魔法の使えない『ゼロ』のルイズ!
本当は平民の子供なんじゃないのかい!」
フラレかけたのを八つ当たりしていたせいで、興奮していたギーシュは、
問いかけられてほいほいと答えてしまった。
「……私の娘を、平民呼ばわり、しましたね?」
「『私の娘』…………? ひ、ひいいいいいい! ま、まさか、
ラ・ヴァリエール公爵夫人ッ!」
話しかけた相手の正体に気づいて、ギーシュはのけぞった。
体中から嫌な汗がどばどば吹き出る。
『いいか、ギーシュ。世の中には逆らってはいけないものが三つある。
一つは教会。もう一つは王家。最後の一つは、ヴァリエール公爵家。
特に……今の公爵夫人には、ぜえええええったいに、逆らうんじゃない!』
家を出る前に、父に言われていた言葉が今更ながら浮かんでくる。
「申し訳ありませ」
「……エア・ハンマー」
すっ、と杖を振りながらカリーヌはルーンを唱えた。
「ぐふっ!」
ギーシュはハデに吹き飛び、壁にたたきつけられた。
その轟音に、騒がしかった食堂が、一気にしん、と静まり返る。
「……食事中に、マナー違反でしたわね」
すとん、とカリーヌは再び椅子に座ると、食事を再開した。
「あ、あの、ありがとうございました!」
黒髪のメイドはぽかん、としていたが慌ててお辞儀をした。
「かまいません。平民を守るのが、貴族の義務なのです」
「自分の失敗を平民に押し付けるなんて、風上にもおけないわね。
あれで元帥の息子だってんだから……。ま、とにかく気にしないでいいわ」
ルイズはひらひらと手を振りながら、母にならって食事を再開し出した。
内心、母が自分をゼロと馬鹿にした相手を吹き飛ばしてくれたことで、
スカッとして、もう飛び上がって喜びたいくらいだったのだけれど、
それではしゃぐのは貴族の淑女らしくないとわかっているから。
「……ベッドは一つしかありませんから、一緒でよろしい、ですね?」
おそるおそる、ルイズは尋ねる。
「親子で何を遠慮しているのですか?」
カリーヌは手早く服を脱ぐとベッドに潜り込む。
「ほら、おいでなさい、ルイズ」
「あ、はい……」
ルイズも慌てて着替え母に続いた。
「……こうやって、あなたと一緒に寝るのも、随分と久しぶりですね」
カリーヌは、ルイズを抱きしめた。
「ええ……いつ以来でしょうか。……ちいねえさまと、
カトレア姉さまと一緒に寝るのも落ち着きますけれど……。
やはり、母さまの胸の中は、格別ですわ」
「ルイズ。……絶対に、探し出しましょうね」
「ええ、母さま。ちいねえさまが、元気なのですから、
きっと、エレオノール姉さまはもっとお元気なはずですわ」
そう言うルイズを、カリーヌはさらに強く抱きしめる。
「……あなたは、優しい子ですね。がんばりますよ、ルイズ」
「はい、母さま……」
二人はやがて、すやすやと寝息を立て出した。
その寝顔を、親子のように二つ並んだ赤と青の月が優しく照らしていた。